HISTRY

1998 

笹川(Vo)、山田(G)、西川(B)、佐藤大輔(小さい)(Dr)が
高校卒業パーティーにおいて、西川の草柳小学校野外課外バスケットメンバー
ダイコン(B sax)、シロウ(A sax)を加え、小島でデビュー。
当時ダイコン、ヒッチャメンにぞっこん。西川は小島真由美と間違える。
シロウはGLAY、ラルク、ラクリマをカラオケで熱唱。
山田はマイナーリーグで猛打賞。
各々スカの意味知らず。バンド名はスキカルエース(仮)

1999〜第1次解散ムーブメント〜

秋、紆余曲折を経て、ともコロリン(Dr)入園。佐藤大輔、小さくなりすぎ見えなくなる。
スキカル初の女性メンバーであり、強烈なカリスマ性により皆を圧倒。
冬、次いで浅見(Tb)、グレープフルーツと柿を貢献として入荷。
当時、6本目の指を切断したばかりでTb初心者であった。
現在のスキカルエースとしての基盤を築く。
ダイコン、シロウ、西川はたこ焼きに踊らされていた。

2000〜シロウ、GLAY嫌いのフリ絶頂期〜

町田にてPAKuRIのVo.アニキに絡まれ西川、浅見血の味を知る。(PAKuRIとの出会い)
スキカルエースの頭文字をとると、SKAになると気づく。
VIVA!SKA!vol.2を皮切りにライブを重ねる。ダイコンによる圧死者続出。
山田=イースタンユース=3mm

2001〜第2次解散ムーブメント〜

大晦日から元旦にかけての本厚木甘太郎におけるPAKuRI、スキカル合同飲み会において
ダイコン玉砕。
VIVA!SKA!vol.3の後、エースともコロリン、皆の愛に疲れ失踪。
佐野(Dr)出頭。即退役。
ともコロリンの母であるみのり(Tb)流出。腐ったみかんではないことを主張しつつ
デコポンの甘酸っぱさに酔いしれる。
十三代目東州斎写楽(Dr)捕獲。ラウドなヴォイスに皆シャウト。
数々のライブをこなしレコーディングを控え、第3次解散ムーブメントの影におびえつつ活動。
笹川は海からかえらない。
テロに恐怖をおぼえつつレコーディングを終え、ライブをこなす中、西川、「三度の飯より女子高生!」と言い放ち
酔った顔を日焼けのせいだと言い残し、過酷な旅に出る。
いくつかのライブをひかえつつ、いっせい(B)ひかえめに登場。息する間もなくスキカルを制する。

2002〜浅見、脱毛期〜

VIVA!SKA!vol.4の後、メガネの熊(十三代目)消える。
そこに明太子を両手に抱え、「これ明太子っちゅう言う食いもんじゃけん、ドラムば叩くけん!」と、
後にスキカルのマスコットボーイをつとめる中山ちゃん(Dr)登場。スキカル御用達の東林間おぐらで
一気にフレンドリーに。
初音源を3日間こもりきりでレコーディング。
浅見、ベッカムヘアー期。おでこ辺りに不安を感じる。
夏、スキカルエース初企画、東林間祭りで一気に老若男女の支持得る。同時にプロモ撮影。
これを期に、いっせいNYに戻る。ホームシックならず、スキカルシックな毎日。
東林間祭りで司会をつとめた西川、老若男女の支持を得て見事1位。スキカルに戻る。
大物プロデューサーがつき、現在に至る。