Free Talk
第1回
<このページについて1>
「Free Talk」は、
管理人が思ったこと・思っていることなどを、
気分次第で適当に書いていくページです。
見て笑うのも良し、
見てむかつくのも良し。
というよりこのホームページ自体そうゆう所です。
たまに更新します。
楽しみにしていてください。
第2回
<自己中心的について1>
人間には自己中な人と自己中ではない人とがいます。
それに対して僕はこう思った。
結局は人間みんな自己中なのではないか?
と。
例えばの話だ。
ここに大人と子供がいるとしよう。
その子供が死にそうになったとき、
大人が子供のかわりに死に、
子供が助かったとしよう。
そうすると皆はその大人を自己中な人とは思はないであろう。
だが大人が死にそうなときに、
子供を犠牲にして大人が助かったとしよう。
すると皆はその大人のことを自己中だと思うだろう。
これに対して僕はこう思った。
子供を助けてたって助けてなかったって、
結局はどちらも自己中だと。
それは何故かというと。
その大人がそれらようなの行動をとったのは、
1人1人の考えが違うからで、
その考えというのが、
その行動、
つまり子供を助けるか助けないかが自分にとって、
良い事と思えることか、悪いと思えることか、
ということで。
それは自分の命を犠牲にしてまで子供を助けることが幸せなのか、
何をどうしてでも自分の命が助かることが幸せなのか、
という考えが違うだけだと思ったからだ。
つまり結局はどちらの行動を選択してたとしても自分のことしか考えてないということだ。
だからみんながいくら親切なことをしてくれてても、
結局は自分のことしか考えてないということである。
第3回
<死について1>
テレビドラマ・ニュース・映画等でよく見かける。
その時は何気なく見ているが本当に人が死んだ時は頭の中では消化しきれない何かがある。
実際体験してみないとわからないが、
人が死んだ時、
それが身近なものであればあるほど頭のなかに流れる考えの量が多くなって、
どうしていいかわからなくなる。
第4回
<ネガティブ・ポシティブ1>
自分自身すごくネガティブなのだが(と思っていた)、
よく考えてみるとすべてのことをポシティブに考えていたことがわかった。
つまりこう(ネガティブに)考えることが自分にとって良いだろうと考えていたのだ。
だからそれがわかってすごく落ち込んだ、
それがまたポシティブな考えなのだけれど。
第5回
<物事の判断(基準)について1>
誰々は悪であるとか誰々は善い人であるとかっていうのは、
たいてい自分か、一般論を基準にして考えている。
第6回
<一般論(基準)について1>
一般論というのは、
その一般と呼ばれる人々(範囲)が、
ある物(者)を、善(良)いか悪いか、また好きか嫌いか等の評価を求めたとき、
その多く支持されたほうが一般論(基準)となる。
つまり多数決である、だがそれは複数の時もある。
第7回
<物事の判断(基準)について2>
世の中には善悪が在ると言われている、
善悪は、人が作ったものである。
そしてそれは自分の中だけ(人、1人1人)に存在するもの、
つまり自分の中に善悪の基準が在るということ。
人間というのは、その行動が自分にとって良(善)いか悪いかというのを、
常に判断して生きているである。
判断がいい結果を生むことの多い人が、「賢い人」となる。