簡単なプロフです。
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13 |
家になぜか置いてあったぼろいガットギターにスチール弦を張ってギタリストとしての第一歩を踏み出す(笑)。NSPなどをつま弾いていたのだが数ヶ月後、スチール弦の強力なテンションに耐え切れなくなったブリッジがはがれておしゃかになる。思えば数日前からラウンドトップ状態になっていたのだがああ涙・・・仕方がないのでYAMAHAのA・Gをねだりにねだり倒して買ってもらった。涙の影に笑いありである。 |
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14 |
一年間の練習の末、同級生をそそのかしめでたくNSPのコピーバンドを結成したのだが、ベースがいないので安うけあいして今度はベーシストとしての第一歩を踏み出す(笑)。当時ほとんどのベーシストがそうだったように私もまた転向ベーシストである。ベースは当然もってなかったので出世払いでまた買ってもらった。なおいまだに出世はしていないので未返済である。 |
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15 |
友達のバンドにリードギターがほしいというので、再度安うけあいする。またもねだり倒すが当然のごとく失敗に終わる。その後しばらく借り物で演奏をつづけることになるのだが、あるときに親戚からついに名器SG−7を譲り受けることになる。しかし時代はNWOBHMムーブメントの真っ只中、一応名器とはいえステージに登場することはなかった。 |
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16 |
中学卒業と同時に解散してしまったバンドだが高校入学後再び結成。いっちょまえに髪も伸び、色気づいてきた私はハードロックバンドに変身する(笑)。最初はアイアンメイデンなどをコピーしていたが、ラウドネスに衝撃をうけあっさり転身。と同時に練習時間の増大を余儀なくされる。 |
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17 |
高校では二大本格派HRバンドの一翼を担い、MSG、スコーピオンズ、レインボーなどのコピーの傍ら、元来のオンデマンド精神に火がついてついに歌謡曲に手を染めることになる。 そしてその後方向性を見失った一翼は次第にコミックバンドへの道を歩むことになる。 |
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18 |
周りは既に進学や就職モードに突入。バンドも解散状態になる。 一人残された私はMTRに手を染め、カラオケ作成の毎日を過ごす。 MTRといっても実際はラジカセを二台つないだお粗末なものであったが当時は斬新なことであった。 そうこうしているうちに求人募集はほとんど締め切られ、私は進学を余儀なくされるがあろうことかいつのまにか願書の締め切りも終わり、もはや専門学校しか選択の余地はなくなっていた(爆)。 |
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19 |
めでたく某電算機系の専門学校にもぐりこむと、なぜか早速メンバーさがしを始める。が、なかなか見つからず、見つかったのは訳のわからない4人のばかであった。結局ボーカルとギターのパンク系のユニットを結成。思えばB’zのようなものである(笑)。
しかし練習に熱中するあまり、情報処理試験の当日も忘却の彼方。 |
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20 |
ついに就職!初給料は当然E.ギターを購入。後先を考えないばか一人は1ヶ月分をほとんど投入し、スティーブルカサーモデルを手に入れる。その月はキャベツをかじる毎日であった。 ちなみにいまだにキャベツは見るのもいやなのは言うまでもない。 |
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21〜 |
就職と同時に目黒に居を構えた私であったが、我がレトロ調マンションには防音設備などはなく、元祖アカペラ集団の某○価学会のたまり場でもあった。気持ちよくギターをかき鳴らしているとどこからともなく「なぁむみょぉほぉれん・・」の声が… しかもブレイクの合間に絶妙のタイミングで「チ〜ン!」と鐘が鳴り響くと、再びいつ終わるともしれぬ「なぁむみょぉほぉれん・・」の声が鳴り響く。あの間というかタメというのはなかなかブルージーなものがあり、練習の賜物であると感心する私であったがいささか毛嫌いな集団であった。 |
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現在 |
いまはあまり楽器はさわらないのだが、イングヴェイを主に弾く。 彼の曲は弾いていてとても気持ちがよく、さすが本人が気持ちよさそうに弾くのもうなずける話である。 |