新月
| 新月に関しては、今まで本誌では彼らのデビュー以前から再三プッシュしてきた。ABCホールでの3面マルチスクリーンを駆使してのデビューコンサートはまず成功だったといえよう。細部にわたり精密に練り上げたステージは金銭的リミットのある国内のバンドのデビューとしては、最高のものであったと思う。彼らは曲作りにおいて日本語の本質を理解し、大切にしている数少ないバンドの一つであるリフレインの少ない詞はインパクトにかける気もするが、日本語の微妙なニュアスをサウンドにとけこます絶妙なセンスを彼らはもっている。 さまざまな評価を受けているファーストアルバムを今一歩、視点の定まらないものにしている気がする。彼等の言う間口を広くするというファーストアルバムのコンセプトは納得できるのだが、それを曖昧さと解釈される場合もあるということを忘れてはならない。表現しようとする発想とその表現の為の手段はバランスが取れていなければいけないと思う。もし手段の一部が聴衆にとって明らかに、発想表現に不必要だと思えるか、ミュージシャンの発想表現の目的が彼等の用いる手段によってじゅうぶんにわれわれに伝達されない時、利口な聴衆は理解することは可能かもしれないが、それはあくまでも理解であり、我々のボルテージは下がってしまう。 演劇における舞台上の虚構の時間形式に腕時計を気にする観客がどこまでついてこれるかという問題に彼らもぶつかっているように思える。ともあれやっと一歩を踏み出したわけだが、日本の音楽業界の中では大きな一歩であることには間違いない。方向性の確かさ、秀れた素材、そして無限の可能性に期待し、長い目で注目してゆきたい。 |
発熱の街角 切なく青い街角で 回り続ける歯車に 今日も引き寄せられて 銀の花で飾り立てた秘密どうしが擦れ違う かすかに擦れ合う音をたてながら この時間になると 熱が 必ず 頭をたたく シルクの旗が翻り 前からも後ろからもパレードの挟み撃ち 生き続けるためとはいえ 踏み固められた夢は 食べるにはあまりにも硬すぎる (歌の一部) |
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