cry one's eyes out.

慰安を兼ねて、みんなで旅行に行こうと言いだしたのは憲武さんだった。
 全員のスケジュールを合わせるのは無理だと渋る貴明さんを説き伏せて、半ば強引 に旅程が決まった。


     《 1 》

「わぁ、すっっっごい!」
 オレは思わず声を上げた。森の中を車に揺られること1時間強。どんどん山深く 入っていく車に不安を抱き始めた頃、いきなり目の前がパッと開けた。
 鬱蒼と茂る木々に守られるように、見事な洋館が建っていたのだ。
「カン、口開いてるよ」
 苦笑混じりの平山さんに指摘されて、慌てて口を閉じる。平山さんからしてみれば、 オレなんていつまで経っても子供扱いなんだから。
 この洋館は憲武さんが知り合いのツテで借りたものらしく、普段は別荘として使わ れている個人の持ち物らしい。丸太小屋や民宿を想像していたオレは度肝を抜 かれた。
 考えてみれば、いくらテレビに出ているとは言え所詮タダのスタッフであるオレ達ならともかく、 貴明さんや憲武さんがおいそれとその辺のホテルに泊まれるはずもなく、目的地がこんな山奥に決まったことにも頷ける。もっとも、旅行を決めてからこの洋館を借りたと言うよりも、ココを借りられる当てが出来たから旅行を決めたというのが本当のところらしい。
 それはそれとして、こんな山奥に立派な洋館が建っているなんて思わなかったオレ 達は、荷物を手にぶら下げたまま、パックリと口を開けて立ち竦んでしまった。
「何やってんの? ホテルじゃないんだから、いくら待ってもボーイは迎えに来な いっつの」
 貴明さんも憲武さんも、慣れた様子で玄関に向かって行くところをみると、二人は ココへ来るのは初めてじゃないのかも知れない。
 隣に立っていた平山さんと顔を見合わせて、どちらからともなく意味不明の笑みを 交わし、玄関で手招きをしている憲武さんの元へ足を向けた。
「すごいね」
 平山さんが苦笑混じりにそう言うのに、オレも頷いて同意を示す。本当にスゴイ。昔、絵本で見たお城みたいだった。


 玄関を入ると、突然広いホールになっていた。靴を脱ぐ場所が無いところをみると、土足で良いらしい。ごく一般的な日本家屋で育ったオレには、土足で建物に入るのには少し抵抗があったりする。
 でも流石に貴明さんや憲武さんは、こんな立派な洋館の中にいてもサマになっていて、改めてカッコ良いと思った。
「わぁ、綺麗な人ですねぇ」
 大原が指差す先に目をやれば、そこには大きな絵が掛かっていた。若い女の人を描 いた油絵で、ちょうど等身大くらいの大きさだった。
 日本人離れした白い肌と、見開いたような大きな瞳が印象的で、思わず目を奪われ る。
「ここンちに関係ある人の絵なんですかね?」
「ここに掛かってるんだから、そうだろうね」
 大原と成井さんの会話に耳を傾けつつも、絵から目を離せない。とりわけ魅力的と いうわけでもないのに、どうしてなんだろう。絵の中の人が悲しそうな顔をしてるか ら?
「はーい、集合!」
 気を抜かれたように絵に見入っていたオレは、貴明さんの声で我に返った。部屋割 りを手渡され、ひととき自由時間となる。
「カン、オレら二階だって」
「はーい」
 同室をあてがわれた平山さん、シュウさんと一緒に、古い木製の階段を昇る。一段 昇る度にギィギィと軋む音がして、少しノスタルジックな気分になった。
「オレの行ってた中学校もすっっごい古い校舎で、こんな感じだったんですよ〜」
「へぇ。お前んトコって新潟だろ? そんな古い校舎で冬は平気なの?」
「壁の隙間から雪が漏れてきて、廊下に積もるんですよ。も〜寒い、寒い」
「なんだ、そりゃ」
 他愛ない会話を交わしながら部屋に入り、早速荷物を広げる。部屋の中にはベッド が2台とエキストラベッドが1台、作りつけの机が1台。ちょうどホテルみたいな造 りになっていた。
「あ、オレ、エキストラで良いです」
 そういって、さっさとエキストラベッドをキープする。ここは一番下っ端の俺がエキストラだよな、やっぱり。
「じゃぁ、明日の夜はベッド交換しようか?」
「え〜、良いですよぉ。平山さん大きいから、エキストラじゃ足がハミ出ますって」
「オレそんなにデカくないよ」
「まぁまぁ」
 一通り荷物を片付け終わると、少し暇になった。部屋の中は禁煙だと事前に言い渡 されているので煙草も吸えず、手持ちぶさたになる。
「オレ、ちょっと探検してきます」
「ん」
 持参の雑誌に目を落としているシュウさんと、ウォークマンのイヤホンを耳に押し 込んでいる平山さんに声をかけて、オレは廊下に出た。


     《 2 》

 ウロウロと歩き回ってみると、中はそんなに広くなかった。一般的な家と比べれば 確かに大きい建物だけど、最初に受けた印象では迷子になるくらい広い家なのかと 思ったのに。
「部屋数、けっこう少ないんだ」
 正面から見て横に広く、奥行きがあまりない。それに、鍵が掛かっている部屋も有る みたいだった。これだけ古い建物だから、使えなくなってる部屋もあるんだろう。
 階段を下り、ホールに向かう。目は自然と壁の絵に吸い寄せられた。
 女の人の柔らかそうな髪の毛が、白い襟元に流れている。改めて良く見ると、女の 人は少し変わったデザインの服を着ていた。広く開いた襟元に、控えめながらも豪華 な刺繍が施してある。この光沢はシルクかもしれない。膝から下は見えないけど、多 分スカートにはドレープが沢山寄せてあるんだろう。
「…ウエディング・ドレス…かな?」
 その割には悲しそうな顔に見えるのが気になるけど…。
「よっ! 何してんの?」
 突然声を掛けられて驚く。声のした方を見れば、ジェリーが両手をズボンのポケッ トに突っ込んで、プラプラ近付いてくるところだった。
「ジェリーこそ、何やってんの」
「あ〜。暇つぶし」
「ジェリー、誰と同室だっけ」
「成井さんと大原。二人とも貴明さんに呼ばれてったからヒマんなっちゃって」
「ふうん」
 ジェリーは興味なさそうに絵を見やって、それからオレに目を戻す。
「ヤケに熱心に見てるけど、お前こーゆーの好きだったっけ?」
「え、違うよ。なんか綺麗な服着てんな〜と思ってさ」
「ええ? お前それ職業病だよ」
 ぎゃははは、と笑うジェリーに頭突きを食らわせ、あわや乱闘…となりかけた、そ の時。貴明さんの姿が目に入り、オレ達は教師に見つかった悪ガキよろしくピシッと 姿勢を正して貴明さんに向き直った。
「カン、ジェリー。お前ら元気が有り余ってンのも良いけど、暴れんのは御法度だか らね。ココ借りモンなんだから何か壊したりすんなよ」
 早速クギを刺されてしまった。大人しく「はーい」と返事をし、ジェリーとは目線 で一時休戦の約束を交わす。
「それにしてもサスガ憲武さんですね。こんなスゴイ家をタダで借りちゃうなんて」
 ジェリーの言葉に、貴明さんの目がキラリと光る。
「タダの訳ないだろ。んなに世の中甘かねンだよ」
「………は?」
 まさか、宿泊費は別に請求されるんだろうか? 少し不安になったオレの目の前 に、成井さんと大原が現れた。
「…あれ? 何で道具持ってんですか…?」
 成井さんと大原の腰には、見慣れた道具袋が巻き付いている。手にはナグリ。二人 とも、苦笑とも困惑ともとれる微妙な表情で、貴明さんを見ている。
「見ての通り、ここンちは古いです。壊れてるトコも沢山あります。宿泊費は身体で 払う! これ鉄則ですね!」
 楽しそうに宣言する貴明さん。要するに成井さんと大原は、家中の修理を言い渡さ れたらしい。
「はは…じゃ、そーゆーことなんで」
 そう言って二人は階段を登っていった。この旅行、慰安だって言ってなかったっけ…? でも、まぁ何事もない方が却って気になるし、この位の方がオレ達には良いのかも知れない。
「じゃぁ、そーゆーことで、お前らはシュウの手伝いでもしてなさい」
 そう貴明さんが言うのと、シュウさんが階段を下りてくるのが、ちょうど同時だった。
「…手伝い?」
 何故かシュウさんはエプロンをしている。――――ま、まさか。
「シュウちゃんには夕飯の準備を任せてあるから」
 オレの脳裏に、以前シュウさんが作ってくれた豚汁の記憶が甦る。多分ジェリーも同じコトを思い出したのだろう、口元が変に歪んでいる。
 シュウさんの名誉のために言っておけば、あれは決して不味くはなかった。寒い洞窟内でのプロモ撮影を終えて、暖かい豚汁を貰ったときは本当に嬉しかった。
 ただ…ただ少し、いや随分…かなり…塩気が多かっただけだ。お湯を足しながらじゃないと、とてもじゃないけど飲めなかった。後から聞いたら、シュウさんは普段、料理なんかしたことがなかったらしい。
 まぁオレもそんなに上手い方じゃないけど、兄貴が料理上手なせいもあってか、料理番組を見たりするのは大好きだ。
「シュウちゃん。今日は何してくれんの?」
「はぁ…コレにしようかと思うんですけどね…」
 シュウさんがさっき見ていたのは、料理のレシピ本だったらしい。それを片手に貴明さんとメニューを決めている。
 ちらりと見えた写真は…蒸した白身魚にキノコのあんかけソースがかけてあって、スゴク美味しそうだった。でも自分たちが作るとなれば話は別だ。そんな難しそうなモノ、本当に作れるんだろうか。
「じゃ、頼むね」
「はーい」
 ま、頼まれてしまったモノは仕方ないよな。
 そんなわけで、オレ達は連れだって厨房へ向かった。


 不安を隠せないオレ達だったが、いざ料理を始めてみればシュウさんの手際たるや 本物の料理人みたいで、オレとジェリーは並んで口を開けるばかりだった。
「カン、それ切っておいて。適当でいいから」
 シメジのパックを示されて、あわてて我に返り、包丁を握る。…適当って、どのく らいなんだろう?
 チラリとシュウさんを見やれば、もの凄い勢いでタマネギをスライスしているとこ ろだった。本当にこの人、あの豚汁を作ったのと同じ人なんだろうか…?
 ジェリーは包丁を持つ手つきが危ないという理由で、洗い物に回されている。流し に向かって、スポンジを片手に使用済みの鍋と格闘している姿はなかなかに微笑まし い。
「あ、あの、シュウさん」
「ん?」
「料理、上手いじゃないですか〜。ビックリしましたよ、オレ」
 するとシュウさんは、唇の端に笑みを浮かべて言った。
「切ったり焼いたり混ぜたり…化学の実験と同じだと思えば…ね」
 な、ななななな何で「化学の実験」と同じだと思うのか、そして心なしかシュウさ んの顔が楽しそうに見えるのは何故なのか。意味もなく、訳も分からないけど、とに かく何とはなしに怖い気がするのだけは確かだったので、それ以上訊くのは止めてお くことにした。
「それ頂戴」
 シュウさんは手際良く野菜とキノコをフライパンで炒め、溶いた片栗粉を加えてあ んかけを作る。
「カン、魚見て」
「はーい」
 蒸し器変わりの鍋の蓋を持ち上げると、真っ白い湯気が視界を覆った。
「あちっ!」
 鍋の縁に指が触れてしまって、思わず蓋を取り落とした。

 ―――――大丈夫?

「え…?」
 耳元で声がした。…ような気がして、きょろきょろと辺りを見回す。どうも女の人 の声だったような…。
「うわっ!」
 声の主を捜して顔を巡らせたその先には、シュウさんのドアップがあった。オレを 心配して覗き込んでくれていたみたいだけど…び、びびびびビックリした。
「カン、指赤くなってるから、一応冷やしておけよ。魚はもう良いからさ」
「あ、はい。スイマセン…」
 背中を押されて、ジェリーの横に立つ。
「何、火傷した?」
「いや、平気そう。もう全然痛くないし」
「ふーん。お前、指が商売道具なんだから気を付けろよな」
「うん」
 仕事で火薬を扱っているジェリーから見れば、この程度の火傷なんか怪我の内にも 入らないだろうに、さり気なく労ってくれるのが嬉しい。
「カン、ジェリー。貴明さん達呼んできて。ご飯出来ました、って」
「ハーイ」
 美味しそうな料理を目の前にして、急に腹の虫が喚き出す。オレとジェリーは争う ようにして厨房を飛び出した。


     《 3 》

「あれ? 何してんだろ?」
 二階へ上がると、一番奥の部屋で半田さんがフラッシュを焚いているのが見えた。 あの部屋は、さっき探検したときには鍵が掛かっていたはずだ。
 近づいてみると部屋の中にはナグリを手にした成井さんと大原、軍手を填めた平山 さんと星野さん、そして腕組みをして難しい顔をした貴明さんが居た。
 戸口の所に居る半田さんに、何があったのか訪ねてみる。
「ここの部屋ねぇ、衣類とかソックリ残ってるみたいなんだよね。だから、何か謂わ れがある部屋だったんじゃないか、って」
 部屋の中を覗き込んでみると、確かに他の空き部屋とは明らかに違う。綺麗に整頓 されて、まるで誰かが使っていた部屋をソッと閉じていただけのように見えた。ベッ ドカバーやカーテンから想像するに、この部屋の主は女性だったのだろう。
「成井、そこの戸開けてみ」
「は、はい」
 貴明さんに指示されて、成井さんが恐る恐るといった感じでクロゼットの扉を開け る。
 途端、中から何か白い物が出てきたように見えて、オレはギュッと目を閉じた。だ けど、大原の感嘆の声に吊られて目を開ける。
「わぁ、何かキレーですよ、これ」
「こ、こら大原、汚い手で触るんじゃない!」
 成井さんに諫められ、慌てて手を引っ込める大原。そのかわりに軍手を外した平山 さんが、丁寧な手つきで中の布を取り出した。
「わぁ…」
 流れるような光沢のシルク。真っ白なそれは、多分ウエディングドレスだ。
「作りかけですね」
「ホントだ。腕が片一方しか無い」
 星野さんがクロゼットの奥から裁縫箱を取り出し、その中から作りかけの袖を発見 した。
 そして、そのドレスに目を奪われていたオレは、あることに気が付いた。
「あ…このドレス、玄関ホールに飾ってある絵の人が着てるヤツですよ」
「え? 何で解るんだよ」
「ほら、ここの襟の刺繍。絵と同じだもん」
 その刺繍には確かに見覚えがあった。職業柄、そういった記憶力には自信がある。 絶対に間違いない。あの人が着てたドレスだ。
 そこへ高久さんに腕を引かれた憲武さんが入ってきた。目を擦っているところを見 ると、部屋で眠っていたのかもしれない。
「ん〜? みなさんお揃いで、なぁにしてんの〜? なに、貴明。怖い顔して〜」
「憲武。お前、な〜んか隠してない?」
「隠すって、何を?」
「この建物について、何か聞いてただろ!」
「え〜? 何も聞いてないけど? ただデルって言われたくらいで」
 タダデルッテイワレタクライデ…?
 あまりにも憲武さんの口調がアッサリしていたので、何を言われたのか一瞬分から なかった。頭の中で何度か繰り返して見て、やっとその意味に気づく。
「で、出る〜〜ッッッッ??!!!!」
 そう聞いた途端、背筋が寒いような気がするから不思議なものだ。みんな大人だか らパニックにこそならないものの、微妙な表情で互いの顔を見合わせている。
「…………ま、憲武の冗談は放っておくとして、だ」
 貴明さんは冗談で済ませる事にしたらしい。精神衛生上、一番良い選択だった。オ レ達も肩の力を抜いて、乾いた笑いを漏らす。
「ははは、そっか、憲武さん冗談キツイですよ〜」
「オレなんかマジかと思ってビビっちゃいましたよ」
「ほーんと、ははははは…」
 そんな微妙な空気の中、シュウさんがひょっこりと顔を出した。いつまで待って も降りてこないオレ達に業を煮やしたんだろう。
「ご飯出来てます。早く食べないと冷めますよ…あれ、カン。可愛い子乗せて」
「はーい! ご飯、ご飯」
 急に空腹を思い出し、食堂へと向かう。―――――ん?
 シュウさん、今…何か変なこと…言わなかった…????
「カン、その子どこから連れてきたの」
「……………シュウさん………その子………って、ドコに……?」
 恐る恐る訪ねれば、シュウさんは至極アッサリと「ここに」と、オレの頭の上を指 さした。
 背中を冷たい汗がタラリと流れる。
「や、やだなシュウさんまで、そんな冗談…」
「なんでオレが、そんな冗談言わなきゃいけないの?」
「う…」
 シュウさんの顔は、真面目そのもの。とてもじゃないけど冗談を言っているように は見えなかった。と、いうことは、つまり……。
 シュウさんの台詞を聞いた憲武さんは、我が意を得たりとばかりに胸を張った。
「ほぉらね。言った通りでしょ」
「だから、何でそこでお前が威張るんだよ、憲武!」
 そ、そんな馬鹿な…。目の前が一気に真っ暗になり、オレはそのまま意識を 失った。


  うううううう、何でこんなに悲しいんだろう。
  悲しいなぁ。涙が止まらないよ。悲しいなぁ。
  大好きなあの人と結婚出来るはずだったのに―――――…


 会いたい…
   会いたい…会いたい
  アイタイ    アイタイ 会いたい
     会いたい   アイタイ……

 まだ片袖しか付いていない状態のドレスを胸に当て、鏡に映してクルリと回る。ス カートの裾がフワリと広がり、とても綺麗だった。
 これを着て、あの方をお出迎え致しましょう。きっと喜んで下さるでしょう。きっ と…。


「…ン、……カン…カンッ!!!」
 身体を強く揺さぶられ、ハッと我に返った。目を開けた瞬間、心配そうなみんなの 顔が視界に飛び込んできて、自分が倒れたことを思い出した。
「カン、大丈夫か?」
 シュウさんの手を借りて起きあがり、頭を軽く振ってみる。
「う…ん。平気みたい。心配かけてゴメンナサイ」
「何ともなきゃ良いんだよ」
 軽く頭を撫でるようにして、シュウさんが小さく息を吐いた。普段クールなシュウ さんだけど、実は結構心配性だってコトを、オレは知っている。
 そして、もっと心配性なのは…。
「カ、カン! ホントに大丈夫なのか?!」
 平山さんが眉毛を八の字にして駆け寄ってくる。慌てているのか、手にドレスを 持ったままだ。
「平山さん、それ汚れちゃうよ」
「あ…」
 ようやくドレスに気付き、置き場を探す。でも埃だらけのこの部屋の床に置くのは 憚られるし、かといって何やら曰く付きらしいドレスに好んで手を出そうとするヤツ も居ない。平山さんが縋るようにメンバーに視線を巡らせると、みんな、さりげなく 顔を背けて他人のフリをした。
 持ったままのドレスと、薄情なメンバー達の顔を交互に見ながら、平山さんは心底 情けない表情になった。
 平山さんには申し訳ないけど、その表情が面白くて思わず吹き出してしまった。
「なに笑ってんのかな」
「あ、なんでもないです。なんでも」
「あ、そ」
 ムウッと下唇を歪める平山さんに「まぁまぁ」と声をかけて、その手からドレスを 受け取る。
「星野さん、それも貸して下さい」
 残った片袖と、裁縫道具。星野さんは怒っているのか困っているのか、微妙な顔つ きで渡してくれた。
「オレ、この袖、縫い付けてみます」
 理由もなく、ただ、このドレスが出来上がったら嬉しいだろうと思っただけだ。多 分、きっと嬉しいはず。もうちょっとで完成なのに、このまま放っておくなんて出来 ないし。きっと、きっと嬉しいはず。これが出来れば、あの方も帰って来られるだろ うから………。

 ――――ん? 誰が帰ってくるって…?

 まぁイイや。とにかく、この袖を付けてみよう。それに、よく見ると素人作業な部 分が多く目に付くから、所々手直しもしてあげよう。
 そうしたら、そうしたら………彼女も笑ってくれるかもしれない。
「カン、お前の上に居る子、なんか不安そうな顔してる」
 シュウさんが、オレの頭より30cmほど上の空間を見据えながら、そんなことを言う。それを聞いたみんなは微妙な表情でシュウさんとオレを見ているけれど、当のシュウさんは気にする風もなく、サラリと「ほら、ソコに」なんて指さしたりしている。
 一番最初に現実に目を戻したのは、流石の憲武さんだった。
「ね、ご飯は?」
 そのタイミングでご飯を思い出す辺り、やっぱり憲武さんはスゴイ。な〜んて、妙な感想を抱きつつも、「ご飯」という単語を耳にした途端、空腹を思い出して腹の虫が騒ぎ出した。
 そうなれば、目に見えない「ソレ」よりも、いい匂いを放つ「ご飯」に意識が移るのは当然といえば当然。
 一同は何もなかったような顔をして、ゾロゾロと食堂に足を向けた。こういう所が剛胆だよね、この人達。


     《 4 》

 食堂に移動する途中、階段の踊り場の辺りで、みんなに気付かれないように、そっとシュウさんの袖を引っ張る。
「あの…シュウさん」
「なに?」
「オレの上に居る人って、もしかして玄関の絵の人ですか?」
 シュウさんは斜め上のあたりの空間をジッと見ながら、「多分ね」と言った。
「シュウさんには見えるんですか?」
「…なんで?」
「あ、ほら、さっき不安そうな顔してるって言ってたじゃないですか。オレの上にい る人のこと」
「ああ…あれね」
 別にハッキリ見える訳じゃないよ、と前置きをしてから「でも分かるんだよね」と 至って何でもないことのように呟く。いわゆる”霊感”というのには全く縁が無いオ レにとっては一種の驚異だ。
 テレビ局というのは、嘘か誠か、昔から「ソレ」関係の噂には事欠かない。やれ、どこのスタジオで誰かが何かを見ただの、とある倉庫では何某が謎の声を聞いただの、そんな噂を耳にするのは日常茶飯事だ。とはいえ、真夜中でも電気は皓々と付いているし、何処へ行っても誰かしらの姿が目に入る。そうなれば怪談話も一種の娯楽みたいなもので、恐怖感は薄らいでしまうものだ。
 オレも決して短くはないテレビ局での仕事に慣れたのか、自分の上に誰か居るのだと言われても、不思議と恐怖感は沸いてこなかった。
 多分、他のみんなも同じ気持ちなんだと思う。その証拠に、一見困惑しているように見えて、実は少し面白がっている節がある。まぁ、大の大人が11人も雁首揃えておきながら「オバケ怖いです〜」と泣き崩れるわけにもいかないし、反応としては妥当な所かな。
「コレ、美味いね〜」
 食堂に着くなり、ご飯をかき込む憲武さんには呆気に取られてしまった。どうやら本当にお腹が減っていたらしい。
 でも憲武さんに誉められるなら、その味も本物ってことだろう。ほとんど作ったのはシュウさんだってことは棚に上げて、ジェリーとオレは鼻高々になった。
「味わって食えよ、大原!」
 ジェリーに肘で小突かれた大原は、箸を銜えたまま「味わってますよ〜」と応えた。
 貴明さんはソースの味付けが気に入ったようで、頻りにシュウさんに味付けのレシピを尋ねている。
「だぁから、酒とか醤油とか味醂とか、そーゆーのは食えば分かるんだよ。この後味の甘酸っぱさは何だって聞いてんの」
「それは隠し味です」
「隠し味に何入れてんのか言えっつってんだろ」
「隠し味だから隠しておかないと」
 貴明さんの追求に動じる風もなく、シュウさんはマイペースに箸を動かしている。そのやり取りに、一同が小さく笑った。
「もう、言えってシュウちゃん!」
 焦れた貴明さんが、唇を尖らせて足を踏みならす。それをチラリと横目で見て、シュウさんは微かに溜息を吐いた。
「聞きたいんですか…?」
「だぁから最初っからそー言ってるだろ」
「ほんっっっとーに聞きたいんですか? 後悔しませんか…?」
「な、なに…?」
 シュウさんの目が、意味あり気に細められる。
「良いんですね…?」
 低く響くシュウさんの声。誰かの喉が、ゴクリと音を立てた。…な、何か変なもの…入れた覚えはないけど…。
「や、やっぱイイ」
 心なしか頬を引きつらせた貴明さんが、右手を振って話題を打ち切る。みんな箸を止めて、皿の中に残った料理を見つめた。
「何ビビってんの? 何入ってよーが、美味けりゃイイじゃん」
 既に食べ終わった憲武さんが、呆れたように貴明さんの臑を蹴り上げた。
「ビビってなんかねぇよ!」
 …その割には、頬がピクピクしてますよ、貴明さん。
 シュウさんもクツクツ喉の奥で笑いながら「冗談です、何も入ってないですよ」なんて言っている。ホントにもう、驚かせるんだから…。
「カンまで本気にするなよ。一緒に作ってたんだから、何も入れてないって分かってるだろ」
「え、いや、そんな。あはははは…」
 シュウさんが言うと、ホントみたいに聞こえるんだもん〜。
「カン」
「はい?」
 平山さんに声を掛けられて、箸を銜えたまま返事をしたら怒られた。
「箸は銜えない!」
 平山さんが声を掛けたタイミングが悪かったんだよ〜! オレだって、いつもこんなお行儀悪いことしてる訳じゃないのに。
 渋々箸を置いて、もう一度返事をしなおす。
「お前、ホントにあのドレス縫うの?」
「はい、そのつもりですけど」
「どれくらいかかりそう?」
「ん〜、使い慣れてる道具じゃないし…所々手直しもしたいから、一晩くらいだと思いますけど」
「そんなに?」
「大丈夫ですよ、徹夜仕事は慣れてますもん」
 食事が終わったら直ぐに取り掛かるつもりだと告げると、平山さんは一瞬眉根を下げたものの、直ぐに笑顔になって「頑張れよ」と言ってくれた。

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