▼1980年のヒット曲
沢田研二「TOKIO」
渡辺真知子「唇よ、熱く君を語れ」
山口百恵「謝肉祭」
沢田研二「恋のバッドチューニング」
田原俊彦「哀愁でいと」
松田聖子「青い珊瑚礁」
高田みづえ「私はピアノ」
田原俊彦「ハッとして!Good」
三原順子「セクシー・ナイト」
松田聖子「風は秋色」
▼「TOKIO」 唄:沢田研二
作詞:糸井重里 作曲:加瀬邦彦
パラシュートの衣裳がとても印象的でした。
あの衣裳、制作期間2ヶ月、制作費250万円、総重量30sもしたそうです。
その後、あの衣裳はひょうきん族でタケチャンマンがパクってましたね。
▼「唇よ、熱く君を語れ」 唄:渡辺真知子
作詞:東海林良 作曲:渡辺真知子
本人曰く、初めて笑顔で唄える曲になったそうです。
今までは失恋ソングが多く、その積年の悲しみを全て貫くような曲になりました。
確かに他の曲とはテンションの上がり方が違うかも・・・(笑)。
▼「謝肉祭」 唄:山口百恵
作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
この年に俳優の三浦友和さんと結婚し芸能界を引退。
引退近くにも関わらず百恵さんの唄い方も健在。
謝肉祭とは、カトリック教国で四句節の前に行う肉食を告別する祝祭らしいです・・・。
▼「恋のバッドチューニング」 唄:沢田研二
作詞:糸井重里 作曲:加瀬邦彦
この曲ではジュリーが当時では珍しいカラーコンタクトをして唄っていたのが印象的でした。
当時のカラーコンタクトは、3分以上つけていられないという程の代物でした。
…ということは、現在の科学の進歩がどれだけ進んでるかわかりますね。
▼「哀愁でいと」 唄:田原俊彦
作詞・作曲:A.J.ディタラント、G.ヘムリック 日本語訳詞:小林和子
田原俊彦衝撃のデビュー曲。デビュー曲からヒットを続け、デビュー当時から大人気を得る。
通称「トシちゃん」として、全国のファンに愛されてきた彼。
つまり、全国に名が知れ渡るようになったトシちゃんの原点はここにあります。
▼「青い珊瑚礁」 唄:松田聖子
作詞:三浦徳子 作曲:山田裕一郎
松田聖子を語る上では欠かせないのがこの曲。同世代の方ならほとんどがご存知だろう。
松田聖子の曲は専らアイドルを意識して作られた曲が多く、その代表作としても挙げられる。
この曲は松田聖子の原点とも言える聖子自身にも大事な曲になっていると思われる。
・・・おそらく何年経っても忘れられることもなくヒットし続ける曲であろう。
▼「私はピアノ」 唄:高田みづえ
作詞・作曲:桑田佳祐
サザンオールスターズのカバー曲。私も初めて聴いた時はサザンの方ではなくて高田みづえさんの方でした。 それほどみづえさんの力が強かったのか、サザンの曲としてはあまりパッとしなかったのかわからないが、みづえさんが唄ってピッタリだった曲だと思います。
みづえさんは、「カックラキン大放送」でのコントが目立ったため、お笑いの方だと思っていたが、この曲での活躍があったためアイドルというイメージが定着しました。
▼「ハッとして!Good」 唄:田原俊彦
作詞・作曲:宮下智
トシちゃんと松田聖子が共演した、グリコのCMソングとしてヒットしました。このCM、どう見ても二人がいいムードになったとしか思えないほどのシチュエーションで、ファンが激怒したこともあったそうです(^^;
▼「セクシー・ナイト」 唄:三原順子
作詞:亜蘭知子 作曲:長戸大幸
彼女が「3年B組金八先生」で不良役を演じて数ヶ月、イメージはおろか曲自体も不良っぽかった印象があります。 実際のところ、彼女は不良どころか正統派アイドルとして唄いたかったらしいです…。しかも、デビュー曲はこの曲ではなく、松田聖子が唄うような可愛いイメージの曲だったそうです。ちょっと可哀想な気が(^^;
▼「風は秋色」 唄:松田聖子
作詞:三浦徳子 作曲:小田裕一郎
この曲で初めてランキング1位を取ることができた記念すべき曲。この曲から「旅立ちはフリージア('88)」まで、ランキング1位を立て続けで取っていたというので驚きを隠せません。
若干「青い珊瑚礁」に似てるような気もしますが…(^^;
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