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人のおごりだからって調子ん乗ってガブガブ酒飲んでたらひっどい千鳥足になってしまい、気づけば海岸沿いで大の字になって寝てました。わかりやすい奴だなあ、僕は。フラダンスの人とか居たんすよ。そーいうサービスがあるお店ならしくって。わぁ。露出度たけぇなー。とか思いつつビールですよ。なまめかしいクネクネした踊りに目を奪われつつも麦汁すすりまくり。窓の外は海だしさー。そりゃー開放的な気分にもなるってもんですよ。一緒に飲んでた人が踊り終えた後のフラダンスの人にいやらしい握手を求めていた。あわよくば抱擁までせんばかりの勢いで。あと、店員の人の名前を覚えて、名前を呼んでから注文してたりもした。その人のそーいった行動はちょっと羨ましくもある。出来る・出来ないは別にして、僕には勢いだとか行動力みたいのがい著しく足りてないです。酒を飲むペースと酔い果てるスピードだけはダントツだというのに。べろべろに酔って家までたどり着く途中、ヨタついた拍子に知らない人の家のチャイムを思いっきり鳴らしてしまい、嫌な汗かきながら寝ました。あれは大丈夫だったんだろうか。他人の迷惑とかってほんと考えないといけませんよね。
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| −首根っ子− | 2004.07.01 |
更新しないこと山の如しな5月でした。思いっきりスルーしてたよ。でも、あれだ。これからは色々あってもうしばらく更新できないのですよ。人間って色々あるらしーから。その端くれである僕も一応例外じゃあなかった、と。ホラ、一応僕も人生とかやってるから。あー。しっかしだるいなぁ。鳥とかに生まれてこればよかったわ。来世では鳥か鳥居に。もしくはバード羽鳥に。それか鳥山明あたりがいいなあ。それが駄目なら鳥越俊太郎。
まぁ、いずれにしろ、このしょっぼい人生の間にパソコンに触る機会に恵まれることもあるハズなので、そんときがこれば更新を再開しようかなーと、使えない頭部の中でそんな風に思っています。でも、なんかね。ジオシティってあんまり長いことこのスペースを弄らないままで放置してるとサイトを消しちゃうらしいんだわ。なかなか厳しいのな。ネットとは言えども見逃してもらえないのですね。そーいや、ネット経由の事件とかって段々ふえてきた気がします。ちょっと前までは逮捕だとか告訴だとかってすげー遠い話だと思ってたけど、
てきとうなどっかの掲示板に物騒な言葉を添えて何か書き込めば警察がやってきてくれるんですよ。きさま犯行予告したろ!とかゆって。タイホなーのだー!ですよ。なんておっかない。こればっかりはバード羽鳥だろうが鳥山明だろうがダメなのよ。鳥越さんなんてもっての他でさ。なので、やっぱり鳥がいいな。鳥類最高。くちびるネットワークならぬ、口ばしインターネットっすよ。リターンキーを器用に突きますぜ!なんつってね。そんなことを考えつつサイトを放置するのですけれども。夏前くらいに更新できるといいんだけどなぁ。
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| −夏をあきらめて− | 2004.06.05 |
ネットというのは恐ろしいもので、兎角、自分のようなあやふやな頭の人間にとっては色んな視点から発せられた色々な人の発言ってやつが大事であり、脅威になったりするのだけれど、
「執着」とでもいいましょーか。あるいは「固執」。粘着だとか執拗でもいいかな。1つの問題があるとするじゃないですか、そーするとソコにありとあらゆる意見だとか罵声が飛び交っているのを
じっと読むんですね。そうか、こーいう見方をする人がいるんだな、と。最初は何の気なしに眺めてるだけなのに、そのうちそれらの意見をひとつひとつ丁寧に拾っていく作業に切りがなくなってくる。決して統計を出したいわけでも、大多数の意見を見極めようとしてる
のではなくて、ましてや優劣を付けたく思うわけでもない。「まだないか。もうないのか。まだ他にあるだろう。」って感じで新しいモノをずっと待っている。他人の意見だってのに。己で捻りだそうとしなくなるのな、ネットだと。
そーいうのって自分自身ちょっと嫌で、何か小さい子どもがトレーティングカードを一生懸命あつめてる様と大差がないような気がしてくる。カードならまだ、収集し尽した先にコレクター的な喜びを見い出せるだろうに、
僕が拾ってるのは素性の知れない人たちが吐いたよくわからない思惑や思念だったりするのだからひどく具合がよろしくない。
デパ地下で試食し過ぎて嘔吐してる馬鹿なんて観たことない。それに近いことをしていると思う。 | |
| −キウイフルーツ− | 2004.04.26 |
何かよくないものでも憑いてんじゃねーのか?ってときは、必要以上に頭にシャワーの湯を叩きつける儀式を怠らない僕なのですが、
この春にとり憑いているのは眠気とやる気の無さ以外の何物でもありません。これはどーもならん。もう、しょーがねーやーと思い、
シャワーのホースで首をぐるぐる巻きにしながら、先日こしらえた右ひざのアザを気にかけつつ身体洗っといた。ぼうっとしているから
ひざを痛めたりする。ぼうっとしていたせいでこしらえた痛みは、ぼうっとすることでケアしていこうと僕は考える。昨日、桜を眺めているときも心ここにあらずだった。
それは桜の美しさにに心を奪われたわけではなく、晴れていて空気が澄んでいたせいでもなく、4月が思いのほか早く進んでいるような気がしていたから。こーやって寝惚けてるうちに、気付けば空に鯉のぼりが泳いでいたりするのだろうな。春ってのは多少ムリしてでも浮かれとくべきだ。乗り遅れたよ。 | |
| −幻のおこぼれ− | 2004.04.11 |
いや、もうねぇ。月に3回更新っていう登校拒否児のイヤイヤ出席みたいな頻度の我がサイトなのですけれどもね、別にどーもこーもないですよ。普通にダレています。日記なんて書いちゃいられないわ。寝てる。ほんとよく寝れる。はっ!?・・・なんだっけ?・・あっ、燃料補給しなきゃ!しゅごーーーん(類稀なる安眠)てのを何度も繰り返してこまめに寝てんです。
よく晴れて気温の高かった昨日は、このうららかな陽気に乗せて僕の憂い気分を干上がらせてくれればいいのにと思い、風の強かった今日は塵や埃に紛れてこの僕の駄目っぷりも巻き上げちゃっておくれよ!と懇願してみたり。そんなことを考えるのは1日の間のほんの数分で、深刻なことからどーでもいいことまで夜中のCM地獄の如くめまぐるしく思考は切り替わり、何考えてたんだか忘れてしまった挙句に砂嵐。頭の芯からボーッとしてて、気候の変化に対応する一環で事務的にティッシュを何枚か鼻にあてがい、資源問題を脳裏に過らせることなくそのティッシュを木製のゴミ箱に投げ入れ、眠い目をこすってあくびをしてます。
そんな春です。そして、今日も綿棒を耳に突っ込んで魂抜けてるうちにまた爪切るのを忘れて寝てしまうんです。寝ている間に切り忘れた爪が律儀に伸びます。爪の更新ははやいなぁーと思う。爪、偉い。ちっとは見習いたい。もう、あれだ。なんなら、爪に寄生して生き長らえているのが自分なのだと思っておく。張り付いてるのは僕の方ということでね。わっ、わーい。依存先が20個も!!と、まぁーいいかげんそろそろ頭もおかしいんで気が確かなうちに寝ます。 | |
| −僕はゾンビ− | 2004.03.30 |
心拍数がどーのこーのっていう話なのだが、僕は落ち着けないのだ。そして、それでいてだらけてもいる。緊張感がないやつだなぁーと言われつつ、もっと緊張感を持てとも言われる。当事者からすればそんな理不尽な!と思ってしまう。ケツの穴の小さい奴だとのレッテルを貼られ、それでいて尚、ケツの穴を閉めていけとも言われる。小さいケツの穴をさらに閉める要求を迫られる。一体僕にどうしろと言うのだ。そんな悩めるアスホール青年の僕は土曜の夜に強烈な脱力感に襲われ早い時間帯に床に付き、いかりや長介の悲報を知ることもなく寝ていた。そして午前4時に目を覚ます。寝起きでトイレに行き用を足しているとどうも左目がおかしい。何だかわけがわからないのだが、左目の目玉が僕の心臓と共振し、左側の視界が脈を打っていた。寝惚け眼のぼやけた視界が“ぶにょ・ぶにょ”とうごめく。「あぁ。これはどうしたことか。」と、用を足し終えてからもしばらくトイレで立ちすくしていた。きっと、勢いよく動いたので心臓が焦って通常より強く鳴ったのだと思った。人は一生分の心拍数というのが決まっていて心拍数のはやい者は寿命が短いと言われているらしい。
医学的な裏づけがあるかどうかまでは知らないが、そのような噂がまことしやかに囁かれているのだ。そんな、世の心拍数事情を知ってか知らずか僕の眼球は日の出前からビート刻んでイヤな緊張感を僕自身にお届けしてきた。もうなんだかよくわからない。朝からケツの穴閉めてシャキシャキ動いたことが己の心臓を脅かし、急かされた心臓が激しく振動することとなり、眼球までもを小躍りさせ、そのダンスで歪む視界を確認した結果、僕は不快な気分になることとなったのだ。
悪循環にもほどがある。しかし、なんだ?この違和感は何だ。何かがおかしい。どうも腑に落ちない気ががする。回らない頭のままトイレの水を流し終え、その後に軽く二度寝をし、しばらく時間を置いて頭を落ち着かせて考えてみた。あぁ、そうか。心臓の鼓動が頭部まで響くわけなどはないな。そんな奴は居ない。よくよく考えてみれば頭部に勢い良く血が巡ったせいで眼球がヒクついていただけだったんだ。なんだ、それだけの事か。自分の間違いに気付いた早朝6時過ぎに早起きをして損したような気分になった。悪循環は頭ん中だけで、実際になされていたのは血液循環なのだった。 | |
| −はやおき− | 2004.03.21 |
もしも涙腺が口の中にあったら今より有意義な人生を送れるんじゃないのだろうか。ビューテフォー・ヒューマン・ライフがこの手に入るのではなかろうか。
ぽっぺの内側でいくら涙を流してみたところで周囲には気付かれることはあるまい。多少、口の中がしょっぱくなるってだけだろう。あぁ、そうだ。人目もはばからずに泣ける上に塩分も摂取できてしまうわけなんだ。これはやはり涙腺は目の縁よりも口の中にあるベキなんじゃあないのかな。
いや、でも、やっぱ涙腺って眼球を潤して乾きを防ぐ役割も兼ねてるっぽいから目んとこにも残した方がいいかも。涙って何処から湧いてくるしょっぱ汁なのかはよくわからないけど、どっか適当な部分で涙が登ってくる管を枝分かれさせて、目のフチとほっぺの内側に2個ずつの合計4つにすればいい。
で、涙の量の比率を「2:8」くらいにする。2が目で8が口内。例えば、この比率で生きていったとして、感動する映画を観てビービー泣いたとする。口の中が涙でいっぱいになり、しょっぱい味ジワーッてなる。それをそのまま飲んでもいいし、毎回感動で涙するたびに口の中に涙を溜め込み「今日は前の映画より泣けたなぁ。」と、涙の量を感動した度合いの目安にしても良いと思います。
と、非常にくだらないことを考えながら眠りについたところ京都で観光をする夢をみました。僕の頭はおめでたい。 | |
| −Teardrop− | 2004.03.11 |
盲目的に何かを信じることによって何かしら「安らぎ」や「安堵」のようなものを得られるのならは、もうそれは既に宗教だったりするのかもしれません。
教団とか集団を指しての宗教じゃなく、ふつうに個人の中にある信仰心。
かといって、何も信じなければその状態は回避されんのかっつーと「何も信じない」っていうヒトツの信仰のカタチだったりする。
僕、わりと疑ってかかるというか。物事をあまり真に受けないとこがある方だと自分では思ってて、斜に構えるところがある奴だなー嫌だなーと思いつつも、この斜めってる感じが楽なんでそのままになっている。
そこに「楽」という頼れる安堵感があるので、きっとこれは僕にとっての宗教なのだと思うことにしといている。ナナメ教の信者なのですよ僕は。規模や重み、ありがたみなんてのを考えなければ、誰かにとっては運転中のガムや飴が確かに頼れる存在だったり、はたまた違う人にとってはインターネットこそが神!ってな話だったりするんじゃなかろーか。
「信じるものは救われる」なんて格言みたいのがあったように思うけど、僕が思うに、これって信じてる人のみが救われるっていうことじゃあなくて、信じたり信じ込んだりできる対象がしっかり自分の中にある人。そーいうのを持ってる人。
何かそれっぽいモノを当たり前のように心に常備されてるような人は、そうじゃない人から見れば比較的救われてるよね、みたいなことなんじゃないのかなと。そんな風に思うんです。
子供の頃、身近にいた大人が含み笑いで話してくれた「昔の人間は地球が球体だということを知らないで、海の向こうは滝になっていると信じてたりしてたんだよ。」っていう話が僕はあまり笑えなくて、この大人にとっては地球儀の球がそんなにも当たり前のことなのかなーと思い、何だかモヤモヤした気分にさせられたことがあった。
でも、まぁーきっと地球は丸いんだろうと思う。見たことないケド。
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| −よもやま− | 2004.03.03 |
偽ブックオフみたいな店でCD2枚購入。清算を済ませるまでブックオフだと思い込んでいたので、何の疑問も持たずにブックオフのカードを出してついでに割引券も置いてしまった。店員さんからやんわりと指摘を受けてからしばらくしても「んー?」って感じで、ちょっと疲れてたのでボーッとしていた。そのまま延々そこでボーッと立ちすくしているわけにもいかないのでお金を払って外へ出た。しばらく歩き、小首を傾げたまま振り返ってみると看板には「BOOK-HIT」の文字。知るかよそんなもん。
今日は5月上旬だか下旬の気温ならしく、20度を越す暖かい陽気が漂ってるっつーか浸からされてるっていうか。手放しにワーイ!とか言って駆け出せるような感じではない。あったかくて非情に喜ばしい限りではあるんだけど、窓を開けたくはならないなぁーといった具合の気候。生ぬるい。あの、息してるうちに頭の中がどんどん澱んでくような空気のやつ。ついでに目も腫れぼったくなる。とにかくボーッとしてしまうんだ。ボーッと。ヌボーッと。どうも脳が溶け出してる気がしてならない。
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| −誘拐音頭− | 2004.02.21 |
10年近く愛読していた「テレビブロス」という丸めて持ち歩けるほど薄っぺらな重量でジュース2本分ほどの値段の情報誌を買わなくなった。約10年。ほんとは、多分9年くらい。ちゃんと買うようになってからは9年。どっちでもいいけど。でも、きっと最初に買ってからは10年。
これを買わなくなることによって僕が意識的に、そして定期的に取り入れていた活字が途絶えてしまうことになるわけです。これはマズイ。面白ければ読むってのに、ここ2〜3年はどうも面白味が薄れてきていたのです。よくよく考えてみると年相応ってもんもあるんだと思うんです。だって、学研の「小学6年生」を
22歳まで読む人ってのは少ないですよ。それに近いようなことをしていたのかもしれません。対象年齢っつーもんがあったんだろーな、恐らくは。テレビブロスってのは名前こそは“テレビブロス”となっていますが、実際の中身はテレビのことよりもどちらかというと音楽寄りであったり
映画やサブカルっぽい内容の方が濃いものになっていて(他の情報誌と比べるとという話であって、実際にそんなに濃ゆいわけではないのだが)、「音楽雑誌」と銘打って音楽のことばかりを深く掘り下げている音楽雑誌ほど暑苦しくないし、思いっきりサブカル臭のするアングラ気取りが鼻につく雑誌
ほど重苦しくもない。なんといいましょうか、僕の中ではちょっと他に類をみない、何ものにも変えがたい奇跡のバランスで情報を提供してくれる素敵な雑誌だったんですよ。にしたって10年だ、十年ひと昔というくらいの10年なのですよ。10年前と今とでは状態があまりにも違い過ぎる。読んでる当の本人の状況も大きく違えば、情報の取り入れ方
や情報の速度や量だって全く変わってしまった。ネットで得たい情報のほとんどが済んでしまう。それでも、面白いコラムさえあればまだ買うのだが、その肝心の頼みの綱までもがダメになってしまった。ここ何年かは惰性で購入していたり買っても読まなかったりで、なんだかなーって感じがして
いたのでようやく踏ん切りがついたというのが正直なとこだろうか。これからはなんかヌルいエッセイでも読んでみようかなー。もしくは週間現代とか。なんか、大人の香りしていいなぁあの辺りは。週間ポストとか週間宝石の周辺には、5年後くらいに毎週隅々まで目を通すようになっていたい。そんな感じの中年男性がいい。そいで、10年後には英字新聞を読むようになる予定なんだ。
たぶん、英字新聞をスラスラ読めるようになった頃にはどんなアメリカンジョークにも機敏に対応できるようになってるハズ。あの、外人がよくやるありえない程の大爆笑とかも余裕でやってると思うから。そーなれば、レンタルで洋画を借りてきても「字幕が邪魔だなぁー」とか言えちゃってたりするわけですよ。これはかっこいい。
やばい。めちゃめちゃかっこいい。モテる、完全にモテる。そして、モテまくったアカツキにはビッチが眠る傍らで英語の寝言を言いたいです。
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| −いいかげんなんだ− | 2004.02.16 |
昨日、隣の県までライブ観に行ってきました。ラーメン食べてからデパ地下でパン買って、タワーレコード寄ってライブハウスの周りをぐるぐる何回もまわって(開場まで暇だったから)、チケット片手に明らかに年代の違う方々の中に混じって並んじゃってな。
たぶん、もうしばらくはライブなんて行くことはないでしょう。なんか難聴気味だよ。医者にみせなきゃダメってほど酷くはないけれど、左耳がちょっと頼りないことになってしまっている。でも、まぁ明日にはきっと治っていると思う。さすがに二日も経てば大丈夫だよな。
そんで、その耳鳴りと入れ違いに筋肉痛がやってきたりすんだよ。ほら、僕ほどまでの高みに登りつめると筋肉痛も二日目からだから。なんていうかねー、筋肉痛の入り時間が遅めでも許されてるっていうね。大御所なのよ、僕の筋肉。「筋肉痛さん入られましたー!」って感じだから。今やもう筋肉痛にたて突くことなんてできやしないんだから。
でも、あれですよ。この筋肉は知られざる暗くながーい下積み時代(運動不足)を経てこの今の地位を気付き上げてんすよ。一夜にして登りつめたスターではないんですよ。なので、そこいらのポッと出の筋肉痛と一緒にされちゃ困るんだ。どうせ、アイツ等の筋肉ときたら花火のごとくスグに痛みが引いてっちゃうショボイ偽者だろー?ばかやろう。
コッチはこれからも長々とこの世界で生き延びてくんだよ!
やぃ、お前等。そんなおれに憧れの眼差しを向けやがれ。おれにっていうかおれの筋肉に。
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| −どれをとっても機械だぜ− | 2004.02.09 |
テレビをつけると芥川、ネットのニュースも芥川。新聞には写真に添えられる「最年少」の文字、ネットでは画像が貼られまくりで「可愛い」だの「萌え」だの、もう至る所でフィーバーなのです。しかも、しっかり可愛いし。
ちゃーんと才能もあるんでしょーし。そりゃー話題性もあるわな。恥ずかしながら、僕は小説とか活字を人一倍読まない人で、それは億劫で物臭でだるっちぃからという、非常に情けない理由からくるものなんですが、切っ掛けさえあれば
読むんですよ。読むはずなんですよ。そんな兆しのようなものは何度か見受けられたことがー、あるにはあるんです。3度ほどあったんです。
読書の季節は3度しかありませんでしたが、活字は一応読んでいます。雑誌とか新聞とか。もう、そんな程度なんで、文章の奥深さとか文学とはなんたるや〜とかってのはサッパリだ。一切わからない。圧倒的に「わからないもの」として頭の中に君臨している。
そんな底の浅い人間がインターネットでスペース借りて、タラタラとあることないことをあーでもないこーでもない言いながら、チンケな人生からしょっぱい時間を割きつつ、薄汚れたキーボードを野暮ったい指で弾いて薄っぺらーな文章を晒してなー。きっと、賞を受賞するような人ってのはもっと綺麗でツルツルとしたキーボードを使っていて、凛とした気品に満ち溢れる指先でキー叩いてんだ。
そいで、ブックマークからは賢そうな香りプンプンしてんの。背筋ピンと伸ばして。ハーブティーとか飲みながら小説書いてさー。きっと、そーいうやつが芥川賞とか受賞すんのよ。僕のPCなんて履歴からは俗っぽいニオイしかしないし、ブックマークは誰にもみせられたもんじゃない。デスクトップをみれば説明し難いアイコン並んでるのだからいかがわしいことこの上ない。そのうえ、たまーに水道水とか飲んだりしちゃってるカルキっ子なんだからな。
ハーブティーは口に含んだことすらねーよ!せいぜいジャワティー止まりだ、僕みたいなもんは。あー。人生やり直したい。
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| −電気仕掛けの嘘− | 2004.01.19 |
昨日の話。来週から忙しくなる友達とごはんを食べにいく。ファミレスで飯おごってもらう。例によってご馳走になる。かなり申し訳ない。
ヤクザのような二人組みが座る席の近くでドリアを食べながら色々と話をする。なんだか友達はいつもより元気だった。体調がいいのか、もしくは機嫌がよかったのかもしれない。
外は雪が降っていた。ゆる目のSM話や、イラクへ行く予定になっている共通の知人の話をした。あと、フェルマーの最終定理の話も少しだけした。
友達がトイレに立った際に、隣の席から1億がどーこーとかコインロッカーに入れとけば大丈夫だとか、仁義なき雑談が漏れ聴こえてきたので困った。聞こえてない素振りに精を出すのはタイヘン。
でも、そのおっかない人の着メロは“忍者ハットリくん”の歌だった。にんじゃでごーざーるぅー、なのだった。ひょっとしたらヤクザじゃなかったのかも。ふつうに宝くじの話とかしてただけなのかもしれない。
まぁ、別にハットリくん好きのヤクザが居てもいいんだけどさ。ヤクザより先に食事を済ませてファミレスを出ると融雪装置が作動しまくって路面がびちょびちょになっていた。食事を終えた我が友が「西部警察」と「必殺仕事人」のビデオが観たいと力説するので
その足でツタヤへ。雪が溶けた水をバッシャー!と跳ね上げながら移動する最中、「京本正樹は必殺仕事人で作曲もしていたんだよ!」と、さも自分だけが知っているかのようか口ぶりで伝える。ごめん。テレビでやってたんだ、この話。
ツタヤにつくと1階の本屋のとこで高校んときの同級生と出くわした。会釈程度の視線と笑みをかわしつつ2階のレンタル屋へかけ上っていく。が、残念ながら「西部警察」も「必殺仕事人」もレンタルしていない。
これはしょうがない。正直、僕は西部警察や必殺仕事人にそんなに興味はなかったのだけど、ちょっとばかしがっかりした。角刈りグラサンの大門団長も切れ長の目をした京本正樹も、藤田まことも全ておあずけ。借りるツモリもないのに店内をウロウロ徘徊してからツタヤを出た。 | |
| −JUMPIN' JACK FLASH− | 2004.01.15 |
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