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2000
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3月30日(THU)


オフ。



今日はバイトが休みなので、家で1日ダラーっと過ごそうと思っていたら、 弟が彼女を家につれてきた。
ここだけの話、いやインターネットでここだけってのはないんだけど、
僕は弟の彼女が嫌いです。早く別れないかな、とか思ってます。
そういうのよくないと思うんだけど、やっぱりどうも、
お嬢様は生理的にうけつけないのよ。ってかわがままな娘はうけつけない。
ある程度はいいんだけど、「そこは違うだろ」ってとこで わがままっぷりを発揮されるともうダメ。
電話中、キャッチ入るだけで怒るなよ、とか思う。 かかってくるもんはしょうがないっつうの。

彼女さんがいるのでおでかけしようと思っていると、
いいタイミングでヤチコからメールが。2人で浅草にでかけました。
途中、人力車のお兄さんに「カップルじゃないの?じゃ姉弟?」などと
いわれたりしながらぐるっとまわっていつも通りミスドへ。
そこでダラダラとしながらヤチコの話をきいていました。
いろいろ聞いた。はぁ、タイヘンだなぁ。
で、その後ヤチコが無印に行きたいといったので、今度は上野へ。
そこでいろいろと買い物をして、家路についたわけです。

ヤチコさん、今日はつきあってもらっちゃってどうもありがとう。
この3ヶ月が勝負だから、がんばって。

あ、いっちぃ、無断でヤチコ借りました。すいません。
でも、もうしませんとは言えません。また借ります。



3月29日(WED)


オープン日。



てんやわんやでした。
なにやら風邪でノドが痛いのに、GWC行ってすぐレジ係。
しかも16時入りだったんでやたら客が。
ノドかれかれだったよ、疲れた。
で、後半3時間はずっと洗い場。手がふやけたよ。

23時にあがって、夕飯を上野駅前の松屋でたべた。
なんか、1人で松屋ってけっこうさみしいもんだね。


最近、カップル別れ話をちょこちょこと聞く。
別れたカップルのうちの1組、男女とも僕と結構仲がよかったのよ。
で、別れたその日に両方から電話がかかってきて、
ふられた女性の方をなぐさめるのが意外にタイヘンだった。
なんともうまい言葉がでてこないだよ。
でもまあ、そういう時って人に話を聞いてもらうだけで落ち着いたりするから、
僕がどういうコメントしても一緒かな、とか思うのもまた事実。

男女両方と仲がいいだけに、こういう話は胃が痛い。
どちらの言い分もわかるからねぇ。うーん。
でも、僕はいつも話を聞いて胃を痛めてるだけで、
「いつもセンちゃんにお世話になっちゃって」とか、
「せんちゃんは、いつも、私の欲しい言葉を言ってくれる」
とかいわれるようなことはしてないんだけどなぁ。
どうやら無意識のうちに世話をやいているらしい。
人の世話やいてないで自分の世話をやけっつうの。
そんなことばっかやってっから彼女できねぇんだよ、ったく。

しかし、大学の卒業式の前日にふられるって、けっこうツライよね。元気だしてね。



3月28日(TUE)


あと1日。



GWCプレオープンの日。社長さんとか来たよ。タイヘン。
いや、どれが誰だかわからなかったけど、とにかく社長がいた。
明日がオープンです。いやあ、どうなるかな。ウヒー。



3月27日(MON)


あと2日。



GWCの研修も今日で最後。明日はおエライさんがきてそのお相手をするらしい。
緊張するよね。社長とかくるんだよ。まだ覚えてないよ、ってかサラダとか
作ったことないのとかあるんだけど。ああ、どうしよう。

でもま、きっと上手いことこなしちゃうんだろうな。
こういう仕事むいてるみたいだし、がんばります。


久しぶりに、高校生の頃つきあってた人の夢を見た。
大学の人、Jazz研の人、高校時代のトモダチがいっぱいいるなかに彼女はいた。
夢の中の彼女はあの頃よりも少し大人で、実際よりも少し活発なステキな人だった。
別れてからもう2年半たって1度も会ってないけど、どこかであったらまた惚れると思う。
もうすでに思い出になってはいるけど、本当にステキな人だったよ。

僕の初恋の相手だったその人は、今ごろなにをしてるのだろう。
噂によるとどこかの短大にいったとか。
だったらもう卒業だなぁ。就職タイヘンだろうな。
そういえば空港の仕事したいとかいってたけど、どうなっただろう。
できるならもう1度会いたい。でもきっともう会えない。

僕の中で彼女は、いつでも楽しそうに笑っている。
その笑顔を思い出すたび、ちょっと切なくなる。
もう見ることのできない、その笑顔を。



3月26日(SUN)


久しぶり。



GWCの研修のあと、立石で高校時代のセンパイたちに会った。
D門さん、O川さん、Yーじ。全員ボクの1つ上で、全員今年大学を卒業。
D門さん(KO大)とO川さん(W大)は院にいくみたい。
Yーじは1年プーやって小学校の先生になるらしい。
D門さんとYーじは全く変わってなかったけど、びっくりしたのがO川さん。
4年会わなかったらずいぶんとほっそりしちゃってた。
あんなに福々としていたのに…

まあ、みなさん元気そうでなによりでした。



3月25日(SAT)


追いコン。



Jazz研のセンパイを追い出しました。
今年は追い出されるわけでもなく、追い出すために演奏をするでもない
中途半端なポジションなのでボヤーっと演奏をきいていた。
で、夜は飲み会。もちろん柏で。

しかし、今年は大半の人が大学院に進んだりとか他の理由で大学に残るので
イマイチ追い出した感じがしなかった。だって、ねえ。
来年度もよろしくお願いします。



3月24日(FRI)


オープンまであと5日。



GWCの店内トレーニング開始。
ひたすらシミュレーションなんだけど、使い勝手がまだわからなくてタイヘン。

この店、JR御徒町駅の北口改札の左にあるんだけど、何を思ったか全面ガラス張り。
なもんでドリンクを作ってるとたまに改札を通る人と目が合う。イヤだ。
あと、ピザの生地をのばしてると実演販売みたいに通行人(主におばちゃん)が
むらがってくる。イヤだ。



3月23日(THU)


オープンまであと6日。



研修中のバイト、グリーンウッズカフェ(略してGWC)の店の工事がようやく終了。
今日はそのお片づけのお手伝い。楽チンでした。
制服ができたんだけど、チノパンに、白のポロシャツに、緑のエプロン。
あとバンダナ。これがクセモノで、バイトが終わってバンダナをとると、
髪の毛がペッタリしちゃってるのよ。かなりブルー。
あと更衣室がないのもツライ。女の子が入る前に荷物と着替えをとって、
女の子が全員着替えおわってから着替えたものをおきにいく。
女の子が多いだけに、女性が有利になってる。ちぇっ。

オープンの日が3/29になりました。ドキドキです。



3月22日(WED)


家庭教師はじめました。



父親の後輩であり陸上関係の仲間の人の娘さん(中3)を教えることに。
しかし、人にモノを教えるってのは本当にタイヘンだ。
まだ始まったばかりだけど、なんとなくタイヘンだ。
自分で解くのはとても簡単なんだけど、それをどうやって伝えたらいいか。
特に僕なんか中学の数学は感覚でとらえてる部分が多いから、なかなか伝わらない。

ちゃんとできるかな。高校受験、失敗したらごめんなさい。



3月21日(TUE)


ギターを売却。



今日はA船にギターを売る約束だったので、
N村んちからいったん家に帰ってギターをとり、部室へ。
つまり、江戸川台→立石→運河。3時間以上かかりました。
で、A船にギターを渡し、ガストで夕飯。
んで、M我の練習を見に行って、そのまま勢いでM我以外のメンバーと柏でカラオケ。
Y口(し)の歌がとってもアツかった。いや、マジで。



3月20日(MON)


しばしさようなら。



と、いうわけでN村の送別会in御徒町八〇八。
N村、Y元、M高、T樹、Sもとくん。
Sもとくん、同じ高校だったにもかかわらずはじめましてでした。
で、昔話に花をさかせながら餞別を与えながら、
カラオケいきながらN村の実家(E戸川台)に宿泊。
そこで1度だけ面識のあるF戸を呼んでおしゃべり。
妙にポップス話でもりあがってたなぁ。

N村の実家にももういくことないんだろうなぁ。



3月15日(WED)


行ってらっしゃい。



中学・高校の時のトモダチの1人、
っていうか日記にも出場多数のN村が大阪に行く事になった。4年間。
おめでたいんだけど、やっぱりちょいとさみしいね。
別にそんなに頻繁に会ってたわけじゃないけど、
それでも東京に住んでればいつでも会えるっていう安心感があったから。
あっちいっちゃうとなかなか会えなくなるねえ。

ま、GWとか夏休みとかを利用して、
1度ぐらいは大阪にいってみたいものです。行ったことないし。



3月6日(MON)


突然の哀しみ。



久しぶりです。
今日からバイトの研修が始まったわけだが、 これといって書くようなことはなし。

3月1日22時55分、友人からの電話。
3月1日、産経新聞夕刊。
3月2日、産経新聞朝刊。
3月2日17時、別の友人からの電話。
これらの情報で、僕の友人が亡くなった事を知った。
首都高速横羽線での玉突き事故。
話を聞く限り、どうもよけられない状況だったらしく、
それだけにやりきれない気持ちと耐え難い怒りが。

その時に同乗していた3人は全員同じ高校の出身で、
1人は僕の知らない人、1人は中学1年のときクラスが一緒だった。
そしてもう1人が、中学2・3年・高校3年が一緒だったうえ、
大学が一緒だった。学科が違ったからあまり会うことはなかったけど、
それでも食堂であったり近くのスーパーであったり。
高校時代、部活の人間以外で最も仲がよかった人、
といっても言い過ぎではない。

ここで今日までの流れをひとつ。

2日の夕方、友人からの電話のあと。
とても1人ではいられなくなり、とりあえずヤチコに電話。
その後M我にメールをいれ、彼の家へ。泊りに。
柏でM我のバイト終了待ちをしながら、
I藁のバイト先にいってヒマそうな時につかまえて、お話。
2人で、「はぁ〜」っと。
でI藁に「M我邸に泊りにいく」ことを告げると、
彼もバイト終了後にくることに。
で、M我邸でバイオ3。

3日、朝イチからバイトのI藁を見送ったあと、
2日の電話でヤチコとI槻にいく約束をしたのでその待ち合わせに。運河。
で、ヤチコの祖父母の家にお邪魔してファンキーなご夫婦を見た。
ヤチコのルーツを垣間見た気がした。
そのあといつものように部室へ。で、S父江の誕生日なことに気づき、電話。
すると練習を終えたM我が、「夜にS父江の家を襲う」計画を立案。
賛成した僕は、M我の用事が終わるまでI藁邸で待つことに。
結局S父江の家に行かないことになり、I藁邸にそのまま宿泊。
夜中、I藁が風呂に入ってる途中、ヤチコと話そうとしたら、
なにやら涙がとまらなくなり、まともな会話ができず、
ただただなぐさめられるだけになってしまった。
みんなといるときは死んだ友人のことを忘れることができたけど、夜になると。

4日、昼間バイトのI藁を見送ったあと、ヤチコと部屋のお片づけを。
I藁が帰ってくるまでにとてもキレイにしあげた。
その後夕方からヤチコがバイトのため帰るというので、僕も帰宅。

5日、N川嬢のライブを見に「さわやかちば県民プラザ」へ。
あいかわらずステキな歌。なのに、あいかわらずMCは苦手の様子。
その後叔父の誕生日のお祝いに焼き肉。 おいしかったです。

とまあ、こんなかんじ。

ひとしきり泣いたあと、こう考えることにしました。
その友人にはもう現実に会うことはできないかもしれないけど、
それでも僕の記憶の中から彼が消えることはないし、ムリに忘れることもない。
彼の身代わりにはなれないけど、それでも彼の分まで生きようと努力することで
自分も含めて周りの人間が幸せになるのならば、彼も満足してくれるはず。
自分勝手な意見だけど、それでいいと思う。

この一件でさらに強く自覚するに至ったのだけど、
キャラが非常に似ているためか、彼女の人徳か、
精神的な部分でヤチコに相当頼っている。ほぼ全面的に。
おそらく今現在僕が弱音をはける唯一のお方です。
彼女の前以外ではけして泣くことはないでしょう。
これからもご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします。

この数日間僕に付き合ってくれた人達全員にありがとうといいたい。 そして投げキッスを送りたい。



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