『必然の足跡』    
 

 家路につく人々が、気がつきもせずに通り過ぎてしまうほど、ひっそりと存在して
いる場所がある。
一度目に留め、足を踏み入れる機会に恵まれたならば、「何故、今まで行きすぎて
しまっていたのだろう」と、自問するに違いない。
自らの問いかけに対して、導き出される答えは、言葉や文字で形を成さない。 知
らずに足が向き、扉に手をかけ、優しい照明に照らされる店内へとその身を委ねる。
迎えてくれるのは、いつも変わらぬ少し低めの声。
「いらっしゃいませ」
胸の内で、密かに『ただいま』と、呟いてみたくなる、不思議な安堵感。
「何故、今まで行き過ぎてしまっていたのだろう」
答えは、未だ顔を見せてはくれない様子だ。
「ご注文は、お決まりですか」
初めての時にも、同じタイミングで、声をかけてくれた。
この先も、変わらずに等しく、声をかけてくれるに違いないだろう。
あと数回、足を運んだ暁には『こう』答えてみるつもりだ。
「いつものやつを、もらえるかな」
その日は、決して遠い未来ではないと確信している。その言葉に対しても、少し低
めの声で静かに、答えてくれるはずだ。
「かしこまりました」
グラスを用意する、慣れた手つき。
巡り合わせとは、人間同士のものだけでは無い事を、身をもって体験した。
人と場所にも、巡り会いは訪れるものなのだ。
「何故、今まで行き過ぎてしまっていたのだろう」
その答えは、少しだけ顔を見せ、こちら側を伺っている。
「おまたせいたしました」
琥珀色の液体は、グラスの中で氷と共に、柔らかな響きを奏でている。
「ありがとう」
喉元を過ぎる適度な刺激を、深く味わいながら、顔を見せ始めた『答え』に手招き
してみる。
「偶然は、必然の積み重ね・・・と、いう訳か」
小さく呟いてみた。
「お呼びになりましたか?」
二人きりの店内は、わずかな囁きも耳に届くに違いない。
気を使わせてしまった事に、胸が痛む。
「いや、小さな謎がやっと解けたところなんだ」
「それは、よかったですね」
謎の一部であった人物は、優しく微笑んだ。
『人』も『場所』も出会うべくして、出会うのだ。意味の無い偶然などは、存在し
ない。
行き過ぎていたのではなく、今までは立ち寄る必要が生まれなかったのだ。
言葉だけでは、説明のつかない『何か』が、少しずつ蓄積され、無意識に目に入る。
「入ってみようかな」
その気持ちは、行き過ぎた日々の分だけ強く湧き上がる。
家路につく人々が、気がつきもせずに通り過ぎてしまうほど、ひっそりと存在して
いるその場所は、『Bar Dream』と、名づけられた。
懐かしい思いに満たされる、第二の我が家、である。





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