RICHIE SAMBORA
パート:リードギター、バックコーラス
本名:リチャード・スティーブン・サンボラ
誕生日:1959年7月11日
身長:185センチ
目の色:ブラウン
髪の色:ブラウン
RICHIE SAMBORA、BON JOVIデビューまでの歴史
| 1959年 | ニュージャージー州ウッドブリッジで、共にプロの社交ダンサーである両親の元、一人っ子として生まれる。約2950グラムの赤ん坊だった。 |
| 1963年頃 | 父親がビートルズのレコード2枚を家に持ち帰る。1枚が「Love Me Do」でもう1枚が「I Wanna Hold Your Hand」。いつもレコードプレイヤーから流れるそれらのレコードを聴きながらリッチーは育つ。 |
| 1964年 | 学校教育が始まる。ダンサーだった両親の影響もあり、社交的で友達の多い学校生活を送りはじめる。歴史や地理などの社会が大好きで、国語が嫌いだった。好きな科目はオールA、嫌いな科目はかんばしくなかった。学級委員みたいなものもつとめた。 |
| 1966年 | 両親から音楽をやるよう強く勧められ、7歳の時アコーディオンのレッスンをうける。 |
| 1973年前後 | サックス、トランペット、ピアノ、ドラムスもマスターする。エリック・クラプトンのレコードを初めて耳にした時、ギターをプレイしたいと思う。ジミーペイジ、ジェフ・ベック、ブライアン・メイ、ジョニー・ウィンターなどからもインスピレーションをうけた。後に初めてのバンド「レベル」に加入。 |
| 1973年 | 14歳で最初のギターを買う。家の近所の気の合う仲間同士で、ガレージバンドを組み、常にバンド活動を続ける。ユーライア・ヒープやディープ・パープルなどの曲をバンドで演奏する。 |
| 1977年 | ニュージャージー州のケイン・カレッジという大学に入学する。専攻は心理学。通学は25分ほどで、毎日家からギターをもって通学。授業の出席率は良くなかったが、成績は良かった。しかしミュージシャンになる夢が捨てきれず、大学に1年もいかずに退学。 |
| 1978年 | 本格的にプロの道を歩み始める。テレビ・コマーシャルやブロードウェイ・ミュージカルのサントラ盤などのセッションを多くこなす。セミ・プロ・バンド「マーシー」(様式化されたプログレッシヴ・ロック・バンド)と契約する。「マーシー」はレッド・ツェッペリンが設立したレーベル”スワン・ソング”と契約しているた。しかしスワン・ソングは、ジョン・ボーナムの死などの悲劇がツェッペリンを襲い、レーベル自体が姿を消してしまった。それ故、「マーシー」が何かをリリースするということはなかった。「マーシー」には1年半ほど在籍。 |
| 1980年頃 | 「デューク・ウィリアムズ・アンド・ジ・エクストリームズ」(カプリコーン・レコードと契約していた。バンドの本拠地はフロリダ州)というファンク・バンドに加入。10ヶ月ほど在籍し、アメリカ中ツアーをする。そのバンドでリッチーは1980年代初期の映画「ステイン・アライヴ」にミュージシャン役で出演(たぶんエキストラ出演)している。 |
| 1980年〜1982年頃 | 「ザ・メッセージ」というバンドに在籍。このバンドはドリーム・レコードという独自のインディペンデント・レーベルを持っていた。さらにアレック・ジョン・サッチも同時期に在籍していた。このバンドでリッチーの肩書きは社長で、ビジネスの難しさも学んだ。ジョー・コッカーと一緒にツアーもする。しかし、レーベルは財政難に陥ってストップ。この頃、リッチーはキッスの後任ギタリストの最終候補に上がっていたが、個性が強すぎてキッスへの加入にはならなかった。キッスの後任ギタリストの候補には、ラットのロビン・クロスビーも上がっていた。この時リッチーはシルヴェスター・スタローンの弟のフランクともセッションをしていて、キッスに会いにロサンゼルスに行ったときスタローン家に泊まらせてもらっている。 |
| 1983年春 | WAPPラジオの『ホーム・グロウン』アルバムのヴォーカル・ショウで4人編成でプレイしていたジョン・ボンジォヴィ&ザ・ワイルド・ワンズ(BON JOVIの前身バンド)にかけより、「おまえのバンドのギタープレイヤーになりたい」と言う。その時アレック・ジョン・サッチは前に同じバンド(ザ・メッセージ)にいたこともあり、「ヘイ、こいつにチャンスを与えてやれよ」とジョンに発現している。その後、ジョン・ボンジォヴィ&ザ・ワイルド・ワンズはリッチーの演奏を聴いて、とても気に入り、リッチーが加入することになる。 |
| 1984年 | BON JOVIのギタリストとして、快進撃がはじまる。 |
付き合った女の人
| 女優のアリ・シーディ |
| シンガーのベッカ・ブラムレット(後にフリートウッド・マックに参加) |
| シェール(1987年にリッチーと出会っている) |
| 女優のヘザー・ロックリア(モトリー・クルーのドラマー;トミー・リー の元奥さん) |
| 1994年12月17日、リッチーはヘザ−・ロックリアとメデタク結婚 |
参考資料: 「ボン・ジョヴィ」 ラモーナ・ジャン著 小倉ゆうこ訳 CBSソニー出版、 VIVA ROCK 1989年3月号臨時増刊 「Bon Jovi」IN JAPAN 1989 音楽専科社、 ボン・ジョヴィ〜終わりなき旅〜 ニール・ジェフリーズ著 藤本幸子訳 シンコーミュージック、 ボン・ジョヴィ 栄光への奇跡 平成7年ミュージックライフ10月号増刊 ミック・ウォール 藤本幸子訳 シンコーミュージック
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