
皇・公・八幡
平成十一(西暦1999)年九月一日 旧七月二二日(水)
天乙貴人 漢字と片仮名と外来語を組み合わせると、不思議な事に気がつく。 私は小学校の頃から学校の勉強はだるくて不真面目だったがこういう事には何故か長けていた。 小学校二年生にして既に漢字の当て字で文章を書いて喜んでいたのを今でも思い出す事が出来る。 そこでその得意な業を活かして、一つ日本では尊ばれている皇・公・八幡について自己流に考えてみようと思う。 皇はスメルとも読むが、これをシュメールと結びつけるのは昔からある事である。 この字は王の上に白があるのだが、白い王とか、白の王と読んでいろいろと意味付けして来たのがこれまでの読み方である。 シュメールの霊反しはスであるから、シン、ジュ、セム等色々な言霊に通じるものである。 また皇はオウとも読むしコウともノウとも読む。 コウと読めばこれは公に通じハムに繋がる。 ハムのハはヤに通じ地では神と読み天では人と読む。 ムはハナという事で鼻、初発、無という意味にもなる。 仏教で神は無いと説くのも天では神も人に位するというブッダの悟りがあるからだろう。 東西アジア圏ではハムと言えば王という事でハン、カン(神)等と通じ合う。 ハンと言えば班、藩、般、範、繁、飯、坂、反、犯等、全てハムの因縁を現す意味を分けもっている事が判る。 バビロン、ハムラビ、油汗等、ノア以降の王を擬態した文明には、反、犯の字に隠される様に、天に対して反乱を犯した因縁も抱えている様だ。 ハムと言えば黒人の祖となるが、黒人にも、ヘブライ系、印度系、ニグロ系、アラブ系等各種ある。 我が日本では公と言えば御公儀とか公家とかいうように皇に仕える意味を持つ。 これも一種の擬態である。懐かしき太古の範を模写しているのであろう。 八幡というのはヤハウェとかユダヤとも読むらしいが、もっとストレートにヤヘトと読む事が出来る。 これが白人の祖となるわけだ。 皇の読み方の一つであるノウは、天皇の様に皇の上に天があるので、テンのンにオが転訛してノになっているのだが、もっと幼稚に純粋な心で読むとノアに通ずる事が判る。 ノアは勿論セム・ハム・ヤヘトの父であるし、大洪水の時に黄、黒、白の人種の種を守り抜いた神の様な位置にある。 だから当然、皇、公、王の上座に位するのがノウ(脳)という事になる。 そのノアも神の預言に従って箱船を造ったのであるからノアの神は全ての上にある事になる。 考えれば考える程、最後にたどり着くのは主なる神という事になる。 日本では天の神を神として祭り、地の神を祇として祭る。 どちらも仏という事で同時に霊止という事である。 そして立場を変えて主なる神からみればそれらは全て人なのである。 ノア、セム、ハム、ヤヘトは現代人の中興の祖であると考える事が出来る。 しかし外交上それらの事実を隠したり、誇張したりして今日までの世界は成立して来た。 歴史的過去の真実は過去であるし、歴史というのは過去から現在に至るまでの歩みであり、その過去を守る側と、討つ側の史実である。 そして未来はその延長線上にあるので原点回帰=即日支配の逆転という事でもないであろう。 ここを勘違いするとしなくても好いもめ事を生むだろう事は火を見るよりも明らかな事である。 現代人にはその様な政治音痴はいないであろうから余計な心配をするつもりはないが、何れにしても人類という物は信仰深い生き物である。 過去の最も素晴らしかった時代の真実の姿を立証した暁には、特別争わなくとも、その頃の姿のままの世界に戻したいという心に自然になるのは想像に難くない。 今はまだ早いというだけの事である。 こういう重大な事は全人類の納得の上で為されなければならないのだから、それまでは真実を知る者は空惚けている方が好いかもしれないと思うのだ。 |
九二十一・国常立命
平成十一(西暦1999)年九月二日 旧七月二三日(木)
天乙貴人 平成十一年九月二日は私の数霊別の法によればクニトコタチノミコトという事になる。 大本開祖お筆先に於いて艮の金神 として御出現になり、王仁三郎聖師により、国常立尊と審神されたこの神は、今では素盞嗚尊の御神体であるという事が判って来ている。 去年の今日もこの事に触れたと思うが、私の御神業の特異性の一つとして、この様に合計すると二十二になる数霊による御神名が現す御神業がある。 「二十二の人(王仁)」に含まれる厳(五)霊 十一十一 天坐十一瑞厳貫足天之御中主大神 九二十一 万寿九二撞均法頭大六合常立大神 八三十一 祓世八三吾女坂本神伊邪那岐大神 七四十一 樹甦七四惟神真幸治主幸之王大神 六五十一 速佐六五琴波邇和澄伊都能売大神 平成十一年が終わりを意味する十と始めを意味する一の数霊になっているので、これに月日を合わせて今年はその働きの一端を記して来たのである。 この漢霊は一種の曼陀羅の働きもかねているから、一文字一文字を心を鎮めて拝観するだけで、これらの活動が明確に判って来る様になっているのである。 勿論、それは高等伝授法であるから、各自の教養に左右される場合が多い。 霊界物語の拝読をして主神の神格である愛善と信真を霊魂内に培養してからでないと兇党界に転落する事になるから、無闇勝手に考えない方が好いという事をここに書き添えておく。 前にもプロ資格とは、安全第一を徹底的に身につける事であるという事を書いたことがあるが、神の道も同じである。 神力というものは使い方一つで大変な事になるから、神様も無闇には御伝授下さらないものである。 各自の品性と教養に合わせて世の中に好い影響を与える力を授けてくれるのが神様というものである。 殺生与奪の御権能を授かる程の人物は、余程愛と真を大切にせねばならぬ。 |
万寿九二撞均法頭大六合常立大神
平成十(西暦1998)年十二月三日 旧十月十五日(木)
天乙貴人 ヨロズクヅツキナラウメヅというのは、全ての屑を撞き均す法の頭目という意味である。 現代の様に環境破壊に対する意識が高まって、自然保護、環境改善等の法改正を重視する様になってきたのも、修理固成のお働きを為される国常立命の御守護が活発になって来た証しである。 万寿九二撞均法頭大六合常立大神とは要するに大六合常立命 |
ブルーベリーは恋の味
平成十一(西暦199)年九月四日 旧七月二五日(土)
天乙貴人 最近夜中の納涼散歩が癖になった。 何の目的もなくただぷらぷらとするだけなのだが、私は子供の頃からこういう感じが好きなのである。 作詞作曲を始めてから二曲目の作品に、 「ただ何となく」 というのがあるのだけれどそんな感じである。 一番だけ書いておこう。 「ただ何となく」 作詞 天乙貴人 淋しくなって ただ何となく 外に出た 別に何の目的が あったわけじゃない ただ何となく ただ何となく 歩いてた と、こんな歌である。 最近、私も生意気な事を言う様になったが、昔はこういうセンチな歌が好きな若者だったのである。 しかし、ここのところ祭りの後の火が消えた様な穏やかな毎日が続いているので、こんな歌を思い出したのだが、先月の中盤からは正直言って大した情熱も無く原稿を書いて来た。 と言うのももう私の使命は峠を越したからであるが、世の中は相変わらず荒れ模様である。 ゴールは見えているのにみんな不器用に古くさい信念にしがみついて、そのゴールに近づけないでいる様だが、今の私にはそれをどうこう言う情熱が湧いて来ないのである。 そんなわけで散歩に出たのだが、コンビニでレアチーズケーキを買って来て食べた。 ブルーベリー・ソースが付いていたので、昔の思い出が甦ってきた。 「懐かしの君」(勿論、マナミちゃんである。姓の頭文字はTである。)と一緒にバイトをしていた喫茶店にも、このレアチーズケーキがあって、私はこれが大好物だったのだが、彼女を始めて誘って喫茶店に入った時に、彼女が注文したのがブルーベリー・ヨーグルトだった。 当時、私はそんなものがある事を知らなかったから、女の子というのは本当に別世界の生き物だと奥手まる出しで感動した事がある。 それからというもの、ブルーベリーを見る度に彼女を思い出してしまう。 消化にいいから食べ過ぎると下痢するけどね。 |
樹甦七四惟神真幸治主幸之王大神
平成十一(西暦1999)年九月五日 旧七月二六日(日)
天乙貴人 キサラギノナナシカムナガラマサキハルスサノオウオホカミというのは珍の三貴子の事である。 要するに天照大神、月読命、素盞嗚尊の事である。 聖師さんの法話に「王ミロク」というのがあるけれど、かいつまんで言えばその事である。 それで素盞嗚尊ではなく、主幸之王大神と書いてあるのである。 この神名は私が「神の国」誌に初めて原稿を掲載してもらった時に既に現してあるが、その意味を理解出来た信者の方や、読者の方は、恐らくあまりいなかったであろうと思う。 天のミロク瑞霊、地のミロク厳霊、人のミロク伊都能売の御霊を総称して王ミロクと云うとあるが、要するにそういう事である。 七四を二分すると三七になる。 三七はスサノヲの数霊で月を意味する。 そして十は昼、一は夜。 三七十とすると天照大神と素盞嗚尊の事で、昼の月の活動を意味する。 三七一とすると月読命の事で、夜の月の活動を意味するのである。 夜は死を意味し、昼は生を意味するので、毎日が新生、再生という事になるのでこれを樹甦 七四十一の数霊はこの様に昼の月を意味する三七十と、夜の月を意味する三七一を結合したものなのである。 具体的に言うと、天照大神を奉ずる国家神道と、素盞嗚尊を奉ずる皇道大本と、印度、エジプトの宗教の影響を受ける世界宗教の結合を称して、七四十一と云うのである。 私がセム・ハム・ヤヘトの話題をよく取り上げる理由もここにあるのである。 世界宗教のルーツはハム系の黒い宗教である。 これを変革する為にヤヘト系の白い宗教が出現して来たのである。 だがしかし、兄妹の和解を成し遂げるのは、やはり黄の宗教でなければならない。 月は黒、太陽は白、土は黄である。 霊界物語は大宇宙の聖書であり紫である。 黄土の聖書はミカエルの賜物である。 |
自分で確かめる
平成十一(西暦1999)年九月六日 旧七月二七日(月)
天乙貴人 誰かの事が気になったら、人づてに確かめずに自分で会って確かめよう。 他人を信じるのは好い事だけれども、他人と自分は絶対に見所が違うものである。 第三者を通して人を見るとどうしても屈折してしまうものである。 だから本当に気になる人は自分で確かめるのが一番である。 私も人が好いのですぐに他人の言葉を信じてしまうが、そのせいで随分後悔もさせられたものである。 自分で直接面会しておけば、それが誰かからのスパイであるとしても、スパイさん御苦労さんという顔で接する事が出来る。 どういう役目で出会っても合縁奇縁というものである。 昔からよく使われる手であるけれども、影響力のある敵を本当に鎮圧する為には、その相手を乗っ取ってしまうのが一番好いのである。 それが例えば組織である場合は、組織のリーダー以外は大体烏合の衆であるから、時を待ってそのリーダーの寿命がつきてから、内部に入り込んで地位を獲得して、その組織を完全に乗っ取ってしまえば一番平和的に相手を征服できるというものである。 眼で見て判る様に鎮圧するよりも断然効果的な戦術だ。 「ブルータスお前もか。」 という言葉が象徴する様に友達とか、朋友というものは結構怖いものである。 この都会の荒野で無事に生きようと思えば、馬鹿でいるか、長いものに巻かれるかして小さくなっているのが安全だ。 神様はこう仰られる。 「いつまでも持ちきりにはいたさせんぞよ。」 要するに誰にでも寿命があるから、この世界は長持ちしているのである。 どんな英雄も永遠には生きていない。 ただその精神だけが後生まで生き続ければ、この世では充分なのである。 それ以上を望むと余計な悲劇を招くものである。 とはいえ私の様に乗っ取られるべき物さえない奴は捉え所がない。 神様も考えたものだ。 |
神様と私
平成十一(西暦1999)年九月七日 旧七月二八日(火)
天乙貴人 全ては私がするのではない。 私を介して神様がやっておられるのである。 私は何も考えない。 ただ流れに漂う木の葉の様に、流れて行くだけである。 そうでなければこれまでの様な生き方でまともでいられるわけがない。 常識的理性で暮らしていたら、きっと今頃私は発狂しているに違いない。 私が小憎らしいくらいに平然としていられるのは、私が運命の全てを神様を信頼して委せ切っているからである。 それでなくても毎号の様に「神の国」誌には神様をかたる悪神に騙されないようにせよと忠告が載せられているのである。 世の中という物は他人の事は何とでも言えるものである。 何か忠告するのなら、墓に入るまできっちり責任を取るくらいの覚悟で言うべきだと思うが、大概は言いっ放しでお高く止まっているだけである。 そんな事なら、その辺の井戸端会議のおばさん達でも出来る事だ。 大の大人のする事ではない。 けれど、そう言ったからといってすぐに改まる様なら何の世話も苦労もない。 宗教家という物はもっと御節介焼きでないといけないと思うのだが、最近の宗教家は大概薄情である。 だから私も宗教家である事はやめたのだ。 芸能人というのも憧れの職業であるけれども、ああいうものは動物園の珍獣の様にブラウン管や雑誌などで見るから好いのである。 自分が芸能人になって大衆から眺められている事など想像するだけで滑稽である。 私は一人静かに宗教に親しみ、自ら芸能を楽しむ事が出来ればそれで満足である。 なるべく楽をして富を得、死ぬまで安閑として暮らしながら言いたい事を言い、やりたい事をやって生きる。これが理想であるのだが、神様と共にある以上、神様の仕事を邪魔しない様に努力しなければならない。 だから私は何もしないのである。 わっかるかな〜。 |
日本人らしさ
平成十一(西暦1999)年九月八日 旧七月二九日(水)
天乙貴人 近代初めて日本人としての意識を持ち得た人物は彼の坂本龍馬であったという。 藩によって治められていた当時の吾が国は、藩が国であり、日本は神州であったのである。 要するにユーラシア大陸に諸国がある様な情勢である。 そういう意味では当時の日本人という感覚は国際人であり、神州人であったと言えるだろう。 その坂本龍馬も海外の進歩を意識して、海外から多くを学び、日本全国を海外から軽視されない国に立て直そうと考えていた様であるが、本当の所は本人に直接聞かなければ判らない事である。 史料として揚げられるのは、海援隊という日本初の株式会社組織であるが、この会社の給与体系は現在の会社のものとは全く違い、均等配当制度を用いていた様である。 社主も社員も同額の給与であったらしい。 現在では考えられない事であるが、坂本龍馬の構想した会社組織とはそういうものであったらしい。 日本人第一号の創立した日本初の株式会社は私の察するところ、本場海外の会社組織とも相違していた様である。 どちらかというと、現在の会社組織の方が本場の構造に近いと言えるであろう。 坂本龍馬は当時既に神州日本人として、世界全国でも独創的な会社組織を運営していた事になる。 それは現代で言うと資本主義と共産主義と家族主義の融合した様な会社であった。 大英帝国の王制を学んで天皇制を対外的に正当化させ、米合衆国を学んで自由社会を謳歌している様だが日本人の魂は少ない。 「今の人民外国身魂になりておる。」 神諭。 |
アジア国家共同体
平成十一(西暦1999)年九月九日 旧七月三十日(木)
天乙貴人 私の様な企画立案者は直接行政に関与するわけではないが、企画としては国家共同体という案がある。 はたして国民としての責任も果たしていない現状ではあるが、神様に聖別されて活かされているので、信仰者としての責任は果たさせて頂かなければならばいので神と時間の許す限り企画立案は継続している。 「国家共同体」というのは国と国との共同という事で、国内の共同体という意味ではない。 現代の各国を我が国の都道府県や、合衆国の州と同様に見た場合、日本は世界のアジア地方の国家の一つという事になる。 まだまだ現状としては世界を統一国家として見る事が出来ないであろうから、せめてアジア国家共同体というべきものを創立したとしたならば、現在の東南アジア問題や、アジアのその他の問題はアジア国家共同体の首都が会議しなければならない事になる。 その時にはアジア内での諸問題に対してアジア警察が活動しなければならないのは当然の事だ。 だがしかし、現状はアジアの諸国はバラバラであるから、アジア統一について何処かの国が陣頭に立たなければならない事になるのであろうが、どうやらその先陣を切ったのは中国の様である。 聖師さんの法話の一つにこういうのがある。 (大意) 「日本は木である。シナは土であるから、日本はシナに根ざせば繁栄する。南は火であるから、日本は南から攻められると弱いのである。」 要するに日本は木であるから土に根ざしてなければ水分を得られないので南が火になって攻めて来るとすぐ燃えるという事である。 日本がアジアの首都たらんと望むなら、中国との完全友好が現実していなければ地に足が着いてないので第二次大戦の時の様な事になるという意味だと思うのである。 インドシナは東南アジアであるから、中国を無視して先走ると神的には弱いのである。 (後日談: 日本がアジアの首都たらんという、小さな満足で好いなら中国との友好が第一である。 もし、もう少し大きな満足が欲しいなら、例えば世界の首都たらんと欲するならば、 英米西大国 この日記を書いた頃まではアジアの首都くらいで好かったから、中国との友好が優先であったが、平成十四年「アフガニスタン空爆終結」以降、日本は世界の桧舞台に立たざるを得なくなったので、中国や北方領土の為に尽力した議員達の進退問題が激しく議論される様になって来ているのだと考えてよいだろう。) |
神様有難う御在ます
平成十一(西暦1999)年九月十日 旧八月一日(金)
天乙貴人 最近、下界に心を向けると夜叉の共食いの様な状景しか見えて来ないのでかなりブルーになっていた。 私は心臓に千本くらい毛が生えている様にかなり図太いのだが、それでもどうにも鬱に疲れていたのである。 「もうどうでもいいや。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。」 と思っていたら、急に心の奥の方からこんな声が聞こえて来た。 「最近お前は世の中の期待に答えようと世相を心配し過ぎて、暗い波動ばかりを集めて必至に浄化しようと焦っているけれども、それではお前自身がまいってしまうよ。 この辺で信仰に目覚めた頃を思い出して初心に還った方が好い。」 それでその通り初心に還ってみた。 するとそこに浮かんで来たのは、 「嗚呼ありがたい。」 という一言だった。 あまりこれを言い過ぎると、 「甘い者には蟻が集る。」 と、否定的な心の人に言われそうだが、やはり神ならぬ神の子、神の宮の人様としてはこの一言こそ基本中の基本であり、究極中の究極なのである。 私も何時の間にか自分の一言に必要以上の責任感を持ち過ぎて、それに押し潰されそうになっていたようだ。それにやはり見報えりが欲しい様なひがみ心が出て来ていたのである。 何か自分の活動に対して現状はあまりに報われないのではないかという焦りが芽生えて来ていたのは否定できない事であった。 だから初心に還った時に思い出したのは、 「嗚呼自分は本当に有り難い。 世の中には私を悪く言う人も好く言う人もいる。 それだけで先ずは有り難い。 明日をも知れないこの身だけれど、明日がどうなるか判らないことがまた有り難い。 独身でこのまま年老いては老後は寂しかろうと心配できる事が有り難い。」 等と考えていたら、本当に全てが有り難くてしょうがなくて、いろんな事が嬉しくなった。 |
有り難いのが天国
平成十一(西暦1999)年九月十一日 旧八月二日(土)
天乙貴人 この半年ばかり愛善苑の会員としての活動に参加せず、言いたい放題書き続け、どういう時にも心は神様の中にいたので、それが慣れっこになって、ついには神様の中にいる事も忘れて有り難いという言葉が心の底から湧いて来なくなっていたと思っていたが、一旦初心に還って、 「私はこの程度の男でございます。」 と、素直な心になったら、馬鹿は馬鹿なりに随分と無い知恵を絞っている内に眼前に新たな光が射して来て、何時の間にか背水の陣を布かされて、本当にやりたい事とやれる事が一致している自分に気付いたのである。 人様から見たら大した事では無いが、裸の自分に久し振りに出会えた事が本当に有り難くて仕方がなくなった。 明十二日には一年ぶりに東京から愛善苑本部の方々が東京に来られる様なのだが、私はもうそこには行かないつもりである。 それは何だかそこに行く事が純粋な信仰心からではなく、ただ自分の自己顕示欲を満たしたいだけの様に思えるからだ。 勿論、これは私の個人的な話で、そこに明日集まる人々の事を言っているのではない。 今度また、純粋に無名の心で、その行事に有り難く参加したいと思えるようになったら、誰にも気付かれないようにこっそりと、会場の隅っこの方に座っているだろう。今は一寸得意気な心があるから参加するのが疎ましいのである。 しかし背水の陣というのは本当に八方塞がりの様でいて、実は灯台下暗しで打開策は己と、己の手の届く所にあるという事を気付かせてくれるものである。 それが本当に有り難くて、 「神様有り難うございます」 という心が吹き上げてくるものである。 どんな状況でもよいから何がなんでも神様有難うございますと心を転換すると必ず活気が戻って来る。 全てそれが原点であり、同時に終点でもある。 |