秘密基地「道楽庵」
雑 記 帳
英国ハードロックの偉大な鍵盤奏者ジョン・ロード逝く
2012年7月16日、元ディープ・パープルのキーボーディストのジョン・ロードが、ロンドンの病院で肺塞栓症の為、71歳で亡くなりました。昨年、癌との闘病を公表していたそうですが、私は全然知りませんでした。
「ディープ・パープルって、何やねん?」という人もいると思うけれども、1968年に結成されたブリティッシュ・ハードロックを代表する偉大なバンドの一つで、それでも分らない人でも、ダッダッダァー、ダッダッダダァーという、あの有名な名曲「スモーク・オン・ザ・ウォーター」のイントロのリフを聴けば、「あぁ、あの曲!」と誰もがどこかで一聴はした事がある程、有名な曲を演奏していたバンドです。
最近では、お笑い芸人の「ワイルドだぜぇ〜」のスギちゃんがアメリカン・タイプのバイクに乗ってるソフトバンクのCMのバックにも流れているし、最近DVD化された映画「ウタヒメ〜彼女たちのスモーク・オン・ザ・ウォーター〜」で黒木瞳演じるオバサン・バンドがコピーし、演奏していた曲で、ハードロックの古典と言っても過言ではない名曲です。
ディープ・パープルには、超気まぐれ奇人変人孤高の天才ギタリストのリッチー・ブラックモアがいて、そんなリッチー・ブラックモアの気まぐれなアドリブにもビシバシ対応して、掛け合いをやってのける凄腕キーボーディストがジョン・ロードでした。
良いバンドには2つの種類があって、メンバー個々の演奏技術はそこそこでも、バンドのアンサンブルになると、バランスのとれた滅茶苦茶いい音を出すバンドと、メンバー個々の演奏技術がハンパじゃなく高くて、それがバンドの中でぶつかり合っていい音を出すバンド、ディープ・パープルは、明らかに後者であって、物凄いエゴとエゴのぶつかり合いのような壮絶な演奏が繰り広げられる一方、気が乗らない時には極めて散漫な演奏に終わってしまうような、ライブでは当たり外れの大きなのが特徴です。
日本では、よくディープ・パープルと比較されるブリティッシュ・ハードロック・バンドのレッド・ツェッペリンは、前者のアンサンブルで個々の力量以上の演奏をし、独特のサウンドのうねりのような物を体感できるバンドで、両者を聴き比べてみると面白かったりします。ただ、レッド・ツェッペリンの場合、純然たるハードロックという曲が意外と少なくて、アコースティックなカントリーみたいな曲もあり、その多様性が彼らの魅力でもあります。この2つのバンドは、日本では単純明快なディープ・パープルの方が断然人気が高く、アメリカなんかでは段違いでレッド・ツェッペリンの方がレコード・セールスも含め人気が高いというのも不思議な気がします。ちなみに日本でのディープ・パープルの人気は、最初に名古屋のラジオ局でガンガン流して、名古屋から火が着いた事から、名古屋が日本のディープ・パープル人気発祥の地と言われています。
ジョン・ロードは、ハモンド・オルガンをレズリー・スピーカーで鳴らしていたと記憶していたけれども、ハードロック色が最も濃かった第2期ディープ・パープル時代にはマーシャル・アンプに繋いで音を歪ませてとの記術を見かけた事もあります。リッチー・ブラックモアの200Wのマーシャル・アンプに対抗していたのでしょうか?
ジョン・ロードのディープ・パープル時代の名演は、第2期の「チャイルド・イン・タイム」、「ハイウェイ・スター」、タマホームのCMでもお馴染みの第3期の「バーン(紫の炎)」あたりでしょうか?バッキングもソロも素晴らしく、リッチー・ブラックモアとのコンビネーション、バランスとも最高です。
リッチー・ブラックモアとジョン・ロードという2つの音楽的な才能の出会い、組合せがなければ、ディープ・パープルはあり得なかったでしょうし、あの名演も生まれなかったでしょう。
ジョン・ロードは、ディープ・パープルの初期あたりは、かなりスマートで男前なルックスですが、ディープ・パープル解散後、デイヴィッド・カヴァーデイルのホワイトスネイク在籍していた時にはトドかセイウチのように太ってしまい、その肥えようはレッド・ツェッペリンのドラマーのジョン・ボーナムと双璧をなすと言われています。
71歳での死というのは、決して若過ぎる死ではありませんが、かと言って、天寿を全うしたという年齢でもないような気がしますが、彼のような偉大なミュージシャンは音楽という後世に形として残る物を遺していける特権があると思います。そういった音楽を作れた事自体、彼は幸運だったと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
(2012年7月28日)