例えばこんな恋愛話
|
男は、女を抱き抱えた。 「うわぁと。」 女は、いきなり担がれ、少々焦っている様子。 「おっと。ゴメンね。大丈夫?」 軽々と女を担ぎながら、男は優しく声を掛ける。 「うん、大丈夫です!って、私重いんですよ。止めた方がいいですよ。」 この体勢だと自分の心配より、他人の心配をしてしまうものだ。 もしも、自分の体重で男が潰れてしまったら、なんていうありもしないことを考えた。 「だって、足挫いて歩けないんでしょ?なら、こうするしかないじゃん。」 男は、嬉しそうに笑う。 「でも、憲武さん・・・・・・・。」 「いいから、頭にしっかりとしがみついてなさい。」 女を軽く嗜め、男―木梨憲武―が余裕に歩き始める。 「わかりました。」 素直に、憲武の頭にしがみつく。 こうなったのも、自分がドジって足を挫いたのが悪いんだ。 ドジな自分が恨めしい。 しかし、こんなひょろりとした体のどこに、女1人運ぶ力があるのだろう。 憲武は背が高いが、その割には細身だ。 ややポッチャリタイプで、けして軽いとはいえない彼女―荻野諒子―を、いとも容易く担いでいるのだ。 諒子は考え込む。 憲武さんって、もしかして力持ち? そればかり考えて、もはや自分がドジを踏んだ事をおぼえていなかった。 「本当に、諒ちゃんはおっちょこちょいなんだから。」 彼女の足の手当てをしながら、憲武は微笑する。 「スイマセン。」 ここまで運んでもらった揚句、手当てまでしてもらうなんて。 申し訳なく、彼女はいたたまれない気持ちになった。 「まっ、そこが可愛いんだけどね。」 落ち込む諒子を、彼なりにフォローする。 それを聞いて、諒子はパッと顔を明るくさせた。 「憲武さんってすごいですよね。私をここまで運ぶなんて・・・・・・。そのぉ、重かったでしょ?」 何気なくふってみる。 「全然、重くなかったよ。そんなこと気にしないの。」 ポンポンと彼女の頭を軽く叩き、言葉を続けた。 「それにさ、諒ちゃん柔らかかったしさ。これは、ある意味役得でしょ!」 と、さらりと笑う。 憲武が言うと、いやらしくも嫌味にも聞こえなく、逆に好印象を持った。 セクハラ紛いなことをするオヤジもいるのに、憲武さんはいい人だ。とつくづく思う。 「ところで諒ちゃん。なんであんなに荷物持ってたの?」 諒子にコーヒーを渡し、憲武は問い掛ける。 「荷物・・・・・?」 憲武に渡されたコーヒーを啜りつつ、聞かれたことに首を傾げた。 荷物ね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 記憶が手繰ってみる。 先ほど起こったことだというのに、もう忘れてしまったのか、思い出すのに時間がかかる。 「荷物・・・。!!!!あー、荷物!!!!・・・・・・・、痛―い。」 急に立ち上がり、挫いた足にひびいてしまった。 「おいおい、怪我してんだから気をつけて。」 憲武は彼女に肩を貸し、ゆっくりと座らせた。 「そう、荷物なんですよ!憲武さんに抱えられて、そっちの方でいっぱいいっぱいになってて忘れてました。うわあ、どうしよ!早く持っていかなきゃ。」 諒子は焦る。 いきさつを説明すると、彼女は上司に頼まれ、大量の荷物を運んでいた。その最中、前が見えなくて壁にぶつかってしまい、彼女は荷物に埋まってしまい、足を挫く。そして、偶然通りかかった憲武に助けられて、今に至るというわけだ。 しかし、それは忘れすぎだろ!早く思い出せよ。 「んで、荷物を持っていかなきゃいけないわけね。よし、わかった。俺が持つよ。」 憲武にここまでしてもらうなんて、物凄く悪い気はしたのだが、今の諒子には荷物を運ぶことも出来ない。ので、彼の言葉に甘えた。 「ありがとうございます。」 諒子は深深と頭を下げた。 「こんなことお安い御用さ。また、なんかあったら呼んでよ。」 憲武はそう言い残し部屋を出て行った。 それを見送ってた諒子に、彼女の同僚たちが寄ってきた。 「ちょっと諒子。さっきの木梨さんじゃない?」 「なんで、一緒にいるのよ!」 「どういうこと!」 同僚たちの質問責めから逃れられるはずも無く、彼女は先ほどあったことを話すしかなかった。 「そんなことがあったんだ。大変だったわね。」 うんうんと頷く祥子。 「いいなぁ。憲武さんに抱かれるなんて…。私も抱かれたーい。」 と、何か勘違いしている奈名は、変な妄想して自分を抱き締めている。 「羨ましいわよね。なんで、諒子なわけ?私でもよかったじゃない。」 煙草を吹かしつつ、明里は諒子に対してグチる。 「あんたって、ほんとにドジよね。それに、忘れぽいし。っていうか、物忘れが激しいのよ!もっと早く戻ってきなさい!」 冷ややかに言い放つ麗子。 うっ。諒子は自分の欠点を突かれてしまい焦った。 「しかし。あんなにカッコよくてさ、人間性もいいのに、奥さんいないなんてもったいないわよね。」 琴羽が溜息混じりに言った。 「そうよね。」 それに対して、みな同意する。 憲武は、この会社の女たちの間でかなりの人気を誇る。 彼には、奥さんはおろか、今の所彼女もいない。 今時貴重なステキなおじ様なのである。 「でも、憲武さんって、旦那さんっていうよりお父さんだなー。」 煎餅を頬張りながら、諒子がポロリと零す。 「確かにそうかもね。」 麗子も煎餅に手を伸ばし、諒子の呟きに頷いた。 「何言ってんのよ!」 「木梨さんは、やっぱ旦那でしょ!」 諒子と麗子に、明里と奈名は批判した。 「だってさ、恋人ぽくないんだもん。頼りなるお父さんって感じじゃん。」 歳が約20も離れてれば、感覚的にそうなってしまうだろう。 なにせステキなおじ様だから。 「じゃあさ、あんたは憲武さんに恋愛感情はないってこと?」 奈名が諒子に詰め寄ってくる。 「うん。」 諒子は恐くて後ずさる。 「それは、これからも無いってこと?」 「うん、たぶん無いよ。」 「そう。ライバルは少ないほうがいいもんね。その約束は守ってよ。」 「約束…。ちょっと違う気がするけど…、わかった。約束するよ。」 その言葉を聞き、奈名は納得したらしく、諒子に詰め寄るのを止めた。 この時の諒子は、憲武に恋愛感情はなかった。 しかし、数日後自体は思わぬ方向に進んでいく。 恋なんて物は、何の前フリもなくやってくるものなのだ。 ある日のお昼時のこと。 諒子は近くにある噴水広場で、昼ご飯を食べようと足を運ぶと、噴水の前で、憲武が鳩に餌をあげていた。 鳩と戯れている憲武が、とても楽しそうで、鳩と一体化しているよだった。 その光景に、諒子はドキリとした。 なんか、憲武が物凄くかっこよく思えた。 「おーい、諒ちゃん!」 諒子に気付き、憲武は彼女に手を振る。 バサバサバサ。 憲武の声に驚いたのだろう。鳩達は一斉に飛び立っていった。 「あーあ、鳩行っちゃいましたね。」 憲武に近付いた諒子が言う。 「まあ、いいよ。またやって来るだろうしね。それより、足大丈夫?」 憲武が、自分の足を叩いて見せる。 「はい、もう大丈夫です☆あの時は助かりました。今度、お礼しますね!」 本当に何度感謝しても足りないくらいだ。 諒子は、何度もペコペコと頭を下げる。 「子どもが、そんなこと気にしちゃ駄目だよ。」 憲武は微笑み、諒子の頭を撫でる。 子ども扱いされたのは置いとくとして、頭を撫でられ、諒子の中で"キュン"と何かが弾けた。 なんなんだ、この淡い気持ちは。 諒子は、胸を抑えた。 「どうしたの?今度はそこが痛いの?」 憲武は心配し、諒子の顔を覗き込んだbr> その瞬間、動悸が早くなり、自分の顔がだんだんと赤くなっていくのがわかった。 「・・・・・・。風邪?」 彼は自分のオデコを、彼女のオデコに当ててみた。 諒子のオデコが熱い。それどころか、だんだんと上昇している。 彼女も彼女で気が気でならない。 「風邪かな?・・・・・・・・・。それとも・・・・・・。」 憲武は、それを言葉にするのを止めた。 まあ、あえて言わなくてもいいだろう。 「うーん、どうしちゃったのかな私?変なんです。新種の風邪かな?」 「・・・・・・・・・・・。やっぱり・・・。」 「やっぱり、風邪ですよね。そうだ風邪だ!」 意味深なことを呟く憲武に対して、諒子は風邪だと思い込む。 「そうだね・・・・・、きっと風邪だよ。さあさ、昼休みが無くなっちゃうよ。メシ食べよう。」 パンパンと手を鳴らし憲武は、噴水の前に座り込む。 「はいはい、食べちゃいましょ!」 彼の隣りに諒子も座り込む。 諒子の顔から思わず笑顔が零れた。 なせだろう。憲武のそばにいるのが嬉しい。 2人は仲良くご飯を食べて、何事も無く昼休憩は終わっていった。 しかし、どうやら、まだ彼女は気付いてない。 自分が、憲武に恋心を抱き始めたことを。 その淡い気持ちが「恋」だとわかるのには、まだ時間が掛かるようだ。 そして、憲武はそのことに気付いているだのが、彼女がわかるまで、暖かく見守っているのだった。 おわり |
| お宝List | TOP |