
更生大詰め
平成十二(西暦2000)年二月一日 旧十二月二六日(火)
夕べ急遽横浜駅西口でストリート・ライブをやることになった。 宅主が日頃目をかけている「うずら」のボーカルが勉強したいから、 その日のストリートを休むと言い出したにも関わらず、 ファンが見に来る事になっているからと、 相棒が一人でやると言い出したので、 それを心配して応援ついでに横浜駅西口で一緒にライブをやろう! という事になったからだ。 私も去年は何度か横浜駅に足を運んだが、 やった場所はダイヤモンド地下街入り口方面だったので、 音響効果もなかなか好かったのだが、 今回は反対側の相鉄線寄りでやったので、 町の構造上、音の反響が少なかったため、 ついつい演奏に力が入りすぎてエレキの三弦を一本と、 生ギターの五弦を二本も切ってしまい、 おまけにエレキのリッチー仕様ロング・トレモロ・アームを、 ねじ切り境目から折ってしまった。 帰宅後すぐ寝る気にはとてもなれなかったので、 欠陥部分がある為にしまい込んでいた黒いストラトキャスターを引っ張り出して、 このボディにアームが折れた白いストラトのローズ・ネックを差し替えて、 錆びたパーツを好い方と交換して好いパーツばかりを寄せ集めた、 ブラック・ボディ、ラージ・ヘッド、 ローズ・スキャロップド・ネック、 ブラックシングルコイル・ピックアップ、 抹茶ホワイト・ピックガードの渋い珍品が完成した。 トレモロ・アームはシェクターのステンレス製ロングアームで、 もう十年以上愛用の物だ。 あまり嬉しかったので今朝六時半頃まで弾きまくってしまった。 実は今迄も白いストラトがあまりにもリッチー・ブラックモアっぽくて、 よくお客さんに「リッチー、リッチー」と言われていたので、 「カッキー」独自のデザインにするチャンスを伺っていたのだ。 折れたアームはもったいなかったが、 これも「怪我の功名」「雨降って地固まる」という奴だ。 |
ライブ・オブ・雷武
平成十二(西暦2000)年二月二日 旧十二月二七日(水)
平成十二年二月十二日(土)PM8時より、 JR山手駅近くのエンゼルス・クラブにて、 遂にカッキー&リッキーによる初ライブ決定! ニュー・バンド「雷武」のライブが、 メンバーの家族の手術で急遽中止になったので、 その穴埋めとしてカッキーが、 ストリートでの曲目を演奏する事になったのである。 「雷武」というバンドはカッキーが、 宅主のリッキーに誘われてメンバーになり、 言い出しっぺのアッちゃんとタムタムの四人で、 去年の暮れに結成されたニューバンドである。 「かみなりたけし」と読んではいけません。 「らいぶ」だ。 今後のライブ予定は次の通り。 二月二三日(水)JR関内駅前セルテ十二階、 BBストリートにてPM7時より開演。 三月十二日(日)セブンス・アベニューにてPM0時30分より開演。 以後続々ライブ準備中なので、その都度御報告致します。 とりあえずメンバーの集客力は強力なので、 今後はこのバンドで生計を立てながらビッグヒット作を発表して、 カッキーはカリブの島辺りにプール付きの豪邸でも構えてやろうか! と企画しておりやす。 やれるもんならやってみろ!って感じですか?はい。 何というか、ここまでは割とトントン拍子で進んでいる様ですが、 お互い修羅場を潜り抜けてきた強者ばかりですから、 やはり融合には何かと緊張もございます。 けれど技術的な足踏み状態を除けば、 本質的には素晴らしい素質がある連中なので、 練習に篭ったり、うだうだ理屈を言うよりも、 ライブで実践的に磨きをかければ、 若かった頃の勧はすぐに戻ってくるのは保証付きのメンバーである。 ずぶの素人集団ではなくて「眠れる獅子」の集団だから、 眼が醒めたら面白い事になるのは請け合いだ! と、前置きばかり長くても始まらない。 後は仕上げを御覧じろですな! |
自画自賛
平成十二(西暦2000)年二月三日 旧十二月二八日(木)
「面白い!」私の日記は何遍読み返しても面白いね! ファンが出来ちゃうのも当然だよね。 神様との毎日というのは結構スリリングだし、奥深いし、 粘り抜けば必ずハッピー・エンドって筋書きだからね。 その間のドタバタ展開も結構面白いわけだ。 勿論今も進行中。 そう言えば南永田の我が古巣は今空っぽ状態なわけだけど、 何も国会まで半空になる事ないのになぁ。 一寸つきあい好すぎるよね。 やり過ぎ、やり過ぎ。 そんな事しても進むべき事はどんどん進んで行くぜ! 今の俺がそうなんだから。 南永田の古巣には、まだ私の籍が在るんだから、 そこに俺の肉体がなくても、 我が聖霊の領内という事になっているのだ。 なんたって「カリブの島にプール付きの家」ですからね。 今は仕事場で寝泊まりしている様な状態なだけだから、 南永田には我が聖霊の一部が留まり、 肉体が新居を拠点に具体的な活動をして行く様に、 国会に残った与党は聖霊みたいなもの。 姿を見せない野党は我が肉体みたいなもの。 日本国の進むべき道にはあまり影響ありませんぞえ。 話は変わるけど、 今年は新年早々ストリートでのチップはドル札から始まった。 この前も伊勢佐木モールでドル札が入って来た。 国内では円をもらった方が有り難いわけなんだけど、 ドル札を円に換金しようと思えば、やはり円高よりもドル高の方が有利だ、 なんて事を考えてしまい勝ち。時期的には例年通り、 これから四月にかけてドル高になるらしいけど、 これは今後の世界経済にも影響を与えかねないね。 やっぱり今の所は世界に飛び出そうと思えば「ドル箱スター」と言われる方が、 何かと有利なわけなんだよね。 「円箱スター」になるのが先だけど、 私の所にドル札を納めに来る使者達もなかなか信仰深いよね。 こうなると「円」も負けてられませんなあ。 |
国際通貨会議
平成十二(西暦2000)年二月四日 旧十二月二九日(金)
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旧正月
平成十二(西暦2000)年二月五日 旧一月一日(金)
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為さずして為す
平成十二(西暦2000)年二月六日 旧一月二日(土)
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遠くて近きは
平成十二(西暦2000)年二月七日 旧一月三日(日)
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大きな空
平成十二(西暦2000)年二月八日 旧一月四日(月)
「限りなく透明に近いブルー」という表現をする時は、 人間大概満たされている時だ。 私はいつも「大きな空」の中に居ると感じるのだが、 これは一体どんな気分なのだろう。 大きな空の中には雲あり、雷あり、雨あり、雪あり、嵐あり。 そしてそれらを受け止める大地の上には我々人類が居り、 山河草木あり、禽獣虫魚あり、それらの生死のドラマがある。 そういった諸々の存在や出来事は、 そんな大きな空から見ればどれもみんな小さな事である。 人一人が死ぬ事も、また生まれる事も、眼に見える限りでは、 どれもこれも小さな事なのである。 しかし人々はこういった小さな事をいちいち話題に取り上げて大騒ぎする。 その騒動に交わり、その時起きる同情心や憤りを通じ、 自分の中に在る優しさを確認してまた安心するのである。 そしてまたそれらのドラマも全て「大きな空」の中の小さな事だ。 何か悲しい事件があれば、 そういう事が繰り返さない様に誰かが真剣に考える。 これは世界の恒久平和の為には是非とも必要な事だ。 しかしその一方で、そうした配慮に逆らう事で、 自らの存在を確認しようとする手合いが在るのも確かな事実なのである。 明らかにそういう手合いである者の愚行の為に、 何故に今天から与えられた限り在る人生の大切な時間を、 費やさなければならないのだろうか。 それはある意味そうした手合いが、正しき者の使命を邪魔する為に、 同情心を利用して世の中に暗い波動を 発生させているだけの事だとは言えないだろうか。 私は昔から、 「邪霊というものは人間の同情心とか感情、 勘定に目を付けてじゃれついて来る。」 という風に物事を見切って来た。 これはかなり的確な物差しであると思う。 「無信の信」「無愛の愛」というのは、 こういう手合いに対しての対処法でもあるのだ。 |
時間と次元
平成十二(西暦2000)年二月九日 旧一月五日(火)
霊界に住みつつ誰も限界を 設けて時と次元に生きる 日本語では時間の「時」も次元の「次」も共に「ジ」と発音する。 更に言霊学上「とき」も「つぎ」も通じ合う事になる。 勿論「かん」も「げん」も同様であるから、 「じかん」と云うも「じげん」というも、 何か共通の言霊を秘めている事が容易に推測出来るのである。 全く無関係に思える「字」も、この列に並び、 また「限界」の「限」も同様であると考えてよい。 こんな事は学術的に見れば一笑にふされる話であろうが、 本来、言霊というものはあらゆる事象に共通する、 誠の神の意志を解明する神学であるから、 結局はどんな言葉でも、またどの様な学術的専門用語でも、 新たに生まれる俗語でも、 必ず何らかの神意を汲み取る事が出来る、 一種統一場的学問なのであるから、 これを批判する人々は、 そもそもそこから考え直して頂かねばならないのである。 「ジ」の言霊は更に 「自・地・事・路・示・児・磁・寺・慈・似・司・治・耳・侍」等、 ざっと並べてみただけでも多くの意味を持つものである。 中でも「自」については先日、「自分を極める」の中でも記した様に、 「神の眼目」という意味を持つのであるから、 これに通じ合う「時・次」も、 これに準ずる意味を含んでいる事は言うまでもないのである。 学術的には時空間とか何次元等と呼ばれる空間も、 とどの詰まりは霊界全域を区画分類しているに過ぎないのである。 したがって今我々がこの世だと思っている現実界も、 実は次元の異なる霊界であり、 神の意志を現す為の一空間であり、 今我々が確かな現実だと信じている物体も、事象も、 他次元からは全く存在しないかの如きものである事を、 常に意識したとしても特別問題はないのである。 時間も「自神」と書いてしまう事が出来る言霊だ。 |
名作劇場
平成十二(西暦2000)年二月十日 旧一月六日(水)
ここの所コミックや映画、音楽等の名作を片っ端から引っぱり出して来て、 再び鑑賞して喜んでいる。 先ずはコミックの「YAWARA!」「HAPPY!」「あしたのジョー」 映画では「用心棒」音楽ではジェフ・ベック等の インストルメンタル中心のライブ等だ。 勿論歌も入っているが、私は子供の頃から演奏のしっかりした作品でないと、 たとえ素晴らしい歌手が歌っていたとしても、 鼻で笑って受け付けない子であったから、 最も目立てるシンガーよりも楽器プレイヤーに興味があるのだ。 コミックも映画もどれも共通しているのは、 脇役陣にしっかりとしたバックボーンを感じさせるキャラクターの無い作品は、 名作とは認めないという事である。 主役がカッコイイのは当然だが、 主役しか引き立たない作品はすぐに飽きてしまう。 私の生まれ年のせいかもしれないが、 四緑木星というのは縁の下の力持ち的方面に力を発揮する星である。 とてもエキセントリックで、派手好きに見えるカッキーであるが、 バンドをやるならバンド全員がカッコイイとか、 渋いと言われる様なアンサンブルを、 実現しないと満足出来ないのである。 だからそれが実現出来ない間は、 パソコンによるデスクトップ音楽「DTM」に依存する事になるのである。 決してバンドが嫌いだからDTMに走るのではなく、 好い人材に出会えなかったからこれを選択していたのである。 これまでも、私にリーダーシップを取らせないで済むバンドには、 なかなか出会えなかった。 これは各自の相性がかなり影響する問題であるから、 どんなに個人的には実力を持っていたとしても、 誰が主役か判らない程の素晴らしいバンドになる事はなかなか無かった。 プロでは誰に最も利益があるかという問題がつきまとうから、 好いバンドを作る事さえ難しくなる様である。 |
捨てられない物
平成十二(西暦2000)年二月十一日 旧一月七日(木)
神霊天国に入る時の条件はこの世の全てに対する執着心を捨て去る事である。 しかし、この世で引っ越し等をする時は、 どうしても思い出の品々に執着心が湧いて、 捨てるに捨てきれず、引っ越し先のお荷物になるばかりなの、 についつい持ってきてしまう。 これは物質の世界の宿命の様である。何とも厄介な話だ。 そこへ行くと想念の世界である神霊天国は魂の記憶さえあれば、 必要に応じて何時でも必要な物を現す事が出来るから大変便利で簡単だ。 不要な時には忘れてしまえば好いのだから、 現世での引っ越しの様な煩わしさは一切無い。 心一つ丸裸で充分なのだ。 だからといって現世にいる以上、物理に逆らうばかりではしょうがない。 やはり適度な執着心を持って持ち物を大切にするべきだ。 ただしこの理を心得て持つ執着心と、 心得ずに持つ執着心は月とスッポン、 雲泥の差があるものだ。 こういう事を日本仏教では色即是空、空即是色というのである。 この筆法だとどんな物でも一旦捨ててから改めて頂き直す必要がある。 キリスト・イエスもこういう事については、 「汝真に生命を得んと欲するならば、先ず汝の生命を捨てよ。」 「生命を捨てざれば生命を得ず。」 と説いているのである。 この考え方は現世の生活でも神霊界の生活でも全く変わらない。 ただその現れ方に違いがあるだけである。 大切にしながら執着しないでいるというのはなかなか大変な事だ。 それは丁度「愛しているけど愛してない。」とか 「信じているけど信じてない。」という様なもので、 聞きようによっては支離滅裂の様でもあるが、 これがつまり私の示す「無愛の愛」「無信の信」という事なのである。 「みんなしあわせになれ」という言霊も、 私一人で執着して独占してはいられない。 一旦捨てて皆に捧げなければ意味がないのだ。 |
天使の倶楽部
平成十二(西暦2000)年二月十二日 旧一月八日(土)
十日の夜にリッキーに連れられて、 私の車で東京は赤坂に在る「生命体倶楽部」という集いに参加して、 生ギターと歌で四曲ほど会員達とセッションをやって来た。 今夜、リッキーと二人でライブをやる店の名は、 「エンジェルス・クラブ」というのだ。 「生命体」というのも神様の目から見れば天使であるから、 必ず何かの意味があるに違いないが、 カッキーさんはとりあえず余計な詮索はしないで、 どんどん自分の演奏を楽しもうと思うのだ。 そんなわけで今日はカラオケとPA兼用のデッキを下げて、 思う存分ライブ演奏を楽しんだ。 リッキーも初心者ベーシストながら猛特訓して、 カッキーのオリジナルを何曲か覚えてくれたのでなかなか面白かった。 マスターも大変気に入ってくれたので、 これからはレギュラーで演奏する事になりそうである。 私のやる様な曲は若い子達に受けるんだそうである。 あな嬉し、いと嬉しである。 このライブハウスはノルマが無いので今の私には大助かりである。 カッキーさんの一時間程の熱い演奏の後に「とり」を務めたのは、 例のスタジオの昔馴染みのブルース・バンドである。 彼の奥さんがボーカルをやっていたが、 彼女は一度十年前にガンを宣告された。 それで旦那さんが死ぬ前に本当にやりたい事をやらせてあげたいと、 再び音楽をやる様に薦めたのがきっかけで治癒してしまったらしい。 病は気からとはよく言ったものである。 元気に楽しそうに歌っていたので私も安心した。 一方、やはり奥さんに歌わせて旦那がドラムというバンドで、 カッキーさんもギターを弾いていた時期があったが、 ドラムの旦那にもう少しきちんと叩けと忠告したら解雇されてしまった。 暫くしたら奥さんが急死したと連絡があり、カッキーさんの夢の中で、 「私の考えが間違っていた〜。」 と、スタジオの中で歌っていた事もある。 |
宮本武蔵と李小龍
平成十二(西暦2000)年二月十三日 旧一月九日(日)
今夜はテレビで「知ってるつもり」を見てから準備して、 フォークギター片手に伊勢佐木モールでストリートをやった。 始めたのは午後十一時からだったが、 翌午前一時までには何とかいい稼ぎになった。 角川映画「野性の証明」のテーマソング「戦士の休息」を歌っていたら、 中年の方が、 「いつもこの通りでいろんな歌を聞くけど、 あんたはいい声をしてるから何とかなるかもしれないぞ。 月に一度しか見に来れないけど応援するから頑張れよ。」 と言ってくれたのでとても嬉しかった。 今夜は特別冷えたけど、 この声援を受けた頃にはすっかり体が温まっていた。 そう言えば今日は近くの家電店に、 ワープロ用の補充インクを買いに行ったのだが、 ついでに映像ソフト売場に寄ってブルース・リー映画を探したら、 なかなか見つからなかったので、 もしやこの間ブルース・リー短命を批判したのが原因で、 売場から締め出しでもされたのではないかと妙な気をまわしてしまったが、 ただの気のせいで、 ちゃんと全作陳列してあったので安心した。 私は彼の死後に発表された「死亡遊戯」が、 DVDでなら広東語版を楽しめるのではなかろうかと確かめたかったのだ。 結果は「ノー」だったが、 実をいうと私は英語版のあの吹き替えの怪鳥音が嫌いなのだ。 何とも迫力がない。 以前日本テレビの水曜洋画劇場で放送された時には、 お馴染みの迫力満点の叫び声だったし、 ジャッキー・チェンの映画で使用されたカットでもいつもの雄叫びだった。 英語版の吹き替え雄叫びは、 ドラゴン危機一髪以外は私的には×である。 映画としては強くてかっこよくなければ嫌だ。 宮本武蔵も仕官してからはろくな戦功も無く、 晩年に至ったと云われているが、 恐らく彼ももう殺人剣に嫌気がさしていたのであろう。 李小龍も弱い者負かしが空しかったんだろう。 |
言って好いこと悪いこと
平成十二(西暦2000)年二月十四日 旧一月十日(月)
私はめったに人にきつい事は言わない。 しかしそれも相手次第である。 相手が明らかに人を小馬鹿にした様な生意気な事を言い出したら、 途端に豹変して相手の欠点を徹底的に指摘し出すのが私のパターンだ。 私は自分の事ばかりかばおうとする奴が大嫌いである。 他人の事は平気で辛辣に批判する癖に、 自分の事となると見苦しくかばいだてする、 というのは鼻持ちならないから徹底的に叩いてしまう。 それでも多少は反省しているけどついつい負け惜しみを言ってしまうという奴は、 まだ可愛げがあるからそこまではやらない。 人にはそれぞれのペースがある。 しかし自分のペースが判らずにすぐに背伸びをしてしまうのも若さというものだ。 下手の横好きという言葉があるが、なんでもかんでも手を伸ばしては、 注意力が散漫として結局は何一つ極められないで終わってしまい、 いつのまにか自分が一番嫌いだったタイプの人間になってしまう事になるのだ。 今確実に出来る事を堂々とやり、 「やりたいけどまだ出来ない事は只今勉強中です。」 という風に素直に努力するのが一番立派な態度である。 出来ていない事を御世辞で誉めてもらわないと気が済まない様な奴は、 ただの「みそっかす野郎」だ。そのくせ、そういう奴にかぎって普段は、 「何か足りない所があったら言って下さいよ。」 等と殊勝な事をほざくのだから始末に負えないのである。 私はこういう手合いをこれまで何人も見て来た。 だから、こういう手合いはなるべく相手にせず、 自分のやりたい事は自分でやって満足する様に努めて来たのである。 他人のやる事にいちいち文句を言わないのは自分でやる事の大変さも、 面白さも、自分なりに知っているからである。 「頑張れよ。」という言葉が素直に聞ける人間でありたいものだ。 これは激励であって愚弄ではないから。 |
押し売りと引き売り
平成十二(西暦2000)年二月十五日 旧一月十一日(火)
人にはいろいろなペースがある。 呼び方によってはこれを個性と言い、レベルと言い、次元とも言う。 言葉は使い方一つで相手に対して快・不快のいずれかを与えるものであるから、 私はペースという言葉を使う様にしているのだ。 世の中には昔から自然と出来た身分階級の様なものが存在する。 上流・中流・下流等の生活圏が人間社会の中には歴然として存在している。 これはいくら理想論として万民の平等を説いたとしても、 現代の様ないわゆる「ピラミッド社会」が継続する限りは、 先ず人為的には変える事の出来ない問題だ。 こういう現実がある以上、サービス精神というのも相手をよく見て発揮しないと、 時にはそれが迷惑な押し売りともなり、 「待ってました!」式の引き売りともなるものである。 最近、私も新たな仲間が出来たので「お客様に対するサービス」というものを、 考えさせられる機会が多くなったのだが、 実は私もこの事については若い頃から何度か考えた事があるのだ。 「人の為を思う」というのは誠実な人々には重要なテーマである。 しかし、これも行き過ぎると、 自己や家族、更には多くの身内を犠牲にしてまで、 その時、関わった「お客」の為に尽くすという、 極端なやり方になってしまう場合がある。 「お客様は神様です」という言葉が大流行した時代もあったが、 忘れてはいけない事がもう一つある。 それは「言ってる自分も神様です」という事だ。 世の中にはこういう方針を逆手に取って悪用してやろうという連中も、 あちこちに隠れているものである。 あまり己のポリシーにばかり束縛されていると、 手痛いしっぺ返しを喰う事もあるから、 「過ぎたるは及ばざるが如し」万事「程」というものをわきまえて、 対処する様に心掛ける方が好いのである。 お客様にもいろいろある。 同様に神様にもいろいろある。 |
寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
平成十二(西暦2000)年二月十六日 旧一月十二日(水)
とざい、東西! これにあります物言いは、 『みんなしあわせになれ』という言霊を看板に、 人の心に巣くいたる、多くの誤解の束縛を、 一つ見つけてはむしり取り、また見つけてはむしり取り、 つついて出てきた薮蛇を、酒の肴に高笑い。 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、 何時の間にやら本来の、自由自在の神の子の、 気楽で素直な性分を、みんごと天晴れ救い出し、 御覧じろという強者なり、 御用とお急ぎでない方は、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! こうして文字にしたからは、都合の好い日と好い時に、 自由気ままに紐解いて、いつでも見れる身にしみる。 押し売りサービス用はない。 何時でも開いている露天商。 買いたい物を懐の許す限りに買えば好い。 今じゃ早じゃは押し売りじゃ! これがホントのサービスと、言えるサービスありゃしない。 買いたくもないサービスを、押し売りされても時々は、 得する事もあるけれど、土台揃わぬ付け焼き刃。 メッキの剥がれる時が来る。 人にはそれぞれ買い時が、あるという事知るからは、 慌てもしない、せかしゃせぬ。 だから何時でも言うておる。 御用とお急ぎでない方は、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 見てもいらなきゃ又今度。 いつかは心の奥底に、しみる日が来る、その時は、 必ず赤子が母ちゃんの、おっぱい吸い付くその如く、 味わいたくなる事だろう。 とざい東西南北の、世界は疎か大宇宙、 果ての果てまでそこな方、 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 百人中の一人でも、千人中の一人でも、万人中の一人でも、 かまいはしない、いたしませぬ。 一人覚れば万人が、覚る宇宙の大真理、 知らぬわけないカッキーだ。 みんなしあわせになれ等と、言うても『する』とは言わないぞ。 頼る心を捨てなされ、興味を持って、考えて、 ホントを知って御自由に、『なれ』と言うのが子の道だ。 とざい東西ご覧じろ! |
みんな大袈裟
平成十二(西暦2000)年二月十七日 旧一月十三日(木)
「みんなしあわせになれ」という言葉は、 一部の人達にはどうも大き過ぎる言葉らしい。 私には大した言葉の様には思えない。 当たり前の言葉だと思うのだが、全くもって摩訶不思議である。 タマを取るとか取らないとかいう男の世界では、 こういう言葉も気楽に言う事は出来ないらしいが、 霊界物語の玉取り合戦ではないのだから、 誰がやるとかやらないとかいうレベルの話ではないのである。 みんなでごく自然に思っていれば好い、 実に素直な合い言葉の様なものなのだが、 みんな大袈裟に考え過ぎなのではないだろうか。 私がこの言霊を神様から賜った時、神様に確認しておいた事がある。 「これは私がやるのではなく、神様がやるんでしょ? こんな事、競争好きの人間にはとても出来ない事だから、 神様がやってくれなきゃ他の誰にも実現出来ないと思うよ。」 神様は「勿論だ。」とお応えになった。 そんなわけで私はこの言霊の宣伝を開始したのである。 私もこの言霊を宣伝する過程で、 いろいろな事がハッキリと見分けられる様になって来たのだ。 決して最初から全てが見えていたわけではないのである。 だから、私には判るのだ。 この世で人の為を思って働いている人達には、 この言霊がどれほど重く感じられるものであるかという事が。 この言霊を争う事なく分かち合い実行に移すには、 やはりこの言霊の司令塔が主なる神様であるという事への絶対の信を抱き、 自分は何一つ力む必要の無いスピーカーになれば好いのだ、 という事を覚る事が必要だ。 この世で誰が最初に唱え出しただとか、 誰が最も効率よく広めただとかいう事を考えているうちは、 「みんなしあわせになれ」の精神ではなく、 「みんなしあわせにする」の精神である。 これでは何処までも人為的考えで争いが絶えない事になるのだ。 |
大した奴じゃない
平成十二(西暦2000)年二月十八日 旧一月十四日(金)
吾輩は誘惑に弱い。根性がない。不器用なくせに頑固。 その癖、可愛い娘ちゃんが大好きで、真面目なんだか不真面目なんだか判らない。 働き者の様でいてだらだら寝転がっているのが大好きだ。 責任感がある様で無責任としか思えない振る舞いをする。 背丈もそれほど高くはないし、何処から見ても美男子というわけでもない。 適度に不男だし、適度に男前である。 飛び抜けている取り柄など何処にもない筈なのに、何故か神様の心が判る。 これが全く妙なのだ。 ちょっとくらいギターが弾けるが世界一というわけではない。 なのにどうしたわけか神様の心が判ってしまう。 それは何かと訪ねたら、ずばり「安心立命」という一言である。 他には何もないのだ。 あれをしたら神様に怒られるんではなかろうか。 これをしたら罰が当たるんではなかろうか。 こんな事をしたら誰かに迷惑がかかるんではなかろうか。 あんな事をしたら誰かに嫌われるんではなかろうか。 あんな事をしたらみっともないんではなかろうか。 こんな事をすると格好悪いんではなかろうか。 そうした諸々のなかろうかが、私には無いのである。 神様がこう思うんだからこうしようというのでもない。 私はただ神様の前にむき出しの私をさらけ出しているだけである。 だから何も不安がないのだ。 誰かと比べて出来が悪かろうと、一寸くらい誰かより出来が好かろうと、 そんな事は知ったことではないのである。 私は私である。 私はただありのままの私を神様の前にさらけ出し、煮るなり焼くなり殺すなり、 どうにかする気ならどうぞ御勝手に、 私はそれまで好きにやらせて頂きますという具合に、遠慮会釈もなく、 自分で考えた好いことを、自分なりにやっているだけなのだ。 そしてどうやら神様はそれで充分満足らしい。 有り難いほど好意的につきあってくれるのだ。 |
我が心のギター
平成十二(西暦2000)年二月十九日 旧一月十五日(土)
今日、生ギターのサスティーンを増幅する為に、 エンド・ピンとナットをブラス製の物と交換した。 いつもより一回り細い弦を張ったせいか、 ストリートの最中に四本も弦を切ってしまった。 サスティーンが増幅したのは好かったが、 プラスティック製パーツの持つ線の太い響きが減少してしまい、 それを補う為にストロークに力が入り過ぎたのだろう。 しかしそれにしても細い弦だ。 こんな弦を張って長持ちさせる人が私には不思議に思えたが、 とにかく明日はいつもの一回り太い弦に張り替えようと考えながら、 思いっきり歌った。 最近は何故かストリートでエレキを弾く気にはなれない。 生ギター一本でなければ私の目指す、 「スナフキン」にはなれない気がするからかもしれない。 私はあの名作アニメの一つである「ムーミン」に登場する、 何もかも知り尽くした雰囲気を持ちながら何処までも寡黙なイメージの、 「スナフキン」のキャラクターがとても好きなので、 まるでリッチー・ブラックモアか、マウンテンのレスリー・ウェストか、 スティーヴィー・レイヴォーンの様な格好をしながらも、 自分の事を頑なに「伊勢佐木モールのスナフキン」と呼び続けているのだ。 勿論バンドでギタリストをやっている時は「カッキー」を貫いているのだけれど、 あのジミ・ヘンもあるショウで言い残している様に、 街角でギターを抱いて歌い続ける吟遊詩人は私の理想像の一つでもあるのだ。 一緒に歌ってくれる人々との間には、会話ならざる会話が成立するのだが、 既成の名曲やオリジナルを歌いながら交わす事の出来る一時の中で、 何か得体の知れない共鳴感を味わえる不思議は、少々の寒さや疲労を超越し、 バンドで味わうことの出来る充実感とは、 また異なる喜びとなって私を満たしてくれるのだ。 ただのストレス解消だけの目的ではないのだ。 |
子供達と私
平成十二(西暦2000)年二月二十日 旧一月十六日(日)
バンドのメンバーは私を除き皆子持ちである。 そんなわけで少年時代以来本当に、 久しぶりにおむつの取れない子供達とふれあう機会が多くなったのだが、 彼等のおむつの心配をしなくても好い私は、 すぐに彼等と同化して仲良しになってしまう。 一方、おむつの心配をしなければならないパパさん達は、 私の様に子供を可愛がるだけではなく責任を持って叱る立場にあるのだが、 結局子供達はパパが好きでしょうがないという事が 三時間もしないうちに明らかになるのが何とも面白い。 子供達はすぐに私になつくのだけれども、 その様子を見ていて何となく気付くのは、 私と一緒にいる時はきっとパパ達がいつもより優しくしてくれるので、 それで子供達は私がいると喜ぶのではないかという事である。 何故なら子供達は私と二人きりで部屋の中に残されると、 途端に「パパ、パパ」と言ってぐずり出すからである。 見ていてこんなに微笑ましい光景はないのだが、 子供達の意外なしたたかさに感心させられてもしまうのだ。 そんな事とはつゆ知らず、パパさん達は、私になつく子供達に、 「パパは俺だ」と言わんばかりに子供達を可愛がるのだから、 彼等の計画は見事に図に当たった事になるのである。 全くこの世の中で子供くらい賢い奴はいない。 小悪魔気取りの美女等まるで足下にも及ばないではないか。 ひょっとしたら私も、 いつかは我が子のおむつを変える立場になるのかもしれないが、 おそらくそんな時は私の場合、 きっと猫っ可愛がりの親ばかになってしまっているに違いない。 何故なら私が結婚する時は、 必ず将来の心配をしなくても好いようなリッチマンであるに違いないから、 仕事もしないで子供の側にいるだろうからだ。 それも困った話なのだが。 |
犠牲は不幸
平成十二(西暦2000)年二月二一日 旧一月十七日(月)
自分自身に何か明確な願望がある時は、 周囲の人々の為にそれを押さえ続ける事が死ぬほど辛いものとなる。 こういう事を美化して今までは「あの人は犠牲精神のある立派な人だ。」 と称えて飼い殺して来たのである。 多数決の罷り通る民主主義社会ではあるけれど、 千人中の一人がまるで異なる性格と趣向の持ち主である場合、 彼はいわゆる村八分にされるか、 変わり者として苛められるかしなければならない事は眼に見えている。 私には果たしてこれが本当の意味での民主主義であると言えるかどうか、 甚だ疑問なのである。 民という集団は何処までも集団であって、 決して一癖の塊ではない筈である。 したがって当然、多くの個性がぶつかり合う事はやむを得ないし、 また、少々の事は譲歩し合ってお互いの満足度を、 せめて八割程でも達成出来る様にしなければ、 仮に誰か一人が十割完全に否定されたとしたら、 彼は全くその集団の為に犠牲となって社会的に殺されたも同然で、 それは不幸以外の何ものでもない筈である。 私の宣伝する「みんなしあわせになれ」 という言霊に秘められた「しあわせ」は、 決して誰か一人が定めた「しあわせ」の価値を、 強制的に押しつけるものではないのである。 どちらかと言えば逆に放任主義的で、 神の子人類の完全円満性に基づいた性善説的自由意志に委せたものであり、 この基台上では誰が何をしても、 それは自然に自他の幸福に繋がる行為となるのであるから、 一切否定せず寛容に公認する事の出来る高度な人類だけが、 正しく理解出来る言霊であるのである。 しかし低レベルな理解度の中ではこの言霊を勝手に誤解して、 他人の幸せの為に己を押し殺す犠牲精神がなければ、 この理想は叶わないという理屈で他人の行動を制限しようとする事になる。 これは全く不幸な理屈である。 |
しあわせになってくれよな
平成十二(西暦2000)年二月二二日 旧一月十八日(火)
「しあわせになってくれよな。」 もし恋人同士の間で、どちらかからこの言葉が出た時は、 これはその恋の終わりを意味する場合と考えて先ず間違いない。 「しあわせになってくれよな。」という言葉の裏には、 「俺にはしあわせにしてやれないけれど、 この先お前自身の力でしあわせになってくれよな。」という、 ある意味激励と餞別の入り交じった様な語意が隠れているものであると、 私は感じているのである。 私が「みんなしあわせになれ」を歌い始めたきっかけも、 一つの失恋を経て神と出会い、霊界の一端に触れ、 今生のみにしがみついた苦しみに満ちた儚い倖せと決別して、 神と共に在る「安心立命」に満たされた瞬間だった。 言ってみれば、その瞬間から、 私はいわゆる俗世的娑婆世界の価値観から解脱した立場から、 未だそこに残されている「みんな」に対して、 この歌を唄い始めた様なものであるから、考え様によってはひどく冷淡で、 突き放した様なメッセージ・ソングであったと言えない事もないのである。 誰か有名な作家さんが書いた小説の一つに、 「蜘蛛の糸」とかいう題の物語があったと記憶しているが、 この物語では、生前一度だけ蜘蛛の命を助けた善因縁で、 蜘蛛の糸一本で地獄から抜け出せるという時に、 他の亡者達が「俺達も助けてくれ」としがみついて来たのを振り払ってしまい、 その瞬間蜘蛛の糸が断たれて再び地獄に落下するという内容だったが、 私はこの男とは違い「みんなしあわせになれ」を唄い続ける事で、 これにしがみついて来る人々の心を、 神様の方へ向けさせる努力をし続けて来たのである。 私は天国へ至る道を示す事が「しあわせ」だと思っている。 地獄や娑婆で地位や富を得るくらいの儚い「倖せ」とは次元が違うのだ。 |
雷武初ライブ
平成十二(西暦2000)年二月二三日 旧一月十九日(水)
今日二月二三日、BBストリートに於いて雷武の初ライブが行われた。 初のジョイント・ライブでもあり、 ライブ・ハウスには付き物の厳しい時間制限と、 リハと本番のモニター状況の違いのせいで演奏自体は満足の行くものではなく、 プロ・サイドからブーイングが出ても何も文句の言えない内容ではあったが、 観客の殆どがメンバーの身内だったのでとりあえず楽しい一日を味わう事が出来た。 実際ステージ上のモニター状況は悲惨なもので、 自分のギターアンプの音とドラムだけを頼りに与えられた時間を、 がむしゃらにこなしただけだったので、 弦楽器部隊は満足なチューニングも出来ず、 日頃の練習での勘を頼りの演奏は、 とても他人様に見せびらかせる様な内容ではなかった。 しかし、この雷武というバンドは、 そういう素晴らしい演奏を第一に考えるタイプのバンドではなく、 メンバーが招いたお客さん達との一体感が生まれさえすればオーケイのバンドなので、 そういう意味では終わる頃には良い結果が出せた様である。 正直言ってまだ、各自の技術は、 厳しい録音に耐える程のレベルには達していないので、 今後も先ずはこうした身内中心のバンド活動を主体にする事になっている。 それで充分だ。 それにしても私が何か新しい活動を始めると、 どういうわけか数運の軌道に乗っているという展開は、 この雷武の初陣にも無縁では無かった様である。 思い起こせば九年前、東京都多摩で行われた愛善苑主催? の霊界物語入門講座の開催日も二月二三日であったし、 私と七四十一大神はこの日の参加を縁にして、 「神の国」誌の中に蒼々たる面々と共に名を連ねる事になったのである。 だからと言って今回の雷武の初陣をこれに便乗させるつもりはさらさらない。 何にしてもこれからも彼等メンバーと共に楽しくやっていきたいものだ。 |
バンドとソロ
平成十二(西暦2000)年二月二四日 旧一月二十日(木)
バンドはソロと違い、 メンバー一人一人の意見を全て取り入れて、 完全に満足出来る様にしようと思えば、 ライブに必要な時間も、 四時間程なければ間に合わないという事になってしまい、 現実的には実現不可能な理想を抱えたまま、 暗礁に乗り上げてしまう事になりかねない。 こういう事態を避ける為には、 メンバー各自が余程この事を理解してエゴを捨てて融合するか、 メンバー全員の意見調整をする事の出来る 有能なマネージャーに一任する必要がある。 もしそうでないとライブの度にエゴが出て、 今回評判が悪かったのは選曲のせいだから、 次回は誰それの曲を削って自分の曲をやろうだとか、 自分の出番が少ないからつまらないとかいう、 レベルの低い意見が飛び交う事になってしまう様になる。 実際、ライブで好評を得ようと思えば、 予め招待する観客に対して演奏内容の情報を提供したり、 様々な情報メディアを利用して前評判を高めておく必要がある。 もしこの手順をきちんと踏んでおけば、 多少つまらない演奏であっても、 観客は間違える度にヤジを飛ばしたり、 アドリブや決めのフレーズが決まる度に歓声を飛ばしたり、 知っている曲に合わせて踊る事が出来るのであるから、 有料チケット相応、またはそれ以上の満足をして頂き、 結果的には好評を得る事になるであろう。 特にアマチュア・ジョイント・ライブで、 各バンドに与えれらる時間は短い。 その枠内でやりたい事全てをやるなど絶対に不可能である。 バンドと観客全体が一体になって楽しめる事を考えるならば、 下らないエゴを捨てて好い選択をする様に心掛けたいものだ。 もし個人的にどうしてもやりたい事がある場合は、 メンバーに迷惑をかけない様にソロ活動をやるのが一番好いのである。 それでも時間は足りない筈だが、多少の癒しにはなる。 |
結構気楽なストリート
平成十二(西暦2000)年二月二五日 旧一月二一日(金)
私はやりたい事が山ほどある。本当に山ほどあるのである。 けれどもそれを生きているうちに全て実現するのは先ず不可能であると思う。 それで大きな事は何度も生まれ変わりながら、 後の代までかけてゆっくり実現して行こうと思うし、 多くの助け手が必要な事も、これは慌てずゆっくり、 いろいろな仲間と関わりながら慎重に実現して行こうと思う。 音楽活動等も、 バンド・メンバーや友達のやりたい事全てに関わる事は不可能だし、 また自分のやりたい音楽形態の全てを、 一つのバンドに押しつけるのも不可能な事だと思っている。 そんな理想と現実の狭間で、 昔は結構ジレンマを感じてのたうちまわったものだが、 最近では最も簡単な表現方法でそのジレンマを味合わないで済む様になった。 その一つは、パソコンによるデスクトップ・ミュージックであり、 もう一つはストリーターとしての気ままなライブ活動である。 聞く気の無い人は素通りすれば好いし、 迷惑な人は警察に通報すれば好い。 感心のある人だけが立ち止まり、 満足したり応援してくれる人だけがチップをくれる。 私個人も電池や弦が切れたり、 喉が疲れるまで、唄いたい曲を、唄いたい順序で唄えば好く、 定料金をもらっているわけではないから 税金の申告も必要なく、冷やかしの通行人のリクエストに応える必要もない。 馬鹿にしたい人は馬鹿にすれば好いし、 仲間に入りたい人は上手くつきあってくれさえすれば特別問題もない。 落ち目の音楽家の悪あがきだと軽蔑したい人はそれで結構である。 もとよりプロの窮屈さから逃避する為の活動である。 これで売れたらプロか可哀想ではないか。 私も売れたら大喜びだけど、それを期待する重圧を背負うよりも、 四十間近の中年が好きな音楽を気ままに出来る事の方が、 万倍の値打ちがある様なそんな気がするのである。 |
義理も人情も
平成十二(西暦2000)年二月二六日 旧一月二二日(土)
義理も人情も秤にかけぬ。無い袖は振れないのが正直というものだ。 一杯のかけそばもおごってやれない人情ならかけない方がましだろうか。 優しい言葉の一つもくれりゃ空腹も癒されるだろうか。 義理に縛られる男の世界が好きな男もいれば、 そんな抑えた感情を解放さしてやりたいという事に情熱を燃やす男もいる。 あちらを立てればこちらが立たず、しかし落ちついて考えてみれば、 何だって人はおせっかいにも他人様をつかまえて、 奴は幸せだとか不幸だとかを、 本人の断りもなしに勝手に評価したがるのだろう。 世の中には社会的にも法的にも明らかに不正な事であるにも関わらず、 それをやらなきゃ気が済まないというアウトローもいる。 奴等に御説教を垂れたからと言って果たしてどれだけの効き目があるだろうか。 私には霊界物語を拝読して判った事が一つ在る。 いわゆる兇党霊と呼ばれる一団の中の悪霊組は、 かえって世の為人の為と言っては善の仮面を被りながら、 体よく弱者の膏血を絞るように巧みに活動し、 その中に遣わされる本当の善神は、その悪循環を正す為に、 鬼か悪魔の様に言われる事を恐れず宣伝の旅を続けるという在り方だ。 時には仲間を伴い、時には孤独にさすらい、また敵陣の牢獄に囚われながら、 全くお気楽に宣伝歌を歌いつつ時の来るのを陽気に待ち続ける神柱となる。 特別な活動などは全くせず、 悪党にされるがままに無抵抗に運命を委せながら道を全うして行く。 策を労し、奸計を絞っても好結果は得られない。 悪魔は義理を貫こう、人情を尊ぼうという善意さえ逆手に取って、 目的を達成しようとする。 これは全く面白い。興味の沸く展開である。 日本映画「椿三十郎」の台詞にこんなのがある。 「自分が馬鹿だと言われても気にしないだけでも本物だ。」 なるほど。 |
君の口から
平成十二(西暦2000)年二月二七日 旧一月二三日(日)
私は一人でよく書く。けれども別に一人でよくしゃべるわけではない。 昔は一人で自問自答をよくした。今はそんな事は殆どしない。 ただ「やる」だけである。 昔書いてしまった事を、今は考えたり言ったりしない。 ただ君の口から語られるのを聞いて喜ぶのだ。 勿論「やる」のは「語る」事より遥かに難しいから、 私はそれがちゃんと出来る様になるまで側にいてやる事もある。 それを全ての人に対してやるのはこの体がある間は不可能だ。 どんな事にもタイミングというものがあるから、 自分で勝手に筋書きを書いてもすぐに其の通りに展開する事など殆ど無い。 それが出来る様になるには肉体の遅鈍な波動を、 霊的で神的で俊敏な波動に変換するしかない。 それこそ正にこの世における最高の信仰上の賜物であるが、 という事は信仰の何たるかにさえ興味を寄せようともしないニヒリズム的現代人には、 到底話題外の事でもある。 逆を言えば私の言葉を今、口から出そうとしている君は、 少なくとも信仰の何たるかを自分なりに考え始めている私の弟分の様な者である。 ならばこれを叱咤激励するのは私の愛情表現上当然の務めである。 私の書いた事をまね、またそれを少しでも行おうとしている者は、 信仰上の最大の賜物を得なければならないのである。 仏門に在る者が読経を通じて仏陀に至ろうと志す様に、 聖書を朗読する者が信仰の勝利者である事を志す様に、 その他、論語であれ、コーランであれ、祝詞であれ、これを音読する者は、 その筆者の悟りに同化して道を得る。 霊界物語を拝読する者は瑞霊に同化する様に、 私の書いた者を真似、復唱する者も同様に、 「みんなしあわせになれ」を唱え、行う者になる。 それを自他一体、神我一体というのであると、私自身も五井先生から学んだのだ。 |
我々は過去の延長
平成十二(西暦2000)年二月二八日 旧一月二四日(月)
当たり前の事であるが、我々は過去の延長である。 過去現れた様々な事柄が原因となり、 時には善の結果を結び、また悪の結果を結んでいるのである。 遠く遠く振り返れば、大宇宙の原始へと遡り、この銀河系、太陽系、地球、 原始生命から人類へと延長して来たのである。 その人類の歴史の中に釈迦やイエス、ソクラテスやアレキサンダー、 日本で言えば神代の神々、初代天皇、武将等々多くの聖者賢哲、偉人が現れ、 また彼等に絡んで現れた大悪人達や歴史に名さえ残さない多くの人々が生まれては死に、 そしてその延長線上に我々が生きているのである。 彼等は決して赤の他人ではない。我々の過去の姿である。 だから決して過去のままで今現れる事はないのだ。 過去の投影が記念写真の様に現れる事はあっても、彼等の未来像は我々なのである。 彼等の光が今も善を行い、彼等の影が今も悪を行う。 しかしこれを理解するのもなかなか至難の業だ。 どうしても他人事の様に思えるから、妙に膨らんだイメージのまま崇め奉り、 また蔑み憎むのである。 どんな善人も他者を踏みつけ犠牲にせずに成長した者は存在せず、 どんな悪人も他者に好い影響を与えた事の無い者は存在しない。 過去に悪を重ね、罪悪感を持つ者は過去に対する贖罪の念から、 今頑なに過去の教えを守って心身を浄化しようと努め、 既に過去それを終えた者は、今自由な人生を謳歌する事を許されている。 嘗て裁かれた者があるいは今裁く者となり、嘗て裁いた者が、 あるいは今裁かれる者となる。 そしてその今もまた更に未来の我々へと延長して行くのである。 過去の栄光に酔うのも悪くはないが、 未来の栄光を思うならば早くその酔いから醒めなければならない。 過去の罪を省みるのも悪くはないが、未来を思うならばもう忘れる事だ。 |
待ったなし!
平成十二(西暦2000)年二月二九日 旧十二月二五日(火)
私はのんびりとダラダラ暮らしているのが大好きな人間である。 普段からあまり気合いを入れるという事がない。 言ってしまえば全くタコの様にぐにゃぐにゃとしている筈だ。 それがどういうわけか、時には男と男の真剣勝負と言うか、待ったなし! の議論に対してはがんとして自己の主張を曲げずに、 鋼鉄の杖か、厳岩の様に豹変する事があるのが、我ながら不思議なのである。 常から記している様に、 私は武道に対して蘊蓄を並べるが実際に特別強いわけではない。 「生兵法はけがのもと」だとわかっているからめったな事で、 戦地に赴く様な真似はしないのである。 けれどもどうにも天の采配としか言いようがないが、 自分では全く望みもしない緊張の中に、でんと構えてしまう所がある。 こうなるとよせばいいのに肝が座ってしまい、 とことんまで納得の行くまで議論しなければ終わらない事になってしまうのだ。 「火事場のくそ力」か、はたまた「やけのやんぱち」か。 全くもって困った話だが、更にまた火に油を注ぐかの様に、 大体結果はいつも良好で「雨降って地固まる」という展開になってしまうから、 ますます調子づいてその勢いは増長してしまうのだ。 去年の十一月までは何をやっても退却退却という具合だったのに、 今年は流れの方が勝手に前進前進という風になってしまうので、 気がつくと突然「待ったなし!」の状況にいて、そこでとにかく自分の真心を、 まるで昔父とやりあった様に誰にでもさらけ出せる様になって来てしまった。 これは在る意味男らしくて結構なのであるが、 もう一方のタコ側のカッキーは全く冷や冷やしている様だ。 私はのんびりと和気藹々でやってられれば好いと思っているのだが、 男というのは熱い真剣勝負で待ったなしである。ごまかせない。 |