2003年3月
メシは天下の廻りもの2003年3月31日
今日で弥生も終焉。いろんな事がいっぺんに押し寄せてきた感じであっという間度の非常に高い一月でした。大学時分は"カメレオンの如し"と言われたので環境が変わってもササッと順応してしまいましたが、田舎だとか都会だとかの部分をさっぴいいても心温かい人が多く非常に溶け込みやすいトコロに来れて良かったなぁと思っとります。実際寮の中も和気藹々としておりまして、いきなり知らない土地での一人暮らしではなくワンクッション置けたのは幸運な事だと思います。
以前にも書いたかも知れませんが、朝起きた時にその日の夜寝るのが楽しみだった生活から、また寝るときに明日はどんな事が起こるんだろうとワクワクできる精神状態に立ち返れたので、意を決した甲斐もあったというものです。
今いる寮は村の中でも標高の高いところに位置するので昼夜を問わず思わず息を飲むような素晴らしい景色が標榜できます。毎日出ている畑からも同様にたくさんの山々が見渡せるのでネット復帰の暁にはこの素晴らしい眺めを皆様にもお届けしたいなと思いつつまだデジカメを買っていなかったりします。
この間の休日もヤマダ電機に行ったのにコンポのパンフレットだけごっさり貰ってきてしまったりして。そこそこ金がある状態でひとり暮らしを始められるのもかつての努力と恵まれた環境(野菜と米がタダでいただけるのは実に大きいです)があればこそ。唯一の問題は地方名物談合価格でガソリンがお高いので、ハイオク車乗りにはいささか痛手ということぐらいでしょうか。酒もビール以外は貰い物がたんまりあるんで思ったよりCDはたくさん買えそうな未来が見え隠れしています。
暗躍2003年3月30日
毎日こうやって文書をしたためることができるのも生活のリズムがきちんとしているからこそ、というのはありますがその一方でアップする事が出来ないのはいかがなものかと。早くちゃんと家を見つけなければならないんですがなんぼ早いといっても日暮れまでは働いているので、休みの日か雨の日しか物件探しもできないのが実状でして、早く引っ越さなきゃなと思う反面、何度も引っ越すのは面倒なので慎重に選ばなけりゃとも考えるジレンマ。こんなに贅沢な悩みを抱えられるゆとりもまたかつてはなかったものです。
寮暮らしなんで夕飯はみんなそろって美味しいものを食べて、酒飲んで寝てという個人的には理想的な生活に居心地の良さを満喫してしまっているのもまた事実ですが、来月中にはいよいよもってひとり暮らしを始めないといかんのできっとネット依存症がまた再発してしまうのでしょう。
水面下でレヴューの制作もしこしこ行っている自分もまた大好きなわけです。
厨房2003年3月29日
収穫までは土曜日は定休日。目下の最優先事項は部屋探しって事で朝から不動産屋巡りでした。時期が遅すぎたというか、本来大抵の町にはある年度末の入れ替わりというのがここ昭和村には存在しないようで、村内には適当な物件で空きはないとのこと。
予定を変更してお隣の沼田市での物件探しに切り換えたんですが、やはり市と言うだけあって家賃は少々高くなります。もちろん東京とは較べるべくもありませんが、どうせ収穫期は家ですることは食事と睡眠ばかりになるわけですからお手軽なワンルームを探そうかと思っております。壊れかけてたので実家に置き去りにしてきたコンポやTVなども新調しなければなりませんし、車もそろそろ怪しいしで貯金は残しておきたいトコです。
夕方からは昨夜安請け合いで引き受けてしまった寮の夕食作り。スーパーで特売品を見てから献立を考える24歳独身、一人暮らし歴ゼロの男の子はそういないと自画自賛しながらもハヤシライスとマカロニサラダを大量に作りました。もともと料理は嫌いではないんですがうまそうに食べてくれる人がいるとまた作り甲斐もあるというもので、逆に言えば一人になったときにここまできちんと料理する事はないんじゃないかという恐怖感はあります。
早く僕の手料理を喜んで食べてくれる彼女か嫁さんを見つけなくちゃ、というのは誤った方向性なのでしょうか。
フルハウス2003年3月28日
初めて一人ぼっちでの作業。今日の仕事は気温が上がってきた事ので苗を育てるハウスの2重の屋根を一つ片付けるという内容だったのですが、風が強いのと一人作業なのとでかなり時間がかかってしまいました。あとは苗に水をやったりハウスのロープを張り直したり、野菜に殆んど触れることなく一日が終わってしまいました。
今日みたいな作業は年に何回かしかやらないものなんですが、そういうのも覚えなけりゃならないというか、任されたってことはそれなりに長い目で見るとか頼りにされてるとかいう感は伝わってくるもので、嬉しさとプレッシャーのようなものを早くも感じております。
前の仕事の時は店の一部は任されていましたが今度は最終的には僕が全部しきっていかねばならない時もいずれは訪れる事もなくはないと思うので今はただただ仕事の流れや要領を身に染みこませなくちゃいかんです。
僕が勤めているトコロは法人(企業)という形態になったのはこの春からなんで、会社と一緒に自分が成長できるというちょっと前に流行ったベンチャー・ムーブメント的なやりがいもあって、勢いで乗り込んだのに良いトコロに巡り合えたもんだと思います。仕事しながらだったら妥協や慢心が出てくるでしょうから、この一月ぐらいの「本当にこれでよかったんかな」みたいな気持ちはすっかり吹っ飛びました。
第一次成長期2003年3月27日
この間の雨の分を取り戻す為、一人で苗の植え付けをひたすらした1日でした。
ようやっと機械の扱いにも慣れてきたおかげで、多少曲がる事はありますがまともに植えられるようになって来ました。任された時はホントに良いんかなとどぎまぎしたというのが正直なトコなんですが、なんとか日が暮れる前に終わらすこともできたので一安心です。
そんな感じで仕事の方は少しずつ身体が覚えて来れてるんですがまだまだ仕事の一部分しかって事もあって精進の日々は長そうです。
休みは休みで家探しやら用事がたくさんありますが、今のトコは仕事を身につけたいのでできることなら毎日働ければとも思うほどにマジメな若者に生まれ変わった僕には誰より自分自身が驚いております。
WONDERFUL HANDS2003年3月26日
ホウレン草な一日。午前中は袋詰めのお手伝いをして、午後は収穫。自分で摘み取ったものを同じ手で箸を持って食べられる喜びと言うのを味わえる貴重な経験が出来ました。
種蒔きからということになるとこの夏のレタスが初めになるのでしょうが、今から楽しみで仕方ありません。実際は種蒔きから機械を使っているので昔の人のものと比べれば青いのかもしれませんが、作る手と食べる手が一つだなんて人類だけの至極の悦びではないでしょうか。
厳密に言えば箸を持つところの手である右手は鎌を使うので、利き腕で箸を使うと矛盾が生じるのですが、それはまた別のお話。
晴耕雨読2003年3月25日
僕が作業に加わってからは初めてのまとまった雨天でした。農民というのは雨天休日みたいなイメージを持たれているかと思いますが、実際そういう部分もあって、種まきなどサイクルのある仕事で、屋内で出来る事を午前中にやりきってしまったので僕は午後オフになりました。
降って涌いたような休暇だったので洗濯をしたり本読んだりで終わってしまいましたし、少しでも継続的に作業をして身につけて行きたいのでちょっと残念なところもありますが、しばらく振りの雨という事と気温も上がる様子なのとで野菜の生育には好都合なものだと思われます。
こうやってお天気も含めた自然と向き合って生活していくことになるので、考え方も変わっていくのかもしれません。面白いもんで八百屋の時は曜日の感覚が真っ先にあったのに今は日付が頭に入ってて今日が何曜日かってのが忘れがちになってます。
セネカ2003年3月24日
昨日は仕事も半分で、植え付けをやらなかったんで今日は振り出しに近い感じでやっぱり機械に使われているようなトコが否めませんでした。それは二日酔いのせいではなく、やっぱり身体で操作を覚えていかないといかんみたいです。それでも午後にはだいぶ速いペースで植えていけるようになり、少しずつ上達していく雰囲気とかが凄く新鮮に感じられて、以前とは違った形で充実した日々です。
夜は寮に新しい人が入ってきたので酒盛り。なんだか毎日酒ばかり飲んでいるような気がしないでもないですが、実はそれが一番楽しかったりします。住むところや仕事が変わっても人間の本質というのはあまり変わらないようです。でもこうやって顔見知りがどんどんと増えていくのは新しく来た土地ではより一層嬉しいものです。
産業革命2003年3月23日
今日はウチで作った野菜を出荷している会社の株主総会があって、作業は午前中で切り上げてそちらにオブザーバーとして出席させてもらいました。
仕組みを説明するのは難しいんですが、ウチも含めてこの辺りの生産者は農協経由で市場に出すのではなく、その会社を通して契約先に出荷する形態をとっています。したがって契約栽培に近い形態になるので僕が八百屋で目の当たりにしてきたせっかく作った野菜が卸値でケース100円にも満たないみたいな悲劇は回避できるわけです。
こういう形で販売の仕方が確立されていれば農業も産業として充分に成り立つものであるし、食えない仕事とかバクチ的な要素もちょっとした製造業と同じくらいではないでしょうか。
その後は懇親会という名の飲み会。たくさんの生産者の方々とお話しする機会もあって、僕と同じように企業の勤め人として農業をやってる若い方々とも知り合えて実になる1日でした。その中に僕と同じ町田から来た方もいて、こんなトコまで来て地元トークができるなんてとちょっと感動する場面もありました。
問題は、2時前まで飲んでて明日どうなるかという一点に絞られます。作業が半分だったせいもあってなぜか眠くならないのも非常にアゲインストな要素ですが。
近代化2003年3月22日
普通に農作業。自分が植えた苗が立派なレタスになるのが楽しみです。
こっちは傾斜がファッキンな地方と違い、苗付けも機械でやるのでスピードも速く腰も疲れません。
もっともまだ機会の扱いに慣れていないので力技でUターンしたりすることも少なくありませんが。
そんな感じでまだまだ無駄な動きが多くて余計な体力を使う事もしばしばですが、どんな仕事でも最初はこんな感じでしょうから(八百屋もはじめは大変でしたし)段々と身体で覚えて行きたいものです。
安物買い2003年3月21日
お彼岸ということで今日はお休み。こちらではお墓参りに行く人が東京よりもずっと多いみたいで買い物に行っても休日っぽい混み方はしていませんでした。そちらにしろこっちは駐車場が鬼のように巨大なトコが多いのでその点便利ではありますが。
そんな今日はまず作業用などに必要なシャツその他を買いにユニクロへ。特売品しか買わずに浮かした金でビールをケース買い。意気揚々と帰ってからはマッタリと過ごしていました。大概朝から仕事なんでそんなにバカみたいに飲むわけではありませんが、きっとすぐなくなってしまうのでしょう。
21世紀の好戦性癖者2003年3月20日
「私の使命はアメリカ国民を守る事にある」だそうです。悲しいかな今の僕はそんな緊迫した世界情勢よりも早く仕事に慣れようとかきちんとした住居(今の寮はアパート見つかるまでって事で貸してもらってるので)をみつけなくちゃとか自分のことでイッパイイッパイです。気合入れてダンボールいっぱいに詰め込んできたCDもほとんど聴くヒマありません。PCは無理して持ってきたのでなるべくたくさん使ってやりたいのですが、寮には電話回線がなくネットできないのでこうして日記を書き溜めるのが唯一の用途だったりします。
まだ仕事始まったばかりなのに明日はお休み。作業着の洗濯や買出し、後は賃貸情報でも仕入れられれば上出来かもしれません。幸い野菜はたいてい貰い物で賄えるので、食費の方は格安で生きていけそうです。よく田舎は物価が安いなんて言いますが、農業が盛んな地域のわりにスーパーで食料買ったら東京とさして変わらない、と八百屋EYEは捉えましたが、生活用品はこっちの方がだいぶ安いような気がします。そうでなくても最寄のコンビニに行くのとダイソーに行くのじゃ数分しか違わないので僕としては暮らすにはそれほど困らないんじゃないかと感じています。
住めば都、なんてよく言うものの実際はそうでもない昨今、良いトコに来れたかなと喜んだ僕にカウンターくれるかのように朝から雪が凄い勢いで降ってたのには驚きましたが、畑の方は平気だったしすぐにやんだので被害は殆んどありませんでしたが。
寮と畑じゃ距離的には大したことないんですが、高低差というのはそれだけ気候に重要な要素だと実感しました。
何とかに刃物2003年3月19日
世界中がハラハラしているのは言うまでもないでしょうが、僕はハラハラ+ワクワクな初仕事でした。一方的な宣戦布告で始まるなら我関せず、という純和風な姿勢もアリなんじゃないでしょうか。国連と日本国議会って似たもの同士なのに何故国会のへタレぶりが非難されるのに国連の機能的な弱みは大目に見られてきたのでしょうか。もはや戦争は回避できないでしょうから、イラクの戦後復興は国連に頑張ってもらいたいし、相変わらず不況な我が日本も尽力してもらいたいです。僕らが汗水たらして働いて稼いだお金を吸い取るなら無駄な道路工事よりもそういう事に使ってくれた方が気分も良いものです。
人の傷みを知らない人はどっこいキャラ的には痛い、という方程式がある以上、そういう人や団体にデカイ権限を持って欲しくはないものです。
と、農作業をしながら考える社会派農民でした。
アーメン2003年3月18日
昭和村での初めての朝。もう春もすぐそこまで来ているようで、気温は思ったより低くないです。
村内と、お隣の沼田市を車でウロウロしながら役場に行ったり新しい口座を作ったり生活用品を買ったり温泉に入ったりしているうちに日も暮れてしまいましたが、慣れない土地での新鮮な気分もあって慌ただしいながらも楽しげに過ごしています。
世界情勢はどうにも笑えない方向に向っていますが、無道徳なイラクと非道徳なアメリカのどちらにも正義はないのではないでしょうか。新聞も取ってなくてテレビのニュースだけで判断しているのですが、気に入らない結論に至るのは間違いないようです。
雨の新天地2003年3月17日
遠足前は寝れませんでした症候群を存分に発揮して興奮でなかなか寝付けない夜を経て迎えた運命の日。起きたら普通に二日酔いだか三日酔いだかのペインに襲われながらもとりあえず時間通りに出発できました。下も高速も予想外に空いていたので着いてからあと1時間寝れたなとリグレットまたリグレットしつつ早めの到着で、午後いっぱいは荷物の整理でもしといてと言われていたのに2階への運搬含めて1時間でセット完了。元引越しウォリアーの自分の手際の良さにに惚れ惚れしつつ呑気に昼寝してました。
とりあえず寮に入ったんですが、今日現在はまだ僕を入れて2人しか入っていないという状況です。これから人も増えるようですが、食事などは共同なのでコミュニケイションは充分に気付けそうで新しい土地というのも考えるとだいぶ恵まれた場所ではないでしょうか。
寮の先輩もお酒が好きという好条件も相まって、先行きへの不安もだいぶ薄まりました。要は飲んでました。
さすがに3連チャンは効くもので、かなり回ってます。明日はこっちでの役所への届けやらがあるので、仕事は明後日からになります。こちらは春というには少し早く、まだまだ本格的な忙しさは先のことですが、何分馴れない仕事なんで大変かと思われます。それである意味盛り上がっている僕はマゾなんでしょうか。
去るの惑星2003年3月16日
町田での最後の一日。なのに激二日酔いでした。そりゃそうですが。
昼頃這いつくばりながら起きて、最後の荷物の整理。最後の日なのにスポーツバーでPRIDE
25 の生中継を観ながら激呑みする予定があったので夕方にはそちらへ。桜庭もニュートンも納得行かないやられ方だったのでショボンでしたが最後のヒョードルには萌え萌えでした。顔の造りが近いのもありますがボブチャンチン、ミルコも含めあっち系の人はついつい応援してしまいます。
熱くなりながらも時間も飲む量も一応セーブして帰宅しました。さすがに関越のモクズにはなりたくありません。
何気に昨日と顔ぶれはさして変わらなかったのですがそれもまた良し、と思いつつ何気にこういう日は家族と触れ合うもんなのか、と戸惑いつつ過ぎた事なのでもういいや、と割り切りつつ寝るのでした。
持つべきモノ2003年3月15日
引越しの準備を午前中に片付けて、午後はのんびりDVD観たりとりあえず実家に置き去りのCDを聴いてみたりしてました。夜は地元の悪友たちのご好意で少人数ながら送別会的な飲み会がありました。
朝7:00ぐらいまで続いたので飲みすぎでよく覚えていないのですが、昔話に花を咲かせてみたり、とにかく他愛もない話ではありましたがなんだかやけに楽しかったです。町田は第二の故郷だとずっと思ってましたが順番はどうあれホントに良き友がいて良かったです。別れを告げるとか言うほど遠いトコでもないんですがやっぱり感慨深いものです。新しい土地でもそういう人とたくさん出会えたらと思うと胸がワクワクしますが、一生向こうで過ごそうという決意とは別に、絶対町田にもチャンスのたびに帰ってきたいなと思わずにはいられません。
行ってきます2003年3月14日
町田市役所に転出届を出し、いよいよもって出立寸前です。明日の午前中にはPCを梱包してしまうので東京での更新はこれが最後です。次回更新時は新天地にて、ということでデジカメで風景でも撮ってアップできたらなと思っています。家族で町田に移り住んで20年弱、大都会でもド田舎でもない微妙なトコロですがその分人間も文化もヴァラエティに富んでいて面白味のある街でした。故郷は遠くにありて想うもの、なんて言いますが離れて暮らせばもっと好きになるのでしょうか。
これから先の人生は群馬で過ごそうと思っています。日本の農業を背負って行こうなんて立派な考えは持っていませんが、もちろん仕事は一生懸命やるつもりですし、自然に囲まれてその自然と付き合いながら、今までどおりロックを愛し、ネットを楽しみ、哲を学びながらの生活を送れればと願っています。
要はどこに行って何をしていても自分が自分らしくありたいという自己愛に由来するもので、ケツの青い自己満足と理想の世界なわけですが、僕に言わせりゃ理想を追い求める事よりも理想を持たず流されながら生きようという考えの方がむしろ青臭い考えなんじゃないでしょうか。どっちが良いとか悪いとか言うつもりも特にないですが、自分がそれで良くて人様に迷惑かけなけりゃOKではないでしょうか。てなわけで僕はそういう感じで生きて行きます。
引ぽ越りぷしー2003年3月13日
彼岸とかあるんで先方が早く来て欲しいと仰るもんで来週の月曜に東京を離れる事になりました。僕が行くのは群馬県利根郡昭和村というところです。
シレッと去って行く無礼をどうかお許し下さい。なんて言っても実際たいした距離ではなく、多少混んでても片道3時間ちょっとってトコです。町田でそんなもんなんで関越練馬からはその半分もかかりません。現に僕も荷物一回じゃマイカーに積みきれないので2〜3往復する予定です。
てな感じで距離に関しては問題ないんですが、日取りは楽天家の僕でもさすがに焦らなけりゃならないくらい押し迫ったもので日中は引越し準備に追われております。そんなに荷物もないのでホントは楽勝なんですが明日親父の車が車検なんで僕のを貸す約束してたのと、日曜は町田のスポーツバーでPRIDE観ながら飲む約束を地元の友人たちとしていたので良い具合にケツカッチンです。
ちなみにこのCaught In A Moshは転職・引越し完了後も継続します。ただ新居が決まるまでは寮暮らしなんでネット環境がどうなってしまうかまだわからず、更新はできないかもしれないですが。そん時はBBSがiモードでも書き込めるんでそっちを利用しようかなと思ってます。向こうも場所によってはADSL使えなくもない様子なんでコレを機にとうとう僕もADSL使いに昇格できるかもしれないです。
ついでに金銭的な都合でプロバイダも換えようかなと思ってるところでして、何せメールアドレスをキープする為にニフティで粘ってたようなものですから、面倒くさがりな僕にもやっとこ乗り換えするのに良いタイミングが来たかな、と。そん時はこのサイトもプロバイダのHPスペースに移そうかと計画中です。仕事も住む所もサイトも新しくなるなんて、まるで誰かから逃げてるみたいでワクワクしますね。
人生はトーキーのように2003年3月11日
たまたま近くの会社(そこも農業やってる大きいところなんですが)の宿舎に空きがあるそうなので、とりあえずそこに転がり込んで物件を探す事になりました。「あれよあれよ」というのはこんな感じなのでしょう、仕事も家も電光石火で決まって行きます。新しい事が次々に起こると時間の経過は早く感じられるもので、無職ライフも実感を得る前に通り過ぎる感じです。
そんなわけで慌ただしくも早けりゃ来週あたりには都落ちです。こんな時季でしかも急なので当然セルフ引越しということになりますから、とりあえずは衣服とPCとCDだけ車に積めるだけ持って行き、あとは向こうで調達するなり箱に詰めといて宅急便で送るなりまた帰って来た時に回収してくなりすりゃ良いかな、と。
大空と大地の中で2003年3月10日
土曜日はずっと飲んだくれてました。以上。
昨日はキックやってる友達の防衛戦。格闘技人気というのは未だ上昇中なのか、前座と言っても良い段階の試合から会場は満員でした。
K-1選手や辰吉系ボクサーみたいに、自分のグラブで頬を叩くジェスチャーで「きかねーぞ撃ってこいや」と挑発したあと、普通に連打くらってダウンまでしたユーモラスな選手がいました。それが最終ラウンド終了間際でしかも僅差で判定負けだったので神懸かり的に輝いたファイターでした。
そんな面白い試合もありましたが、メインエベントでは友達も順当にベルトを守り、一緒に観に行ったゴロツキどもと会場で既に飲みまくっていたくせに更に町田で同じメンツで飲んでました。無職のくせにロマンスカーとタクシーを利用してしまいました。自分に優しい自分が大好きです。
そんな感じで寝不足と二日酔いという強力な2トップをどう封じ込めるかというのが今日の課題だったのですが、普通にリポDに頼りきって群馬まで行ってきました。年がら年中込んでる16号以外は圏央道も関越もあちこちで工事はしてるものの流れは良くってそこそこ快適なドライヴとなりました。
こっちは死ぬほど快晴だったのに向こうに着いたら普通に小雪がちらついているのはなかなか良いジャブでしたが、無事に雇用先も決まりました。
畑やらイロイロ案内してもらって仕事の流れや雰囲気を説明してもらって、なんとなく自信というか、やる気が掴めたので行ってみて良かったかな、と。早いうちに住居を決めて引越ししなけりゃならないので安心してばっかりもいられないですが、とりあえず就職活動は終了です。
僕はてっきり売り手市場だと思ってたのですが最近じゃ就職難なんで「農業なら人手不足だろ」と思って志望する若者も多いらしく、特に関東地方はけったいな倍率のトコも少なくないようです。たまたま良いトコに行き当たって、しかも気に入ってもらえた僕はよっぽど運が良いのでしょうが、先人曰く運も実力の内という感じでやっぱり僕は僕が大好きです。
今日は雪が舞うくらいだったので雲も多かったですが山々がそびえ立つ姿は神々しく、僕の新たな棲息地は非常に景色も空気もキレイで、温泉も近くにたくさんあるので環境としては申し分ないトコロです。そんなわけで帰りの車では千春熱唱の巻。
季節の中で2003年3月7日
緊迫した状況とか不利な場面ってむしろワクワクするのが人のココロのアメージングストーリーでして、今日も群馬の山沿いに行く予定だったんですが昨夜から雪が降ってまして、こりゃ積ってるんじゃないかなぐらいの軽い気持ちで(その裏に件のワクワク感があったのですが)チェーンも用意して意気込んでいたんですが、先方曰く積雪20センチだそうで、来週の月曜に日を改めてということになりました。
何も僕が行く時に限ってそんなにたっぷり雪が降ることもねーじゃんよ、と思うんですが春からはお天気とじっくりにらめっこしながら生きて行かなきゃならないんで、これもまたレッスンと考える事にします。それにしてもよく人生をマラソンに例える人がいますが、実際クロカンか障害物競走の方が近いですね。
やもめがとんだ日2003年3月6日
僕が一人の女の人と長く付き合えるような甲斐性のある人間かどうかはさておいて、もし10年付き合った彼女なり奥さんが突然この世を去ったり隣国に拉致されたり、何らかの事情で忽然と僕の前から姿を消してしまったら、悔しいとか悲しいとか感情的なモノより先にただただ呆然と立ち尽くすのみなのだろうと思わずにはいられないのでした。
なんて木根尚登(変換が大変な名前の人だ)の「君の夢に僕の夢を重ねてみてた頃が」なる一節みたいなロマンチックな一文を枕にしておいてなんですが、今日はタバコのお話です。タバコという言葉を目にしただけで肺ガンを患ったかのごとく苦痛を感じる方は本日の駄文は読み飛ばしてください。
僕はチンピラな方にコチンピラと言われてしまうような好青年なので、タバコは中学生の頃から吸っています。常用するようになってから丁度10年程になるでしょうか。その間一つの銘柄に拘ってきました。ジョン・レノンやブラッド・ピットをはじめ、多くの著名人も愛したそのタバコはここ日本ではさほどメジャーではなく、僕はいつも出かけた先でタバコを切らしても困らないように多めに持ち歩いたりしていました。
この冬の初め、そんなラクダさんタバコに転機が訪れました。何年か前に権利を手にしていたJTがプッシュを始めたのです。今まで日陰で苦労してきた僕は、どこでもラクダさんに会えるようになるもんだと思いバンザイをしました。僕以外にもそう思った人がたくさんいたのではないでしょうか。
しかしながら世の中そんなにうまい話ばかりなわけもなく、ラクダさんはパッケージにこそその勇姿を見せてはいるものの、それは「新・加勢大周」状態、中身はJTが作った日本のタバコでしかなく、僕の愛したアメリカラクダさんは在庫が切れた時点で販売終了とのニュースが流れ、僕は大きく肩を落としました。
そしてついに運命の時がやってきました。今朝でかける前いつものようにタバコの自販機の前に立ち、小銭を投入してみたらラクダさんはいなくなっていました。もちろんニホンラクダは何頭もいるのですが、僕が探しているサイズの大きいアメリカラクダさんはいつもの位置にもどこにもいません。別れはいつも突然、残酷なるは諸行無常の理かな。用事なんてどうでもいい、僕はきびすを返して家でワーグナーとさだまさしを聴きました。
そんなわけで禁煙するかもしれません。アイヘイトJT。
木工野郎Aチーム2003年3月5日
なんだかんだでせわしなく時は流れていってしまいますが、何日も家でじっとしてるというのも似合わぬ話なのでそれ自体は問題ない気もします。明後日群馬県の農場に見学もかねてお話しに行く予定なんですが、北部山沿いって思いっきり雪なんですが仕事始める前から試練その1でしょうか。
春からは必然的に家を離れてひとり暮らしを始めることになるんですが、先日も申しましたとおり最初っからそれなりの広さの部屋に住む事も可能なので僕の所有する唯一の動産とも言えるCDたちは全部従えて持って行けそうです。ネットで検索してみたら、1500枚入るラックなんてのもわりと安く買えてしまうので収納の方はなんとかなるでしょうが、ひょっとしたらそのラックでは入りきらないという展開もあるのではないかと少し心配です。PC置いてる机から手を伸ばさないでも取れる範囲だけで100枚以上というのを考えると全部あわせたら結構な数ですが、一体何枚あるのでしょうか。
冷蔵庫や洗濯機など家電の類も新調しなければならないわけでして、かと言って出来る事なら貯金は少しでも残しておきたいのでPCデスクやらちょっとした収納は自分で作ってしまおうかと思っています。僕は職人ライクな見てくれを裏切らず、工作の類を得意としているのでホームセンターで木を買ったりそこらで廃材貰ってきたりしてDIY
な男っぷりをアピールしようと思います。完成したらインテリア画像UPしたりとかは自分大好きな僕としては是非やりたい偉業の一つなわけで。
ついでに言うと僕は八百屋の前は焼き肉屋、その前は居酒屋のオニイチャンだったので金をかけない自炊生活にも人よりちょっぴり精通しているわけです。さらに野菜は自前って手もあるので給料が減る分は自活力でカヴァーして、せめて話題の新譜(最近それだけで月に何枚もあるのもザラですが)と、無条件で買ってしまうアーティストのCD分ぐらいの余裕が出るようにはしたいと思います。
雨のひな祭2003年3月3日
さすがに休肝指定日。身体を気遣ってでもありますが、節約も考えてのことです。今日も6時に一旦は目覚めてしまいましたが、さすがに9時ぐらいまで二度寝しました。
そんな今日は足を骨折して療養中の友達のところへお見舞い、というより遊びに行ってきました。ホントは楽器持って行って弾きましょうという予定だったんですが、思ったよりたくさん雨が降っていたので断念。僕の駐車場は家から少し離れたところにあるのであまり便が良くないのです。
就職も本決まりではないのに気の早い話ですが、引っ越す先では玄関開けたらすぐ車に乗れる環境のトコに住みたいものです。2LDKか3DKで月35,000円くらいからと田舎だけに家賃は凄まじいですが車がないとどこにも行けないでしょうからサッと乗れる所にあるのが理想ですね。
ちなみにADSL なんてものはもちろん開通していないところなんですが、じゃぁ不便になるかというとそうでもなく、僕は現在もISDN利用者なのでネット環境はイーブンだったりします。これまで何百回とADSLへの乗り換えを検討しつつ見送ってきたのは一度早いのに慣れてしまったら遅いのなんて耐えられないという未来の自分への配慮からだったんですが、ホント我慢してきてよかったものです。
畳や壁紙なら衰えていくのにも納得できますが、ネット環境は快適になり続けるのが理想です。
宴は楽し2003年3月2日
4時に寝たのに6時に目が醒めるのって反則だよと思いつつも普通に本を読んだり、大好きなインターネットと触れ合ったりとのんべんだらりとした日中を過ごした後は、メタル飲み。僕は正月以来の参加だったんですが、そう言えば今までで一番音楽の話題がたくさん出たような気がします。ご参加の皆様お疲れ様でした。都落ちの前にもう一回は飲んでおきたいトコです。
そんな楽しい宴の余韻と夜にしては暖かい気候に気分も上々でお別れの挨拶を済ました後、地下道が閉まってて小田急線まで遠回りしなくてはならない事に気付き、もういいやと思って渋谷を経由して東急で帰ることにしました。電車の時間も余裕があったのですが、たまたま空いた席にラッキー、と座り込んだのが運の尽き、目が醒めたらつきみ野という失態。
結局最終の上り電車で帰って来ました。長いホームに自分一人というのはなんだか幻想的な気分をもたらし、酔いも手伝って曼荼羅な数分間でした。何が良いってこんなおバカな事をしても明日仕事なわけじゃないので痛くない、って事でしょうか。でもだからこそ油断したって見るほうが素直とも言えます。
お疲れさまは午前様2003年3月1日
休みというのはたまにあるから有難味があるもんだなと痛感しかけたところで今日はわりと忙しい1日。
午前中は就職先選びでかなり重要な用事があって、直接話が聞けるという数少ないチャンスでもありました。幸いな事に僕に興味を持ってくれた人が何人かいらしたので来週直に現場を見せてもらいに行って、事がスムーズに運べば無事に就職活動も終われるのではないかという感じです。
随分早いなと思う方もいるかもしれないですが、今日本の農業というのはそれだけ人手不足なんだろうなと思います。実際問題ある程度の年齢になって田舎暮らしに憧れて脱サラして農業を、という人がまだまだ多いみたいですがそこで利益を得ようなんて夢のまた夢というのが現実ですし、若い人でも就職みつからないからという甘い考え・軽い気持ちで臨む人が少なくないのではないかと僕は考えています。
偉そうに客観的な視点で語ってはいますが、僕だってつい最近までは自分のやりたい事なんて特にありませんでしたし、ガキの頃なんて腕っぷしだけが自慢の(だからこそ)弱い人間だったわけですし、スタートラインで有利になる事なんて今でもひとっつもないのかもしれませんが、現時点でムチャクチャありあまってるやる気を失わずに頑張って行こうかなと思っとります。給料は冗談抜きで今の半分前後になると思いますが、自分への投資みたいなもんですわ。
そんな中身の濃い前半を足早に過ごした後は、八百屋の送別会。まぁいつもの事ですが最初の数分以外は普通の飲み会とさしてかわらないノリだったんですが、いつもと変わらないって事はやっぱり、って感じで2:00ぐらいまで呑み続け。仕事がイヤだからとか合わない人がいるからとかではなく、とっても悩んで考えた末に決めた事だってわかってくれている上の人や、温かく送り出してくれた皆さんにはホント頭が下がります。
自分の為にも、自分の人生を楽しく盛り上げてくれたたくさんの人の為にも、絶対頑張るぞと凄い頭痛の中決意もあらたにしつつ、明日も飲み会です。