
西暦二千年元旦
平成十二(西暦2000)年一月一日 旧十一月二五日(土)
二十世紀最後の年開始の合図を、 今年私はストリート・ソロ・ライブを演奏しながら聞いた。 花火が勢い好く上がる中、演奏していたのは、 ベンチャーズのナンバーの一つである「パイプライン」だった。 隣の角に集まって騒いでいた若いストリーター達が、 その花火を合図に一斉に走り回っている。 この夜の大晦日には例のハーモニカ兄ちゃんが、 ベース・ギターとミニ・アンプ持参でセッションしに来てくれた。 お供に「うずら」の名前で、 ストリートをやっている女の子の一人を従えていた。 三十分程セッションした後、 元旦の準備があると言い残して彼等は去った。 その後、年が明けて花火が上がった後、 関内駅方面から花火見物を終えた人々がゾロゾロとやって来る中に、 先程の「うずら」の相方の女の子が、 友達の子ギャル軍団を引き連れてすれ違いがてら挨拶して来た。 美人(みんな子供だけどね・・・)は見慣れている私だが、 五人も目の前に立ち止まられると流石に照れる。 私はそのまま一時半頃まで演奏をして帰宅し、自転車に乗り換え、 父の住むアパートに直行した。 今年は正月三が日を父宅で過ごす約束をしていたのである。 |
寝正月
平成十二(西暦2000)年一月二日 旧十一月二六日(日)
父の狭い部屋の中に布団を敷きっぱなしで、 雑煮をすすり、朝湯につかり、 テレビの駅伝を観戦し、清水の次郎長を見た。 この三が日の間は私が炊事をする約束になっていたが、 今夜のすき焼きは父がする約束になっていた。 ところが父は準備が終わると急に不機嫌になり空気が悪くなったので、 私はその夜急遽帰宅した。 正月早々忙しい話だが、 森の石松ではないけど短気は損気とはいえバカ正直も駄目だ。 以上 横浜の自宅にて。 |
正月三日
平成十二(西暦2000)年一月三日 旧十一月二七日(月)
父宅にいる間に近所のコンビニで試しに買った喉飴が意外によく効き、 潰れた喉から漸く高い声が出る様になって来た。論より証拠である。 まだ全快ではないが八割方回復した。 喉が潰れた時の渋い声も魅力だが、 人気絶頂のシャウトが思うように出せないのは辛い。 そんなわけですぐにこの喉飴を補給しに自宅近くのコンビニに出掛けて、 ついでにストリート用の乾電池を補給した。 ところで何だかんだ言っても 正月早々父と気まずい事になったのが心に引っかかる。 父も昔の様には若くない。 二、三年前なら気にもかけないでいられたが、 最近父も足腰が弱くなったので、私もどうも本気で張り合えない。 頃合を見計らってこちらから負けるか、 このまま意地を張り通すか、何ともね・・・。 |
お書き初め
平成十二(西暦2000)年一月四日 旧十一月二八日(火)
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新展開
平成十二(西暦2000)年一月五日 旧十一月二九日(水)
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負けるが勝ち
平成十二(西暦2000)年一月六日 旧十一月三十日(木)
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老いては子に従え
平成十二(西暦2000)年一月七日 旧十二月一日(金)
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四魂完備
平成十二(西暦2000)年一月八日 旧十二月二日(土)
新バンド「雷武」のメンバーは四人である。 ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムスだ。 今日は全員が私の引っ越し祝いを兼ねて来訪した。 このバンドを始めてから初めての本格的な自己紹介の機会となった。 彼等とはこれからもっと親密で家族的な付き合いになる様だが、 このメンバーは趣味や思考がよく似ていながら、 お互いに不足を補足しあえる様な関係なので実に楽しい。 まだお互い遠慮している所があるけれど、 だんだん馴染んで来るだろう。 彼等もなかなか面白い人達で硬派系の霊能者達である。 ヴォーカルは霊視能力があり喧嘩が強いという天狗の様な男であるが、 それもその筈、彼は何年か前に港南台の峰という街に住んでいた頃に、 鴉天狗に出会ってから運気が好くなったそうである。 彼の知り合いの霊能者は天狗を見る時は死ぬか、 何か使命を目覚めさせる時だそうだ。 峰には私も寺内企画や電話外線工事をしていた頃から縁がある。 ドラムス本人は特別霊視能力があるわけではないが、 奥さんが敏感であるらしい。 なかなか自省心があり、積極的で努力家なので、 十年のブランクもすぐに埋まるだろう。 私も含め全員が格闘技に傾倒しているので、 そんな面からも話と行動が弾むのが面白い。 全く縁は異なもの味なものだ。 その日は夜中過ぎまで時の経つのも忘れて盛り上がった。 |
一寸一服
平成十二(西暦2000)年一月九日 旧十二月三日(日)
今日は引っ越し作業を休憩した。 昼過ぎにドラムスが、 「個人練習の後に練習用のカセット・テープを録音し治してくれ。」 と立ち寄った。 そういう話を聞くのは実に嬉しい。 先日、新居主兼ベーシストの曲を編曲したその資料だ。 |
成人式の団欒
平成十二(西暦2000)年一月十日 旧十二月四日(月)
今年は成人式が十五日から十日に改めらた。 特別大きな話題ではないが、私も漸く音楽家として成人した様なので、 今年は印象深い年になる様だ。 そう言えば三日の夜にラジオで蠍座の若手女優が、 今年は蠍座の当たり年だと言っていたけど、 是非ともその様に願いたいものだ。 去年の私は案山子の神業で身動き出来なかったが、 一昨年の八月頃からお告げがあった様に 二千年になった途端に一気に物事が動き出した。 所持金は無いに等しいのに、 旧居時代より生活レベルが向上してしまった。 今日は宅主の出資で大容量の外づけハード・ディスクを注文した。 バンドも全員集合して格闘技の話題で盛り上がった。 只今宅主と別居中の奥様と娘さんも来訪した。 ドラムスが先に帰ってからヴォーカルと三人で練習したら、 私も少々気が入り過ぎて一寸緊張感が走ったが みんなやる気だからこんな事もある。 |
霊界物語参上!
平成十二(西暦2000)年一月十一日 旧十二月五日(火)
今日宅主はお店で、 ケーブル・テレビの取材があるというので久々に出勤した。 その足で漸く外科に行き左足にギブスを施されて帰って来た。 「うずら」の片割れが付き添いしたらしく、 その後持参のVCDを鑑賞して帰った。 ゆくゆくは私にエレキ・ギターを習いたいと頼まれたので、 承諾したら喜んでいた。 今日やっと八幡書店版霊界物語全巻を移動した。 収納用の組立式の棚も用意した。 急いだのは十二日には雨が降ると予感していたので、 自転車に乗らないで済む様に、 今日中に片づけてしまいたかったからだ。 自転車に乗り換えて帰ってくる時も空気の感じで、 雨から雪に変わる事もあるだろうと感じた。 慌ただしく忙しいがなかなか充実した日々が続いている。 |
カッキー・ギター教室
平成十二(西暦2000)年一月十二日 旧十二月六日(水)
今日は予想通り正午前頃から雨が降り出した。 宅主は自営の掃除会社の集金があるので、 私の自転車に乗って出掛けたが、 雨が酷くなったので早々に切り上げて帰って来た。 午後には「うずら」の片割れが学校の帰りに立ち寄って、 早速エレキギターを教えてくれと言い出したので、 基礎から教えてあげた。 彼女はまだ高校生であるが、ストリートで鍛えてあるので飲み込みが早い。 暫く基礎練習を見ていれば足りない部分が見えて来るので、 そこを指摘して解決策を与えてあげるとすぐにそれなりの音がする様になる。 覚えがいいので、ついつい図解入りのメソッドを書いてあげてしまった。 何でも素直に「ハイ」と答えて放っておいても、 教えた事を黙々と反復しているので教える方も教え易い。 どんな事でも人に見られていようといなかろうと、 自分で努力を継続する事が上達の近道である。 偉そうな事は言いたくないが、大自然の運行の様に、 絶え間なくコツコツと活動を反復する事ほど確実な事はない。 その後、バンドのメンバーが集合してスタジオ・リハーサルをやった。 努力の跡が見られるので楽しい。 皆、若い頃とは違い、勢いだけでは演奏せず、 衰えてしまった勘を取り戻す為に懸命に努力しているし、 昔はそこそこ頑張っていただけあって妥協点が高いので、 なかなか簡単に自分で自分を許そうとしない。 結構楽なバンドであるが、やはり火付け役は私の役目らしい。 後半だれ気味だったので私が少し気合いを入れて演奏したら、 みんなの顔つきも真剣になった。 結果的にはそれが嬉しかったらしく、 リハーサルを終えた後にはみな好い笑顔になっていた。 勿論私よりレベルの高い音楽家は数え切れない程いる。 私は私の実力と器に見合った事を精一杯やっているだけの話である。 |
スケアクロウ
平成十二(西暦2000)年一月十三日 旧十二月七日(木)
昨日に引き続き今日も雨が降っている。 私が預言者の活動を休止して拠点を変えたので仕組みも変わったのだ。 去年は私も案山子だったが、 今は宅主が片足を傷めて案山子になっている。 おまけに新バンドで音合わせ用に選んだ曲の中に、 最近再結成した日本のロックバンド。 ARBの「スケアクロウ」というのがあるが、 これも案山子である。 案山子というのは畑の番をする魔除けの十字架の様なものだ。 人の形をしているから判り難いが、 あれは十字架のイエスがモデルである。 日本神話でも案山子の神と云われる神様がある事を、 以前に私も書いておいたが、 これらは決して無縁の話ではない。 山田の中の一本足の案山子は、天気も好いのに蓑傘つけて立ち続けて、 田畑を荒らす鴉や野鳥を見張っている。 そういえば私が拠点を変えたという事は 手足が付いて御子の活動を開始した事でもあるが、 タコの吸い出しの活動も一応終了したという事にもなる。 絆創膏を剥がされる形ではなく、 自然に効き目が無くなって剥がれ落ちる形で剥がれた事は、 今後の為に大変好い結果であると思う。 「待てば回路の日よりあり」とはいうけれど、 やはりもともと行動家の私には「待つ」という事はなかなか辛い行である。 しかし、待って正解であった。 今の私は完全復活というのではないと思う。 むしろ完全更生という言い方の方が相応しい。 まるで高次元のレベルにアップしたのである。 面白い話ばかりだが、宅主は私の卒業した高校の八年後輩に当たり、 おまけに部活まで同じだった。 とはいえ彼は三年間真面目に部活動をしていたのに対して、 私は僅かに半年程度在籍していただけであるから、 先輩というのも烏滸がましいのであるが、 重ね重ねも縁というものは不思議な結構なものである。 |
久々のストリート
平成十二(西暦2000)年一月十四日 旧十二月八日(金)
今日は一月の三日に初ストリートをやって以来、 実に十一日ぶりに夜の伊勢佐木商店街でストリートをやった。 感想は一言で疲れた。 体中のあちこちが筋肉疲労になった。 ギターを持ち、立って歌い続ける事が、 結構肉体労働である事を久々に思い出した。 ヘロヘロになって帰宅したので風呂に入る元気もなかった。 けれどやっと喉が復活したので嬉しかった。 金曜日の夜だというのに、 妙に寂しい空気が漂っていたのは気のせいだろうか。 何だか通り過ぎる人々の顔が一応に俯き加減だった様な気がした。 南永田の経綸地がもぬけの殻になった事で、 ある意味淋しさを感じているのかもしれない。 私が移転した事など露知らず、 行方不明になったと心配しているのだろうか。 そういえばチベットでも、 十四歳の活き仏様が失踪したといって騒いでいた様だが、 一説によれば インドに何かの資料を取りに行っただけだという事ではないか。 心配は要らない。 去年の暮れには私が、 南永田の旧居で避難生活の様な日々を送っていたので、 それを早とちりして二千年問題を大変心配していた様だが、 私がタコの吸い出しの活動で大難を小難に、小難を無難にという風に、 犠牲的活動で浄化していたという風に解釈してくれていた方は、 いなかったのだろうか。 私は今日まで一度も二千年問題について悲観的な事を記した事はないと、 記憶するけれども違うだろうか。 冬の夜長を蝋燭一本とラジオだけで過ごしたのもなかなかおつであった。 灯油ストーブに薬缶を乗せて、中に生卵を入れて作ったゆで卵の味も、 一生忘れる事のない貴重な体験だった。 そのお陰で今の暮らしがあるのだが、 みんながそれを知ってくれたら、 昨日の夜の伊勢佐木商店街の通行人の様な 何処か淋しさの漂う様な歩き方もなくなるだろうに。 今年はたぶん、もっと派手に音楽するぜ! |
設備増設
平成十二(西暦2000)年一月十五日 旧十二月九日(土)
今日やっと外づけハードディスクを増設する事が出来た。 それで早速宅主の作品をデモ録音した。宅主は非常に満足気であった。 夕方いつもの「うずら」の片割れの子が来て宅主のバースデイを祝った後、 今日録音した作品のデモテイクを聞いて感動していた。 夜には静岡から霊能者の友人が誕生祝いを下げて仲間と共に来訪した。 ラジコン・カーとミニカーである。 私もラジコン・カーには感動してしまい、 主賓から取り上げて夢中になって遊んでしまった。 途中、霊能者が彼を守護しているという龍神とやらを呼び出して、 何処かで聞いた事のある様なお告げを垂れ始めたので、 私も何も知らない様な態度で素直に御教示を謹聴させて頂いた。 そんなこんなでまたこの様に稿を落としているのであるが、 何年か前までは俺もこんな事やってたんだなあという感じで、 彼等の言動を高見の見物としゃれ込んでいるのが何とも妙な気分である。 今の私は彼等に意見する事に情熱を傾けるよりも、 ひたすら音楽に専念したいという気持ちの方が強い。 思えばこういう毎日を安心して過ごす為に、 私は去年までの様な活動をしていたのである。 ある意味、若い世代が、 私の肩の荷を降ろしてくれたのだとも感じているのだ。 霊界物語には二十世紀の次ぎに問題になるのは 二十四世紀という風に記されていると私は読みとっているので、 二十一世紀については脱皮してのびのびとした心のまま、 ひたすら進歩する様に努めれば好いと思っているのである。 その頃には私も再び現れて活動しなければならないだろうが、 それまではかなり穏やかで前向きな文章ばかりを書き続ける事になると思う。 それでも私の今生が在る限りは熱心なファンの為に、 この活動を続けたいものだと僭越ながら祈っている次第である。 |
神仏は敬え
平成十二(西暦2000)年一月十六日 旧十二月十日(日)
確か「五輪書」の一節にこういうのがある。 「神仏は敬え、されど頼るなかれ。」 正確な文体は忘れたが、こんな意味の事が記されていた。 霊界物語に登場する宣伝神達も似た様な事を言っている。 「神を柱に、誠を杖に。神や師匠を杖につくな。」 と、ざっとこんな内容である。 「神仏を敬え。」 というのは丁度御先祖様を敬い、 恩師を敬うのと同じ心である。 これを拡大すれば「神を柱に。」という事になる。 「されど頼るなかれ。」 というのは要するに、 「自分で出来る事はとことんまで自分でやれ。」 という事である。 どんな立派な教えも、聞いて感心しているだけでは発展しない。 それを自分で行おうと試行錯誤する事で、時代や土地、 更に状況に応じた活きた教えになって来るという事だと考えれば、 現代人には更に判り易いであろうと思う。 それは即ち、 「神や師匠を杖につくな。」 という事になる。 宮本武蔵は記さなかった様であるが、 宣伝神達は、 「誠を杖に。」 という事を明言している。 誠というのは我々の世界では、 「主なる神である瑞の御霊の言霊成り。」 と教えられているのであるが、 要するに他の存在におんぶに抱っこというのではなくて、 「その教えを杖にして思うが侭にとことんやってみろ。」 という事になるのである。 もっと簡単に例えるなら、 ボクサーがどんなに優れたコーチを受けていたとしても、 実際にリングの上で戦う時に、 相手のパンチを避けきれずに傷ついたり、 また相手の防御を粉砕して有効打を与える事が出来るのは、 当のボクサーだけだという事になるだろう。 この世界は実際に肉体を持って活動している人間が主体である。 神や仏、御先祖様を敬う事は大切だが、 頼ってるだけでは自分の魂の生長には役立たない。 自立せよというのだ。 |
大海原
平成十二(西暦2000)年一月十七日 旧十二月十一日(月)
世界中至る所は全て我が主神の懐である。 その真理がある以上、何を恐れ、何に躊躇する必要があろうか。 一切無敵、我が身体という大悟徹底した信真があれば、 「君子危うきに近寄らず」 というも、 「虎穴に入らずんば虎児を得ず」 というも小乗的、 蚤の金玉的思想である事に気付くものである。 だが、しかし、類はまた類を呼ぶ。 自ら恐れる者は、恐れる者を招き、 恐れ合うが故に双方にらみ合う事になる。 世に強者たらんと敵を仮想して心身を鍛える者は、 何時しか衰えた体をあざ笑う様に若き強者に追いやられる事になる。 海の男は「板一枚底は地獄」と言って、 少々の泳法等荒海の真ん中では役に立たないと、 逆巻く波と青空の中に今日の我が身を預けきってしまう。 本当に雲行きの怪しい時には岸にも近づかない海の男も、 一旦海の真ん中に出た以上は、ただ生還の為の格闘と、 己の命運が天地の神の御心に叶う様にと祈り、信じ抜くばかりであろう。 そこには近寄りたくもない危うきが既に在り、 得なければ死在るのみという虎児がいる。 まさに人生そのものだ。 完全な平安等何処にもなく、 また逃れようもない不安というものも在るようでないのだ。 緊張の中に平安が在り、平安の中に緊張が在る。 静は動であり、動は静なのである。 先日久々のストリートに出た夜、 通行人の女がこんな事を言っていた。 「好い曲が出来なかったらおしまいよ!」 確かにその通りである。 けれどおしまいがあるという事は、 即ち「始めが在る」という事である。 何もやらなければおしまいもない。 それでいいなら生まれて来る意味もない。 夢破れて傷つく事が恐いなら、何もせず、何も得ずにいるが好い。 何かを得たいならそれ相応の恐怖も怪我も待っている。 犠牲等と考えれば何も出来ない。 光に影はつきものだ。 |
表裏一体
平成十二(西暦2000)年一月十八日 旧十二月十二日(火)
表というものがある以上、どうしても裏というものが出来る。 これは立体的三次元に於いては免れる事の出来ない定理の様にも思える。 それで我が霊主体従の信真の道、 愛善苑では誠の神は「玉」であると説くのである。 「王」ではまだ「天中地」の三段が生じるので上手くない。 「玉」には中心に「主」の一点があるのみで、 後は天も地も表も裏もないのである。 これはあらゆる理論を考える上で非常に重要な象徴である。 例えば現代重視されて来た三元論にしても、 これをピラミッドの様に考えた場合は、 どうしても頂点と底辺というい差別が生まれてしまうが、 三角形の頂点の上には天という空間が生まれてしまうので、 誠の宗教を説く上では非常に御粗末な象徴となってしまう。 光と影、善と悪、始めと終わり等という二元論でいっても結果は大差ない。 それで私に現れた神は始めから名無終始大神(ななしとおいつおほかみ)と 名乗っていたいたわけである。 要するに「名も無く、終わりも始めもない大神」という意味である。 「始め」といえば、先日「大海原」の中で、 「始めが在ればおしまいがある。」と記しておいたが、 ヘブライ語では「始め」を意味する「α」の事を、 「アレフ」と発音するという。 最近またオ○ム○理○がこのアレフを、 新しい教団名にすると声明文を発表して世を騒がしている様であるが、 始めがある以上はやがてはおしまいを迎えるという事になるのだ。 中途半端な知識家はどうしても一つ足りない。 信者が、誠の神を「光」だと思えば「影」となり、 従いたいと思うのも当然だが、誠の神は「玉」である。 その上、この玉というのは、我が神国古来から伝わる「曲玉」に象徴される様に、 決してきらびやかな光を放つ宝石ではない。 むしろ平凡な自然石を磨いた地味な光沢である。 影も起きない質素な光であるのだ。 |
いと小さき者
平成十二(西暦2000)年一月十九日 旧十二月十三日(水)
小さな者というものは愛らしい。 可愛いがられる得な存在である。 大きな者は出る杭は打たれる式にどうしても叩かれるので損だ。 それで大きな者を意味する長者である蛇とか龍は、 世間様や神様に叩かれ易いのだ。 世間様に目立つ様な存在というものは、 愛してくれる者が多いかわりに憎む者も多い。 嘗て王仁三郎聖師もインドの大聖ガンジーを評して、 「やり方が下手だ」と言い残している。 自ら喜んで矢面に立つ様なやり方は、 結局自分で自分の首を絞める事になり、 結果的には実り多い活動が出来にくいのがこの世の常だ。 神に可愛がられ、世間様に可愛がられるには、 小さくなって謙譲の美徳を備えているのが一番好い。 名声というものはその結果を残して遥か後に、 後の人々から与えられるのが一番好い。 成果を急ぐとろくな事がない。 こういう仕事が出来る人をおそらくは、 「百年の計」のある大人物というのであろう。 逆に言うなら「慌てる乞食はもらいが少ない。」 という事になるだろう。 人間は所詮どんなに綺麗事を並べてみても、 自分が可愛い生き物である。 自分の目の玉の黒いうちは、 そう簡単には新参者の好いようにはさせない、 という心のあるものなのだ。 それをどんなに憎んで挑戦してみても、 効果は薄いと思って先ず間違いないのである。 人騒がせな事をやって大物ぶっている間は、 反面面白からぬ人生を送らなければならないものだ。 痩せ我慢をしても誰の見る目も大差ない。 人間はこの世にいる以上、 誰からも愛される様に小さくなっているべき時は小さくなり、 責任を持って目的を遂げる様に忍耐を身につける方が、 面白い人生を送れるものである。 忍耐の無い者はどうしても結果的には損や犠牲が多いのだ。 忍耐の大切さは忍耐をし通した者にしかなかなか判らない。 信仰は忍耐だ。 |
人の好さ、腕の好さ
平成十二(西暦2000)年一月二十日 旧十二月十四日(木)
人の楽しみというものはいろいろである。 各自の立場によって千差万別あるものだ。 出来うる限り団体生活を優先したいものだが、 本音で楽しもうと思えば、やはりその道、 その道によっての守るべきルールを守らないと楽しめなくなって来る。 人間は皆、神の子神の宮であるから、 基本的には人が好いに決まっているのだが、 この世での職業や専門的な事については、 ただ人が好いだけでは楽しさも半減してしまう。 やはりその道、その道でやらなければならないことを、 きちんとやれなければ本当の楽しみとか醍醐味は、 沸いて来ないのも当然であろう。 勝負事にも名勝負というのがある様に、 達人同士の対決は観るものさえ心を洗われるものだ。 音楽をやるなら音楽での守るべき約束事を踏襲した上で、 伝統性を保持したり、 超越したりして行く事の出来る者達が集まってこそ、 楽しい音楽になるというものである。 約束事を知りもしないでいい気になり、 その場の雰囲気を台無しにする様な者が一人でもいると、 全く白けてしまうのも無理からぬ事であろう。 希に現れる天真爛漫、天衣無縫的人物は別として、 大概の場合は先ずは基礎をつかんで人並み以上の事が出来る様になって、 その上で人の好さが語られるのが普通である。 自分で出来もしない事を見栄を張って、 さぞかし達人の様に吹聴する奴は、 お相手にされないのが世の常である。 自己流で人並み以上をやる天才以外の人間は、 他流の基礎をしっかり学んで調和を計るのが礼儀である。 この礼儀を守って、初めて楽しみの輪の中に入る事を、 諸先輩方に許されるのであるから、 新米の分際で偏屈であってはいけないが、 かといってただ人が好ければよいというものでもない。 とんがりが、丸まりながら人も磨かれ、好くなるのが自然である。 |
急いては事をし損じる
平成十二(西暦2000)年一月二一日 旧十二月十五日(金)
「のろま」呼ばわりされるのは腹立たしい事である。 かといって度の過ぎる「猪突猛進」も考え物である。 丁度いいのは「当意即妙」という事になるだろうか。 のほほんとしている様で、機に臨んでは豹の如く素早く、 という具合に「臨機応変」で、 常に的を得た対処の出来る人物であれたら最高ではないだろうか。 私は自分を頼りにしながら頼りにしない。 同様に神様も頼りにしながら頼りにしない。 どんな事でも初めての事であると同時に 既に過去に起こった事の繰り返しであると感じるから、 焦るという事がない。 だから私はよく人様から、 「十年も前からここにいる様な顔でいるなあ。」 と、感心しているのか呆れているのか判らない様な事を言われる。 それは特別好い事だとは思わないが、悪い事だとも思わない。 ありのままに受け入れ、 それらの事は既に自分の中に在った物が、 結果になって現れただけの事に過ぎないと感じるので、 好い事が起きても、悪い事が起きても、あまり驚かない。 でもそれでは周りの人達が納得しないのではないかと思い、 非常に慌てている様な顔をして見せて安心させたり、 下げる必要もない頭を下げて詫びたりする事を、 面白おかしくやっている事が、割合平気で出来るのだ。 こういう生き方を惟神というのだろうか。 神様が守ってくれているという感謝の心と同時に、 自分の言動のタイミングの好さに感心してしまう事もよくある。 自分で何かをしようというのでもなく、 また放っておいても好くなるに決まっているという、 頑固な信仰心だけでもなく、 ただやるべきだと感じる事を真剣にやり、 気の向かない時にはじっとしているという事を守っているだけで、 まるで神憑り的に物事が上手く行く事が多いので、 そんな時には神と一体になっている自分を感じて 非常に楽しく有り難い気持ちになれるのだ。 |
惚れ込むこと
平成十二(西暦2000)年一月二二日 旧十二月十六日(土)
私は努力という言葉を聞くと何だか背中やお尻がむず痒くなる。 別に悪い言葉ではなく、かえって尊い言葉なのだが、 私には努力という言葉に対して嫌いな事や、 やりたくない事を我慢して、 無理にでもやらなければいけない事の様に感じる癖がある。 それはたぶん子供の頃の詰め込み教育の影響なのだろう。 実際正しい努力をすると多くの不可能が可能になるのであるから、 努力という事は尊ぶべきものである。 ただ私には努力という言葉に対して先述した様な印象がある、 というだけの話なのである。 そんな私なので、 私は努力という言葉の代わりに「惚れ込む」という言葉を使う。 私は惚れ込んだ事物に対して労力を惜しまないという自信だけはある。 嫌いであったり興味の沸かない事に対し、 て自ら鞭打ち継続する自信は全くないし、 どんな素晴らしい師匠につけられても、 すぐ逃げ出してしまうであろうと思う。 とにかく私には惚れ込むという物事に対する恋慕の心が必要なのだ。 生活の為に仕事を継続する事は、 その仕事に慣れてしまえばあまり苦ではないが、 そういう事が努力とは私には思えないのである。 それは生活の為には当然の事だから好きとか嫌いではやってられない。 そんな私なので、 私は人様から「努力をしなさい。」と言われるのが大嫌いである。 「男カッキー、この仕事に惚れました!」と言える様な仕事でない限り、 私には掛け値なしの努力など絶対に出来ないのである。 他の人の考えは知らないが、 私は何か新しい事を始める時には必ずその事の愛すべき点を探し出し、 その事をだけを心に思ってやって行く。 だがそれは安易に他人には話さない。 何故なら大概の場合それを否定されるからである。 全くやな感じであるが、そういう経験を何度もした。 惚れ込んで不言実行するのが努力だ。 |
自分を極める
平成十二(西暦2000)年一月二三日 旧十二月十七日(日)
「自分」という文字を漢霊別の法にて解読するならば、 「自」は「・」と「目」に分解し、 「分」は「八」と「刀」に分解される。 「・」は「素」を意味すると同時に「天」にも通じる。 「目」というのは勿論「眼球」であるが 「眼目」という意味があるのである。 即ち「天の眼目」というのが「自」という文字の大要となる。 要するに「天意」という事である。 そして「八」と「刀」という意味は「八つに刀で切る」という事であり、 要するに「たくさんの子」という意味である。 また「八力」ともなり、それは「力」という事になるのである。 以上の事を踏まえて考える時、 「自分」とは「天意を叶える為のたくさんの力」という事になるである。 人間各自には、どんな人間にも天命というものがあるのである。 その天命を知る為には、 各自が天意の分身である事を覚らなければ何も始まらない。 人間が「自分」という言葉を使う時には、 自然「天意の枝力」である己を意識する様になるものである。 自分という言葉の響きにはそういう働きがある。 また「私」という言葉を「わたし」と読む時には自然、 他人との関わりを意識する様になるものであり、 「わたくし」と読む時には自然、自尊心が芽生えて来る様になっている。 「オレ」とか「あたし」「わし」と言う風に自分を称している間は、 未だ「天意」という事に思いが至らないでいる場合が殆どである。 他人様から「自分でやれ!」と渇を入れられる時というのは、 その奥底に自然「天意」を解し、 その「枝力」として自立せよという響きが含まれているものである。 「自分勝手」「わがまま」という言葉もあるけれども、 本当に天意を解した者の行動は、 未だそれを解していない人々には理解し難い行為に映るものである。 人間神の子・神の宮。 |
謙虚と卑屈
平成十二(西暦2000)年一月二四日 旧十二月十八日(月)
「世の中に謙譲を説く人多けれど 知らず知らずに卑屈となり行く」 最近「謙譲の美徳」という事をよく記す様になったので、 後学の為、または後の誤解を避ける為に、 謙譲、謙虚と卑屈との違いを改めて記しておこうと思う。 「見下ろせば宇宙の塵にも満たぬ身も 恥ずる事なし天下の公道」 謙譲の美徳とか謙虚さという心は一言に言えば、 「譲り合い」という事である。 従って、まるで自らを卑しい者の様に屈し生きる事は、 謙虚さでも謙譲でも何でもないのである。 物事に処する時あまり没頭して思い入れが強過ぎると、 なかなか冷静な判断が出来なくなるものであるから、 そういう時にはなるべく一歩引いて、 他人事の様にして処する必要がある。 要するに「客観的に」という事であるが、 人と接する時にもこういう態度が必要である。 日本の古い諺で言うなら「親しき中にも礼儀あり」という事であろう。 何か技術を身につけるにも、もう頂点を極めたと決め込んでいては、 自分自身の器を小さな物にしてしまっているので、 新たなる成長を受け入れられなくなって行くものである。 「まだ足りない」「まだまだだ」と己を叱咤激励して進んで行く事を、 即ち「謙譲の美徳」だとか「謙虚」という風に表現するのである。 「もう駄目だ」「私はそんな器ではない」というのは、 単に「卑屈」なのであって、己を卑しめ辱める行為である。 これにはくれぐれも注意して誤解しない様にしなければならない。 人間は神の子・神の宮なのであるから、 正しい努力をすれば「無限の可能性」を秘めた存在である、 とも言えるのであるから、決して卑屈になるべきではない。 何かの断り文句の代わりに「もう駄目だ」「そんな器ではない」 と言う事もある様だが、それも卑怯な事だ。 |
七回探して人を疑え
平成十二(西暦2000)年一月二五日 旧十二月十九日(火)
生前、元気だった頃の母がよく私に言っていた言葉がある。 「七回探して人を疑え。」母はめったな事で人を疑うもんじゃないと、 いつも私を導いてくれた。私はそんな母が好きだった。 対して父は面倒見が好い人情家の癖に疑り深い性格だ。 騙された事が多かったのか、 父が職場で仲間によく言っていた言葉も、 「小さく、小さく。」 というものだった。 私は言い得て妙だなと思った。 父は用心深いからこそ、未だに誰にも頼らず? 公の世話になって一人で気丈に生き続けている。 しかし根本的には父も私も、 母の座右の銘とも言える「七回探して人を疑え。」 という言葉が好きな人間の部類である。 「旅先では人を見たら泥棒と思え。」とか、 「渡る世間は鬼ばかり。」等というのであるが、 幸い今までの所、我が国、国内の旅先で情けを受ける事はあっても、 鬼に出会った事はない。 それは旅館ばかりであるから、 旅客を宿主が大事にするのは当然であるけれども、 昔の様に雑魚寝をする事も少なくなった今日では、 なかなか「人を見たら泥棒と思え」という諺も役に立たない。 かえって現代では、旅先よりも地元にいる方が悪徳商人や悪徳宗教家の、 鬼か悪魔の様な企てにかかりかねない。 金持ちになれば、一人っ子でも無い限り兄弟親戚間での、 遺産相続争い等の醜状に巻き込まれかねない。 それでも私は母の名言が好きだ。 「七回探して人を疑え。」という母の声が、今でも胸に響いて来るのである。 これは見果てぬ夢なのだろうか、それとも紛れもない永遠の真理であろうか。 世の中に疑いをかけられて憤慨する人が溢れているなら文句はない。 現代はややもすると、 「お主も悪よの〜。」 と言い合って愉快がる時代である。 偽善者であるよりはましかも知れないが、このままで好いわけが無い。 天の慈悲より祝福が欲しい。 |
英雄よさらば
平成十二(西暦2000)年一月二六日 旧十二月二十日(水)
私にも経験のある事だが、 自分が英雄の様に思える時は周囲が皆愚かに見えるものだ。 「我こそ天に選ばれたる者」だとか、そんな気分に浸っていると、 周囲の悪い所ばかりが眼について、 せっかく芽生え始めている善い芽を踏み潰してしまう事になりかねない。 「英雄は英雄を呼ぶ」だとか「類は友を呼ぶ」等という気分に襲われて、 知らず知らずに破滅の道に向かって踏み迷っていくものである。 これは本当に気をつけなければならない事だ。 一般に宗教等では、この世に生まれて来る人間は皆、 霊界の天国に住む資格がないので、この世で修行をし直しているのである、 という風に教える場合が多い様であるが、そんな事を考えていたのでは、 いつまで経っても地上天国建設等という理想は、 夢のまた夢になってしまうのであるという事に気づかねばならない。 本当の英雄というものは自分で英雄等という事を考えたりしないものだ。 口で言ったり心で考えたりしているうちは偽物である。 仕事を成し終えてから、 誰言うとなくそう呼ばれている様でなければ本物ではない。 幸い私は五井先生から、 「本当に神様の役に立ちたいと願うならば、役に立ちたいという想いを捨てて、 今やっている地道な事を真剣に継続する事だ。 そうすれば自然に神様の役に立つ様にいつの間にか運命が流れて行くものである。」 という意味の教えを受けていたので、 この幻惑から比較的早く抜け出す事が出来たと思っている。 後に霊界物語を拝読した時にも、 この教えは正しい教えであるという事を感じる事が出来た。 先述の罪滅ぼし的宗教教義も、 自分が英雄であるという自惚れから抜け出す為の方便であると思えば、 また感謝して拝受する事が出来るのである。 とにかく人間神の子・神の宮だ。特別力む事無く、 今の仕事を誠実に発展すれば充分だ。 |
言うだけ無駄
平成十二(西暦2000)年一月二七日 旧十二月二一日(木)
心が曇ってしまった者に何を言っても無駄である。 先ずはその曇りを晴らすのが先であるが、 それもそう簡単に出来るものでもない。 本人は自分の正当性を信じて、 とことんまで戦うつもりになっているのであるから、 どうしようもないのである。 だから私は負ける経験の大切さを説くのだ。 全戦全勝等と言っても肉体の限界を越えるのは、肉体のままでは不可能である。 本当に神様と一体になってしまわなければ、それは出来る事ではないし、 また本当に神様と一体になる事も簡単に出来る事ではない。 ブルース・リー等の様に龍神との一体を果たしたとしても、 所詮龍神も高等畜生なのであるから、 肉体の限界というものを全く無視したトレーニングをしたあげく、 自らの死期を早めてしまったと言っても過言ではない。 肉体は脆いものである。形ある物は皆儚く滅びに向かうのであるから、 そこに無敵の強さを求めても見つかるわけがない。 肉体は儚く脆いものであるからこそ、それを知って、 それを守り合う為の真理を究めるのが誠の武道である。 そこに誠の神がおられるのである。 「一切無敵」という事は「誰にも負けない」という事ではない。 「みんな味方だから何処にも敵はいない」という事である。 これを履き違えるから、いつまで経っても心の曇りは晴れないのである。 こういう状態の者に忠告は無駄である。 コミックの「YAWARA!」の中で頑固爺の猪熊翁も言っている。 「見てわからん奴には言ってもわからん。」 何でも悪い方にばかり考えてしまうとろくな事はない。 自分で自分の道を狭くするだけである。 「四肢心中の虫」という風に考えて、 自分の心の中に住む鬼や悪魔を退治しなければ、 味方が減って敵が増えるばかりである。 |
ストレス解消!
平成十二(西暦2000)年一月二八日 旧十二月二二日(金)
人付き合い上のストレスに疲れた時は吾輩の場合歌うのが一番好い。 今やってるバンドでは編曲兼ギタリストとして、 日常は裏方作業に徹しながら、 演奏の時だけギターで発散しているのだけれど、 みんな吾輩以外のメンバーは殆どリハビリ状態なので、 これをリードしながらギターを弾くのは、 どうしてもストレスがたまるのである。 吾輩としては、 バンドの演奏にゾクゾクしながらギターを弾きたいのであるが、 ドラマーが真剣に努力している以外は、 まだまだ皆甘い考えから抜け切っていないから、 それを耐えながらリードするのは結構重圧的である。 吾輩からすればアンチョコな編曲でも「最高ですよ!」 なんて言われてしまうので、 何とも他の惑星か、 過去にタイムスリップしてしまった様な感覚に陥る毎日だ。 そんなわけで今夜もストリート・ライブで歌いまくってやった。 チップなんてあてにするより、とにかく歌いたかったのだ。 それにそろそろ花粉症の季節だから、 大声で好きな歌を熱唱する事が最大の予防法にもなるので、 また張り切ってストリートやっちゃうぜ! そういえば先週の日曜日に伊勢佐木モールにも 某テレビ局のストリート・メンを題材にした取材があったと、 例の「うずら」の片割れから聞いたけど、 何故か神様はそういう時に限って俺をストリートに出させたがらない。 今夜は「なんちゃってインディーズ・レーベル・LPSーJAPAN」 の姉ちゃんが、吾輩お手製の将来プレミア確実のCD−Rを掲載している、 新譜情報チラシを数枚持って来てくれた。 超マイナー・シーンの話題ではあるけれど、やっぱり好い気分である。 今日はやっと新居に、ちゃんと神棚を祭る事が出来たし、 いろいろな意味で心機一転という感じである。 吾輩はやはり、ソロ・プロジェクトを優先しながらバンドをやるらしい。 |
依頼心と感謝
平成十二(西暦2000)年一月二九日 旧十二月二三日(土)
信仰には依頼心でするものと感謝の心でするものがある。 依頼心でする信仰はどとらかというと幼く、 感謝の心でする信仰はどちらかというと成熟している。 人は誰でも親とか師、先輩、友人、伴侶等に、 感謝の心が出来ると大人になっているものである。 対して依頼心ばかりが先行して他にいろいろと要求する心がある間は、 どうしても幼稚な振る舞いから脱皮出来ないものである。 嘗て西アジアの聖者イエス・キリストは、 「汝、其の幼子の如くなければ天国に至る事無し。」と説いたとか、 説かないとか云われているらしいが、自分一人天国に往きたいが為に、 この教えに強制的に従おうというのでは、 これはまだまだひねくれているのであるから、 キリストの説く様な幼子の如き素直な心にはなれるものではないのである。 こういう教義的な知識・戒律を全て離れて、 これに従う事も逆らう事も無い天真爛漫さで 「お父さん、お母さん、有り難う!大好き!」 と言える事が肝心なのである。 そうは言っても大人にはそう簡単に出来る事ではないから、 その事を謙虚に素直に認めて、出来ないものは出来ないときっぱりと諦めて、 今の自分そのままの心で自然に振る舞い、 無理な装飾を捨てる事が最も無難な道である。 また他人の事をとやかく言うのも、言わないのも、 これはそれぞれの個性であるから、それが判る人はそれに逆らわず、 判らない人も判らない事に下手に逆らわない事である。 依頼心でする信仰も、感謝の心でする信仰も、 また、どちらの心も無く信仰する事も無い心も、これも全て個性であるから、 これらの個性が正負の交流をする事で世の中が成立している以上、 この摂理が判れば判るほど、愚痴も減り、 判らない間は愚痴も出るのであるから、人間の世の中は面白くなるのである。 |
数運の不思議
平成十二(西暦2000)年一月三十日 旧十二月二四日(日)
私の運命の変わり目には必ず、 「七、四、十、一、二十二、三十三、三十六」 という数字が関わって来る。 今回の住居移転もその選にもれない様だ。 その数字を持って来たのは宅主だ。 今度購入した新車のシリアルナンバーが、 何と1007777で「七、四つ」というわけだ。 カーナンバーも合計の仕方次第で三十三になり、 伊邪那岐の意味を持つ八三を含んでいる。 それとはまた違うが、 今回神棚を設ける事になった場所が偶然部屋の坤に当たり、 出口聖師の写真を飾る事になったのもその位置である。 この事は後に方位磁石で調べた結果判ったので、 それまではそこは真西だと思っていたのである。 以前の部屋では真東に配していたのであるが、 偶然というべきだろうか、神助というべきであろうか。 私は勿論後者であると思っているのだ。 はっきり言って神が助けられたのか助けたのか、 判らない様な状態なのであるが、 こういう風に数運や方位等の不思議が現れて来ると、 助けれらたのは明らかに私で、 助けたのが神であるという風に考えるのが 一番自然な事の様に思えるのである。 果たして何処にいようとつけて来るファンの有難味もさることながら、 何処に行こうと先回りして私に神の子としての自覚を失わせない様に、 配慮して下さっている神々に対する感謝の念というものも、 どうしても捨てるわけには行かない様である。 ただ生まれたばかりの幼児が暫くは明確な意志を自覚しない様に、 また蛹から再生したばかりの成虫が翼の乾く間飛び立つ事が出来ない様に、 私も二月三日頃まではまだまだ呆然自失的微睡みの中にいる様である。 世の中の事をあれこれ言うよりも、 今自分が体験している事の方が面白くて仕方がないのであるから、 こればかりは私もどうしようもないので神々様もファンの方々も御了承願いたい。 |
誰の為でもなく
平成十二(西暦2000)年一月三一日 旧十二月二五日(月)
私はかなりナルシストである様だ。 しかしみんなのしあわせも、自分自身のしあわせまでこぎつけて、 やっと完成なのである。 他人の犠牲や理想の犠牲になっているうちは、 まだその過程にあるという事になる。 音楽家として一般大衆に受け入れてもらう為には、 一般的な共感を勝ち取る事の出来る様な作品を創るに限るのだが、 その場合なかなか自分の芸術的欲求を完全に満たす事が、 難しい場合が多いのが残念である。 お金持ちになる為の仕事としての音楽とは別に、 やはり自分自身の創造性を満足させる為の作品に、 没頭出来る機会を持ちたいものだ。 我が国も衛星放送の様な専門チャンネルを、 もっと一般的に利用出来る時代が早く来れば好いと思う。 インターネット等もこれからが上向きという事なのだろうけれども、 利用する側にそれなりの財力と知性が必要なのが玉に瑕である。 財力も知性も恵まれていれば結構な事だし、これを利用する為によく働き、 よく学ぶという事であるならこれも相乗効果としては好いのかも知れないが、 何処かアマチュア無線の様な贅沢さが垣間みえてしまうのが、 少々残念なのである。 携帯電話回線を利用したメール等のメディアも、 現代の国内での通話料の高さの前では利用者数も半減してしまいつまらない。 利用者数が増えてから減額するのか、減額しておいてから利用者数を増やすのか、 どちらか一つなのであろうが、私の様な立場の人間には、 使用料を空気同然に減額して、 利用者数も空気同然に全生命的にした方が好いのではないかと思ってしまうのだが、 それが実行されるにはまだまだいくつも山坂を超えねばならない様だ。 誰が悪いわけではない。 世の中に競争心がある限り、これはなかなかなくならないが、 いずれは解決する問題だ。 |