誠の言霊

    
平成十一(西暦1999)年十一月一日 旧九月二四日(月)


 午前十一時に目覚めてみれば、我が家も揺れる程の暴風雨。閉め忘れていた雨戸を閉めてから、しばらくまどろんで、
「えいやっ」
と起きて布団を片付け、テレビを見ながら鏡の前で軽い運動をして、午後一時頃にゴミを出した。
雨足は弱まっていたけど暴風は吹き止まず、辺りはあつい雨雲に覆われている。
それで遅蒔きながら天津祝詞、神言を奏上して霊界物語を拝読して、讃美歌、基本宣伝歌を奏上し終わると、外から鳥の気持ち好さそうな囀りが聞こえて来る。

「ああ嵐も去ったな。」

と思って雨戸を開けると我が家の上空がポッカリと晴れ間を覗かせている。

私は迷わず、

「霊界物語はやっぱり誠の言霊だ。」

と思いながら一人満足した。
 霊界物語を朗々と拝読する時には、いつも卓上にコップ一杯の水を置いておく。
拝読をハッキリとすると顎をよく動かすから、味覚も向上するのだが、コップの中の水も明らかにカルキ臭が消えて、えも言われぬ甘さが溢れて来るのが何とも不思議である。
 先週はLDの「未来少年コナン」を全巻見たので、自作のカラオケセットを持って伊勢佐木町に行く時は、さながらコナンが新しい仲間を求め自作の筏で島から旅立つ時の様な気分だったので、今日の暴風雨はまるでコナンが海上で嵐に耐えるシーンに重なる様な気がした。 もっとも私は若い頃はコナンの様に細かったが、今は髪の長さも体格も、嵐の後にコナンが辿り着いた島で出会ったジムシーに似ていると思っているのだが、神様の考えている事はいつも私の上を行くから、ここまでの所はほんの御愛嬌と思っておこう。
 聖師さんの説く所に因れば、神様が外から信徒を守るというのは実は仮にそう思わせているだけで、自分の本性が自分を守護しているのだそうだ。
だから全部私の仕業なのだ。


霊界物語の不思議

    
平成十一(西暦1999)年十一月二日 旧九月二五日(火)


 霊界物語第十巻、霊主体従酉の巻、第一篇千軍万馬、第九章「尻藍(しりあい)」には三五(あななひ)教の宣伝使、珍山彦(蚊々虎)の巌上の宣伝を取り押さえに現れたウラル教の牛雲別達が反対に退治される様子が描かれているが、そのやられ方が中々興味深いのでここに記しておく。
 先ず牛雲別が頭を地に突っ込み逆立ちになり、その両足の裏に今度は蟹雲別が直立に乗せられるのだが、その格好は先日私が「大の字逆様」の相を為す五大陸と「大の字正面」を「天地の合わせ鏡」として発表した図を彷佛とさせるものだと感じるのである。
 この章には「大の字逆様」の因縁を思わせる大本神諭の一部も記されているので左に記しておこうと思う。

『神のまことの道を取り違ひいたすと、頭を土に突込んで足を仰向けにして、のたくらねばならぬぞよ。』

 こじつけだと思う人に何を説明しても発展するものではない。
神様の微妙な味わいを解せないのは精霊の籍が天国にいない証拠である。
判る様になれば生きる事が面白くなり、毎日を勇んで暮らす天国人になるのであるから、それまでは心の眼は閉じられているというだけの事である。
 ウラル教の信者というのは科学万能の迷信に陥った集団で、当に「大の字逆様」の情態なのである。
カッバーラの神秘は科学万能主義的な思考からは解明されるものではない。
飛鳥氏の説く如く神から「授かる」事でのみ解明されるものである。
現代社会は何でもかんでも科学的、論理的、合理的に解決しようとするが、誠の神との連絡の無い心には花を美しいと思う心や、
「かわいそう」

という心が枯れているので、好かれと思って決める事が仇となり悲劇を生み、

「のたくる」

事が多い。


ニッポン!チャ・チャ・チャ!

    
平成十一(西暦1999)年十一月三日 旧九月二六日(水)


 ヤッホー!すげぇぜ大和オゴジョ!
昨日の試合も凄かったけど、あの守りの堅いアメリカチームに二セット先取されてから、よく逆転したよな。
まるでコミック「HAPPY!」のみゆきちゃんみたいな勝ち方するじゃんか!
最初の負け方を観てた時は日米の防衛力の雛形を観てる様な気分だったけど、二セット目から少しずつ追い上げて、相手の動きに徐々に会わせて逆転してくなんて合気道精神そのままの勝ち方だぜ!
あの粘り強さがお餅ねばねばパワーだよな。突き立てのお餅みたいにぐにょーって伸びて来る感じが日本人らしいよね。
 そう言やぁ、昔日本の零戦が世界一の戦闘機だった頃に使われていた合金の材質も未だに再現不可能なくらい軽くて粘り強い物だったんだってねぇ!
一説によるとあの材質は国中の鍋、釜、釣り鐘はおろか金目の物は全部集めて練り直して出来た合金だったから、国中の魂が篭ってたんであんな風になったなんて言うくらいだからなあ。
やっぱ日本は望月の国だよ。餅つき、餅つき。
 昔働いてた工場で仲良くなった単藤って奴が言ってたけど、第二次大戦終戦間近に金属がなくなって、とうとう木材とかその他の雑貨をあれこれ適当に組み立てているうちに、偶然反重力物質が出来ちゃったんだってねぇ。
その研究の途中で終戦になっちゃたから研究も打ち切られてしまったという話だけど、もしそれが本当で研究開発に成功していたら、現代社会もぜんぜん違う物になっていたかも知れないね。
聖師さんもルドルフ・シュタイナーも言ってたけど、人類は鉱物生命から、植物生命になって、それから今の動物生命になったのだから、きっと植物にはもっともっとミラクルな力があるに違いないよ。
その昔ネイティブ・アメリカン・エビス人もサボテンを使って遠隔交信してたくらいだからね。
       


和の力

    
平成十一(西暦1999)年十一月四日 旧九月二七日(木)


 一対一なら劣る力も十対十なら少し事情が違う。
一方が一の十倍で、一方がチームワークで十一倍の力を引き出す事がある。
それが数学ではない、化学変化的な和を生み出す人間の精神力とか念の生み出す奇跡だ。
ドラゴンボールZで孫悟空だけが使いこなせた元気玉みたいな力である。
これは戦闘力だから、ちょっといい譬えではないけれど、それを本当に愛善と信真の結合で実現する事が出来たら現代社会の抱えている矛盾は全て解消するのは間違いないだろう。
 人類全てが仲間になるだけでなく、全ての生命と仲間になり、宇宙に存在する物事全てと仲間になり、そして神々とも魔界とも、主なる神とも仲間になる事が出来たら、その時こそ完全な和解の成立である。
その和解を齎すのはやはり学問ではなく情のある意志である。個々の厳格さががっちりスクラム組んで、

「声出して行こう!ファイトッ、オー!」

とやるのが、クールさを飛び越してしまう「熱さ」である。
これにはたぶん叶わない。
というより一度味わったらやめられない快感になる筈だ。
 昨日の女子バレー日米戦で日本がやってて、米チームがやってなかったのもこれだった。
今は日本の若者もアメリカかぶれしてクールに構えているけど、

(勿論、アメリカ人だって熱いコールをし合うスポーツは凄い。)

今の不況を跳ね返すのはやっぱり、

「ファイトッ、オー!」

ってかけ声だ。
我が輩も子供の頃喧嘩に負けそうになった時はとにかく声を出して挽回したものだ。
シャウト・パワーは一人でも効果があるのだ。
みんなでやったら段々盛り上がって凄い事になるのは請け合いである。
それだけに正しい目的の為に使わないと昔の恐怖政治の再現にもなりかねないから学問も大事なのである。
賢く強く暖かく!これだ。


神様は嘘をつかない

    
平成十一(西暦1999)年十一月五日 旧九月二八日(金)


 いや〜、女子バレー日韓戦・・残念だったね〜。
結果論みたいに言われたくないから、この話題は避けようと思ったんだけど・・・。
実はね、四日の夜七時五分頃からね・・・、日本の勝利を信じて御神前に天津祝詞を奏上して、神言を奏上している途中にね・・・、いや〜なものが見えちゃったんだ。
それはね、
  「日本残念!」 僕もそんな事ないと思ってね・・・、それを否定しながらどんな負け方するのかな・・って聞いたらね・・、
  「ストレート負け」
って神様が言うんだよね・・。
気のせいだと思ってね・・・、一所懸命応援したんだけどね・・・、やっぱり負けちゃったなあ。
 三日の試合とは全然違って、みんな暗い難しい顔してさ・・・、
  「やばいな〜。」
って思ったけど、やっぱ神様からのファースト・インスピレーションには吾輩の必至の応援も叶わなかったよ。
参った、参った。
韓国の選手って超地味だね〜。
ああいう風に終始一貫謙虚に来るとは思わなかったよ。
降参、降参。いつもみたいに眼つりあげて来れば好かったけど、三日の日米戦で眼から鱗が落ちたんだろうな。
敵ながら天晴れってやつですな。
 でも俺的には神様の言う通りだったから、素直に兜を脱いで喜んでいるんだけど・・・、みんなはそれじゃ納得しないだろうなあ。
 勿論、俺だって「ニッポン・チャチャチャ!」なんだけどスポーツは全力でぶつかりあってお互いのフェアプレーを讃え合うのがモットーだ。
負けたのは悔しかったけど、ま、試合は韓国戦だけじゃないからね。
次っ頑張ろう。
 それにしても期待しちゃうよな〜。シュン。
でも野球と一緒で神様が一つのチームにだけ肩入れするわけにはいかないもんな。
結果は判っててもみんなで応援して盛り上がる事に意義がある。
めげずに頑張って行こうぜっ!


完全和解が和の力

    
平成十一(西暦1999)年十一月六日 旧九月二九日(土)


 勝負事は戦う以上は勝ちたい。
スポーツ、ギャンブルetc。
そこで使うのが精神力とか念力だけど、これはやっぱり相対的だからどうしても優勝劣敗が生じるものだ。
 先日記した「和の力」は勝負事で発揮するものではないというのは文面からも読みとれたと思うけど、まさか誤解してた人はいないでしょう?
えっ、いたの・・ア、ダメ、ダメ。
 終戦間近に偶然出来た日本の技術だって、あれが戦争中に偶然出て来たものだったから、結局しっかりとした安全性の高い製法が開発されなかったのである。
惜しい、惜しい。
 でも日本民族には素晴らしい素質があるのである。
それを発揮するにはどうしても競争社会から脱皮しなければ駄目である。
みんなをしあわせにして、みんなを主役にする様な、本当の日本人らしさが出て来れば、いくらでもあれくらいの発明が出来るのが日本人の素晴らしさである。
そこを間違えると泣きべそ。

  「和を以て尊しとす。」

これがホントの大和魂であるから、小山の大将になろうとしちゃア、ダメ、ダメ。

  (さんま師匠御免なさい!)

 でもいい線行ってるよ、みんな。餅つきはいいよね。,br> 商店街もいいよ。
商店街のど自慢大会は盛り上がるよね。
百貨店も最高!
日本人はホントに餅つきがいいんだよ。
なんたって、種入れぬパンの元祖大本なんだから。
あれはモーセが主神に学んでエジプトでイスラエルの民にやらしたものだよ。
神社の鳥居もそう。
もともと日本の富士高天原人種が始まりで、エジプト以来過ぎ越し祭で子羊の血を門口に塗る風習になり、そしてまた還って来たのである。
だから日本は餅つきワッショ。
御神輿はモーセから始まったんだよ。
一緒にしないでね。
でもさ、餅つきも御神輿も一人じゃ出来ないんだよね。
みんなで元気に声出してソーレ、ワッショイ、ワッショイってね。


イカサマ・テンタクルズ

    
平成十一(西暦1999)年十一月七日 旧九月三十日(日)


 テンタクルズって触手って意味だから・・、イカでもいいわけだけど、我等が南永田の星、

  「テンタクルズ」

は、当時公開されてたアメリカ映画の「大蛸」主演の「テンタクルズ」から触発されて銘々された名前だったのだ。
当時我々はお互いを「このタコよ〜」と呼び親しんでおり、そのタコの集まりという意味で、
  「テンタクルズ」
になったのである。
 このインチキバンドの馴れ初めは、コシとマサジが、
  「ソドムとボンゴ」
の名前で始めた適当フォーク・ソング・コンビに、シンが迷ヴォーカリストとして新たに加わり、
  「ソドム、ボンゴ&ゴモラ」
となり、序でヒラノが蛇味線ギター&スーパー・ドラマーとして加わった時点で、 に進化する。
 彼等は第一段アルバム「テンタクルズの嵐」で究極の宴会プレーをテープに録音し、
第二段アルバム「村の青年団」をテープ録音する。
更にサード・アルバム「山の消防団」を録音した後、ベース・ギタリストとしてキウチを起用し、
待望のスタジオ・ライブ・アルバム「スーパー・テンタクルズ」を録音する。
その後マサジの音楽性が彼等との宴会プレー以外のサウンドを求める様になり、独自の人脈から、
  「エレメンツ」
を結成したのである。
 マサジのラフでワイルドなアドリブ・ギター・プレーはテンタクルズ時代に蓄積されたアイディアの爆発であり、その柔軟な音楽性もテンタクルズ時代のプログレッシブ指向と宴会プレーに多大な影響を受けている。
 現在はソロ・ミュージシャンとして硬派なサウンドを立て前としているマサジであるが、その本質的精神は宴会プレーに根ざしている。
あらゆる存在を楽器に見立てながらジャズの基本理論を取り入れた彼の音楽性は賛否両論ではあるが、少しでも歌心のある人間を吸収して音楽家にしてしまう究極の音楽形態だ。


スマッシュ野郎

    
平成十一(西暦1999)年十一月八日 旧十月一日(日)


 テンタクルズのメンバーはシンとキウチが大学に進学し、ヒラノ、コシ、サエキは就職した。
しかしコシは半年後に退職して予備校に通い、翌年大学に進学した。
マサジは相変わらずのフリーター人生を送っていた。
 コシとシンは中学時代からの洋画ファンであり、テンタクルズのメンバーは皆それに感化されていた。
また彼等は皆、日本のテレビ・ドラマ「俺達シリーズ」の愛好家だった。
 マサジがフリーターになったのは特にその影響があったわけではないが、
彼等はマサジの生き方に「俺達の旅」のカー助をだぶらせている所があった。
実際は彼等の中ではオメダ的な存在だったマサジなのだが、自由奔放に生きている様に見えるマサジを羨んでいる所もあったからである。
 マサジ以外の五人はスキー、テニス、沢登り等の共通の趣味でも結束していたが、唯一マサジだけはギター、武道、神秘学の方へ関心を深めていったので、団体行動をしたがるシンはいつもマサジに腹を立てていた。
 コシは就職組と進学組の仲介役でもあったが、どちらにも属さないマサジとはギターと作詞作曲で繋がっていた。
コシは大学進学後軽音楽部に入り、マサジを文化祭でのバンドにベーシストとして起用した。
マサジはその時出会ったタケシと供に、伊藤と果たす事の出来なかったエレメンツを再開する事になる。
 コシは映画製作を夢見た事もあったので、彼が監督になり、シンを除く四人と、大学の女学生一人とで「スマッシュ野郎」という題名のビデオ・ドラマを作成する事になった。
 親友だったうだつの上がらない二人の青年の一方が宝くじに当選した事で性格が一変し、一人の女性をテニスの勝敗で奪い合うという筋書きで、マサジの役は宝くじに当選した敵役だった。
彼はテニスには敗れたが愛を得る。


風邪は癒しの素

    
平成十一(西暦1999)年十一月九日 旧十月二日(木)


 昔から風邪は万病の素と申しますが、プロの看板アナウンサーも大変な仕事だよね。
  「毎日朝もはよから御苦労様でございます。」
けれども私めのお話に眼を通した後なら一寸受け取り方も変わる事で御座いましょう。
 私もよく風邪をひきますがそれ以上の大病に発展した事は御座いません。
それは私の体を神様方が周囲の霊的浄化の為に使用しいるからで御座いますので、風邪で苦しむまでの事で済まして下さっているからで御座います。
 けれども仕事に対する責任感の強い方々は、その責任感故に満足な休養を取るのも容易な事では御座いませんので大病に繋がる事も多う御座いましょうから、是非とも組織的規模で朝晩の御祓いなど実行なされます事をお薦めいたします。
流行以外の時期に風邪をひき易い方々は、本人の自覚するとしないとに関わらず、ほぼ間違いなく霊媒体質で御座いますから、御守護神様以上の神々様達に対する感謝の心を大切に為される事をお薦め致します。
皆様方の今後の御多幸をお祈り申しあげます。
 霊媒体質の方というのは、昼のお仕事の方々には商売繁盛の守り神ともなりますが、夜のお仕事の様に、昼のお仕事の方々をお慰めなさる様な職場や、不正や汚職、人道無視的環境では、かえって貧乏神になる事の方が多う御座いますから、その辺の所は誤解の御座いません様に何卒お願いいたします。
そういう環境におられる時は、余程強い魂の持ち主でないと、自然に追い出される事になりますので、もし解雇される様な事があってもお気を落としにならない様に予め申しておきます。
 心優しく、正しい事をお求めになられている霊媒体質の方々の気苦労を軽くするのは、やはり正確な霊体学のお勉強だと強く確信いたしますので僭越ながら御進言申し上げます。


陰から陽へ

    
平成十一(西暦1999)年十一月十日 旧十月三日(水)


 私が旧友と供にバンドを始めようと考えた当初はビートルズのポール・マッカートニーに憧れベーシスト兼シンガーになろうとしていたのである。
今でこそアコースティック・ギターのボディを使って四弦ベースにする事は珍しくもない事だったが、当時はアコースティック・ベースといえばウッドベースであり、またエレキならエレキ・ベースという事になり、サウンド・ホールのあるベースなどは想像上の夢の楽器であったのである。
 当時、私は中学卒業直前の正月にお年玉をはたいて質屋で一万円で買った、白いフォーク・ギターしか持っていなかったので、四弦ベースを練習するには少々感覚が違う事を承知の上で、後に四弦ベースを買った時の為に、ポールの様なランニング・ベースを弾ける様にしておこうと思い、教則本を買って来て、毎日の様に運指の為のスケール練習をしていたのである。
そこへ幼なじみがアドリブの基本であるペンタトニック・スケールについて当時としては比較的詳細に記してある教則本を見せてくれたので、私も上大岡のレコード店の楽譜コーナーで早速これを購入し、早速その日からペンタトニック・スケールによるアドリブ練習をするうちに、いつの間にかリード・ギターの魅力の虜になってしまったのである。
 当時、ベース・ギターは縁の下の力持ち的楽器で、マサジはそれが自分の性格にぴったりであると信じていたのであるが、中学生時代にはブルース・リーに憧れ、少林寺拳法を基本に、その他の武道を研究していた様に、実は密かにフロント・マンとしてのギタリストに憧れを抱いていたのである。
ギタリストとして自分のバンドを仕切っていた時も、ヴォーカリスト不在が続いたので自分で唄う様になった。
結局それがバンドで「みんなしあわせになれ」を唄うきっかけになったのだ。


甘いカキいらんかね

    
平成十一(西暦1999)年十一月十一日 旧十月四日(木)


 「甘い甘い蜜よりも甘いその甘さを、蝶や蜂になって吸わんかね。
  ほれ吸いなされ。吸いなされ。枯れ木に花の咲く例え。」

なんて宣伝しようと思っていたら、さっさと甘柿食べている。
美男、美女なら尚歓迎。
その柿わしにもくれんかね。
その柿わしにもくれんかね。
カキが柿喰や共食いか、カキが牡蛎喰や共食いか。
蛸もたまには自分の足をうまそうに食べると言うじゃないか。
 それでわしらはタコじゃいな。それでわしらはタコじゃいな。
自分で自分を喰いながら、うまいうまいと喜んで暮らせるぐにゃぐにゃ柔らかい、堅い垣さえ食らう奴。
 柔らかいほど手に終えぬ強さはないとキミは説く。
タコ喰うウツボも柔らかい。
顎の強さは並ならぬ。
何でもかんでも噛み砕け。何でもかんでも噛み砕け。
いろんな味があるわいな。いろんな味があるわいな。
つまらない顔していても、よく噛みゃ味が出て来るぞ。
 それでワニとも言うオニが、堅い殻持つ蟹食らう。
ちぎれにゃぐるぐる周りだし、引きちぎってはまた食らう。
それでもそろそろ電気代、貯まって来たから店じまい、しなけりゃならない時が来る。
そん時ゃわしも丸裸、生まれ育ったこの町を、飛び出し世界の経綸に、乗り出すつもりでヒノモトの、花の都の東京へ、流れ流れてさすらいの、旅に出るのもおつなもの。
十二年ほどその昔、神のあるなし争うて、雪の降る町とぼとぼと、ギター一つで渋谷区の、青山通りをさすらった、そんな昔を思い出し、やるのもまたまた面白い。
 人の時間の十二年、それが神には一年と、言うからいよいよ二年目の、区切りの好いのがこの季節。陰から陽へという事は、そんな事かもしれないぞ、エビスは目指した魚より、魚篭には入れずに帰すもの、釣れた魚が雑魚ならば、それはいらんと次へ行く。
コラショ。


宮から御子へ

    
平成十一(西暦1999)年十一月十二日 旧十月五日(金)


 そろそろ三八才の「ミヤ」の御用も終わりが近づいた。
宮なら大地にどっしりと根を張って、一つ所にどんと構えていなければならないけれど、御子ともなれば手足がついて、自由自在の活動をしなければならなくなる。
 それでそろそろ「出てゆけ」と周りがじりじり迫り始めている。
気のせいならば好いけれど、木の精ならば妖精の、昆虫の御用をせにゃならぬ。
等とそろそろ気にかかる。
 五日もすればいつの間にかに三九才になるこの俺だ。
横浜の大浜荘の浜屋の御用もぼちぼち満期の梅公別が、花香姫に引き添われて山河草木の大団円に向かって繰り出す時も近づいたのか。
天皇陛下の宮様もぼちぼち神意の、
  「和の心」
  「みんなしあわせになれ」
という意味をお解り召された御様子なれば、気に病む不足もあろうまい。
みんな仲間という事が、判れば強いヒノモトだ。身内喧嘩も治まって、世界平和の大御業、唱うも大和魂だ。
 昔は特攻精神で玉砕していた英雄も、今では我等がヒノモトの、守護霊様に昇華して、愛国心の同胞の、一人一人に引き添うて、大宴会の段取りを、していようとは夢にだに、思うタコともあろうまい。
タコだ、タコだと、侮るな。タコほど陽気な者はない。
タコほど珍味な者はない。
厳は飲め飲め伊都能売の、蜜の霊の瑞霊、こんなに甘い仕組みとは、堅い頭の友垣にゃ、一寸にゃ判らぬ無理もない。
堅い頭にゃ酢に限る。
酢漬けになればぐにゃぐにゃだ。
酒の燗酒、噛み砕け。
こわい、こわいと思うていたら、こわい所か柔らかい。
あてが外れた赤鬼の、恐い顔まで尚赤い。
御神酒頂け、賑やかに、酢烏賊、酢蛸に素の神が、ヤマタノオロチの恐い顔、えへらえへらとくすぐって、頭落として手足つけ、人間様に磨き上げ、やがては神や御仏に、するのがほんとの退治なり。
するのが誠の泰治也。


徹底自己暴露

    
平成十一(西暦1999)年十一月十三日 旧十月六日(土)


 人が主神である瑞霊より授かっている精霊は主神の御神格である所の愛善と信真から分け与えられているものである。
したがってその精霊は肉体上の如何なる汚れによっても汚れる事はない。
肉体上の心の過ちや、肉体上の欠陥は全て肉体に於いて終始するものである限りは、人の精霊はこの過ちを大いに客観視して自己暴露する事によって完全な脱皮を成し遂げるものなのである。
 心に信仰なくともその精霊は主神に主管されているのであり、その精霊が肉体の醜状に呆れ果てた時は、未だに寿命ある時もその肉体を離れ去ってしまうものである。
その後精霊の抜け殻となった肉体には、多くの未浄化念が宿り、人間としての欲望を満たそうとする様になる。
こうした場合はその念共の主管にその肉体はあるので、如何に主神の愛善と信真を説くとも理解するものではない。
 したがって一切の浄化の権能を有する神人の浄化を、その肉体が受けた時は、念共がいなくなるのであるから、肉体はその主を失い、遅からず寿命を終えるか、もしくは痴呆となり果てるものである。
 正しい人の集まる所に浄化の神人来る時はその地は更なる生命を補給して繁栄し、邪念の巣窟たる所に浄化の神人来る時には、その地は一旦痴呆となって衰退するものである。
一旦邪念の巣窟となった地は浄化しても浄化しても気を抜けば更なる邪念が集合して欲望を満たそうとするものであるが、信仰の土台の確率した地には如何なる邪念が寄りつこうとも、自己暴露の法によってその光を取り戻すものである。
何故なら信仰の土台ある所には主神の栄光がその中心に輝き続けているので、如何なる邪念による汚れを受けても汚れるものではないからである。
正しい信仰の前ではあらゆる汚れも愉快談に昇華されるのだ。


タコの吸い出し

    
平成十一(西暦1999)年十一月十四日 旧十月七日(日)


 タコにもいろいろ在るものだが、空を飛ぶ凧、海に泳ぐ蛸、仕事だこ、たこつぼ、たこ焼き、タコの吸い出し、と、切りがない。
 現在吾が住まいの在る所は霊的にはリンパ腺に繋がる腫れ物に当たるケガレチである。
したがって地球内部の膿を吸い出すのに最も都合の好い所であるので、私は主神のお導きによってここに住まわされたのである。
 我が家の西南には魔性の竹薮があり、東北にはかつて小山があったのであるが、その山が宅地造成によって削られた事により、その封印が解けてしまったので、私はここに遣わされ、私の肉体をタコの吸い出しにし、西南の竹薮をタコの吸い口にして、凡そ七年の間地中の魔性の膿を浄化していたのである。
膿を吸い出せばその膿で暫くの間私に汚れが移るので、運気が下がる様に見えるのである。
 けれどもいよいよ膿も吸い尽くせば絆創膏ごと剥がされるのが順序である。
私がここをのかされる時は、人の手によってのかされる様に見えるけれども、その実は神様のお許しで絆創膏ごと剥がされるのであるから、誠に地球にとっては目出度い事なのである。
 針灸、湿布、指圧に按摩、どれもツボを得ていれば喜ばれる事になるものである。
針ならチクリと痛い、灸なら熱くて後が残る。
指圧も押しすぎてはかえって命取りとなる。
按摩もやり過ぎれば癖になる。
タコの吸い出しなら膿さえ抜ければ後は自然治癒力により吸い口に開いた穴も自然に塞がるものである。
 薬といういものは万事溶けて無くなりながら患部に浸透して行くのが筋である。
魔性の膿を吸い出しては浄化する度に我が家からいろいろ消えて行くのも薬がよく効いている証拠である。
何事も神の働きである。
誠の神道を世界に浸透させようと思えば、ツボを抑えるのが一番効果的なのである。



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