美奈子のHistory


1977年、12月29日の沖縄に今のMinaはこの世に生を受けた。
幼い頃からひどく内気で人見知りの激しかった美奈子は家族の前では大好きな歌を毎日の様に聞かせていた。
それを聞いていた両親は、美奈子を地方の、のど自慢に数多く出場させてみた。
その結果、美奈子は次々と優勝を飾っていったのである。
この頃から、遠い芸能界に興味を持っていたったのである、そして「アクターズ・スクール」に通い始めた。
それから数年の月日がたち、歌では誰にも負けなかった美奈子を
小学五年生の頃にのど自慢で破った者がいる。
それは、のちに共にデビューすることになる「安室奈美恵」であった。
ある日のことであった。先日訪問して来たライジング・プロの平社長から
美奈子、奈美恵、沢詩奈々子(のちのNana)、牧野アンナ、新垣寿子ら
5人にデビューをするという知らせが届いた。
・・・・・・そして1992年、上京・・・・・・
5人は遂にデビューした、グループ名も正式に「スーパーモンキーズ」
デビュー曲「恋のキュート・ビート」をリリース。
しかし、売上は少なく、イベントも開いたが客足も少しであった。
その後、牧野アンナ、新垣寿子が脱退し、新メンバーに
松田律子(のちのLina)、宮内玲奈(のちのReina)を迎えた。
それからだった人気の少なかったモンキーズのうち、安室奈美恵だけが
その実力を認められ、ブレイクした。
そして「TRE ME〜私を信じて〜」をリリース
爆発的な人気を呼びモンキーズの名が世に知れ渡っていった。
4人は奈美恵だけに取り残されてしまうのではとあせり出した。
そんな中、エイベックスのMAX松浦氏から、4人に
一回だけの企画でデビューしてみないかとの誘いがきた。
グループ名は、Musical,Active,eXperience(音楽的、活動的、経験)「MAX」
デビュー曲「恋するヴェルファーレダンス」をリリース。
しかしヒットはしなかった。奈美恵がいないだけで、
電車の席、扱いがまるで違う。
奈美恵は紅白にも出場した。その時MAXも奈美恵の次に出場することになった。
勝負曲と平社長にかけられた曲「TORA TORA TORA」で出場。
この曲が大ヒットを記録した!
その後、奈美恵への参加活動を終了し、MAXとしてこれからも活動し続ける!!!







(おいおい^^;)