2008/4/24

目をとじると・・
昔のワンシーンが時々頭の中によぎる。
そのときの温度、湿度、におい、なども不思議と
思い出してくる。
最初にコボちゃんから聞いたぶちさんの歌。

ときどき思ったことを書きましょう


 3月4日   初・スタジオ見学(乱入?)
次回CDリリースのレコーディングのため都内某スタジオに乱入した。
思っていたほどピリピリ感はなかったが、やはり緊張に包まれる場面はあった。よいものを作り上げていくときの感じです。私はたのしかったが、数倍疲れた感じ。帰りの道は、隣で娘は熟睡、軽やかな運転で帰宅。
この日は、昔(?)のスタイルで1発どりで2曲をとった。とくに「スマイル(仮題)」は間奏で、じゅんぺいさんのバイオリンが踊りだす。テイク1と2では、また違う感じ・・・ぼくは随分得をしちゃったな。

 1月6日   一年ぶりの更新 2008
時のたつのははやい!
07年暮れのライブで岩渕さんを見たのは、1年半ぶりだ。1月23日にアルバム・スーパームーンがCDでリリースされるそうだ。
ボーナストラックに、2枚目のエアポケットから数曲がプラスされるそうだ。楽しみだが、ぼくはエアポケットのCD化はないのかなとちょっと残念な面もある。

 1月5日   久々の更新 2007
年賀状書きが、1日の夜からはじまって、先ほどやっと一段落。久しぶりに更新しています。というのも、昨年夏突然PCのハードディスクが壊れ半年もバックアップをとっていなかったもので大変でした。
最近月に1,2度仕事で福島に行くのですが、ブチさんの「永遠鉄道」を聴きながら自動車を走らせます。なんか、東北にぴったりするのです。焦らず、そのままそのまま・・こないだ(2006年12月)は目の前に虹が現れ、うれしくなりました。その前の年も同じころ、同じシチュエーションを繰り返されていたような・・こんな不思議にひとり喜んでました。

 9月17日   ビートルズ
ぼくがビートルズを意識するようになったのは高校生1年の秋でしょうか。ですから1970年、ビートルズは解散していたのではないかな。
夏休みバイト・・バイトにあけくれて4万円くらい稼ぎました。そのうち2万円をもって秋葉原へ行きあこがれのラジカセ(当然モノラル)を買いました。18000円くらいしました。ラジオ会館の下のお店で・・・当時ノーマルテープC60で500円もしました。おまけに紙の箱でした。オレンジ色のストッパーかなんかついてまして・・・このへんの記憶のある方は少ないでしょう。
電蓄でレコードを聞いていたぼくは、早速FMをチェック。これまた埼玉ではFM局は3つ・・FM東京、NHK・FM、NHK・FM浦和の3つ。しかもFM東京は夕方6‐9時くらいまで望星講座(?)していまして、クラシック放送中心のNHK・・「Fmfan」って雑誌でビートルズやポップスをチェックしてました。アナウンサーの声がかぶらないように願いながらテープを用意し待っていました。
こんなんでビートルズをためこみました。
高3のときイレブンPMというテレビ(子供は見たらいけない番組だった)でクリヨウジ(漢字が分からない・個性的なイラストレーター)さんのアニメ入りで「アビーロード」を流したのです。そのときは衝撃的でした。多分1972年11月2日です。翌日朝霞駅近くのレコード屋へ行って、そこで初めてLPレコードを買ったのです。アビーロードです。ぼくのビートルズは最後のレコードから始まったのです。(※最後の発売はレットイットビーですが、録音、彼らのプロデュースと考えると最後のといいたい。)
電蓄でアビーロードを聞いていたのですね。オーディオに出会うのは4ヶ月あとになる。

 7月24日   隣人を愛す
作家トルストイは生命について「『生命とは、神と隣人に対する愛であり、人に幸福をもたらす愛である』とキリストはいった」と記したそうだ。キリストはご自分のいのちを十字架と復活によって、信じる者に救いをくださる愛なのです。
 この愛を知るものから愛が生まれるのですね。「何で生きているのだろう?」ではなく、正確には「何で生かされているのだろう?」なのではないか。それは神と人をキリストのいのちと愛によって愛を働かせることなのかな?元気のない日本だが、お金や才能ではなくこの無限のキリストの愛の中で生きたいと思う。「愛の中に♪」が頭の中でなっています。
 岩渕さんのライブでこんなことが伝わってきた。最初のライブのあとでアンケートに「生きてるって感じのほんとのライブだった」なんて思い出す。

 7月23日   岩渕まことさんとの出会い
以外にも新しいのです。
多分アルバム「永遠鉄道」が出る少し前頃だと思います。
ぼくの親友コボちゃんが、歌ってくれたんです。「くろちゃん。一回聞いただけで覚えちゃう歌ってすごいと思わない・・・♪金持ち、お金持ち・・」って歌ってくれたんだ。一回聞いた・・がミソです。歌ったではないのですね。そのとき以来ぼくも泥沼(表現がよくないですが・・)にはまりこんで、楽しく格闘しているわけです。
岩渕まことCDをほとんど買い揃えた頃(家内は「岩渕亮(りょう)って人と似てるね?」なんてボケたことをいっても、ぼくも「そうだね」でした。)「百万人の福音」紙になんと岩渕さんの公告がでてるじゃないですか・・それも住所は、ぼくの友人の近所、Eメールを送りました。まだホームページはなかったのです。ぼく「コンサートが近くであったら行きたい」返事は「馬場でやってますよ」翌月(たぶん9月)家内と意気込んでいきました。
馬場の駅からかなりあるのですが、緊張していたせいか割とすぐだった。入り口にはまたびっくり「フルート:中谷望」家内はかなり舞い上がっている。CDでいつも聞いていた。2人の人と逢えるんだ・・
入場料1500円。安い。しかもケーキと無名の会社のだがでかい缶のウーロン茶もついた。受付は由美子さんとは数ヶ月あと知ることになる。
もう、もどれない状態になって帰っていくのでした。

 7月4日   電蓄(でんちく)
昭和20年代の生まれの人は思い出すかもしれません。電蓄、たぶん電気蓄音機の略だろうね。昔は電気冷蔵庫とか電気掃除機っていってたっけ・・
電蓄は家から10分も歩かない南栄の商店街の「とおやま?」(今もあるかもしれない)きれいなリサイクルショップである。学校の帰り友達とこのショーウインドの中をのぞく。幅は2mもない。そのウインドウを通して中が見える。ギターなどが並んでいる。
この商店街の周りには、ホンダの独身寮や下請けの工場、自衛隊があったので、引越しのときや、お金が要りようになったら利用していたかもしれない。
そこである日、水色のふたの、幅40cmくらいの電蓄にであった。毎日学校の帰り見ていた。貧乏だった家は「買ってください」といえる雰囲気ではなかった。でも母はいつの間にか、どう知ったのかそれを買ってきなさいとお金をくれた。値段は覚えていない。
母は370円だったかなその先のレコード屋さんで美空ひばりの「真っ赤な太陽」を買ってきた。母はそれを聞きたかったのかもしれない。当時370円もするレコードはなかなか買えなかった。ぼくがはじめて買ったのは、たぶん中一のときそのレコード屋さんでフォークルセダーズの「悲しくてやりきれない」だった。「帰ってきた酔っ払い」は母が買って来ていた。B面の「ソーラン節」が気にいらなかったね。
高校3年のときバイトして中古のコンポを買うまでこれで聞いていた。ラジカセは高一の夏休みにさかのぼる。

 6月28日   トランジスタラジオ
ぼくが小学校6年の3学期。当時埼玉の朝霞にすんでおりましたが、電車で2つ先の成増の商店街の洋服や(マルゼン?)で中学の学生服を買ってもらいました。それには小さなトランジスタラジオがおまけについていました。幅7、8センチ.高さ10センチくらい。厚さ2センチくらい。9Vの電池を入れるとAM(当時モノ)が聞こえてきます。
それ以来、ラジオが好きだ。当時好きだった番組は、土曜夕方FENのアメリカンポップストップ40。これは後で知ったことだが、アメリカから1週おくれで朝霞のベースから放送されていたそうだ。それと日曜朝、ニッポン放送のポップスベスト10、歌謡曲ベスト10司会はロイジェームスさんだった。フジヤのチェルシーの歌がCMで流れていた。ポップスのほうは記憶がいまいちだが、星加ルミ子さんじゃなかったかな?


菜の花畑
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