先日、大学の後輩Y富(仮名) と話していると、ふとしたことから寺山修司 の話題となった後輩Y富は学生時代に寺山修司に一時凝ったことがあり、寺山修司関係の映画や文献についての知識を持っていた。私も大学時代、寺山修司には興味があった。というよりも、彼の劇団天井桟敷 の団員で音楽を担当していたJ.A.シーザーに強い関心があったというべきだろう。後輩Y富と話しているうちに、今まで封印されていた私のJ.A.シーザー(天井桟敷) への想いが復活し、ここにアルバムレヴューを書くことを決意するに至った。
アルバム中最も衝撃的だったのは、見世物オペラ「身毒丸」 である。このアルバムは1978年、紀伊国屋ホールで行われた劇の実況録音 である。天井桟敷は音楽のもつ意味が大変大きい。全体を通して呪術的な雰囲気が強く、これまでレヴューの中で「ヤバ」いと記述してきたどのアーティストよりも「ヤバ」い。 であるが故に、私は大学時代完全にハマってしまった。
一.慈悲心鳥
二.撫子かくし
三.髪切虫
四.家族合わせ
五.地獄のオルフェ
六.藁人形の呪い
七.復讐鬼
八.阿梨樹墜つ
一.慈悲心鳥
ヤバい。琵琶と語りではじまる冒頭部。ここで主人公「しんとく」は顔すら覚えていない実母に想いをよせる。これだけでも十分ヤバい。このままヤバい雰囲気で1曲目が終わるのかと思いきや、実はもっとヤバい部分へと突入していく。「私の生みの母には顔がなかったのです。」 という言葉を残し、3分43秒の叫び声から一転して暴力的なロックへと大転回。オペラ風コーラスをバックにお経 が聞こえてくる。これは歌詞なのか?衝撃的な幕開けである。「こっち」側の人でいたいなら、まだ大丈夫。この時点でCDを聴くのをやめる ことをおすすめする。
六.藁人形の呪い
鬼気迫るものがある。11分30秒から13分30秒位までの部分が圧巻。5曲目まででも既に聴くに堪えない(でもそれがまたよい)ヤバさを醸し出しているが、さらに上を行くヤバさ。継母が息子「しんとく」を呪い、五寸釘を激しく打ち付ける場面を赤裸々に表現している。狂気の作品。「死ね。死ね。南無阿弥陀仏」×4。 ソプラノの「死ね。死ね。」には恐怖すら感じる。「こっち」側の人でいたい人。そろそろヤバいぞ。体調に変化は無いか? 直ちに聴かなかったことにして、記憶の闇に葬ってしまうことをおすすめする。
八.阿梨樹墜つ
いよいよクライマックス。もうイカれてしまっている。 このアルバム、ここまで聴けたあなたは十分「あっち」の世界の人の資格あり。継母の息子に対する呪いも、息子の継母に対する憎悪も、結局は二人の間に存在する「愛」の裏返しであった、というとてつもない展開に。「お母さん、もう一度僕を妊娠して下さい。」 と「しんとく」。「お前を生みたい、お前を妊娠してやりたい」 と継母。お互いに異常なまでの想いを訴える。もはや何がなんだか理解できない。 絶対に不可能な「妊娠」という行為を通じなければ、親子たれない。故に二人は憎しみあっていたのか。そして荘厳な大合唱が舞台を包み、やがて終焉へと向かっていく。「こっち」側でいたい人。半分「あっち」の世界を知ってしまったが、リハビリを粘り強く続ければ、 何とか「こっち」の住人として社会復帰できる。今すぐCDを破壊し、2度と聴けない状態にすることをおすすめする。
はっきり言って1回聴いただけではストーリーや趣旨は理解できない。アルバム全体を支配する呪術的雰囲気、暴力性、異常な心情。それを明らかにしようと何度も聴いてしまったあなた。もはや手遅れ。 あなたはもう「こっち」の世界へは後戻りできない。あれほど忠告したのに…。
なお、「心毒丸」は現在ビデオ化 されているので、「あっち」の世界のあなたには必見。天井桟敷が1960〜70年のアングラであることもあり、画質は劣悪。やはりリアルタイムで見たいものである。
Y富はまだ「心毒丸」を知らない。しかしもうじきこれを手にすることになる。果たして、彼女は「こっち」の人間なのだろうか?それとも…もうじき判明する。
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