2003年1月
禿げしく異議2003年1月31日
凄く気持ちの良い日でもずっと家にいることもある僕ですが、やたら暑かったり寒かったりな日でも用もなく何時間もブラブラ自転車に乗ったり歩きまわったりしてしまうことだってあるわけで、ただ家が軒を並べてるのとか商店街にいろんな店があっていろんな人がいて、というのをのんびり通り過ぎながら見るだけ、相手から見ればもの凄い暇人なのでしょうがそういう行動が僕には結構楽しかったりするわけですよ。
それが規模のデカい街だと、渋谷・新宿まで行かなくてそれこそ町田程度でも面白味がなくなるんです。そこまで感じ方が違うのは何でなのかはよくわかりませんが、雑然としてるからとかゴミゴミしてるからというのは今や程度の差こそあれ住宅地だってそんな感じですし、僕は「よそから来る人中心のマチ」が好きじゃなくて「そこに住む人中心のマチ」を快と感ずるのかなぁと解釈しているのです。活気と生気の違い。
少し角度を変えてみれば、僕はディズニーランドとかのいわゆる観光スポットにはビタ一文興味がなくって、同じ旅行するなら海とか山とか寺とかいったものをめがけて行きたいタイプでして、「人を集める為に作ったモノ」よりも「人が集まるモノ」により強く惹かれるわけです。
好みなんて人それぞれなんで僕と全く逆の感覚の人もたくさんいるでしょうが、「ラーメン自体はどうってことなかったんだけど長い行列作るような店で食べれたことに満足」という心理や、「ライヴの内容はイマイチだったけど誰某のライヴという歴史的瞬間に立ち会えた事が貴重だから満足」みたいなのはどうもずれてる気がします。って、この段落の為だけに講釈たれてみました。
顔で笑って心も笑う2003年1月30日
ご機嫌な一日は夢一つ見ない爆睡でご機嫌な朝からスタート。天気もご機嫌ときて万事が絶好調。ご機嫌なAUDIOSLAVE
の1stを予習の為数回聴いた後ご機嫌ついでにサラサラっとレヴュー更新、と仕事してる日以上にきびきびと過ごす午前でした。
ご機嫌ついでに朝から酒飲んでて気付いたのが昨日から鼻が調子悪くてこりゃ風邪かもと思っていたのがどうやら花粉症のようだという事でして、僕の場合は飲んでる間は鼻の通りが良いんでもっとご機嫌になって一気に三枚分の更新。
昼下がりは初めてのお台場。何年ぶりかで大井町線に乗ったのですが相変わらずローカルな匂いに満ち満ちた風景といい、駅の間隔の狭さといい味のある路線でした。そんなことよりもやたら遠いイメージのあるお台場まで1時間ぐらいで行けてしまう事としばらく車ばっかりの生活してる間に東急がどんどん便利になっているのとで軽い浦島シンドローム。ライヴでもなけりゃ電車にも乗らなけりゃ市内から出る事も希なんで色んな物事が新鮮で、何より家以外でボケッと座るという行動自体普段じゃありえない事なんで感覚というのがいかに生活ぶりを反映するかがよくわかりました。
AUDIOSLAVE のライヴも非常に素晴らしく、ただただご機嫌なまま過ぎていく一日となりました。
どうしてこんなに"ご機嫌"にこだわるのかというと、実は昨日は「代わりが見つかるまで辞めちゃダメ!」と言われるというショボンな夢で目覚め、夢でよかったと胸をなでおろして出勤したらムチャクチャ寒くて辛く、鼻はたれそうだし相変わらず人は見つからないし(さすがに夢のような事はない、と思いますが)という潜在意識までろくな事がない一日だったので、今日は気持ちだけでもハッピーに行こうと思っていたらホントにハッピーな一日がついて来たという説法みたいなお話が裏にあるのですが、誰だってバカや聖人じゃないんだからいつでもポジティヴ・シンキングでいられると言うわけではないですよね。
『気の持ちよう』とは言われるけれど、結局は日常の積み重ねに他ならないわけです。
チャプリン2003年1月28日
昨日の反動だけじゃすまされないぐらいの千客万来商売繁盛疲労困憊。明日はもの凄い寒いという予報も手伝ってか週末並みの客足でした。朝っぱらからパートさんが具合悪いとかでリタイアするというオマケもついて一日中トーキー映画みたいに活動してました。火曜日はろくな事がないです。
唯一の救いはまさに小春日和な日中の暖かさでした。朝家を出た時もなんだか春先の雨上がりみたいなやや温めの風が吹いていていつもとは違った雰囲気でしたが、昼間なんて久しぶりに上着なしで平気でしたし。そもそもこれで寒かったら身体おかしくしてしまうという状況でしたが。でもそんな心地よさも日没と共に去り、帰りは普通に北風でしばれてしまいました。まだまだ春は遠いと思ってるうちにすぐ春になってしまうのでしょうが、それでもまだしばらくは寒さとの闘いです。
僕が辞めるのでここ何週か求人広告を出しているのですが面接に来たのは一人だけ、しかもあまりにダメそうだったから断ったとの事です。とりあえず頭数になる人が入ってくれなくちゃ僕の立場が極めてダークサイド寄りになってしまうので何とかならんものかという新たな悩みで軽く胃が痛いです。世の中仕事がないとか言われているのに年がら年中人手不足な我が職場。この矛盾と不公平は何なのでしょうか。
SABOTAGE2003年1月27日
本当に朝から晩まで雨。そんな悪天候のわりにはマシな方でしたがやっぱり暇な一日でした。客商売の定石でしょうがそんな日は従業員を早く上げてしまうもんでして、残る方としては片付けその他かえって大変だったりします。ヒマ疲れも手伝って辛さは8割増し、売れるに越した事はないです。
職場の周りの小・中学校では学級閉鎖しまくってるみたいで、インフルエンザがもの凄い勢いで流行ってる模様です。言われてみればマスクしてるお客さんも随分いるな、ってくらいでまるっきりピンと来ないのは僕一人ではなく、毎日何百人という人が訪れる環境で仕事してるのに誰一人インフルエンザを貰わない健やかぶり。ウイルスも所詮は生き物、住む場所は選ぶということでしょうか。さすがは歩いた後はぺんぺん草一本残さない八百屋軍団、ウイルスにも敬遠されてるようです。
僕自身は軽い風邪すら何年かに一度しかひかないアホ丸出し君なんでインフルエンザなんて縁もゆかりもないですが不思議と学級閉鎖なるものにも縁がありませんで、自分のクラスが学級閉鎖なんて記憶にないくらいです。「あと2人休めば!」とか言って凄い興奮したりしてた記憶はあるのですが。
ピンピンしてる側にしてみれば授業がいきなりデリられるんですからそりゃラッキーな話ですよね。学生時代というのはそういうイレギュラーなエキサイトメントが非常に多かった気がします。多感な子ども時代というだけでなく環境もそれに見あった独特のものであったという事でしょう。
インフルエンザで一番思い出深いのは高校の時テスト受けるのがかったるいからインフルエンザという事にしてサボって、翌日何食わぬ顔で登校したら放課後外からカギかけた教室に軟禁されて一人ぼっちでテストをやらされた事でしょうか。試験監督もつかない静寂と孤独感の中、チャンスとばかりに教科書見ながら完璧な答案を作成した当時の僕はウイルスよりよっぽど丈夫で、そしてタチが悪かったのでしょう。
みんないつかは2003年1月26日
明日は雪も降るらしいんでその影響もあってか、今日も随分お客さん多かったです。反動で明日メチャひまになるのは薄々見えていますが両方アウトよりは良いかと思うほかナシです。とは言え昼ごろ大雨とかいう話なんでそいつはちょっと厳しいですが。
僕の老化(と言うかジジイ化)はとどまることを知らないようで近頃じゃ日が暮れると眠くなり始めやがります。正月もそうでしたが飲みながらでも徹夜はできない身体になってしまったようでそういった部分で自分の中のフレッシュネスがすっかり失われてしまったのは正直淋しくもありとても残念です。『時間と会話があれば一升瓶だろうが空けてしまう漢』だったのに今や『空間があればいつのまにか寝てる奴』に落ちぶれてしまいました。
落ちぶれたっつってもむしろ健康で文化的な生活に適した人間に向っているのだから慶ぶべきなのでしょう。昔の自分より今の自分が大好きです。
サンサンサン2003年1月25日
めったくそに売れた月末土曜日。明日は金一封出ちゃうかもしれないです。まだ貰えると決まったわけではないですがそういう臨時収入は非常に嬉しい話です。特に年始の休みの分給料少ない今月にあってはとってもハッピー、っつう事で疲れて浮かれてな一日でした。
だいぶ日が長くなって来たので朝家を出る時間には天気さえ悪くなければそれなりに明るくて、それだけで大分救われる感が無きにしも非ずです。寒いのは相変わらずなんですがやっぱり真っ暗な中「出ッ発すっべ」というモチベーション作るのとは全然違いますから。朝陽と夕日は場所とタイミングを問わずキレイなもんです。合宿(←すごくキツい)の地、菅平(←良い思いでの方が少ない)で試合がキャンセルになった休日(←もの凄く嬉しい)に友達とドライブした丘陵から見た夕日はやたら迫力ありましたが普段町田でチラっと見る夕焼けもそれはそれで風情ありますです。
古来より人は太陽を神と崇め、その恵みを受けて生きてきたわけです。同じように大切にされてきた大地や海をないがしろにするようになっても未だ侵すことのできない太陽はやっぱり凄いヤツなんでしょう。人類初の太陽面着陸、とか絶対したくないですし。
まぁだだよ2003年1月24日
雪まで降った昨日は論外ですが、あちこちに古傷のある身なので仕事のない日はあんまりにも寒かったら外に出る気が起こらないというのが冬本番の我がライフスタイルの根底にありまして、昨日も今日もほとんど家にいました。最近もうすぐ辞めるという変な気負いがありまして、当然それが空回りしてしまうもんですから異常に疲れてしまって(気疲れというものでしょうか)、せっかく木金と2日休みでも木曜は凄くダウナー状態で金曜になってやっとこ何かしようかな、と思いつつ特に何もしないで終わるというパターンが続いています。今日は夕方から軽く酒飲みながらレヴュー書いたりして良い気分転換になったのですが、それまでの一日半は本当にボケッとしていただけだったりします。それならずっと寝てる方がマシなんでしょうが朝はきっちり目が覚めるんですよね。
冒頭で述べたとおり外出するのがキツいというのが最大のネックで、それさえなければ美術館とか今のうちに行っておきたいところはたくさんありますが、まぁ毎日休みみたいな状況が来るかも知れないし、そこまではいかないにしろそのうち暖かくなるでしょうから今は休みの日ぐらい軽い冬眠気分で行くのも良いかも知れません。食事と文庫本の代金だけで済ませるのはむしろ幸せと捉えるべきでしょうか。
眠れる獅子2003年1月23日
筋トレ中に携帯が鳴る。とりあえず壁に立てかけたボディブレードがギターめがけて倒れそうになる。ギターはロッカーの命、とっさにボディブレードを蹴り上げ、ギターを守る僕。勢いあまって跳ね上がったボディブレードは軌道を変化させ、ターミナルアダプタの子機を直撃。そんな何気ない日常のひとコマの繰り返しが僕の生活からインターネットを奪ったのでした。
繋げる時にほったらかしでいることに関しては何ともないくせにいざ繋げないとなると急にCaught
In A Mosh がいとおしく感じられてしまうのが都市型の精神構造。折りしも貴ノ花引退とか僕的にオイシイ話題が世を賑わせているのに何たることでしょう。でも一番口惜しいのは復旧には時間がかかると思っていたのにダメモトでバラして元に戻したら何事もなかったように動いてる事です。これなら休みを待たずとも即日使えたのにピンチに鈍感な性格が災いしたようです。
とか何とかお間抜けなことをやっとる間にも昼間はセカセカと働いてたわけで、相変わらず月日はトイレの"大"の方のように勢いよく流れ、ついこの間めでたや新年とか言ってたのに睦月も終盤、何より今のお仕事もあと一月ほどでオシマイです。先のことは決まっちゃいませんが辞める事だけは決まっているので今年は僕の人生において一つの転機となるべき年でもあるわけです、よく考えたら。
そんな知ってるつもりで言ったらスタジオに切り替わって司会の関口宏がゲストと一絡みしておくような場面であるのにいつもと何ら変わらぬ雰囲気で一月過ごしてしまったというのは誠に遺憾であり、かと言って目先の事から潰していくしかないのが現実。今まで干支2回り程の長いような短いような半生でも、色々あったようでその実当事者としては全てがあっという間に通り過ぎたようなもんですからこのフラットな毎日もやっぱり意味のあるものなのでしょう。
冷静と情熱のあいだみつを2003年1月18日
僕の思い出の中のBON JOVI があまりにも美しすぎたのかな、と正直切ない気持ちになった昨日の夜でした。もちろん良いショウでしたし、序盤なんかはそりゃもう興奮しすぎて気が触れそうなぐらいでしたが、中盤やアンコールじゃハッキリ言ってたるんだ感じの曲もあったし、といったところです。
歌いすぎて声が嗄れ嗄れな僕が言うのもなんですが、もっと凄いライヴをやって欲しかったバンド、それがBON
JOVI です。終わったあとの疲れが昨年のレッチリやスレイヤーと比べて不完全燃焼なものだったのは事実ですが、会場の盛り上がりはもの凄かったし、ひょっとしたら僕の方が彼らのファンとしてマイノリティな期待をしていたのかな、とも思ってしまいます。僕はなんぼポップな曲をやろうと、アイドル的なノリで迎え入れられてようと構わないのですが(でもやっぱり皆で手を振りながら「トゥルットゥー♪」はちょっと頂けないですが)、そういうスタンスでやるにはまずシンガーが声出てないとまずいだろうと思うのです。ただそれだけです。
とか言ってると僕がもうBON JOVI が嫌いになっちゃったみたいですが全くもってそんなことはなく、昨日は場所が良かったお蔭もあるのかもしれませんが音は非常によく聴こえて演奏の素晴らしさにウットリすることもしばしば。はじめマクドのベースが小さかったんですがそれが改善されてからは音が太くて(あの人は非常に優れたロック・ベーシストだと思います。)こりゃ凄ぇと思いましたし、デヴィのライヴにおける存在感は他のどのバンドのキーボーディストのそれよりも圧倒的なものでしたし(彼はコーラスも超一流ですしね)、僕の大好きなドラマーであるところのティコは相変わらずやかましいドラミングも最高でヴィジュアル的にも超最高でしたし、平日にドーム埋めるなんて当然と言えば当然な最強バンドなんだなと思わせるメンツと極上チューンの数々には「この人たちのファンで良かった」と何度も思いました。
中でもリッチーはこのバンドの中でも一際強い光を放つロック・スターであるなと改めて思いました。日増しに歌い方にクセがなくなっていく一方でその佇まいは非常に神々しく、Vでもストラトでも何でも似合う憎たらしいくらいのカッコ良さはもう言う事ないです。
ジョンについてはまぁしょうがねっか、という部分もかなりありますがこれだけ強力なメンツの中にあってシンガーがもっと踏ん張れというのは先述の通りです。ステージアクションがオジーに近づきつつある感も無きにしも非ずですがやっぱりGジャン着て現れた時は初めて生で観たあの時の興奮が一瞬だけ甦りました。
終わったあとは一緒に行った戦友Blueback(ナイスな席ゲットありがとう)とボヤきながら町田に帰ってきて2人で夕飯食べて家帰ってからは速攻で寝ました。でもって今日はいつもの通りのせわしない日常に帰ってきたと。なんだかとっても寒い日が続きそうなので「早く次の休み来ないかなー」と小市民らしいことを考えながら一日一日を素早く消化することを第一に細々と生きて行きます。なぜならこの先には待望の新譜ラッシュ、そして月末には生AUDIOSLAVE
が待っているから。
仰げば尊し2003年1月14日
昨日も書きましたが今日はもとから最悪だと思ってたところ、バイトが一人休みでもっと最悪でした。深夜仕入れに行ってる社長も動員してやっとこ軌道に乗ったのはすでにお昼時。精神的にも肉体的にも極めてタフな数時間でした。どんな分野でも段取り八割、なんて言われますが前日にやっておけない部分が肝な青果業。全て新しく仕入れたもので勝負するというのはかなり大変です。
てな感じで相当消耗している僕ですが、その一方で東京ドームでの素晴らしいライヴ(もはや決定事項)を目前に控えてテンションは上がる一方、身体のキレもだいぶ戻ってきたしであと一月半はしっかり働いて今まで育ててもらった分たくさん売らなくちゃと思ってます。いろいろネタにしたり文句言ったりしてきましたがそんな普通じゃない日々も終わりが近づくにつれ全て良き思いでに変わっていきます。終わるからこそなのでしょうが。
ゼロ2003年1月13日
3日しか働いてないのにもう次の休みが待ち遠しくてしょうがありません。連休ばかり増やしてどないやねん、とトバッチリ受ける業界は皆思っているでしょう。
今日は完璧に売切ってしまったので明日の朝はメッタクソ大変です。全部一から準備しなけりゃならないなんて考えただけで憂鬱です。死して屍拾うものナシ。
濃い濃いな3日分の疲れと明日への予防線、缶ビール1本しか飲んでないのにもう眠りに落ちそうです。神は我にCD
一枚聴くゆとりもお与えにならぬのか。おやすみなさいませ。
あぁ夏休み2003年1月12日
僕はAM ラジオを聴くと懐かしい気持ちになる人です。中学生の頃はオールナイトニッポンとかその前の時間帯はラジオを聴いてたものですし、学校での話題はやっぱりANN
や前日の伊集院光だったりしたOH!デカ世代ですのでそのせいもあるのでしょうが、ただの懐かしさとは違う、どこか温かな懐かしさが心を吹き抜けていくのです。
それはきっと幼い頃の夏休みの思い出なのだろうと最近気付きました。僕の家族は今でもみんな揃って住んでいるのに超個人主義が徹底されているのと、生活する時間帯がちぐはぐなのとで全員で食事するのは年に1〜2回、冠婚葬祭でもなければ一緒に出かけるなんて事もなく、ヘタをすれば互いの顔も見ない日が週の半分以上みたいな雰囲気すらあるのですが、僕が小学生ぐらいまでは毎年夏休みに田舎に行ったり普通の家族っぽいこともしていたのです。
で、父の運転する車(RX-7)で聴こえてくるのはカセットに入ったオールド・ロック(クラプトンとかサンタナとか諸々)かAMラジオだったわけです。昔は我が家の墓は秋田のハズレのド田舎にあったので半日ぐらい車に乗せられて、他愛もない会話をしていたバックにいつも流れていたAM
のイモくさい雰囲気は、何年も経った今でもあんまり変わっておらず、今でもAM
を聴くとあの130km/h(父ちゃん・・・)で駆け抜けても不変なまわり一面の田園風景と蒸し暑さがシンクロしてくるのです。家族と田園風景、そして大好きな夏という親近感三段攻めに郷愁を覚えないはずはありません。
思えばRX-7 に家族4人で乗って里帰りというのも凄いものがありますが、「ハラ減ったか」とか「便所は平気か」とか時々声をかけながら運転してた父の後姿からは威厳が感じられましたし(スピード違反でひっかかった時はちょっとアレでしたが)、高速降りてから決まって夕食を食べていたその時間そこしかやってないようなレストランとか、たかがAM
ラジオ一つで懐かしい思い出に浸ってしまった僕はとってもロマンチストなのでしょう。
ところでそんな感じで寒空の下僕の胸を温めてくれたのは仕事の真っ最中に有線のチャンネル変えて聴いたラジオ日本の競馬中継なんですが。
死に至る病2003年1月11日
忙しいといっても家帰ってのんびりPC いじったりする余裕があるだけ年末とは段違いにかわいいもんです。明日明後日なんかは恐らくそれほど忙しくならないので&酒飲むゆとりもありそうなのでレヴュー書いたりできるかもです。でももうBON
JOVI のドームまで一週間切ってるので『BOUNCE』超へヴィ・ローテ中です。そういえばヒューおじさんを生で観るのは初めてになります。そっちはそれほどでもないですがライヴは心底楽しみです。
腹痛でウ〜ウ〜言ってた時にイロイロと昔のCD も引っ張り出して聴いてたのですが、SAVATAGE
ってホントいつ聴いても、いやむしろ聴けば聴くほど好きになるバンドです。曲ごとの雰囲気作りという点においては広いロック界でもトップクラスなのではないでしょうか。『Dead
Winter Dead』なんて聴くと鳥肌立ちますから。それと自分がGAMMA RAY の超大ファンであることに改めて気付いたとある昼下がりでした。
なにか不測の事態が起きた時に、即座に総動員で対処しようとする組織(会社でもゲートボール仲間でもなんでもいいんですけど)こそがまっとうな組織であり、最初に誰に責任があるかという犯人探しなんぞやってるヒマはない、なんてさわやか3組レベルでもわかりそうなものなのに、大企業やお役所、病院、国会、そして国家、国際社会がそれもできないんじゃ話にならないです。同じ過ちを繰り返すのはバカチンですが、同じ過ちを容認する環境もまたバカチンなのです。
話はコロッと変わりますが、大量破壊兵器と大量破壊願望とじゃどっちも十分危ないのではないでしょうか。
春よ、来い2003年1月10日
昼過ぎごろには体調も元に戻ったのですが、もう何だか出かける気にもなれずに引きこもっていました。年が明けてから気力・体力ともに減退してるようです。転職活動始める前にはビシッと戻らなくてはいけませんが。
その新しい職探しの方ですが、ネットでいろいろ調べてみてはいるのですが、やっぱり実際に現地に行って直接自分の目と肌で感じ取る必要があるので本格的に動くのはやっぱり今の仕事辞めてから、ということになりそうです。世の中便利なもので、その手のセミナーめいたものも春頃からあるみたいなので自分のフィーリングに合致するところが見つけられるようにアンテナを伸ばして行きたいです。
当たり前と言えば当たり前ですが、仕事辞めてもせわしない毎日になりそうなわけで、年末でスパッと辞めて少しのんびりしても良かったかなとも思うのですが、それほどゼニの余裕もあるわけではないですし、のんびり息抜きとかいうガラでもないので、成り行きとは言え良いタイミングの取り方になったという感じです。もう随分顔見せに行ってないジッチャンバッチャンのところに行く暇だけでも作れればいいんですが。
そんなこんなで頭は転職の件でイッパイイッパイみたいな僕ですが、あと一月半残っている八百屋ライフも手を抜くなんて事は許されません。カレンダーを見れば月曜も休みなんで明日は3日分の入荷が・・・しかも気温メチャ低い・・・ブルーな休み明けですが頑張るしかないです。
ちなみに夕食後は飲みながらAUDIOSLAVE のレヴューだけアップ。酔って聴くモレロのギターもまたオツなもんです。
腹痛の闘志2003年1月9日
理由は間違いなく食べ過ぎなのですが、昨日から腹痛に悩まされています。トイレの近くにいたいなんちゃら・ムーアとかナンチャラ・バーデンとかなんちゃら・シェローンとかそういう状態なもんで、休日なのに家から一歩も出られなかった情けない僕です。さすがにそんな時は酒を断つわけで、レヴューの更新もお預け。風邪ひいてるわけでもないので布団に入っていても眠れず、かといって身を起こすとしんどいので横になってCD
聴いてるだけの一日。
CD 買ったりクツ買ったり本屋行ったりタイヤ点検行ったり楽器屋見物行ったりとかしたい事やりたい事買いたいもの見たいもの沢山あったのですが、何よりも身体が資本、健康第一ですから観念するよりありません。何にもしないというのは、それはそれで疲れるものですね。
健康と言えば、我らゴロツキの内ゲバ「血の大晦日事件」の一番の犠牲者は鼓膜破れてしまっていたそうです。年明け早々可哀想なヤツです。何が悲惨かって言うとそいつが怪我したのはまだ喧嘩になる前、「ボンバイエ!!」とか叫びながらビンタ合戦していた時である可能性が極めて大だからです。これじゃPTA
は猪木も放送するなと主張しなくちゃいけませんね。
抱負豊富2003年1月8日
ウチの職場では毎年社長からその年の『目標』なるプリントが手渡されたりするのですが、過去最高の3ページという巨編となった今年の大まかな内容は「販売商品の鮮度向上」、「売切り第一」、「活気の演出」、「プロになる」、「きっちり管理する」、「他人の悪口は厳禁」、「お客様に対する奉仕の精神」というものでした。
早いものでこのサイトをはじめて一年半。壁に当たったと言えば聞こえは良いですが、煮詰まった感が否めないトコがあります。それは他でもないレヴューにおけるものなんですが、書いてるうちにもう少し上手になるかと思っていたのにやっぱり難しいのが「自分のコトバで思った事を表現する」ということ。それで食ってる方みたいになれるなんて勿論思っちゃいませんでしたが、それにしても自らの書くレヴューの何と稚拙な事か。
根本的な解決策などは見つけられるべくもないので今年レヴューを書くにあたって以下のような変化を加えてみることにしました。
・いつもより酔っ払ってみる(僕はいつも飲みながらサイトの更新をしています)
・気に入らなかったアルバムのレヴューもしてみる(気に入ったけどレヴューしそこねたものもたくさんあるのですが)
・前作・前身バンド等との比較をやめてみる(代わりにその手の話題はBBS でするなどして、アルバム単位でのレヴューを心がける)
・まずは読んで面白いものに(日記もそうですが、レヴューにリアクションがあると嬉しいもんです。滅多にないのは自分が悪いと自戒します)
・買ったCDは早いうちにレヴューする(このサイトは流行から遅れすぎているので)
要するに、八百屋の仕事で言われた事をサイト運営でやろうというだけなんですが、この短絡思考がどういった結果をもたらすのでしょうか。とりあえずダメサイト脱却に向けて頑張ります。
ミキティ、娘。へ2003年1月7日
この冬はわりと暖かいと思っていたのですが、年も変わりいよいよもって冬本番、寒さが身に沁みます。仕事終わって暖房かかってる家に入ると暑く感じてしまうほど。ここぞとばかりに地球資源の有効利用を説くも誰も聞いていないという悲しさもまた身に沁みます。
まだ昨日仕事始めだってトコなのに、明日は休市の日。例によって今朝は2日分のトラックにド満タンの荷物を前に頭を悩ましたわけです。
毎年の事ですが、年明けというのはそこそこお客さんも来て店が賑わうのに、年末からしみ付いたクソ忙しい時ののテンポが抜けきらないのですごくヒマに感じるものでして、したがって1日が比較的長く感じられるものです。しかしその一方でなれない長期休暇のあとで身体はなまっているのでとっても疲れるという2重の苦しみ。無骨な職場にもかかわらず、意外とみんなデリケートなので全員で同じ悩みを抱えています。1〜3月というのは基本的に忙しくないのですぐに元に戻ってしまうのですが。
でもまぁ、自分が辞めても平気なように仕事を教えるには良い時期ではあります。素行は悪くても仕事上は一応主任なのでただ辞めますってわけにもいかんのです。
朝陽の当たる家2003年1月6日
呑むまいと 思う気もない お正月 年を迎えて 酒も迎えて
インテリは風流でないとあきませんね。
4日は渋谷にて催された鋼鉄新年会に行ってまいりました。別に隠してたわけじゃないんですが、僕はあんな感じの人です。普段はわりと寡黙なんですけど、心は鋼鉄な体育会系パワーメタラー。
でもってなんだかんだ言って二次会の途中で寝てしまったんですけどね。正月休みも八百屋カラータイマーは止まらぬようです。そんなわけで5日の朝の電車で帰って来たのですが、(寝過ごす寸前で)南町田で降りたらハンパじゃない頭痛と寒さの為に死兆星が見え隠れしていたのでコンビニ寄ってワンカップ買ってしまいました。当然帰って爆睡するつもりだったのですが、朝日を見ると目がさえる職業病のせいで寝れない始末。頭痛くなったら酒飲んで紛らすダメっぷりを昼ごろまで続けたところで身体が観念したようでその後夜まで溶けるように寝てました。そんな感じで正月休みは終了。
果たして朝起きれるかという今年最初の課題をクリアしての初仕事。入荷は思ったよりも少なく、って言うか正月だからとかではなく、確実に僕が八百屋始めた頃よりも地場の野菜生産量は激減していると思われます。横浜に限らず、日本の農業は衰退の一途を辿るのみなのでしょうか。僕はおいしいものを楽しく食べる事が好きだから、その思いを死ぬまで持ち続けたいから、そして身も心も丈夫だからこそ、充実感があってそれなりに稼ぎもいい仕事を放り出して農業なんてやりたいと思ったわけです。これが漢のグルメタル(せっかく真面目な事書いてもオチがこんなでごめんなさい。いやホント前の文までは真剣です)。
BLOODY NEW YEAR2003年1月3日
明けましておめでとうございます。皆様いかがな年末年始になりましたでしょうか。
僕はと言えば、30日までは俗に言う激務というやつでして、おかげさまで無事にボーナスも出たわけですが、その裏で一部の品物を売りっぱぐれてしまったので大晦日は店を営業しながら大掃除という情けない仕事納めとなってしまいました。
仕事の方は昼過ぎに何とか片付けて、まずは職場の納会。何軒回ったかも定かではないのですが、7〜8時間飲み続けてました。で、みんなと「来年も宜しく」なんてお別れして、家路にはつかずにまっすぐ友人たちが待つ居酒屋へ。このままダラダラ飲みながらカウントダウンかとも思ったのですが最後の最後まで激動の年だったつー感じでしてなぜか喧嘩が始まってしまい(しかも内輪のマジ喧嘩)、善意で止めている僕は真ん中にいるもんだからドサクサでしっかりやられてたわけです。その状況にガマンが効かなくなったので町田の地下道とか階段でブン投げたら僕も悪者扱いでした。もう仲裁とか絶対しません。
そんな荒療治で一番頭に血が上ってた奴をおとなしくさせて店に戻ったら他の連中がいなくなってるわけですよ。店の人に訊いても先に帰ったとしか言わないし。で、気が付いたら僕ら2人とももみ合ってるうちに携帯なくしてて、今どきありえない連絡つかない状態に。これ普通にあせりますよね。
たまたまその場から消えた奴の携帯を僕が持ってたので(たぶん暴れる前に僕に預けたのでしょうが)とりあえず自分の携帯にかけようとしたのですが、時はまさにカウントダウン直後、しばらくお待ちできるかと憤る僕らでした。後から聞いた話では結局僕らは他のお客さんに迷惑かかるからと店を追い出されたらしく、悲しい事に僕はカウントダウンの瞬間友達のマウントとってどつきまわしながら説教していたということです。
楽しい宴のはずが寒空の下に放り出されて、おまけに雪が風に乗ってくるわで身も心も寒さに負けそうになった頃に家で飲んでた友達から電話がありまして、聞けば先にいなくなった連中が僕らの携帯を確保して戻ってるとのこと。それで安心してその友達の家に行ってまたシコタマ飲んで、気が付いたら寝てました。
その後も寝てるか飲んでるかな状態が続き、気付けば1月3日の夜です。新年の抱負など今さらどのツラ下げて語れるんだ、という感じですが馬鹿は死んでも治らないってことで少しでも人様に迷惑かけないように努めようと誓う2003年です。こんな僕を今年もどうぞ宜しくです。