アダムは万物の名付け親

    
平成十(西暦1998)年十月一日 旧八月十一日(木)


 堕落前のアダムは神から無類の愛を受けていた。
それ故に神はアダムの助け手として創造したあらゆる生物に好きなように名前をつけさせたと旧約聖書創世記には記されている。
 堕落以前のアダムは人であったから、言霊の持ち主であったのだ。
だが、堕落以後のアダムは自ら名付けた万物と戦いながら生きる位置まで下げられた。
   第二のアダムと云われたイエス・キリストもその言霊により病人を癒し、死者を復活させた。
そして、後継者たる弟子達に新しい名前を付けてやった。
 第三のアダムである聖師様は、その言霊によって御神業を遂行し、弟子達の新しい名前はおろか、年齢までも若返らせてその通りにさせた。
 即ちアダムの本来の姿は、完全なる言霊を有する霊主体従の霊止であるのだ。
したがって霊止には万物に対して新たな名前を付ける権威があり、新しい言葉を生み出す資格があるのである。
そして最も偉大な権能は、新たな真理を制定する事が出来ることである。
神は彼の決定するとおりに真理を改新するのである。
完成体のアダムは常に主神の前では、心身ともに裸でなければならない。
主神に対して一切の隠し事があってはならないのである。
勿論、主神は始めから全てお見通しであるから、隠し事も何もないのであるが、これくらいのことは神様も見逃すであろうという卑怯な心を持ってはならない、ということである。
自分の弱さも強さも、良さも悪さも全てを主神の前でいちいち批評せずにさらけ出している純朴で素直な情態でなければならないのである。
聖師様がお尻をまくって月を拝ませていた、というエピソードもただのウーピーではないし、襖に穴を開けて珍宝を出して女性信者を笑わせていた、ということも勿論ただのユーモアではないのである。
これは方舟のノアが洪水後幕屋の中で泥酔して丸裸で寝ていた神事の再現なのである。
彼の三人の子供達は、これを目撃して恥じ、後ろ向きで裸の父を見ないようにして衣をかけた。
その事によってせっかく洪水で浄化された霊止の心に、再び邪気が侵入したのである。
眼が覚めたノアがセム、ハム、ヤヘトの三人の息子達を呪い混じりの言で祝福したのは、彼等が裸を恥じたからであった。
勿論、尊い神様といえども高貴な霊衣を纏っているのだから、美しい衣装を着てはいけないというわけではなく、むしろ神格に応じた衣装を付けて主神に拝するのは礼儀であるけれど、裸を恥じる事は、エデンの園でアダムとエバが始めて神様に隠し事をした事件の再現であるから、これを理解できなかった息子達は、三人揃って地上天国を継承する資格を剥奪される結果になってしまったのだ。
即ち、聖師様のウーピーの部分を受け入れる事は、神業継承者にとっては最重要事である。
アブラハムの息子がイサク(笑い)であったり、ナザレのイエスが、
「その着ているものを全て脱ぎ捨て、大地に踏みつけなければ天国に入る事は出来ない。」
と豪語したのも、この事を継承予備者に伝えたかったのである。
 それにしても凄いのは、聖師様はこうした西アジアでの御神業の全ての失敗を、その行為で完全に成就させていたことである。
神業というものは事前にその意味を相手に伝え、リハーサルをした上で成就させることは出来ない。
何処までも神業継承者の自主的学習によって一発勝負で成就し伝授されなければならないものである。
そうする事によって彼の言霊は浄められ、その言で一切を新創造してゆく権威を賜る事になるのである。
誰かに教えられてから分かる様では間に合わない。


神戸に行ってくれ

    
平成十(西暦1998)年十月二日 旧八月十二日(金)


 一九九一年十月十八〜十九日に神戸の舞子ビラで、
「霊界物語ご口述七十周年記念・神戸霊界物語入門口座」が実施されると報告が届いた時、私の中で坂本龍馬と名乗る声が、
「垣内君、勝先生と吾しらぁが、幕末に神戸海軍塾を盛り立ててしもうた事は如何に神戸の仕組を知らんじゃったとはいえ不覚じゃったぜよ。
武力と交易で国を守る考えは良かったが世界の神様のお考えまでは気付かんかったきに、国替えしてから頭領様(聖師様)に神戸の仕組みについて聞かされた時には、全く返す言葉もなかったぜよ。
それでもこの度のことは世界の神様の仕組みのあることとやから気に病むなと諭されて日露の海戦に出陣したが、この神州は武力も交易も先ず天祖様に伺いを立ててからせねばならぬものを、帝国軍部が先走って太平洋開戦をした時は心底臍を噛んだぜよ。
今の代の日本国の経済復興ぶりも、神意を取り違いて太平洋戦争の仇討ちのつもりで、世界の市場を乗っ取る悪巧みを始めておるから、垣内君にどうしても神戸に行ってもろうて、これからの代は武でも駄目、金でも駄目、神で治める仕組みだと七十年記念の鳴門にちなんで宣言してほしいんぜよ。
龍馬の過ちを是非宣り直してつかあされ。」
と、深々と頼むのであった。
 当時の私には幕末の英雄達の英霊が色々に罪滅ぼしがしたいと集まって来ていた為、音楽に夢中であった毎日を休憩して、愛善苑の催し物に積極的に参加していたのである。
特に私の誕生日が十一月十七日であった縁で旧暦の十一月十五日生まれで、同日に遭難にあって翌十六日に他界した坂本龍馬や、十六日生の植芝盛平翁等が、
「十五、十六、十七の仕組みである。因縁ある垣内殿、お手伝い下され。」
と、合気道引力(一九九一)の仕組みで世界の因縁ある御霊を垣内に引き寄せて、霊界物語を学び直して、世界を改めるのだと、私もその気もないのに引きずり出されて、愛善苑に恥じも外聞もかなぐり捨てて名乗りを上げさせられたのだ。
 私としては宗教界等で名前が売れてしまうと、音楽界に顔を出しづらくなるので何度も他の上根の人に頼んでくれ、と逆に頼み直したが、どうしても今間に合う私でなければならないと強く頼まれてやむなく行動したのであった。
手柄に執着がある様では御用は務まらないというのだ。
 それで、私はあまり面白くもない講義を聞いた後、質疑応答だったか、感想の時に前記の坂本龍馬と名乗る声の伝言を神戸から鳴門の渦潮に向かって宣言したのである。
その後、バブルは崩壊し、世界の経済は不安定な様相を深めるばかりであるが、それもこれも神様の御経綸が明らかになる為の道均しである。
これを境に神を恨む者と感謝する者の本性が露見して、誰一人ごまかしのきかない世の中となって来ているのである。
御神業に使われる者は、現界の事情ばかりを優先するわけにもいかないし、また、幽界の邪気を放置しているわけにもいかない。
修羅に苦しむ英霊達を天国に安心して昇天させる協力をしないわけにもいかなかった。
高杉晋作と名乗る声の伝言によると、彼は愚れる癖や女癖の悪さを勤皇の志士のステータスの様にしてしまった事を非常に悔いていた。
「垣内君、僕が結核を患ったのは万事女遊びに歯止めが効かなかった報いなのだ。
今思えば愚かな事をした。
坂本君に女を教えたのもこの僕だし、彼にピストルを与えたことが、結局彼の死期を早めてしまった。
代が代であったとはいえ愚かであった。
必ず後世にこの事を宣り直してくれ給え。」
というのが、彼の伝言である。肉体はどんな英雄も罪深い。
今の私は神戸に行った事を感謝している。


島流し

    
平成十(西暦1998)年十月三日 旧八月十三日(土)


 江戸時代には、島流しという流刑者の刑場となる離れ島があった。
  そこには刑期があり、一生を流刑で終える者もいれば、何年かまともに刑期を務め上げれば墨を掘られて娑婆世界に釈放される者とがあった。
 島の暮らしは意外にも、あまり悪いものではなかったと云う。
中には島の暮らしに親しんでそこで一家を成して、本土に戻らない者も出来たほどであったという。
 人間というものは集団になると、本能的にリーダーを望む様になるものだ。
例え罪人といえども、その場を仕切る頭株というものが必ず現れてくる。
牢屋でさえも牢名主なるものが生まれるくらいである。
島にも島名主みたいなものは自然に発生する。
藩公役人の中の狸は、島内を首尾良く管理する為に、こうした島名主一派から絶えず情報を得ていたであろうから、終身刑を言い渡された者や、島に根付いた者は別として、刑期を終えて真っ当な世界に帰りたいと願う者にとっては、この島名主とその一派は、脅威でもあり、眼の上のたんこぶの様な存在であったろう。
島名主一派の中には、短い刑期で娑婆に帰る者を妬む者もあったろう。
だから、そういう連中は、彼等の刑期を延長させる様にあれこれ悪どい手を使って、陥れようとしたりもしたであろう。
島名主一派にとっては島内にいれば罪人ながらもいい思いが出来るわけで、刑期の短い者達を配下に置いて、でかい顔が出来る。
その刑期があまり短期間ではつまらないわけであるから、平気で足を引っ張った筈である。
如何に島の暮らしが良くても、そこでの生活は自給自足であったから、農作業が必要であった。
その貴重な労働力として、新顔や刑期の短い者を使わない手はない。
おまけに、それで島内がまとまれば、役人からも褒美をもらう事になる。
その役人だとて、面白くもない離れ島生活の憂さ晴らしに、刑期の短い気の弱そうな流人を虐めもしたであろう。
 改心の出来た流人なら、どんな虐めにも耐えたに違いない。
そうなると、島に出戻りした流人が、娑婆に帰っても島帰りはそう易々と更生出来るものではないから、かえって島で流人生活をしている方が御安泰だという考えを彼にもらしもしたろう。
 この現界の地球というものは、霊界から見た時はこの島に相似したところがかなりある。
江戸の字を穢土に置き換えれば、それは尚更強調される。
本来、創造主がお建てになられた地上天国では、喰うに困ると云うようなことは絶対になかったから、金も必要なく、争いもなかった。
現在、猛獣と呼ばれる動物達も、喰うに困らないからのんびりとしていて寿命も長く、繁殖行為も少なかった。
ところがアダムとイブと蛇の堕落があってから、自給自足と生殖活動と縄張り争いが発生し、この世は流刑場と化してしまったのだ。
人間と動物の淫行やら、同性愛やらが氾濫し、神は一旦は大洪水を起こし、ノアを再興の始祖として地上天国を再建しようとしたが、その三子息が信仰を失敗したため、人間の生悪性を正すのをあきらめ、肉体死後の霊人のみを天国に導く様にしたのである。
これは即ち肉体生活が、霊人にとっての刑期に相当する事を意味している。そして肉体を失うことは即ち墨入れに当たるのだ。
だがしかし本来の神の願いも、また全人類のあるべき姿も、肉体そのままが天国である生涯を送ることなのである。
何時までもこの地球が霊的流刑場であってはならない。
宗教科学・政治経済の使命はそこにあるのだ。


人命と天命

    
平成十(西暦1998)年十月四日 旧八月十四日(日)


 「人事を尽くして天命を待つ」
という諺があるが、天命とははたしてどのようなものであるのであろうか。
広辞苑には、
「1天の命令。上帝の命令。2天によって定められた人の宿命。天運。3天から与えられた寿命。天寿。」
とあるが、先の諺については2の天運というのが相当する様に記されており少々呪縛的な臭いを放つ。
 しかし少しく鎮魂して我が内流に尋ねる時、それはもっと主体的な言霊として復活する。
命運は運命と同意義の熟語として広辞苑にも記されているが、聖師様は運命については明確に宣り直しておられる。
即ち運命とは自ら命を運ぶという積極的な行為であるとされる。
命運は命の巡り合わせという意味のままであるが、これに天意ということが介在すれば、
「天意の決定に従って自ら命を運ぶ」
というのが「天命」の真意であると私は覚るのだ。
 これまでの言葉の使用法は悉く体主霊従であり、天意の実在に対する曖昧な理解の下に構築された言語であるから、その意味はどれも曖昧模糊としたカオス的言語であり、取りようによってはどのようにもとれる言葉であり、人間はその使用法に従うのが常であり、言葉に対して全く主体性を持っていなかった。
ナポレオンではないが、
「吾輩の辞書に不可能の文字はない。」
と断言出来るのが主神であり、常にそれに従うのは人の絶対的な天来の宿命である。
 しかし仮相のこの世界には天意を見失った仮の宿命と運命が存在すると迷信されている。
これをここでは仮に人命と呼ぶ事にしよう。
この人命による言葉の使用法が、先に記したカオス的言語である。
普通の人間はこの宿命的な人生を自分の頭脳で判断して設計してゆく。
しかし、思い通りにいかない時に運命という言葉を持ち出して自らの人生設計の狂いを妥協するのである。
これらの行為は何処までも肉体人間の個人的な思考であり、天命という神我一体の思考とは異なるものである。
簡単にいうとそれは、私的であるか、公的であるか、の違いである。
そうして天意というのは所謂上意とは違う。
お上と主神を混同してはカオス的思考から永遠に脱出出来ないのである。
主神即ち大自己であるという見地から、小自己の低次の判断を超えねばならない。
 人間社会の法は、尊重しつつも天意の必要に応じて超越せねばならないものである。
人は神の子・神の宮であり、人体は神の器である。
器という物には大きさがある。
その限られた大きさ以上の神が納まらないとしたら、それは全く小さな物だ。
人命にのみ巴われると、この小さな器だけの思考になってしまい、天の無限の思考が流入しなくなって来るのである。
小さな自己に執われる事を「巴われ」というのである。
しかし器と云っても無限の器がある。
それは蓋も底も無い器で、管とかパイプと云われる器である。
これを「わたし」というのである。
その働きは渡しであり、永遠の循環を意味する。
神の無限の叡智と力を内流させるのであるから底無しである。
器をコップに例えてこれを逆さにして空にする事を説くのが釈迦であり、空になったコップを縦にして神を納めることを説くのが耶蘇である。
そうして、コップを立てずに横に寝かして流れる水の如く無限の神の通り道になることを説くのが瑞霊である。
最後にコップを底無しにして天地の運河になる道を説くのが伊都能売である。
これを厳瑞不二の主神、神素盞嗚大神と称するのである。
 人間は自らをパイプにして主神の大生命の運用を橋渡しする大叡智を身につけねばならない。
これを正しく天命の体現者と称するのである。
肉体の頭脳を解放して神を運ぶのだ。


創造主、救世主、更生主

    
平成十(西暦1998)年十月五日 旧八月十五日(月)


 創造主と救世主を分けて考えるのが昨今の宗教の常である。
聖師様が初めて現した更生主についても、これを分けて考えておられる様に思う。
 私は自らについて音楽家であると思うし、芸術家であると自負している。
芸術家というのは天才性を必要とされるから、始めは努力して技術を身につけるが、ただの技術屋と違うのは、これを表現したいというビジョンがあることである。
だから、基本的技術を応用して、合成したり、基本を無視したり、あらゆる可能性をその表現のために試みながら、できるだけ自らのビジョンに近づけようとするので、金銭的儲けばかりを言っていたのでは芸術家としてはその魂を失うことになる。
 日本人は勤勉と努力、信用と誠実を重んじるが、それは人間同士での事であって、自らと神との間のものではない。
だから、天才というものを嫌う傾向が強いものである。
そこへゆくと特にキリスト教社会では、牧師さんが信徒の方々の個性的天才を奨励するので、天才というものを非常に好意的に迎え入れる傾向がある。
勿論、どんな天才も、努力と信用がなければ、人間社会で開花するものではないのだが、天才というものがなければ、新しいものは生み出せるものではない。
  大体に於いて、あるがままに古典的な物のみを尊重していれば、新しい刺激は必要ないから、創造を終えた創造主の成果のみを賛美していれば良いのだが、物質の世界は有限の世界である。
時が経てば必ず老朽化して消滅するのが摂理である。
そんな中で少しでも長生きしようと救世主を期待し、更生主を思うのが普通の人間である。
けれども、芸術家というものは、そういったことに頓着するよりも、ビジョンを創造実現するためにあらゆる活動をするから、生みの苦しみというものを知っている。
思い通りの結果を現すことの苦しみと喜びを知っている。
これは、創造をしない人たちと比べると、限りなく創造主の心に近いものになる。
営業という仕事もこれによく似ている。
新製品を買い手に理解してもらう為の苦労は並大抵のものではない。
工場の経営もその本質的なものは何も変わりはしないのである。
そう思うと、私には創造主も救世主も更生主も、別々の主である様な気がしなくなるのである。
我々の生きている世界は創造主の被造世界であり、我々を含む全ては被造物である。
 そしてその被造物は永遠性の物ではないから、必ずところどころ、あちこちに傷みが生じ、老朽化による破損が生じる。
これを修理すれば救世主ということになるのであり、改良して作り直せば更生主ということになる。
聖師様も和明さんの大地の母を読む限りでは、若い頃は創造者だったし、研究者だったし、営業マンだった。
困った人を放っておけない救援隊だったし、失敗をやり直す努力家で、これは更生主としての資質だった。
私が何よりも敬愛するのはそんな喜三やん時代の聖師様である。
本当をいえば様などではなく、聖師さんと呼ぶのが一番温かみがあり、性に合うのであるが、どうも世の中というものは堅苦しく構えたがり、いちいち差別をしたがるのでしんどいのである。
今の時代はきつい時代だ。若い者は考えが甘いと嘆く年寄りが多いが、マス・メディアの発達した現代に、社会の厳しさを知らない若者は少ない。
だからこそ幻滅して投げ遣りになり、悪知恵が身に付き放蕩するのである。
宗教のことしか分からないのでは、この世の人々の役に立てる愛善苑にはなれない様に思うのだが、聖師様は今どう思っているだろう。


あるがまま、なすがままに

    
平成十(西暦1998)年十月五日 旧八月十五日(月)


 帰る所があるというのは心強いものである。
私は今旅をしている。
この肉体の宿にいて時間という船に乗り、何十年かの束の間の旅を楽しんでいるのだ。
そこには風光明媚な天然の景色あり、人間同士の愛憎のドラマあり、様々な映像が私の五感を通り過ぎて行く。
 私にはこの不断の映像を細工するつもりはない。
何故ならそこは私の舞台ではないからだ。私の住まう所は永遠の神の国である。
天候気候に脅かされず、人災、天災に心労する事のない平和な世界である。
 天界の監督は色々に演出を施しているようであるが、その台本に手を加えるのは私の仕事ではない。
私はこの旅の宿であるがままの映像をなすがままに楽しむばかりである。
勿論この肉体も監督の演出の一役を買ってはいるが、私自身はこの体を通して天のなすがままに旅をするばかりだ。
 ついこの間も監督の命ずるまま、私は一つの歌を唄ってきたが、それがどんな意味を持つのかは監督の心の中にあり、私はただそれを楽しむばかりである。
社会構造や現状などに意見する事はあっても、監督の意図に逆らうわけにはいかない。
 私の自由は常に天意に従う事にある。
それが私の最大の自由であり、最大の積極性であるのだ。
例え全人口の九割九部九厘が天意に逆らい思い思いの自由の花を咲かせているとしても、私はそれに意見するつもりはない。
私は何処までも天意に従う自由を選び、独自の自由を謳歌するのみだ。
今の私は、帰るべき所を知ってしまったのだ。
今更その途中の道のりに手を加える事は煩わしいのである。
持って生まれてきたものに逆らうことは出来ない。
長生きすればするほどそう思う。
他人のやっていることを見て、あんな事もできたらいい、こんな事もできたら良いなと心は動くけれども、結局持って生まれた役どころは変えられないのである。
正直言えば出来るだけ早く帰るべき所へ帰りたいのだ。だがそれも定められた出番をこなすまではどうにも出来るものではない。
 私の役どころは何処までも天意に従い、それを貫き通すことにある。 ここでまたジーザスの言を引用しよう。
「汝等、明日に何を喰い、何を着ようと思い煩うな。
何故なら天の父は今我が子に何が必要であるかを最もよく知り給うからである。
空を飛ぶ鳥が、何を着ようと思い煩うだろうか。朝美しく咲き、夕には炉にくべられる花も、神はその間を美しく輝かせてくれている。
まして神の子、神の宮として生まれた人の子は、それらにも増して優れたものではないか。
ただ御心のままに今に生きるのだ。」
これが惟神の奥義であるなどと云えば、また語弊がうまれるであろう。
しかし、私はこれまでの半生を充分に楽しんで来た。
それは自らの魂の帰るべき場所を探求する旅であったのだ。
私の旅はまだ続いている。
だがそれは役どころとしての旅である。
私の魂の旅は二十歳の時にすでに終わっているのだ。
今の私は、やがてその故郷で再会するであろう人々にその福音を伝えるだけなのである。
そして願わくば、私に縁遠い人々も一日も早く魂の故郷を知って、苦しみ多く、葛藤多い自力的生涯を終えて、自他一体、万類和楽の生活を新たに開始して頂きたいと祈るのだ。
 出口王仁三郎聖師様は真実を明らかにした上で、万類和楽の世界を完成しようとしておられる。
過去の罪を改めた上で世界を更生し、出来るだけ現状のまま世界を救いたいのだ。


割礼

    
平成十(西暦1998)年十月六日 旧八月十六日(火)


 ユダヤ教には古くから割礼という儀式がある。
これは男児が生まれた場合、その性器の包皮の先端を切りと取り、祖先伝来の原罪が記憶された汚れた血を捨てるという儀式だ。
成人した異邦人(非ユダヤ教人)が新たにユダヤ教に改宗する時にも、この割礼が強制された事があると旧約聖書にも記されている。
 その由来はアダムが禁断の木の実を食したので、その後にイヴから生まれた子孫に悪魔の血統が混入した事を浄める為であったが、現在でも意味は違うが、日本では包茎男性を軽んずる悪習がしみついており、医学的にも不潔であるという発表がなされている。
だが、その割礼もカトリックからは水による洗礼に昇華した為、一部のユダヤ教派を除いて全く行われていない。
 あまり関係ないかも知れないが、東南アジア当たりの大仏や、ギリシャだかローマの美を極めた古い彫像の男性は全て包茎で表現されている。
 カトリックの発生源であるイエス・キリストは生粋のユダヤ教徒として育てられて来た訳であるから、基本的には割礼を施されていたはずである。
だが、カトリックにおいてはその儀式は継承されなかった。
これは一体何を意味するのであろうか。
 本来、生まれたままの体に刃物を当てること事態神を冒涜する行為であるにも関わらず、ユダヤ教に於いてそれが行われたのは根強い原罪思想に基づいてのことであるから、カトリックに於いてはこの原罪を、イエス・キリストが十字架による流血によって全て浄めて去ってくれたのだから、クリスチャンには原罪が無く、従って割礼の必要がなくなったという理由で、水による洗礼に置き換えられたのである。
 この様に、宗教儀式の中には時を経て新たなる儀式に返還されたものが幾つかある。
それは特に、聖書系の宗教に於いて顕著である。
堕落以前のアダムとイヴの頃には、この様な儀式は一切無く、神と人は親子として自然な家族関係を保っていた。
が、しかし、堕落以後はその息子のカインとアベルに始めて燔祭の儀式を命じる。
燔祭というのは神への捧げものを火で焼いて煙にして天に捧げる儀式であるが、主神は長男のカインが捧げた穀物の燔祭を無視して、アベルの捧げた子羊の燔祭を受け入れた。それは長男のカインが両親の堕落の直接の原因となった交わりで出来た子であったからであり、彼にはサタンである蛇の霊的な血が混入していたからである。
アベルは両親の反省の後に新たに生まれた子であったので、神は新たにこの子をアダムの位置に立てる為に彼の捧げものを受けたのである。
即ちカインは堕落以前の蛇の位置にあったから、カインはこの神の選択に喜んで従うべきであった。
が、しかし、彼はこれを理解できずアベルを暗殺してしまったのである。
よってカインは更に追放され、三男のセツが後継者とされ、神はノアに至る長い年月を待ち、地上に明確に現れた悪の種族の全てを大洪水によって滅ぼすことになさったのである。
 その後、アブラハム三代の家庭の信仰の努力により、神はヤコブにイスラエル(勝利者)の名を与え、モーセに至るまでの年月を燔祭によって契約を結んだのである。
モーセ以降は神の御言による律法を守る事により契約を結び、イエス以降はイエスを信じる事によって契約を結んで来たことになる。
燔祭や割礼はその都度退化した儀式であったが、伝統を重んじる保守派によって僅かに伝えられて来た儀式である。
 神が子である筈の人類と契約を結ぶのは、人類がまだ完全に堕落から解放されていない証である。
迷信は意外に根深いものである。


大本神諭

    
平成十(西暦1998)年十月七日 旧八月十七日(水)


 「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。」
という大獅子句に触れたのは二十一歳頃であったろうと思う。
「みんなしあわせになれ」を作詞してから、「世界平和の祈り」に出会い、一連の「謎の・・文書」関係の書籍を読む様になって、ぐいぐいと私を大本へと誘い、出口王仁三郎聖師様へと導いてくれたのは、この神諭の不可思議な吸引力であった。
今では八幡書店版の比較資料の豊富な霊界物語を全巻拝読したおかげで、大本神諭が霊界物語のメモ的段階のものであることは納得済みであるけれども、この初発の神諭だけは別格であろうと思う。
私は二十七歳になって始めて幕末の維新について神様から学ばされる事になったのだが、それまでは西郷隆盛だとか坂本龍馬とかは、恥ずかしながらまるで別世界の偉人達であったのだ。
だが、そのおかげで全くピュアに、彼等の歴史と艮の金神の立て替え、立て直しが、私の中で何の抵抗もなく融合したのだ。
 私にはこの神諭がそのまま吉田松陰の叫びに聞こえたし、時々悪ぶって見せるとき等は、これは高杉晋作だ、と思うことが出来た。
大体からして三千世界という切り出しからして、
「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい。」
という高杉の川柳を彷彿とさせる。
「暁の烏」とか、「足下から鳥が立つ」とか、「天下取り」だとか、「国取り」だとかも、龍馬作の「船を沈めたその償いは、金を取らずに国を取る」という歌に通ずるものがある。
私には当時の軍属がこの大本神諭を見てただならぬ思いになった事を容易に察することが出来るのだ。
 大本神諭の中には日本の統一に命を捧げてきた数々の英霊達の叫び声が包含されている様に思えてならなかったのだ。
勤皇の志士達はおろか遡ること戦国時代の多くの英雄達、更に歴代の天下人達の悲願が艮の金神という戦旗をかざして、出口直開祖の筆の滴に結集してきたような感に打たれたのである。
神霊界に聖師様が発表された表裏の神諭等にも、この影は多分に感じとれたのである。
 そんな背景があっての事であったのだろう。
こういった神諭を拝読すると、確かに悪酔いして勇ましく荒んだ気持ちになり、吾こそは憂国の志士であるという様な、妙な悲壮感に包まれたものである。
 話は変わるが、私が大本神諭を近所の有名書店で偶然購入してから、塗装工のアルバイトをしながら一服の時や、通勤の電車の中で黙読していると、必ず頭が痛む箇所があった。
当時は自分の信仰が浅いからなのかとか、御霊が磨けていないからだろうかと色々気をもんだが、霊界物語を拝読する内に頭痛に悩んだ箇所がいつも悪役の引用する部分だった事に気が付き、何だか救われた気分になった事がある。
小さいつまらない事の様だが、霊界物語に記されていることには嘘が全くないという実体験の一つだ。
これらの経験から、私は大本神諭を鳴門の渦に例えて「入口」の神書と呼び、霊界物語を富士の火口に例えて「出口」の神書と呼ぶ様にしている。
そしてこの入口とは何処への入口なのかと言うと、例えるなら身魂の寺子屋である。
この寺子屋で王仁三郎聖師様に出会い、霊界物語をしっかり身魂にしみこませて、この寺子屋を巣立つ者はあるいは現界の助け人となり、あるいは霊界の天国建設に勇む霊止へとなって行く。
即ち娑婆から天国への出口となるのが、この霊界物語であると思うのである。
今はもう炎の様な形相で大本神諭を読むことはなくなった。
懐かしい思い出である。
霊界物語の持つ笑いの深みを尊く思っている。



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