好い波に乗る

    
平成十一(西暦1999)年五月一日 旧三月十六日(土)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 何をやるのでも波に乗ると普段からは想像出来ないほどトントン拍子に進むものである。
だから書店にはこういう波に乗る秘訣や、波を創り出す秘訣を書いた本が浜辺の砂の様にちりばめられ、またそれらの本は上昇思考の人々に飛ぶように売れている。
 もう昔の話の様な気さえするバブル全盛時等にはこうした、
「好転思考」的書籍は、営業マンを中心に多くの学生や宗教関係者等にも我こそこの分野の専門家であると言い出しそうな人々があちこちにいたものである。
 もともとマスコミを通じて火がついた流行だったから、マスコミが、
「バブル崩壊」の予測を報じた途端に、猫も杓子も不況不況で遂に今年は明治日本国史始まって以来の失業者数を記録してしまった。
 冷静沈着であるべき日本のビジネスマンは案外軽薄なのではないかと思えてしまうのだが、これも結局日本人ならではの団体主義的性格が招いた悲劇であったといえるであろう。
 要するにエリート意識の強い人々は学者や博士の言葉に弱いというか、異常なほど付き合いが好い。
おまけにA型的完全主義と誠実さが要求される中央社会では、楽天的な意見より悲観的な意見により多く傾きやすいのだ。
「石橋を叩いて渉る」
等という様にこういう姿勢を好むリーダー格の人々は、当時の若者達の自由放埒な姿を視て、
「このままでは日本の将来は真っ暗だ。」
と考えたりもしたであろうから、これを引き締める様に、
「バブル崩壊」
は瞬く間に現実化したのである。
 しかし私はこんな時代だからこそ好転思考の基本中の基本である
「楽天主義」
を勢い好く掲げ、この暗い方に付き合いの好い日本人らしさから抜け出し、いつも、
「これが最高!」
という顔をしているべきだと思っている。


これ最高!

    
平成十一(西暦1999)年五月二日 旧三月十七日(日)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 私は子供の頃はどちらかというと引込み思案であったが、漫画を書く様になり、空手の真似事をしだし、ギターが弾ける様になってからは逆転し、
「この世には本当の脳足りんはいない。
ただ喰わず嫌いで好きになる努力をしないから何時まで経っても判らないで、自分は駄目だと思っているだけなんだ。
本当は誰でも徹底的に集中して取り組めば判る様になり、判れば今まで嫌いだった事が嘘の様に好きになるものなのだ。」
と思う様になり、ついには何をやっても、
「これ最高!」
という気持ちになれる様になった。
つまり判る様になったのである。
 人間は焼き餅妬きだから、自分の知らない事はどうしても嫌いなものである。
判れば途端に好きになるのだ。
好きになるという事は判るという事だから物事の善し悪しが見える。
だから不幸中の幸いではないけれど、僅かな進歩があればそれがやがて大きな進歩に繋がる事を理解出来るので、はたから視たらみじめに見える事でも、平気な顔で、
「これ最高!」
と言える様になるものなのだ。
 先が見えないで焦っている奴にこの言葉は言えるものではない。
何故なら判らないからこの言葉が好きになれないのである。
判らなければこの言葉は好きになれない。
一縷の希望の持つ強い力が判る人には、一瞬一瞬の中にある僅かな進歩が見えるからこの言葉が言えるのである。
 洋楽等でもこういう気持ちのある人の演奏はテクニックどうこうよりもその楽器の音色が歌っているものである。
ただ完全主義で、よりハイレベルな演奏を目指しているだけの人の演奏は緊張感でピリピリしているが、それを聴いて心が安らぐ事は少ない。
「ギター最高!」
と叫んでいる演奏は心が癒される。


守護神との対話

    
平成十一(西暦1999)年五月三日 旧三月十八日(月)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 自動車を運転して商売をしていると、進むべき道に迷う事がよくある。
というのも最近は国家資格を活用し、プロ・ドライバーとしてある会社に世話になっているのだ。
運転技術は安全運転を基本に、
「蝶の様に舞い蜂の様に刺す」
程の自信を持っているのだが、こと商売となるとこれがてんで素人で、おまけに私は地理を地名で覚えずに地形で覚えるタイプだから、何時もお客さんに行き先を聴きながら走っているので差し引きゼロの新米プロ・ドライバーである。
 勿論、音楽活動も神様家業も重複しながらの相変わらずの毎日であるから、私がプロ・ドライバーになるとやっぱり神秘が絡んでくる。
 先ず私が自動車に乗って横浜市内を駆け回るだけで、街中に隠れている貧乏神や疫病神が逃げ出して行く。
時々酔っ払いに入り込んだ曲津まがつ共が私に、
「ドライバーなんか止めちまえ」
と絡んで来るが、吾輩はそれくらいの事ちゃんとお見通しの狸の中の古狸であるから上手く煙に巻いて、逆に長距離並の料金とチップまで頂いてしまうのだが、これがやはり毎日目的の売り上げをあげるとなるとどうしてもプレッシャーで勘が鈍って来る。
 そういう時はやはり守護神である我が本霊、即ち直日に委せて神憑りモードにチャージ・アップする事になる。
こうなると私は守護神の下僕同然で、どんなに怪しい指示でも一つも疑わずにハンドルを左右に振り分ける事になる。
 交差点の度に「右!左!」と指示されるままに運転すると本当に不思議なくらい用意されていた様にお客さんが立っていて、私に手をあげる。
この分では営収上位はそんなに遠い日ではない。
恐い強盗にも狙われやすい家業だが、
「そこのけそこのけメシヤが通る」だ。
「みんなしあわせになれ」光線で横浜大繁盛。


雨の日の蛙

    
平成十一(西暦1999)年五月四日 旧三月十九日(火)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 南永田では雨が降る夜にはアスファルト路面にヒキガエルが現れる。
何処から逃げて来たのだろう。
それより今まで何処にいたんだろう。
そういえば先月豊玉分苑で頂いて来た玉串の松を一月神前に祀っておいたら百足が湧いて来た。
そんな馬鹿なと言われそうだが、これは本当の話である。
 雨には海の龍神が降らす雨と、山の龍神が降らす雨がある。
海の龍神が降らす雨は黒雲が降らす土砂降りで、潮風の様な粘りのある湿っぽい陽気になる。
山の龍神が降らす雨は暖気を含んだ雨で、この時にヒキガエルが湧いてくるのだ。
所謂、河童である。
 私の前では人を脅かす様な妖怪変化としては現れない。
幽霊や低級霊も慌てて逃げ出す吾輩であるから、河童はヒキガエルになって私に面通しに現れるのである。 わざわざ吾輩の前に現れて、見つかるとそそくさと離れて行く。
こいつは近所の猫達と仲が好い。
この間も睨めっこをしていたが、度胸はヒキガエルの方が上だった。
 こんな話をしていたら、先日の三宅さんの番組を思い出した。
英国の妖精写真についてやっていたが万物にはそれぞれ精がある。
 普通は虫になって人の前に現れるので、それが妖精だとは誰も気が付かない。
要するに自然界の昆虫は全て妖精の形態化なのである。
 妖精は神の使いになりたがり、神の為に働く機会を待っているものである。
この間松から湧いた百足を外に逃がしてやろうとしたら、部屋に落ちて逃げたのでライターの火で始末した。
 その日拝読したのは野立彦命の火口降りだったが、神は火山の火にも焼かれないが虫は煙草の火でも悶え死ぬという実地を視た。
職場等で私を目の敵にする人は、よく雀蜂に刺される。
百足や雀蜂は神の為に働いたのだ。

(後日談:
 因みに出口王仁三郎聖師は、河童の正体は河原の鼬であると仰っていた。
河原に隠れて離れた所から獲物の血を吸い取ってしまうらしい。
蚊の中にも肌にも触れずに獲物のまわりを飛ぶだけで血を吸い取ってしまう物がいるらしい。
 私の考えるところでは、血というのは霊の事であるから、こいつらは離れた所から生き物の霊気を吸い取るのだと思う。
蚊という奴は羽音を聞くだけで苛着く虫である。
たぶん本能的に霊気を吸い取るに来るのが判るので苛着くのに違いない。
 ところで、私は今でも雨の日の蛙は河童の成れの果てだと考えている。
神人の心のままの世界だから、どっちでもいいんだけどね^0^
ホ・ン・ト・は!)


五月五日

    
平成十一(西暦1999)年五月五日 旧三月二十日(水)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 五月五日については聖師様も神業上特別な意味がある事を霊界物語の中で述べておられる。
使命があると思う人は各自霊界物語を紐解いて頂くとして、私にはこの日はもっと人間的な意味で特別の意味がある。
実はこの日は育ての母・垣内八重子の命日なのである。
母が帰幽したのは、あのおぞましい、
「オウム真理教・地下鉄サリン事件」
が発生した年の五月五日だった。
 一月ほど前から神様に母の寿命が短い事を報らされていた私は、担当医が絶対に治してみせると豪語していながらも容態の急変に対処しきれなかった事を責めもせず、父からの危篤の電話を後目に、その月に東京霊界物語輪読会の進行を担当させられていた為、少々公私混同気味の文章を交えながら、レジメならぬ研究レポートを完成させる事に集中していた。私には母がそれを喜んでいると思えたからだ。
 そんなわけで今日は仕事を夜勤にしてもらい、父と二人で寺参りに行って来た。
母のお骨を預けているのは曹洞宗のお寺である。
 にも関わらず父は創価学会であり、私は愛善苑という無差別さである。
以前にも書いた事があるが父は会うと創価学会組織の巨大さを自慢する。
法華経の真価値は尊重していても宗教団体には興味のない私は普段は聞き流しているが、あまり度が過ぎるとガツンと一喝くれるのがパターンである。
この日はこうだ。
「創○○会は情の深い婦人部があるからあそこまで大きくなったんだ。
でも数がいても法華経を真剣に勉強している人間はほんの一握りで、キリスト教徒が聖書もろくに読まないのと同じで大きな風船みたいなもんだ。
例えば東大を出て日本銀行の頭取になっても、最後に自殺したんじゃ何も意味がない。
大きさや伝統に騙されるんじゃないよ!」
 翌日ニュースで長銀元副頭取がホテルで自殺をしたと報じていた。
人間氏や育ちだけでは有終の美を飾れない。
 創○○会員にも善人もいれば悪人もいる。
オウム真理教も然り。
キリスト教も然り。
 その他の全ての宗教団体も学校も会社も、あらゆる組織に例外はない。
何処にも善人もいれば悪人もいる。
幸い私の育ての父母は類希なる善人であったと思う。
 何故なら全く血の繋がらない後藤家の口減らしの私を、泣き笑いしながらもここまで育ててくれたのだから……。
 五月五日は物事の決着がハッキリとする日だ。死に際くらい笑って死にたいもんだ。
母の死に顔は朗らかで観音様の様だった。
焼いたお骨も喉仏が綺麗に残っていて、焼き場の人がひどく誉めてくれた。


相模原まで一っ飛び

    
平成十一(西暦1999)年五月六日 旧三月二一日(木)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 五日の命日を済ませて、午後五時から翌朝五時までの夜勤乗務に入ったのだが、日が明けて午前0時過ぎに伊勢佐木町三丁目の乗り場で客待ち態勢に入った。
 霊界物語電子ブックを読みながら三十台ほど後ろにいたが不思議と流れが好く、三十分程で私の番になった。
電子ブックを読んでいる時に、
「今日は相模原が出るぞ。」
と守護神が言っていたのだが、そこで乗って来たお客さんは磯子の中原までの人だった。
その後さほどがっかりもせず一時間ほど流していたが人っ子一人いない。
 するとまた、
「新山下へ行け」
と守護神が言うので半信半疑で向かうと仲間とすれ違い、思わず笑っていたらすっかり仕事の緊張は消えていた。
 新山下に入った途端に若い男性のお客さんが乗ってきた。
「相模原!」
 お陰で、その日の営収は朝の五時から頑張っていた人達とどっこいになってしまった。
逃げ道のない実践の場では守護神の指示と一つになれるので奇跡がポンポン起きる。
畳水練とは違う。


唯一主神

    
平成十一(西暦1999)年五月七日 旧三月二二日(金)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 地上という猩猩島しょうじょうじまに只一人短い生を楽しみながら、地震雷火事親父そういう一切の煩いを全てテレビの中の出来事として対岸の火事視しつつ、私は主神のみを慕い、求め、縋り生きている。
私の心を満たしてくれるものは他の何物もない。
 私は地上の全ての醜い心を見透かしながらそれに感情を荒立てることなく、彼等と共に過ごすことをいつの間にかやめてしまった。
彼等の私に対する憤りの声も、今となっては春の嵐や、雨期の雨の様に私の心の窓ガラスを揺らしたり、屋根を叩くだけで、私を部屋の外へ呼び出すほどの響きを持たない。
 私には全ての解決策は明らかに見えているけれども、彼等にそれを伝授するだけの準備がされていない事も判っているので、私自らの働きで彼等にそれを与える努力はしない。大宇宙創造の始めから主神がそうして来た様に、ただ時が来るのを待つだけである。
 地上一切の事は「金の切れ目が縁の切れ目」である。
経済を金銭の多少によって判断する心は、
「霊主体従」を信仰する人々の中にも、奥深く根深く巣くっている。
 彼等はそこから富の全てを判断し、広大な大宇宙の中に始めから存在して終わり無く満たし続ける真の富から心を離してしまっている。
 しかしそれを批判して何になるであろう。
人々の心は瞬間の快楽を得る為の富に溺れ、永遠に朽ち果てる事のない真の快楽はあまりに巨大過ぎてその存在すら気付くこともない。
それを責めて何になろう。
 一切の執着心から解放されて初めて伝授される真の富貴を、只人間的生活の水準の高低でしか判断出来ない心で知る事は不可能だ。
彼等からは貧困としか見えない姿が、裸の自然美の中にある以上、私が彼等に伝えられる事などもうないのだ。


無から生まれる有

    
平成十一(西暦1999)年五月八日 旧三月二三日(土)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 地上の生活で無一文となる事に何の恐怖があるだろうか。
地上に存在するものは、大いなる叡智によって全て無から生まれたものである。
人にとって必要なものは何か。
それは何が必要なのかを要求する本人の心である。
あらゆる物は要求から生まれて来たのである。
人間は全く不要な物など絶対に創らないし、創れない生き物である。
否、人間のみに限らず、主神が不要な物を一切創らないのは勿論である。
この根本的原理さえ判っていれば、如何なる逆境の中にあっても、誰一人として孤独に押し潰される事はなくなる。
 この世界には主神と自分しか存在せず、あとは感情を傾ける必要のない幻であると思えば、人類同胞の種々の我侭に翻弄される事は断然無くなるのである。
社会という巨大な恐竜も覚者の心や行動を煩わず事はなくなる。
社会的責任が持っている根のない強制力も、誰一人として拘束する力を失うだろう。
誰一人としてルールに縛られずに共生して、お互いの生活を干渉する事もなくなる。
形ある物が時と共に消えて行くのは何の為か。
それは再生する為である。
以前よりも、より活性化して復活する為に一度消えて行くのである。
愛も富も家族も富も、全てがそうしたものである。
自分自身がより好い方に進展する為には、それまでの古くて重荷になる物は脱ぎ捨て忘れ去る必要がある。
その為に消えて行くのである。
そして無は次の有を産み出して行くのだ。
誰の裏切りも無い。
他人や社会に頼るから苦しい。
ただ主神と自分の関係のみを信じ、新たな創造の中に生きるのである。
古い物とは何時かは別れなければならない時が来る。
しかし自分自身と主神からは、誰一人として逃げる事も別れる事も出来ない。
霊界の実在はそれを教えてくれているのだ。


平成十一年五月豊玉分苑月例祭

    
平成十一(西暦1999)年五月九日 旧三月二四日(日)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 先月の月例祭から、半年ぶりに豊玉分苑に復帰したのだが、祭典が終わって月例報告後出しゃばりの私は、八幡書店の霊界物語電子ブックについて宣伝をしておいた。
 それは電話でT社長と約束を交わしてあったからだ。
相変わらず報告で、T&M派の活動に対する愚痴が語られていたが、私はそんな事はさておいて、
「これは約束だし、霊界物語には何の罪もないから。」
と念を押して宣伝した。
 かくいう私もT&M派の批判を、何年か前に愛善苑事務局に対してFAXで強烈にやっていた口なのだが、私はこの件については既に落着していると思っているので、彼等に対する敵意の様な感情はまるでない。
 地上では人が動けば必ず埃が起つものであるから、埃が激しく舞う時にはそれなりに騒ぐけれども、治まっている時にわざわざ叩いて再び埃を起てようとは思わないのだ。
 何故なら、短所を叩くやり方ではなく、長所を伸ばして短所を帳消しにするのが私の方針だからである。
要するに自分なりに更生しようと努力している前科者を何時迄も警戒するのは私の嫌いな事だからである。
これは主神の心も同様であると思っているのだ。
 この話題は四月の話題だが、五月は今世間を騒がしている脳死者の臓器提供や移植手術、輸血等に対する批判が飛び交った。
 聖師様は手術は神慮に適わないと仰っておられたという事だが、それはあくまでも真理であって、現代の様に民族問題も解決していない中途の時代には科学も医術も、もっと経験を積んで本当にそれが不要なものであるという事を、人類が納得する為の資料にしなければならないのである。
 人間の肉体に刃物を入れるのは人類がまだ幼稚な証拠である。
今はまだまだ幼稚な時代なのである。
怒っても始まらない。


覚るまでの杖

    
平成十一(西暦1999)年五月十日 旧三月二五日(月)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 霊界に入ってからの改心は殆ど不可能に近い。だから人間は再生して来るのだ。
これを大本神諭では「お出直し」と云う。
 神の道に入った人は、再生する事を格の低い事の様に言う人もいるが、言ってる自分も格が低い、
「お出直し」
の仲間である事を忘れて鼻を高くしているのを見ると、滑稽至極で臍が茶を沸かしそうである。
 主神という無限絶対無始無終の完全なる存在に対して、人間は実に不完全で凸凹で一人ではどうにもならない存在であるが、主神はそれで好いからその様に人間を存在させているのである。
 人間のみならず万物は成長する楽しみを付与されている。
主神もまた、そのお陰で主師親として成長しているのである。
 あらゆる学問、文化は不完全なものである。
それは不完全なるが故に、成長する楽しみを付与された人類万類に対する杖の様なものだ。
霊主対従・霊五体五の体主霊従を覚る迄は、知識の系統はどうしても肉体や物質を切り刻んで生命の木を探し続け流浪うしかないのだ。
 それを批判する必要はない。
総ては成長の過程上どうしても避けて通れない所である。
単に善悪の評価だけで終わる問題ではない。
必要悪というのではないけれど、幼児が粗相をしたからといって、これを殺してしまう様な親は親ではない。
それは誰もが素直に思う事である筈だ。
 まして愛善苑は三千世界をお救い下さる主神の会堂である。
ここに集う人々は、少しは使命感をもって来ている筈だ。
 ならば幼児同然の世界を相手に愚痴をこぼす様では、救いの
「す」の字も口にするべきではないだろう。
そんな資格は無い筈だ。
自らも主神の救いを求めて愛善苑に足を踏み入れた筈である。
ならば杖が必要な時代から杖を奪えはしまい。


桶は桶屋

    
平成十一(西暦1999)年五月十一日 旧三月二六日(火)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 何でも知っていることは悪いことではない。
しかしその道にはその道の達人という人がいる。
達人はまた好き先輩であり、相談相手である。
道に迷ったら一先ず自分の知識は素直に置いておいて、先輩の助言を仰いでみる事だ。
勿論、完全な問題解決は無理だろうが、自分を見直すための絶好の機会になる筈だ。
 何事も結局は自分がやることである。
しかし、誰もが共通に突き当たる壁の様なものは必ず存在するものだ。
 そういう時に達人と呼ばれる先輩に助言を仰げば、その先輩がそういう壁をどうやって乗り越えたかを聞かせてくれるだろう。
それがそのまま自分に当てはまるものでもないが、必ず自分を成長させるヒントになるものだ。
師というものはそういうものである。
何もそっくりそのまま真似することはない。
助言だけ仰いで後はまた自分のやり方でやってみれば好いのである。
真剣にやっていれば必ず先輩の助言がピタリとはまる瞬間が来るものである。
人生の醍醐味はそこにあるのかもしれない。
親の有難味が判る時、金の有難味が判る時、先輩の有難味が判る時、人間ならば生きていて好かったなあと思える筈だ。
 私はたまたま守護神と対話する事の出来る能力が発達しているから、当然神霊の有難味も判っている。
だからこの助言を、いちいち兇党霊のどうの等と偉そうに神審判する気はない。
兇党霊界にも善悪二分がある。
 それにもまして善悪両方と和やかにつき合えるのが人というものである。
善だから悪だからと差別して偉そうにしているのは人のあるべき姿ではない。
双方必ず長所も短所もある。
 短所は笑って許して、長所を誉め合って和やかな世界を創るのが人の第一の努めであろうと私は思っているのである。


スランプ脱出

    
平成十一(西暦1999)年五月十二日 旧三月二七日(水)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 スランプは辛い。
しかし辛いくらいのスランプだからこそ、それを乗り越えた時は実力が倍増しているのである。
スランプが来た時は、
「ああ有り難い。俺にも進歩する時が来た。」
という受け身の体勢になることだ。
 スランプに受け身になるということは逃げることではない。
「受けて起つ」ということである。
つまり「闘う」ということだ。
 自分自身を完全にスランプとの闘いの場に置いてこそ、それを乗り越える為の努力が、自らの骨肉となって行くのである。
 逆境は必ず自分を鍛え上げてくれる。
それを信じて不退転の覚悟で進むことだ。
「あれ?誰かも言ってたっけ・・・?」


無理を承知でやってみな!

    
平成十一(西暦1999)年五月十三日 旧三月二八日(木)


      虞歌裸神斎ぐうたらしんさい

 カラオケ・パブで働いていた時、新参者のお披露目としてお客さんの前で歌ったのが、爆風スランプの、
「無理だ!」
だった。
「腕立て 腕立て 無理だ鰐の腕立て伏せ」
というあのメチャンコファンキーな歌である。
 この歌の、
「出来るもんならやってみな!」
と、
「無理を承知でやってみな!」
というフレーズに込められた作者の愛が伝わって来て、私は珍しく日本人のロックをカラオケで歌ったのである。
 実は爆風スランプには遠からず縁がある。
若い頃、爆風スランプの前身バンドの一つ(爆風スランプって、いくつかのバンドのメンバーが合体しているそうで、その中の一つのバンド……。名前は忘れたけれど「夜中に墓場でダンス」とかいう歌を唄ってたマイナー・バンドである。)でサポート・ギタリストとして一二度スタジオ・レッスンをした事があったのだ。
 まあそんな事は関係ないけれどデビュー当時、
「世界平和」というロゴの入ったTシャツを着て元気に歌う中野さんの勇姿を見た時に、
「こ奴、なかなかやるな。」
と思ったのは事実である。
ギターは弾かなきゃ音が出ない!



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