●B’z誕生編●
B’zがデビューしたのは88年9月21日。
ファーストシングル・アルバムを同時発売をしました。
『だからその手を離して』『B’z』です。
この時松本さんは自分のソロアルバムを出していたので、ある程度の音楽性は決まってたと言っていたそうです。また稲葉さんとの愛称もかなり良かったようで、バンドとしてスタートする相手には、ふたりともピッタリだったようです。
そもそも、ふたりが出会ったきっかけというのが稲葉さんから送られてきたデモテープを松本さんが聞いて『こいつだ!』と直感して稲葉さんと出会ったそうです。
松本さんが稲葉さんを初めて見た時の第一印象は口数が少ない。でもこの声は天性のセンスだと閃いたそうです。
初めてふたりがセッションした曲はビートルズの『Oh,Darlin』と『Let It Be』の二曲でした。
その時ギターアンプが壊れてしまうというハプニングが起こってしまったけど、松本さんは、さっさとギターを片付けて稲葉さんに「やろうよ!バンド!君となら絶対いいのが作れるよ!」と言って即B’zが誕生したという事らしいです。
実はこの時、松本さんの頭の中では「作詞は、こいつに任せよう。こいつの声のセンスといいルックスもいいのを持って
いるからきっといいのが出来る!」と作詞を全面的に任せる
ことを決心していたようです。
さすがスーパープロデューサ松本孝弘。今では稲葉さんの詩が沢山のファンの心を掴んでいるのも、この時の松本さんの決断が、そうしたと言っても過言ではないでしょう。
一方、稲葉さんのほうは初めて松本さんと会った時の印象は「あ〜〜松本さんだ〜〜!!」だそうです。(笑)
この時、松本さんは音楽業界でも名の知れるギタリストだったので稲葉さんにとっては遠い存在だったそうです。
だからお互いに顔合わせした時も緊張して、なかなか話が出来なかったそうなんです。
『B’z』という名前の由来は最初に『z』を使いたかったのでそれに男性的なニュアンスのスペルはなにかと考えたら『B』が頭に出てきたので、『Z』と『B』を繋げて『B’z』になったということです。
こうして、ふたりの『B’z』が動き出したのでした。
●B’z始動編●
B’zがデビューシングルアルバムを同時にリリースした直後に松本さんはTMネットワークの仕事に戻りつつ2ndアルバムの制作に入ったのでした。
二枚目のアルバムは『B’z』というアルバムを作った時以上の時間を費やしてやりたいことを詰め込んでやったそうです。
このアルバムは89年5月21日『OFF THE ROCK』という題名でシングル『君の中で踊りたい』と同時リリースされました。
二枚目のアルバムを発売した後に初のライブが行われました。89年6月1日、名古屋芸創センター、6月2日に大阪更生年金会館、6月5日、日本青年会館で熱いライブをしてくれました。
その時の観客の平均人数は約5000人程度であったそうです。今では信じられない人数ですね。
約5ケ月かけた『OFF THE ROCK』は、みごとなロックという世界感を作り出してくれました。その分お客さんのノリも凄かったそうです。
この年で、またも初体験をしてしまう。10月になると全国ツアー『LIVE−GYM#001』がスタートしました。
半年前のライブの時の雰囲気とは全く違う形でライブが行われましたが、半年前にライブを見にきてた人達も今回のライブにも多く来ていて、『日本青年館より全然イケてる!』と絶賛するくらい、熱い熱いライブが行われたようです。
その後、10月21日にミニアルバム『BAD COMMUNICATION』が発売されました。
このミニアルバムが、この先B’zを大きく変化させていく重要な一枚になるとは、その時誰も分からなかったでしょう。でも、松本さんは『絶対に売れる!!』という自信があったそうです。
このアルバムは推定118万枚という爆発的な記録を創り出しました。
この時期を第一期とでも言うんでしょうか。B’zが本当に自分たちに合うサウンドを求めていた結果が『コレだ!』という結果になったのでしょう。
●B’zが銀の翼で翔ぶ時●
『BAD COMMUNICATION』のヒットで日本中の中で『B’z』という名前がしれわたり次々とヒット作を出していきます。
そして90年2月21日に『BREAK THROUGH』『LADY-GO-ROUND』を同時リリースしました。
このアルバムではどっちかというとシンセの音がメインであり、松本さんは「このアルバムは僕たちにとって3枚目だから、ここで第一幕が終わったってとこかな。俺たちの方向性は
このアルバムが発売したことで決まるんだ」と言う。
一方稲葉さんは「僕が詩を書いてから松本さんに見てもらって絵が浮かんでこないと『書き直しだね』って言われてた。でもレコーディングする前にみんなで方向性を決めてあったのからそういうのはあまりなかったし根本的に違ってたというのはなかったんですよ」と言っていたそうです。
ふたりとも完璧なレコーディング(以下=レコ)と胸をはって言ってたみたいですね。
そして次の月の3月16日には『Live-Gym"BREAK THROUGH"』がスタートしました。
ツアー途中にB’zはレコを初めて5月25日に『BE THERE』がリリースされ、続いて6月13日に5枚目のシングル『太陽のKomachi-Angel』もリリースしまたまた6月21日にはミニアルバム『WICKED BEAT』が発売されました。
この時期のB’zは、今でもそうですがすごくレコメンバーがまとまりが良く最高の音楽才能の詰め合わせ軍団だったのではないでしょうか。こんなに続けてリリースするのって最近では少ないですよね。
その結果シングル『太陽のKomachi-Angel』はB’zがデビューして初めて初登場1位を獲得した曲になったのです。
このシングルはCM『メリアダイヤモンド』でタイアップされてて、それを聞いた若い人たちがレコード店へかけより沢山の人が買っていたそうです。
それと平行してスタートしたのがまたまたレコでした。レコはツアーの合間に5月から始まりました。
7月に入って松本さんはトラックダウンの為ニューヨークへ行きました。その後ボーカル・ダビングを終えた稲葉さんも追ってニューヨークへ行きレコが行われました。
そして10月3日に『Easy Come,Easy Go!』がリリースされその翌月『Live-Gym Tour 90-91 RISKY』がスタートしました。
稲葉さんは今回のツアーでは今まで出してきた曲やアルバム『RISKY』からの曲を中心にやりたいと言っていたそうです。
松本さんもそれに続くようにアレンジ的な要素を入れてやっていくつもりでワイルドな形になっていると思うと言ってたみたいです。
そして見事にライブは49本というロングツアーにも関わらず全て成功して終わりました。
10月24日には通算7枚目のシングル『愛しい人よGood Night』が発売され11月7日に今回のツアータイトルでもあったアルバム『RISKY』がリリースされ12月16日にはニューヨークの後にロンドンにいった時撮影されたプロモ『FILM RISKY』が発売された。
シングル・アルバムのふたつともミリオンセラーになり、町中を歩いていてもコンビニや喫茶店は、もちろん有線放送やラジオでもB’zを聞く機会が増えていったそうです。
とある音楽評論家は「まるで化け物だ。化け物アーティストが日本に誕生してしまった。この先はもう外れることのないバンドだろう」と絶賛していたそうです。
そう、この年からB’z『ミエナイチカラ』を使って本格的に音楽業界に殴り込みをかけて今まさに銀の翼で翔びたとうとしていた時期になっていたのでした。
●Pleasure!!●
91年3月27日にシングル『LADY NAVIGATION』がリリースされました。
夏っぽいイメージで作られたこの曲はCM『カネボウ化粧品NAVI』でしようされ、またまた1位を獲得しました。
そして5月3日、B'zの原点でもある『Live-Gym "Preasure`91』が始まりました。
cc
今年になって今までB'zがリリースしてきたアルバム・シングルを厳選して選んだ曲をライブで披露してくれるというB'zにとっても初めての経験になりました。実際、松本さんは、
「僕はB'zというグループの音楽を毎回毎回ライブを積み重ねるごとに高くしたい。だからライブ活動はB'zにとって絶対なんだ』
と、今年のツアー本数40本を目の前にして語っていたそうです。
こんな忙しい中ツアー中にもかかわらず5月29日にはミニアルバム『MARS』を発売。
このアルバムに関してB'zのふたりは、「この曲は火星とかSF的な要素を含んだ感じになってるんです。ほら、人間って手に入りそうで入らない自分の欲求とか、人間の持ってる距離感の象徴として作ったんですよ。だからタイトルもMARSってなったんです」
そして7月31日から3日続けての武道館ライブ。
ライブでは、オープニング『MARS』から始まり中央にあるキーボードにスポットライトが当たり『LADY NAVIGATION』からスタートしました。「元気でワイルドな夜を過ごしましょう。最後まで気を抜かないで」
と稲葉さんはMCで客席に言った後にもライブの盛り上がりは半端じゃなかったそうです。
武道館。それはミュージシャンであれば誰もが憧れる場所であります。その中B'zは3日間連続でファンの皆を感動させてくれました。
10月30日にはシングル『ALONE』がリリースされました。
秋をイメージしたこのシングルはあっというまに枚数を延ばしていきました。
北海道ではラジオやTVでのキャンペーンもやり、大絶賛たったそうです。地方でのキャンペーン、、、いいですね〜〜。
11月27日にはニューアルバム『IN THE LIFE』がリリースされ12月に入ると、『Live-Gym"IN THE LIFE』が66本というロングツアーを決行し始めたのです。このツアーのサポートメンバーは前回に引き続きベースの明石昌夫さん。ドラムの田中イッコーさん。キーボードの広本葉子さんといった豪華なメンバーでツアーに試みるのでした。
全国を駆け巡るツアーチケットも即日売り切れになり『IN THE LIFE』もたちまちミリオンセラーになり、12月11日、、私の誕生日にライブビデオ『JUST ANOTHER LIFE』が発売され出荷が間に合わないほど売れまくりました。ライブを見たことのない人はこのライブで初めてB'zのライブを見て感動していたことでしょう。私もそうでした。いつか見たいと。
B'zの何処が好き?とよく人に聞かれますが、皆さんは一言で答えられますか?
私はある程度なら言えますけど完璧にB'zの魅力を語ることは、できないでしょう。
かっこいい、曲が好き、詩が好き、松本さんのギターが好き、稲葉さんのハスキーヴォイスが好き、あの曲が好き、あのアルバム・シングルが好き、ライブが好き、ふたりのトークがおもしろい、スタイルが好き、全部好き。
と、色々ありますが、私はそれだけじゃないと思ってるんです。10年という長い間少しも人気が下がらず年々ファンが増えていく一方世間では『B'zは売れて当たり前』と手抜きをしているように思っている人が一部いるようですが私は、そうは思いません。
日本の中のアーティストで10年以上も人気を衰えさせなかったアーティストって他にいますか?昔にカリスマ的存在だったアーティストも今ではあまり売れず、固定のファンがついているだけだと思います。CDが売れたから、人気がある。この表現も少し違うと思いますが以前B'zのふたりは「CDが売れる売れないは気にしません。僕たちの曲がより多くの人々に聞いてもらえたらすごく嬉しいと思ってます」と初登場1位になった感想でコメントしてたのを覚えてます。
でも他のアーティストも素晴らしい考え方をもった人はいっぱいいると思います。
でも、『B'zは売れて当たり前』と思うのは自由ですが、決して手抜きしているわけではなく常にチャレンジ!チャレンジ!しています。ファンの皆さんもそう思ってくれてることでしょう。
●ROCKの心髄●
92年4月22日にギタリスト松本さんのソロアルバム『Wanna Go Home』をリリースするに当たって松本さんはこう言ってたそうです。
「このアルバムは早く弾けるとかそういうのよりも、もっとBGMとして聴いてほしいよね。基本的に日常のサウンドっていうの?そう、誰でもこのアルバムを聞いた時にリラックスして聞いてしまう。そんなことを意識しながら仕上がったんです」
なかなか味のあるこの中には12曲が入っており日常の中で十分リラックスできて曲に仕上がってますが、やはり松本さん、早弾きですよ、こいつは凄いと言わんばかりの仕上がりになってました。
そして4月23日、24日と、『東京ベイNKホール』でライブを開きました。
稲葉さんは関係者に「ロード自体長くなればなるほど体力や精神力を要求されるんだよね。ステージでは体力限界のギリギリのライブを見せるのには本当要求されるものを克服していかないと続かないよね」
まさにその日のライブも熱いライブをファンの皆さんに披露してくれました。
そして5月27日に10枚目のシングル『BLOWIN`』をリリース。
発売と同時に火がつきチャートの上位を独占してFM放送や有線放送では毎日のように流れてました。
今までのB`zのサウンドをかなりアップテンポな感じに仕上げ、ふたりはこう語ってたそうです。「とにかく自分たちの音楽は、体が自然に動くものを基調にやっていきたい」
そして7月18日横浜アリーナから『B`z Live-Gym Pleasure`91 TIME』がスタートしました。
映画のスクリーンのような形をした暗幕にレーザーのようなものでイラストとロゴが光りシャウトする稲葉さんの横顔とギターを弾く松本さんの顔が緑色の細い線で描かれていました。
会場のファンは心ゆくまで騒ぎ、感動してくれたでしょう。
松本さんも「今回のツアーは本当に楽しいよね。自分がリッチー・ブラックモアになったように思えるような体験ができるツアー。本当最高!」と大満足のライブたったそうです。
さらに10月7日には『ZERO』が発売されまたくまに1位を独占し何週もその記録を維持しました。
これだけパワーのある16ビートを初めて聞いたファンは非常に驚きそしてB`zにはまってしまう。という人も沢山いたでしょう。
今までにない分野にB`zが足を踏み込み、精神的にも肉体的にも完全にB`zのものとなる、そんな骨のあるサウンドてした。
この曲でB`zの中でROCKという全てを完全に手にしたのではないでしょうか。
そのROCKを極めたB`zが続いて6枚目のアルバム『RUN』がリリースされました。
今回のアルバムはテレビでも言ってましたが稲葉さんは詩を作るのにかなりてこずったそうです。
もう出来ないから逃げようかな。大袈裟ですが、そのくらいの気持ちになるくらい追い込まれて作った詩が並んでいるのです。ですが、そんな感じで作られたと思わせない稲葉ワールドの詩の世界。本当凄いです。
松本さんは稲葉さんが作る詩に共感を持っていて「自分がメロディーを作れば、そこに稲葉が自然とあった詩をつけてくれる。もう、そこが自信なんです」と信頼関係がぶ厚いのがわかるくらいのコメントをしていたそうです。
12月9日には、恒例のミニアルバム『FRIENDS』がリリースされました。
このミニアルバムはまるで映画のワンシーンのような仕上がりになっており、まるで松本さんが監督で稲葉さんは脚本となってるような息のあった構成になってました。
『いつかのメリークリスマス』ひとりで過ごすクリスマスの時にこの曲はかなり悲しいですね。(^_^;;
こうして稲妻のような素早さで怒涛の92年は去っていきました。
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