
車窓にて
平成十(西暦1998)年十二月一日 旧十月十三日(火)
教とは人の覚りのおよばざる 天地の神の言葉なりけり これは海洋万里子の巻第十一章風声鶴唳に添付された余白歌である。 今日映像の仕事現場から帰宅する途中の電車の中で黙読していた時に心に残ったので取り上げる事にしたのだが、人の覚りというものは大体に於いて自己の記憶に頼るものである事が多いものだが、教というものは自己の記憶に無い事を、天地間の事象を通して新たに授けられるものであるという風に私は受け止めたのである。 天地間には神の言葉が充ち満ちている。 そして更に霊界物語は天地の御先祖様の発した誠の神の言霊によって完成されたものである。 この二つに対して自らの言葉を主神への祈りにより同調させていれば、教の循環の基本形である三角形が成立する。 故に主神の祭祀がこれからの時代の人類には最優先行事となるという事が判るのである。 天地間と言っても常に外に出て大空を見上げたり、大自然の中に入り浸りでいなければならないということではない。 日常のありふれた生活も天地間の一部であるという意識を常に持ち続ける姿勢も大切なことである。 部屋の中での一寸した出来事や、友人との会話や知人とのふれあいの中にも、天地間の神の言葉は発見する事が出来るものである。 毎日放送されているテレビ番組や、新聞、雑誌の記事の中にもそれを見出す事が出来る。 肝心なのはやはり常に祈りを通じて主神と同調し、更には霊界物語の拝読を通して主神の水火に触れておくことである。 これはそれほど大げさなことではない。 本来は非常に平凡なことなのである。 ただ、殆どの場合、今までの世界には忘れられていたことなので、この平凡な行為が違和感のあるものの様に感じられるだけの事なのである。 これまでの善良さは、理性的であろうとする姿勢に傾き過ぎて信仰を軽視し、また強くあろうとし過ぎて信仰を無視する事が多かった。 勿論信仰に偏り過ぎて理性や強さを軽視する様でも霊主体従の生き方にはならない。 主神の祭祀というものは力まず焦らず穏やかに実施して、そこから得る天地の神の教も冷静に受けとめて、理性的に逞しく、その教を実行する様に努めれば好いのである。 天地間に在るものは、主神の言霊の具現化したものであるから、全てが清く好いものばかりなのである。 これを人間が主神の祭祀を忘れて勝手に善し悪しの差別をつけたので、優劣の区別が生まれ、善悪正邪が発生し混乱を来してしまったのである。 主神の祭祀をするという事は、全ては清く好いものであるという拝受の姿勢を、日々確認する行事なのである。 そしてその拝受した万物を各々の機能に応じて調合しながら役立てる事で、更に楽土となる様にして行くのである。 この様な教えを霊主体従寅の巻第十八章「神霊の遷座」から学ぶ事が出来る。 繰り返すが、世の中の混乱の原因は主神の祭祀を軽視した為に、世人が各自の都合で優勝劣敗、善悪正邪の差別を置いてしまった事にある。 現代の政治経済、人心の混乱は万事、主神の祭祀を軽視していることから発生したものであるから、これを正すのは唯一主神の祭祀に依らなければ、どんなに優秀な人材が協力して考えても、新たな問題に悩まされる事を繰り返すばかりで絶対に解決することはない。 全ての苦悩は主神の言霊の具現化である天地森羅万象に対して不信感を抱いている事から発生するものである。 主神の中に不都合は一切無いという事を学ぶのが祭祀である。 |
王仁と王仁
平成十(西暦1998)年十二月二日 旧十月十四日(水)
王仁といふ韓の物識皇国に そぐはぬ教を伝へけるかな 同じ名の出口の王仁は日の本の 本つ教を開き初めけり 天界の基礎と生れにし神の子は 夢なわすれそ神の大道を 今ではすっかり王仁三郎と呼ぶ事が当たり前になったが、時々浅く聖師様を知る人々が「わにさぶろう」と呼ぶのを聞くと、時代のずれと情報のむらを感ぜずにはいられない。 確かに聖師様自身が「おにさぶろう」という発音を嫌って「わにさぶろう」と弟子達に呼ばせていた時期があるとは聞いているが、私の記憶が正しければ、それはエスペラント語に触れてから全く逆転して「おにさぶろう」を堂々と名乗る様になったと学んでいる。 これについての正確な経緯は後日改めて確認し直すとして、冒頭に上げた御歌にからめて私なりの神話を創作してみようと思う。 「わ」というのは言霊学上行としては「地」であり、段としては「天」である。 対して「お」というのは言霊学上行としては「天」であり、段としては「地」である。 この関係について耶蘇の言を借りるならば、 「ヨハネは女が生んだ者の内で最も大きい者である。 しかし、天に於いて最も小さき者も彼よりは大きい。」 即ちもっと簡単に言えば下の上と上の下の関係である。 地上神政の始めは大陸の中央にあった政府が、自ら定めた法と、野心的勢力に追い詰められ崩壊したので、第二の経綸場となる地の高天原を、東方の地に建国するべく旅立った勢力の系統が韓を経由して我が国に入って来て奈良に都を定めた。 「なら」というのは韓国語で初知らすという意味があるらしい。 即ち、 「愈、我等は神との契約の地に初めて足を踏み入れた。」 という意味の韓国語の中から一字を取って「奈良」と命名したらしい。 この時国教として重用されたのが仏教に道教の陰陽道を加味し、更に根底にカバラの法を持つ独自の宗教であったという。 聖師様が歌に詠んだ韓の物識である王仁の正体は、こういう系統と使命感を持って日本に入って法主徳従の土台を築いて行った人物の事であろうと思う。 この事により日本は皇国としての光を塞がれ、拝金主義的社会を構築して行く事になった。 こういう世界に我が国の皇国としての本旨を全うさせるべく天降り、主神の経綸を完成させる為に現れたのが「出口王仁三郎」聖師様であったのだ。 その完成とは何かといえば、簡単である。 「主神は実在し、霊界は永遠の生命の世界であり、人間の生活はこの物質界だけではなく、上下の限りなく活動し抜いて行く。」 という事を誰もが喜びと共に受け入れられる様になることである。 即ち主神への祭祀を明らかにする事で、疑念を滅却して安心して生活を全うする様になることである。 人間は事細かな厳しい戒律に依らなければ正しく生きられないという「人間性悪説」から生まれた「モーセの十戒」を根幹とする教義が必要でない人種は一種類しかない。 それは「人は神の子、神の宮を基本とする人間生善説」からなる「霊界物語」を拝読して主神の祭祀に覚醒した人種である。 現代は「わ」の時代が合一して、全て一斉に「お」の時代に進化する為の準備段階的時代であると読み取ることが出来る。 「地の天」(わ)を全うして 「天の地」(お)へ昇華し、 「天の人」(や)として完成して 「天の天」(あ) 「素」(ス) を永遠に生きて行く事を教えるのが王仁三郎聖師が王仁とは格段に違う世界なのである。 |
韓とカバラ、空竹と外国
平成十(西暦1998)年十二月三日 旧十月十五日(木)
韓という読みをカバラの霊反しと仮定して一つの論考を試みてみよう。 「から」にはまた唐、加羅、空(竹)、殻、外国という綴りを当てはめる事が出来るので、解釈の幅は更に広がる。 ここに冒頭に述べたカバラを当てはめると、皇国以外の外国世界はカバラに依って構築されたということになるのだが、カバラというのはユダヤの教えに従う者達にとっては神聖侵すべからざる大原則であるという。 我が国の文化もこれによって構築されているという見方を、近頃巷ではよく耳にする様になった。 日本の有識的医学者、学者達にも、これを主張して書籍を出版する方々が少なくないのである。 対して出口王仁三郎聖師様は皇道に基づく皇国論を発表しておられるが、これは徹底的に霊主体従の三五教に基づく「ひのもと」国家であり日本の本来あるべき姿であると云う。 カバラの中には「生命の木」なるものがあるが、これは「生命の木」に至る為の行法や道を象徴的に示したものであると見ることが出来る。 従って格としては「地の天」の最高奥義という事が出来るであろう。 ユダヤというロゴスは「神の民」とか「神の選民」を意味するものであると云い、また「大和」というロゴスも「神の民」を意味する同意語であるとカバリスト達は囁いているという。 ヘブライ語では「ヤ」というロゴスは神を意味するものであるというが、神というものもピンキリで格の高低種々多様である。 聖師様の皇道に基づく言霊学に於いては、「ヤ」は人に位する言霊ということになる。 そして人という言霊は、我々が学校教育で学んで来た意味とは少々その奥行きを異にする。 即ち「霊止」であり、霊主体従の法則に従う神幽顕の三界を霊界と会得し、肉体や物質や心や力を部分と会得して神人合一した者を称するものであると判断出来る。 カバリスト達が神と仰ぐ位置こそ、霊肉一致の人類の真相であると云うのが、言霊学上「人」の位置にある「ヤ」の言霊である。 ここにも「地の天」と「天の地」の格の相違に見られる様な根本的な相違がある。 「カバラ」即ち韓は「地の天」の教えの下に統一して、「天の地」の道に従う天則的順序がある。 日本民主主義人民共和国も「地の天」の社会である。 従って法主徳従の法律国家として韓の妻として世界に立たねばならないのである。 而して徳主法従の皇道を説く王仁の教に従う霊主体従の三五教者達は「ひのもとの民」の皇道国家として世界の花婿の位置に立たねばならない天的順序が定められている。 これを「二二岐命」と称し「王仁」と云うのである。 これは「生命そのもの」であり「木」ではない。 「木」は母胎であるといえる。 聖師様も日本は木であると説かれており、木は水によって生命を得る。 この水は大地に浸透して根によって木に吸収されるものであるので、水は中国に当たると説かれたと判断することが出来るのである。 この水に対して聖師様の説く主神は「瑞霊」である。 サ行「ず」は水に位し、タ行「づ」は霊に位する。 木はカ行であり、本来は火に位する。 本来相というものは主神、即ち霊である。 カバラはカ行であるから火である。 火、水、木、金、土の五行はそれぞれ霊から分派した体の各相である。 「にほん」から「ひのもと」に昇華する事は即ち「わ」から「ほ」に昇華する事であり、「ほ」は地から天に至り、ア行に帰り「お」となり「素」に還元する。 ロゴスは「地の天」に位し、言霊は「天の地」に位する。 そして誠の言霊は「素」に位する。 |
御神酒とワイン
平成十(西暦1998)年十二月四日 旧十月十六日(金)
西にワインが神の酒としてあるならば、東には御神酒がその名もズバリ神の酒として存在している。 この二つの決定的な違いと云えばそれは色である。 ワインは耶蘇の血であると云うから、それは赤い葡萄酒である。 対して御神酒には特にその様な決まりはないが、色は原料の米の清酒と同じ透明である。 聖師様は皇道大本時代に「鬼殺しの濁酒」を、当時の雑多な神秘主義や宗教に悪酔いする人々の飲み物に例えているが、酒にも身魂相応に向き不向きがある様だ。 それにしても名前というのは不思議なものである。 言霊学に照らして見るとちゃんとその属性を明らかにしてくれる。 といっても、これは私の感ずるところであるから誰も彼もが闇雲に信ずるべきものではないが、一寸それを書き置きにしておこうと思う。 ワインが神の酒になる為には、それなりの儀式に則って聖別しなければならないのだが、こうして出来た神の酒としてのワインの名前は「地飲」ということになる。 東が生命の誕生を象徴する「霊に向かう」という意味を持つ「霊向かし」の詰まりであるのに対して、西という方位は、生命の休止を象徴する「眠りし」の詰まりであると読むことが出来る。 耶蘇のワインに関する記述は、結婚式の時に水をワインに変えた奇跡や、後の世に耶蘇の十字架の犠牲を思い出す為の儀式として、最後の晩餐の時に登場したのであるが、後者は全く日没の儀式であった。 それは暗い夜の時代というべき耶蘇没後の二千年近い時代に対する蝋燭の様な役割を持っていると言える。 一方、前者の水をワインに変えた奇跡には、死海文書の登場によりエッセネ派エルサレム教団の団員ではない者達を天国に招いた事の比喩であるという見解が出て来たが、文法を少々ひねるとワインに変えて水を神の酒にして、結婚式の祝いに添えたという事になる。 しかも耶蘇自身、これを依頼した母に対して 「まだ私の時は来ていない。」 と念を押しながらそれを行ったのが更に象徴的な事なのであるが、ワインは地の徴としてやがて十字架にかけられる耶蘇を象徴し、水はやがて現れる誠の成就者を意味するものであると解する事が出来るのである。 従ってその色は透明であった。 その事は瓶の中身を確かめに行った者が見ただけではそれと判らず、飲んでからワインであると認めた事からも、その色は透明であったと知る事が出来る。 御神酒の名前を霊反しすると、ア行イ段の「火」になる事が判る。 即ちそれは「天の火」である。 ワインは「地の天」の血である事を象徴する「ワ・イ・ム」の詰まりであり、言霊学上十字架を象徴する「地結」であったが、御神酒は火の洗礼に関わる位置に属している。 御神酒は清酒を祭壇に献じて祓い戸四柱の神を御召還し、場と人を浄めてから主神と祖神を祭祀して儀礼を無事修了した後に頂く神の酒であるが、これは先述した通り透明である。 御神酒は昇る太陽のように日々の生活に活気を授ける身魂を浄める神授の御飲み物である。 醸造の仕方で赤や白になる葡萄酒は、その名の示す通り「地の天」の聖酔である。 米から醸造される清酒微量と、龍神の雨水をを合わせたものを祭祀によって御神酒とした透明の聖酔は「天の地」であり悪酔いを冷静に戻す効果がある。 即ち夜の闇の時代から、昼の明るい時代に活動する為の奇魂を正しく開く「火の洗礼」を行う道具である。 言葉と戯れている様で申し訳ないが、私はこの様に読み直すと、どんな酒にも飲まれる事も悪酔いする事もなくなるように思う。 神も科学も宗教も酒である。 悪酔いは禁物だ。 |
大本教系宗教に見られる弾圧コンプレックス
平成十(西暦1998)年十二月五日 旧十月十七日(土)
巷において大本教というのは、まるで弾圧の代名詞の様に使われる事が少なくないが、私が愛善苑という宗教団体に所属しているのは、そういう弾圧とは無縁の宗教団体であると確信しているからである。 大本教というのは戦前と戦後ではまるで違う活動をしている様だが、私は元々出口王仁三郎の心酔者であったのと、愛善苑は聖師様が 「大本の仕組みはもう終わり。」 と宣言してから新結成した団体であると聞いたことと、実は聖師様が大本教団の教主であったことは一度もないという史実を学んだことが理由で、愛善苑なら安心して入会出来ると思って再興愛善苑に骨を埋める決心をしたのである。 けれど私の見る所、どうしても大本の仕組みを再現したい気持ちのある人々が再興愛善苑に寄って来るし、また寄って来て大本の仕組みの臭いがしないのを知って去って行く人々も多くいた様に思うのである。 再興愛善苑では、聖師様の教えの真髄を布教しようという姿勢が守られているが、これは永久不偏に守ってほしいことである。 私個人としては、再興愛善苑の会員でありながら、外の多くの情報をつまみ食いして、それを味わいつつも、最終的には霊界物語やあいぜん出版の出版物等に照らし合わせて、つまみ食いした諸々の情報が主神の方へ縁結びするように祈りつつこの様な論考を続けているのだが、この様な作業は現時点での再興愛善苑の方針には含まれていない様である。 若い頃は、高校の卒業者名簿に「世界救世神業研究実践会」等という看板を掲げてみたり、「信真堂」等という霊界組織を結成して黙々と活動してみたりしていたが、最近では「みんなしあわせになれプロジェクト」のプロジェクト・リーダーを名乗って、九分九厘の道に迷う人々を一厘の仕組みの瑞霊、出口王仁三郎聖師様の霊界物語へ誘うべく姿勢を徹底しているが、霊界物語の拝読は一人ではなかなか大変である。 世の中には、私が若いにも関わらず「神の国」誌等で原稿を掲載してもらったり、歌を掲載してもらっているのをみて、やれあいつは偽キリストだとか、自分の宗教団体を立てようとしている等という誤解をしてみたり、再興愛善苑を横領しようとしている等という愚かな思考の迷路に陥っている人々も少なからずある様だが、はっきり言って私は生粋の横浜っ子なので、わざわざ遠い京都の亀岡まで乗り込んで永住する気等全く湧いて来ないのである。 亀岡には縁深い記念行事の時に、何年かに一度参詣する程度で充分である。 それに再興愛善苑には正式な後継者も、優秀な人々も集まっているので、私への心配などは無用の長物というものである。 時々「神の国」誌等を見て私に電話を入れてくる人もいるが、そういう人はどうもスリルを求めて大本の世界に関心を寄せるばかりで、連中の喜ぶような内容は、弾圧だとか、天地がひっくりかえるだとかの危険な内容のものばかりである。 再興愛善苑の中にはよもやこの様な人は混入していないであろうと思うけれども、愛善苑が弾圧を受けたり、世の中をひっくり返すような事ばかりを考えて、社会に対して警戒信号を発する様では全く筋違いというものである。 これは信仰を叫びながら、全く信仰を持っていない事と同じ事であろう。 大本は歴史上必然的に現れた神の活動であるが、大本教団とはその大本を信奉する一組織であろう。 対して愛善苑は主神の愛善を世に広める為の唯一の機関である。 この活動が広く行き渡れば当然、我田引水的組織が発生して来るであろうが、それは悪ではない。 弾圧恐怖症は取り越し苦労というものである。 |
青ざめた馬
平成十(西暦1998)年十二月六日 旧十月十八日(日)
アメリカの英雄の中にワイアット・アープとビリー・ザ・キッドがいるが、この二人は共に保安官でありながら、法に逐われる身になったガンマンである。 開拓時代のアメリカはまだまだ無法地帯で、 「目には目を、歯には歯を」 式に人の心を持たない無法者達に対して放たれた青ざめた馬であるというのがこういうアンチ・ヒーローに与えられる称号の様になっている。 「青ざめた馬」というのは新約聖書ヨハネの黙示録からの引用である。 これは邪悪に対して地獄を運んで来る神の使者であるが、彼等の様な無敵の拳銃使いは、この「青ざめた馬」であるという主張が最近の西部劇の中には少なからず認められるようになった。日本語でいえば「天誅」の様なものであるが、これを現代の様に比較的平和になって来た時代に持ち出されると少々迷惑なことになる。 こういった主張は映画の中だけにしてほしいものである。 世の中の荒波にもまれて来た大人達が見るならば味のある内容であるが、まだ人格の形成されていない子供達や、半大人に見せようものならどんな暴走をするか判ったものではないと、いらぬ取り越し苦労をついさせられてしまう内容である。 とはいえ、人格の形成された私としては、彼等の様な英雄は当に「青ざめた馬」であり、天に選ばれて不正を正す為、銃弾の飛び交う中に遣わされた戦士であったと思っている。 特にワイアット・アープを描いた映画「トゥームストーン」では戦いたくない彼を、まるで悪自らが彼に裁かれるのを望むかの様に、彼を戦いの場に誘い出している様に描かれていて実に考えさせられるものがあるのである。 「飛んで火にいる夏の虫」という諺があるが、多くの害虫と言われる虫は、業生消滅の為に生まれて来る人間の邪心の化身である因縁で、光を見ると地獄から天国に入って行く様な恍惚感に満たされつつ、夏の電灯等にたかって死んで行くのである。 虫の中には潰されるのを求めて人の前に現れて来るものもある様である。 霊界物語の中にも人の邪心が屋根裏のつつが虫となり、それを喰らう為に鼠が湧いてくる等という記述があるが、これは真実である。 世の中に天敵というものがあるように、彼等英雄達が現れた時代は無法を極めた時代であった。 特にワイアット・アープの伝説の一つに、銃弾の嵐の中に仁王の様に立ちはだかりながら悪を滅ぼして行く場面があるが、それはまるで銃弾の方で避けて行く様に飛んでいったのである。 しかも、彼はかすり傷一つ負わなかったというのだから神憑り的である。 ビリー・ザ・キッドも事実はパット・ギャレットの友情に助けられ、変名して生き延びていた様である。 彼の場合は当時の不正確な情報網にも助けられた様であるが、実際は小柄な青年で人相書きとはまるで違っていたのでそれが効を奏した様である。 しかし二人とも古き時代の英雄達である。 現代にはなるべく現れないでほしい存在でもある。 何故なら彼等の様な「青ざめた馬」が天から遣わされるということは、現代が無法状態であるという証であるからだ。 皮肉にも、誰が言い始めたのか知らないが「バブル崩壊」の統計学的預言に踊らされて、あれよあれよと言う間に日本に不況が押し寄せて来てしまったが、これもある意味、天敵を畏れて自ら招いてしまった裁きであろう。 ただしここ迄来てしまった以上、先ずは正しい信仰に目覚めて取り越し苦労、過ぎ越し苦労をやめる事だ。 現代には天津祝詞という素晴らしい浄化手段がある。 更に霊界物語を拝読すれば文句無しに闇は去るであろう。 |
松江市宍道湖畔ミニライブ
平成十(西暦1998)年十二月七日 旧十月十九日(月)
今年は思い出深い一年であったが、電話外線工事の松田通信工業で働いていた時に出張で鳥取、島根、広島に行く機会があった。 鳥取には二度行く事になったが、二度とも出雲大社にプライベートで参詣させてもらった。 一度目の出張ツアーの時に島根県松江市の宍道湖畔の民宿に滞在したのだが、民宿の女将さんと話が弾んでギターを弾きながら歌ってくれという事になった。 実は私は出張の度に練習用のエレキギターやミニアンプを持参して夜な夜な弾いていたのだが、それを知った女将さんが冗談半分で言った事が本当になってしまったのだ。 つき合わされた連中にはいい迷惑だったかも知れないが、私は聖師様に縁深い宍道湖畔に来たせいで少々舞い上がっていた。 それで夕食後、酒が入った同僚と女将さん達の前で出雲神話等のトークを交えながら自作のカラオケをバックに、エレキギターを弾きまくりながら思いっきり歌った。 電力不足で充分な音量が出せず少々てこずったが、五曲ほどやった。 最後は勿論「みんなしあわせになれ」であった。 ニューバージョンのカラオケを創って初めてのトライだったので今一つ乗り切れなかったが、この経験が九月の市ヶ谷での試みへのリハーサルの様になっていた。 当日はすっかりハッピーな気分になっていて、とうとう思い出せずにいたが、帰省して塩津さんに報告したら、宍道湖のある松江市で聖師様が官憲に拘留されたのだという話が出て 「あ、そうだった。忘れてた。」 と思ったが後の祭りである。 今日はそんな事を思い出したのだが、それというのも聖師様主宰の歌祭りについての記事に久しぶりに目を通したのがきっかけだった。 一度目の歌祭りは昭和十年十月三十一日に亀岡の明光殿で実施され、二度目の歌祭りは同年十一月十七日に石川県美能郡御幸村の北陸別院で実施され、この時に有名な八雲神歌に 「いつかはらさむ万代をへて」 の継ぎ句を示され、三度目に予定されていた十二月八日の出雲松江市の島根別院での歌祭り挙行の六時間前に当たる午前四時に、聖師様は検挙された。 御神業上は摂理であったとはいえ、念願の歌祭りを出雲の地で実施出来ないまま投獄された聖師様のお心を思いつつ、そんな尊い縁のある地でカラオケ・ミニライブの歌い初めが出来た事に対して、私としては聖師様の深いお導きを感ぜずにはいられないのである。 改めてこの歌祭りの路順を振り返ってみると、亀岡の古名花明山は、うぶすな山のいそ館であり、石川県の北陸別院はローマに縁ある地であ1ったと考えられる。 そして出雲松江市の島根別院はエルサレムに縁ある土地である。 聖師様は二千年前の西アジアの因縁消滅の為に「歌祭り」という平和的な神業をお選びになったのであろう。 それとも知らず帝国主義の輩には、血で血を洗う様な考えしか浮かばなかった。 実に嘆かわしい事である。 本年九月の市ヶ谷ではアンプの故障でギター演奏は出来なかったが、何の縁か豊玉分苑の有志達と揃って「みんなしあわせになれ」を歌わせて頂けた事は、第二の地の高天原と讃えられた万寿山、霊鷲山に当たる関東地方の繁栄を改めて約束された様な思いである。 東京都はまだまだこれから信仰を明らかにして行くのであろうから、焦らず時を待つ事にして、私は主神への信仰を土台にした芸術活動を今後も徹底して行こうと思うのである。 もう拝金主義的、収益業務的、宣伝効果的芸術とは袂を分かとうと思う。 これらの効果は全て二次的産物でなければならない。 第一に尊ぶべき事は信仰と祭祀である。 「八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を いつかはらさむ万代をへて」 |
涙の出るところ
平成十(西暦1998)年十二月八日 旧十月二十日(火)
お恥ずかしい話しだが、最近妙に涙もろくなった。 子供の頃はお涙頂戴番組を見ると、けじらみでも見る様に忌み嫌ったものだが、全くいいとこなしである。 テレビ番組等でも義に忠を尽くしている連中の心意気や人情に触れると、これは演劇なのだと判っているのに目頭が熱くなってしまう。 全く変われば変わるものである。 親父もお袋もよく泣いた。 声を上げたりはしなかったが、夜九時以降の番組を見て泣くのが趣味の様に涙を流していた。 今では私もその気持ちが少し判る様になった。 最近では夜八時からの番組もなかなか泣かせてくれる心のあるものが増えてきて嬉しく思うけれど、私も少し冷静になって自分を振り返ってみると、私が成長したのでその様に見えるようになっただけなのかもしれない。 心がある人がたくさんいれば、暗い世相も何のそのというものである。 人間はどんなに強い人でもやがては衰えて彼岸に向かって旅立ってゆくものだ。 それからの事はその時考えれば好いことでもある。 行く前から彼岸の世界の事ばかり心配するのも取り越し苦労というものであろう。 私が何よりも心配だったのは、真理がどうとか、誰がこの世の権力を握っているとか、そんな事ではないし、何年先に天変地異があって世界が滅亡するかもしれない等ということでもない。 また太陽が西から回ろうが、月や星が地に落ちようが、そんなことはあまり興味がないのである。 何故なら人間の生命は肉体だけに留まることのない永遠を約束されたものであるからである。 過ぎてしまった過去を悔やむ事も、未だ来ない未来についてあれこれ気をまわす事も、全て今の積み重ね以外の何物でもないから、今を如何に豊かな心にしていられるかという事だけが、何よりも気がかりな事なのである。 どんな事態が発生しようとも、人に豊かな心がある限り、乗り越えられない困難はない。 現代は、昔ありふれた幸せと呼ばれていた普通の生活がなかなか得られない様になって来た。 普通の幸せを守るのもなかなか大変な時代である。 そういう中で歯を食いしばる様にしてふんばって生きている人々を、上手く描いてくれている番組に出会うと、つい目頭が熱くなってしまう。 人と自分を比べなければ何不自由のない時代である筈なのだが、一度味わってしまった潤いが得られなくなる恐怖というのは、口でいうほど簡単に消せるものではない。 色々な境遇があるが、先ず今ここに自分が存在している事が尊いのだという事に、皆の気持ちが落ちついてくると、どんな事が起きて来ても豊かな心を失わないでいられる。 以前、坂本龍馬の家系に当たるある婦人が一代かけて築き上げた孤児院を、地震だか空襲だかで全壊した現場から鍋一つを探し当て 「これ一つあれば、またやり直せる。」 と、周囲と自分を励まして再奮起した実話をテレビで見たけれど、こういう風に何時でも一からやり直せるという覚悟が出来ていると、下手な理屈は必要の無いものになる。 どの道現代は型通りの幸福を得るのは難しい時代である。 身一つでやってゆく気概さえあれば、幾つになってもチャンスは巡って来るものである。 他人の心ない評価で自分を虐めることはない。 旧約聖書の中にも九十歳を過ぎてから初子を得たという話しもあるくらいである。 悲観することは何もない。 テレビや人の苦労話を聞いてもらい泣きする心というものは、悔しいけれど嬉しいものである。 こういう時に下町育ちの江戸っ子は、 「てやんでえ、べらんめえ!」 と言って鼻をすすって泣き笑いするのだ。 懐かしいなあ。 |