random words


october(3)



いつも「終わりの感覚」がある
というのをどこかで読んだのだけど
ああ、そうか。これだったのか
と妙に納得してしまった

とても親しい人と会うと
なぜだかすごく嬉しくて、楽しくて
会っている時はこんな時間がずっと続けばいいな
なんて思っていて
いざ、バイバイする時はほんとうに
別れたくなくて
ずっと終わりの感覚を引きずりながら楽しんでいた自分を
受け入れなくてはならない状況が寂しい
別れるのが寂しいから会いたくない
っていうのも時にはあったりもした

言葉では言い表せない気持ちっていうのは
想像以上に多いようで
気持ちに一番近い言葉から本当の気持ちを読み取らなきゃならない
でも、それもまたうまくいかない時だってある
埋めきれない言葉と言葉の間の気持ちを
わかってほしいと思うのは
馬鹿げたことなんだろうか


october(2)



何か最近ちっちゃい子になつかれてる気がするのですが、
気のせいかな? 笑
でも、やっぱりかわいい。
仕事場の近くのアメリカンスクールに通う
ちっちゃい子達はほんとに天使みたいだ。
お店で会った300円しかもってないのに1000円のものを買おうとする女の子、
「お父さんは運動会に来れないんだ」って言っていた。

秋の香が深まっていくと、子供の頃の記憶がいつもより鮮やかになる。
運動会が近づいてくる感覚と、その空気のにおい。
リレーで走る前の死ぬかと思うくらいの緊張感。
全てが終わった後の夕焼け。
空腹を刺激する夕飯のにおい。
全部が全部、体に染み付いた感覚としての記憶。

こんな記憶はいつかは薄れていくのだろうか。
そんなことを考えてたら少しだけ悲しくなって
密度の薄くなった空を仰いだ。


october(1)


deep and shallow blue


仕事帰りにオペラシティーでやっているダグ・エイケンの
「ニューオーシャン」展に行った。
前から行こう行こうと思っていて、やっと行けた。
全て空間と映像のインスタレーションで、
全体を通して共通するテーマは水。
作者自身が手掛ける、オリジナルサウンドと共に
空間、視覚、聴覚に有機的なつながりを持たせている作品達。
全体的に透明感とブルーの印象が強く、
鼓動音に似たサウンドと、とてもうまく溶け合っていた。
この手の作品は、色々と難しいことを考えたり、
技術的な巧妙さなどを考えても
最初からそんな知識など私には無いので
作品に身を任せ、体で感じるしかない。
作者が伝えたいことよりも、自分の中の何かと
少しでもリンクするところがあれば
それがろうそくの灯のように
心の隅にじんわりと何かを感じさせるだけだ。
少しでも非現実的な場所に身を置く事で
現実と思考を交差させている、
多分そういうことをしているのかもしれない。
といっても、やっぱり何を考えるのかは
人それぞれ、その時その時で違うわけで、
こういう展示はきっと最低2回は足を運んだらいいんじゃないか
というのが自分の見解です。



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