裏日記

ようこそお越しくださいました、この裏日記に。
こちらの日記は表とは趣向が大きく異なります。
表のような楽しさだけを求めるかたはお読みにならないほうがいいかと思います。
(since 2/11)

2月21日 誰が「語る」を低俗にしたんだ?

高校生の時、真面目な話をする場合には「今日は語るか!?」っていうのが決り文句だった。これは、すごくいい事だった。

マジメな話をするって事は「もっと自分を知って欲しいし、相手の事をもっと知りたい」って事のあらわれだ。深い関係になりたくない人とはうわべだけの付き合いをすればいいんだし。でもいきなりそんなマジメな話をすると相手が引いちゃう恐れがあるし、それでいて「深い話をするから俺の事をもっと知ってくれ。」なんて恥ずかしくて言えるわけない。
とにかく、俺にとっては「楽しい自分」と「真面目な自分」をはっきりと分けられるから、とても便利な言葉だった。

しかし、最近はどうも勝手が違う。
語るっていう言葉がすごく貧相だ。もう、俺の中ではこの言葉ギャグにしか使えないんですけど。
ただ、俺が「語って」いる内容が変化した事にも原因はあると思う。昔の語っていた内容は主に恋愛の事が大部分だった。ただ、今となっては当時語っていた内容がいまいち思い出せない。多分、理想の恋愛について言ったり、傷をなめあったりしてただけだったと思うが。今となってはそんなもんである。もちろん、当時は「そんなもん」にすごく助けられたが。

俺が最近「語って」いるのはおもにこの社会全般についてである。正直な話、俺は将来このままの社会だったらやばいと思ってる。自分でものを考えられる人間が少な過ぎる。
俺が自分で考えられるようになったのは友人に恵まれたからだと思っている。今いる友人が一人でも足りなかったら、俺は自分で考えるという事はできなかった。
だから俺は将来、俺ぐらいの年の人達が自分でものを考えられるようになるための手助けとなるような仕事に就きたい。

話が本筋から外れてた。問題はどうして「語る」が貧相に見えるのか、ということだ。
語る、が流行り出したのは一体いつくらいからなんだ?俺は高校2年くらいに始めて聞いたと思うから、大体3年前か。でもこの頃は「語る」はとても高尚な事だったはず。実はどうあれ、俺の中ではそうだった。

考えた結果、俺の中での「語る」の存在と、世間での「語る」には理解の違いがあるんじゃないか、と思った。俺の中での「語る」は、真面目な話をすること。世間の「語る」は、「恋愛の話をする事」に直結していい、と俺には思われる。
恋愛話は深く話そうと思えばいくらでも深くできるけど、浅くしようと思ったらいくらでも浅くできるのだ。誰でも興味あることだからね。好きなタイプを言うだけとかだったら、あたりさわりない。
そんな内容を話したとしても俺はそれを「語った」とは認めません。自分のコンプレックスについて話したのであれば、それは「語った」と認めます。だから、そんな簡単に言うな、「この間あいつと語ったんだよー」って。
こうして定義づける事によって、低俗な「語り」を排除して、「語る」の高尚さを取り戻していきたいものである。それぐらい俺は大好きだったんだよ、「語る事」。

2月18日 遊ぶならとことん遊べ

いつもこの価値観押し売り日記を読んでくれてありがとう。
今日は少し普通の日記っぽく書く事にします。

俺だって常にこんな暗い事を一人で考えてるわけじゃない。もちろん友達もいるし(ごく少数だが)、週に一回くらい会ってるわけだが、遊んでいる時の俺は相当頭悪い。かなり、ガキだ。俺は自分でこのギャップがたまらなく好きだ。
しかも最近よく遊ぶ友人がこの分野に長けている。(一体どの分野だ?)
とにかくカナリ遊べる奴なワケである。今日は友人達のバイト先めぐりをしたり、山下公園でハトを捕まえたりしていた。(笑)
次回は「都内看護婦めぐり」を企画している。俺達は看護婦フェチだから。(爆)

そんなことはどうでもいいか。
そう、どうでもいいのである。俺が「遊び」に求める事は、「会話」なのだから。他の全ての事象は、俺にとってはただの会話の潤滑油にしか過ぎないのである。例えば俺はカラオケがすげぇ嫌いだが、ただ単に歌う曲がないって事に加えて、あの中では会話がしづらいって事がたまらなく嫌だ。
あんなとこ行くんだったらジョナサン行って話してる方が面白いよ。マジで。コーラも飲み放題だし。

2月17日 〜昨日の続き〜 同じ事をしてれば楽だ

これを読んでるあなたがこれから俺が言う言葉を信じられないかもしれないし、わかってくれるかもしれないし、「ああ、自分の事だ。」と思うのかわからないが、言っておく。
「なんの主義主張もなく生きてる人間は確かにいる」

これは俺が大学のクラスの人と話してわかった事だ。その時は英語の授業で、決まった質問を同じグループの人と質問しあい、それについて英語で答えるというなんだかあまり程度が高いとは思えない授業での一言でわかった。
あまり話した事がない人がグループ内にいた、その人に対する質問。
「あなたの趣味はなんですか?」
まぁ英語でこれを尋ねたわけだから「What's your hobby?」となる。そんなことどうでもいいが。それに対する彼の答えが、「音楽を聞くこと。」
だったら、「一番好きなアーティストは?」と聞くのが相場である。聞いたところ、「別にない」というどうにもこうにもいかない答えが返ってきた。俺の聞き方が悪かったのか。
「モーニング娘とか鈴木あみって好き?」と聞いてみたら、「Yes.」と言われた。

俺は本当に死にたくなった。わざわざ俺がこんな奴のために死ななきゃいけない道理はあるはずないが。どうしてそんなレベルで音楽が好きって言えるんだ。別にモーニング娘や鈴木あみを好きな事が悪いって言ってるんじゃない。それらを本当にミーハー心なく、心の底から好きだと言えるんだったら俺は全く責めない。
こいつは違うのだ。一番好きなアーティストがいなくて、それでいて今一番売れている(と思う)これらが好きって事はミーハー精神丸だしなわけだ。それって、音楽を聴いてるの?それは「音楽を聴く」という行為じゃなくて「周りについて行ってる」という行為なんだよ、わかる?

そのくせ、趣味が「音楽を聴く事」と答えてやがる。なんなんだ、こいつ。要するに他に言うような趣味がないんだ。俺が小学生の頃自己紹介カードの趣味の欄に書く事がなくて、とりあえず「読書」と書いてたのと同じレベルだ。それとも人にはとても言えないような趣味を持ってるかのどっちかだ。あ、あまり親しくない俺にいきなり本当の事を言わない、っていう選択肢もあるな。いずれにせよそれらの確率は限りなく低い気がするんだが。多分、一番始めの結論が正解だろう。

究極的に言いたい事は、あまりにも他の人と同じ事をやってる人間が多過ぎるってこと。音楽くらい、服ぐらい、見たいテレビ番組くらい自分で決めなさい。確かに他の人と同じにしておくと便利な事はいっぱいだ。趣味が同じ人同士の話題が豊富になる。俺はそんな中身のない会話したくないけどね。

2月16日 日本は考えがいらないのか?

先日、俺は人の考えをウェブで見れたらこれ以上いい事はないと思い、考えを書いてあるホームページを見てみようとした。いろいろな検索エンジンを当たったところ、なかなか俺が目的とするページにたどり着かなかった。
大体検索するキーワードには「考える」とか「考え」を使った。短絡的過ぎるかもしれないが、他にいいキーワードを思いつかなかったんだからしょうがない。検索の仕方が悪かったのかもしれないが、とにかく全くお目当てのページにはたどり着かなかった。

そこで、少し面白い事を思いついたのである。ヤフージャパンで「考え」を、アメリカのヤフーで「thinking」を検索してみたのだ。本場のヤフーでは10数個のカテゴリに引っかかった。俺はそんなに英語が読めるわけじゃないから、当然どれが俺の目指すページだかさっぱりわからなかったが。
しかし、このカテゴリの中どこかには俺が目指すような、「個人の考えを述べているページを集めたカテゴリ」が存在するに違いない。10何個もあるんだからあってもいいだろう。
しかし、肝心のヤフージャパンでは該当するカテゴリは一個もなく、それどころか「個人の考え」らしきページすらまともに見つからなかった。これを読んだ人も、実際に試してみたらどうだろう。

なんだろう、この差は。これが一つの日本人の現状と言ってもいいんじゃないかと俺は思う。個人の考えが全く尊重されない国。

みんなとりあえず同じ事をしなくちゃいけないような気がするのは何故なんだ。なんでそのテレビを見てるの?なんでその音楽を聴いてるの?なんでその服を買ったの?
「他の人もそうしてるから。」
最悪だ。

2月15日 考えること、そしてテーマの重要性

昨日の日記でやっと「考える」という言葉が登場できた。これは今の俺にとってテーマみたいなものだ。実際の俺の生きるテーマは「まず自分で考えて、そして人の考えを聞き影響を受ける」という事だ。
人の考えがいい考えだったら素直に影響を受ければいいし、悪い考えだったら反面教師のように受け取ればいいだろう、という考え。誰しも生きる上でのテーマは持っているんだろうか?テーマと言う言葉はたまたま俺が気に入って使ってるだけだから、違う言葉でもおんなじようなニュアンスを持ってるものでいいから。今のところ、俺が友達に「生きる上でのテーマってある?」って聞いた時は全員答えを返してくれてるが。もしこのページを読んだ人で、マジメに答えたい人がいたら、表の掲示板に書いておいて欲しいものである。俺としてはいろいろな意見を聞いてみたいわけで。メールでもいいです。来るわけないか。

俺がこの質問を一番聞いてみたいのは周りに死ぬほどいる、適当に遊びつつ単位を取って、就職しようとしている人達だ。大学生なんてこんなのばっか。俺がいる経済学部ってのも悪いんだけど。経済をほんとに学びたくて入った人なんてほんの一握りでしょう。
この人たちの生きる上でのテーマって一体何?きっと、適当に遊んで単位をとって、就職する事なんだろうね。
ソレッテ、スゴクオモシロソウダナア。

2月14日 俺が一番思う事

今までこの日記に書いてきた事はなんと言うか、俺の心構えだから、別にまだ俺が言いたい事は何も言ってない。そろそろ俺が思ってる事を書き始めようかと思う。
それは、今の社会の何も考えてない人間の多いこと。すごく驚かされる。何も考えてない人は何も考えてないだけあって、自分がなにも考えてない事すら気付いてない。もう、お前ら死んでくれ。

少し言い過ぎた。正しくはこうである。
結構遊んで、それでいて適当に勉強してそれなりの成績を取って、そこそこの会社に勤めて普通の生活を送ってください。
結構いい生活じゃないか。実際こういう生活を望んでる人はいっぱいいるに違いない。社会の歯車になる事は決して悪いことじゃないよ。むしろ、そういう人達がいないと社会は機能しないわけなんだし、いい事だ。
その代わり、自分で考える事はできないよ?歯車は考えちゃいけない。考える歯車は社会から必要とされないのだ。だって、予測不可能な動きをされたら全体としての機能が狂っちゃうからね。その通りに、社会は「個人」を重視しないだろう。せいぜい、何も考えてない人達は歯車としての機能を磨いてください。
あれ?自分が歯車だって事も気がつけないか。

2月13日 ヒット数を稼ぐ事

昨日の日記の続きみたいな感じなんだが、客に媚を売ってまで自分のページを見てもらいたいと思う人は確かに存在する。事実、前の俺はそうだったかもしれない。もちろん、そうじゃなくて毎日日記を更新してる人もいるんだろう。でもそれは始めた頃の気持ちをずっと忘れずに続けられた人しかいないだろう。人間には少なからず欲があるから、だんだんヒット数が上がってくると、もうそれの事しか考えられなくなってくるだろう。

このページを立ち上げるに当たって、こちらにもカウンターをつけようかとも思ったが、やめた。やめてよかったと思う。こっちの日記も、媚を売るようなものになるのだけは避けたい。ここは、俺が自由奔放に思った事を書く所。それを誰かが読んでくれれば幸いである。それだけだ。

2月12日 「毎日更新」しません

よくある日記サイトの売り文句、「毎日更新!!」
えらいね、いや、毎日更新してるのがじゃなくて、見てる人=客にこびうる姿勢を毎日保ちつづけられるのが。はっきり言って、俺はそれができる人じゃありません。
俺はまだ学生だし、バイトも深夜だ。バイトが終わるのは2時だが、そのあと飯を食ったり、バイト仲間と話したり、彼女に電話かけたりでなんだかんだ言ってバイトがある日は帰ってくるのが4時くらいになる。更に風呂に入るともう5時になる。前はそこから掲示板のレスして、書いてくれた人のページで書き込みして、日記書いて、で寝るのは大体7時くらいだった。何考えてたんだ、俺。次の日起きるのはもう夕方4時とかはざらだった。人生の無駄遣い以外のなんでもない。

それでいて日記のクオリティーを落とすのは嫌だった。手を抜くのは絶えられない。どうしても書けない分がたまってしまったのは絵で対処したりもしたが、それはそれで考えうる最良の手段だったと思う。実際、あの部分は仲間内でも評判がよかったし。
しかし、このページはそういった裏技が全く通用しないのだ。文章だけの勝負である。これは根性がない俺にとって大変な重圧だ。かえってそのプレッシャーが俺をこの日記を書く事から遠ざけてしまうかもしれない。そこで自分自身のために保険をかけておく、「毎日更新しません」

2月11日 趣向が全く異なるが

面構えを見ればわかると思うが、このページは全くの裏ページだ。はっきり言って俺はもうあまり表のページをやりたくないのかもしれない。とにかく表日記を書く時はやたらテンションを高くしなきゃいけないので、もう疲れた。本来一人の時俺は考え込んでしまうたちなので、この形が一番落ち着くと思ってこうする。別サイトを建てようかと思ったけど、始めの挨拶とかレイアウトとかどうでもいい事に縛られるのは嫌だ。できたてのサイトなんか誰も見ないのになんで挨拶しなきゃいけないんだ。第一、誰にしてるんだ。

このページは、おもに俺が考えた事とか、今日一日感じたこと、友達と話し合った事とかを書いていこうと思う。そしてこのスタンスが気に入ったらここを独立させようと思う。実験台みたいだが、自分が考えた事を世に発表する事が果たして俺は嫌じゃないのか試してみたいのだ。そのためにこのページをたまたま発見した人にはお手伝い願いたい。まぁ、手伝いって言ってもただ読んでくれるだけでいいんだが。新しいサイトを建てなかった理由はここにもある。書いたところで誰一人として読まなかったら意味がないからだ。というわけである程度見てる人がいる表サイトに頼ってみる事にする。見ている人でも気がつかなかったらそこでおしまいだが。


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