秘密基地「道楽庵」
雑 記 帳


「故郷は地球」


 「故郷は地球」と聞いて、「ジャミラ」という名前にすぐピンと来る人は、特撮テレビドラマ「ウルトラマン」を熱心に見ていた世代の人ではないだろうか?
 最初の放映の記録を見ると、1966年12月18日に放送された第23話という事だから、その頃まだ0歳児だった私が見たのは再放送だったのだろうと思う。
 私が解説するまでもなく、ウルトラマンは地球を破壊する巨大怪獣や地球を侵略しようとする宇宙人を倒し、地球を守る正義のヒーローである。今なお続編が制作されている事を考えると、1971年に登場した「仮面ライダー」と並ぶ日本の2大ヒーローと言われるのも当然の事のように思える。

 ジャミラも数ある「ウルトラマン」の中に登場する怪獣の1つである。
 ただ、ジャミラが普通の怪獣とは違うのは、元々は地球人の宇宙飛行士であって、宇宙で遭難し、母国に見捨てられ、水の無い惑星で生き延び、怪物のような姿に変貌し、自分を見捨てた地球に復讐する為に戻ってきたという背景を持っている事だ。
 科学の進歩の為には犠牲はつき物、頭脳と肉体の超エリートである宇宙飛行士であるジャミラも、当然宇宙空間で事故に遭遇する事も覚悟していたであろうし、自分を救出してくれず、その遭難事故すら隠蔽してしまった母国に恨みを抱き、無関係な地球人を殺戮するのは、単なる「逆ギレ」ではないかという考え方もある。
 でも、彼を「ジャミラの正体を明かす事無く、単なる宇宙から来た1匹の怪獣として、葬り去れ」と命令した科学特捜隊パリ本部は、本当に正義の味方なのかという疑問が生じる。ジャミラは2度地球に見捨てられた事になるのではないか?宇宙での遭難事故も無ければ、地球に帰還する事も無かった。そもそもジャミラなんていう人は初めからいなかったという事にされてしまったのではないか?
 子供の頃、そんな複雑な事情や背景を理解して、「ウルトラマン」を見ていたとは思わないが、いつものように悪い怪獣がウルトラマンに倒され、スッキリするという爽快感が無く、視聴後、何か後ろめたさのような物を引きずらなければならなかったのは、強く憶えている。

ジャミラ 悲劇の犠牲者であるジャミラに感情移入するのか?と言えば、そうではない。
 恐らく怪獣ジャミラの変わり果てた風貌が、彼への感情移入を拒絶する。学校教育では「人を見かけで判断してはいけません」と言いながらも、実際の社会では薄汚れたホームレスとブランド物のスーツを着た紳士であれば、社会的な信用度を議論する事自体、無意味ではないか?
 アメリカン・フットボールの肩の防具のように頭の高さまで伸びたいかり肩、頭の上まで肩が伸びている事によって、顔の下にあるべき首が無い、目つきが悪く光っていて怖い、目と鼻の間隔が極端に短く、火を吐く口は何か赤々としていて怖い。水の無い惑星で変異した全身には、そこら中にヒビ割れがある。
 それでもアホアホな子供達の間では、セーターの丸首を頭の上に引っ掛けて、ジャミラの風貌を真似る「ジャミラごっこ」が流行った。今思えば、セーターの丸首を頭の上に引っ掛けても、あのジャミラのような「いかり肩」にはならない。全く逆に極端な「なで肩」になってしまう。それでも、当時の子供達の間では、それがジャミラであるという共通認識が生まれていた。

 子供達の多くが感情移入したのは、二瓶正也演じる科学特捜隊のイデ隊員だったのではないか?
 科学特捜隊きっての頭脳を持ち秘密兵器を開発する一方で、頼りない親近感に溢れる三枚目キャラクター、ジャミラの正体が自分と同じ地球人だと知って、新兵器を開発した事を後悔したり、時には非情さを要求される地球を守る仕事には向いていない気がしなくもないが、その優しさが子供達には魅力的なキャラクターに映る。

 「故郷は地球」では、水を放射してジャミラを倒すウルトラマンでさえも、単なるイジメっ子のように映る。

 地球に復讐する為、無差別に殺戮を行なうジャミラを、無差別通り魔殺人鬼に見立て、ジャミラに同情するのは、無差別通り魔にさえ同情すべき背景があるとする、いわゆる「人権派弁護士」みたいなもので、おかしいのではないか?という主張もあるようだ。でも、子供の頃に、そんな冷静な大人的な発想をしていたとは思えないし、子供番組を見て、そんなアホな事を考えているのは、現役弁護士の先生が「国民的アイドル・グループAKB48の恋愛禁止条例は重大な人権侵害だ!」と真顔で主張しているのと同じで、みっともない事のように思える。
 分別のつかない子供に、危険思想を植えつける洗脳であると言うなら、「勧善懲悪の昔話なんて、全て洗脳じゃん」って事になる。
 ウルトラマンのエピソードの中で、ひときわ異彩を放つ作品である。通常は怪獣や宇宙人といった外敵と戦うウルトラマンや科学特捜隊が人間と戦う、しかも、その人間が科学の発展の影に切り捨てられた犠牲者という設定。特に科学特捜隊の中にあって、特に人間らしいイデ隊員に見る者の感情を代弁させる。
 たかが子供向けの特撮番組、されど人間ドラマ。ウルトラマンや科学特捜隊がとった行動は果たして正しかったのか?自分を見捨てた地球に対する憎しみや恨みだけで凝り固まったジャミラ、ジャミラを単なる宇宙から来た1匹の怪獣として葬り去れという科学特捜隊、どちらが「悪」なのか?よく分からない?
 その人の立ち位置で、考え方も感じ方も変わる。

 ストーリーの概略は以下のとおり、

 東京で国際平和会議が開催される直前、各国の出席者が乗った旅客機や船の事故が相次ぐ。見えないロケットの壁にぶつかったのが事故の原因である事が分かった。科学特捜隊のイデ隊員(二瓶正也)が開発した光の屈折を自由に変える事ができるスペクトル・アルファ線、光の色彩吸収力を破壊するスペクトル・ベータ線、光の反射角度にある制限を加えるスペクトル・ガンマ線の3つの新兵器を使って見えないロケットを発見する。科学特捜隊の攻撃でロケットは墜落する。
 墜落現場付近の森を捜索していた科学特捜隊は怪獣を発見する。パリ本部から来たアラン隊員(ピエール・ピロッツ)が「やっぱりジャミラ」と叫ぶ。逃げ惑うジャミラ。
 その夜、ムラマツ・キャップ(小林昭二)の口火で、アラン隊員がジャミラの事を告白する。「あれは怪獣ではありません。彼は我々と同じ人間なのです。」米ソ宇宙開発競争の最中、ある国が打ち上げた有人衛星が事故で行方不明になった。その宇宙飛行士がジャミラだった。ある星に辿り着いたジャミラは、水も空気も無い風土の中で生き延びる為、あのような風貌に変異したのだ。ジャミラが人間である事を知って、新兵器を開発した事を後悔するイデ隊員。アラン隊員の口から「ジャミラの正体を明かす事無く、単なる宇宙から来た1匹の怪獣として、葬り去れ」との科学特捜隊パリ本部からの指令が伝えられる。
 火炎放射攻撃にはビクともしない。逃げ惑う人々を横目に、口から火を吹き、民家を焼き尽くすジャミラ。
「ジャミラ、てめぇ、人間らしい心はもう無くなっちまったのかよ?」というイデ隊員の叫びで、一瞬ジャミラの動きが止まる。
 水の無い星で変異したジャミラは火には強いが、水には弱く、科学特捜隊の人工降雨弾攻撃で弱ってしまう。ウルトラマンに変身したハヤタ隊員(黒部進)もいつものスペシウム光線ではなく、水を放射して、ジャミラを倒す。倒れて、泥まみれで、のたうちまわるジャミラの悲しげな泣き声は子供の泣き声のように聞こえる。
 夕日の中でムラマツ・キャップが言う「ジャミラ、許してくれ。だけど、いいだろう?こうして地球の土になれるんだから。お前の故郷、地球の土だよ。」
 国際平和会議が盛大に開幕し、科学特捜隊が建てた墓碑銘には「人類の夢と科学の発展の為に死んだ戦士の魂、ここに眠る」と刻まれた。
 逆光のイデ隊員のシルエットが「犠牲者はいつもこうだ。文句だけは美しいけれど…」と独白する。イデを呼ぶ声に交じって、ジャミラの泣き声が聞こえた。

出演者:小林昭二、黒部進、石井伊吉、二瓶正也、桜井浩子、ピエール・ピロッツ
監督:実相寺昭雄

※追記
 イデ隊員の最後のセリフの冒頭「犠牲者は…」の部分、「偽善者は…」とか「為政者は…」と諸説あり、何度もリピートしても判断がつかず、ここでは、とりあえず「犠牲者は…」としています。

(2013年4月14日)


TOP PAGEに戻る