鎌田洋一インタビュー
1月の終わり、HALの伝説の人物、鎌田洋一氏にお話を伺うという幸運に恵まれました。
鎌田氏はダークな色合いのスーツ姿で颯爽と登場し、気さくにお話をして下さいました。
○まず最初に、鎌田さんと音楽との出会いを聞かせてください
音楽との出会いと言えば、それはもちろん母の子守唄や鼻歌でしょう(笑)。
また私は4歳の頃大阪に住んでいまして、当時4つ上の姉がピアノを習い始めました。
母がその送り迎えに私も連れて行っていたため、どうせついでだからということで
私も習わせるようになったそうで、私は姉のオマケだったのです(笑)。
余談ですが当時ピアノを購入するに際し、
父は「清水の舞台から飛び降りるつもりで買った!」と申しておりました。
それから親の転勤で東京、広島と移り住みましたが、小学校6年の時に自分から言い出して
ピアノをやめました。練習曲に喜びを見出すことが出来なかったからで
す。それ以来「練習曲は面白くなければ」というのが私のポリシーになりました(笑)。
○広島は小学校までですか?
はい。中学から再び東京に来ました。それ以来東京に住んでいます。
○転校生は言葉の問題とか大変だったのでは?
そう、広島では当時東京から来たというだけで既に「生意気な奴」だったようです。
いきなり「おまー、おっどくさーのー」って言われて、「あのー、どういう意味ですか?」
って訊き返してしまいました。
○おまー、おっどくさーのー?
「お前は生意気だ」っていう意味なんですよ。でもそういう時って意味が判ったことがうれしくて
「あーそうなんだー!」て素直に喜べるものですよ。こっちが言われて喜んでるから
向こうも調子狂って「あれ〜〜?」って感じで、でも子供はすぐに仲良くなれて、
3ヶ月もたって気が付いたら「オドリャー!」とか言って私が仕切ってました(笑)。
○学級委員をやっていたんですか?
小1から中3まで毎年学級委員やってました。他に小6で児童会長、中3で生徒会長。
但し高校は進学校だったため、みんな受験に関係あること以外はやりたがらず、
「何だこいつら、だったら俺がやる!」と立候補して無謀にも会計委員をやったことが
あったけどあれは大変だった。ちんぷんかんぷん訳分からず、殆んど母にやらせた(笑)。
○HAL結成以前の音楽活動について教えてください。
中1で初めて同級生とバンドを組みました。レパートリーはフォーククルーセイダーズの
「イムジン河」など数曲。当然ギター(中古5,000円位)を買って練習しました。
中2でターンテーブルシステムというエレキバンドを結成し、
ベンチャーズナンバーを中心に数十曲のレパートリーを持っていました。
○その頃からキーボードだったんですか?
ベースギター担当でした。
ベンチャーズは後期にオルガンを使った曲もあり、急遽オルガンが必要だという事になって
オルガン(中古3万位?)を買ってピアノの弾ける女の子に弾いてもらいました。
○鎌田さんはオルガンを弾かなかったんですか?
弾きませんでした。(ベースの方がだんぜんかっこ良かった!)
それから中3の頃には歌入りの曲もやろうということになってきましたね。
○鎌田さんがヴォーカルを担当してたんですか?
はい。
またこの頃から作詞や作曲も手掛けるようになりました。
それから女性ヴォーカルを入れて唐突にジェファーソンエアプレインや
ジャニスジョップリンなどにもチャレンジしたり・・・。(ジャニスは無謀だろう)
高校入学後、ギター担当が遠方に引越してしまった事もあり、新しいギタリストとして
津田氏が参加しました。というより新たに富士高で結成したバンドに
田中氏が合流という認識がより近いかも知れません。
田中氏とはターンテーブルシステムの田中文彦氏です。(ジャズドラマーとして活躍中)
ベースに津田氏の友人桜庭氏がいるということで、私がキーボードにまわりました。
○HALの曲をつくったプロセスというか、どんな風にしてどのくらいの時間でできた
か教えてください
思い起こせば当時のHALの楽曲そのものに幻想文学の影響が動機という形で
内在していることは間違いありません。そしてそれが人智を超えたエネルギーを予感させる
何かだとすれば、それは音楽そのものが存在する根拠に本質的なレベルで合致します。
つまりそれこそがシンプルかつダイレクトな音楽表現を可能ならしめるのでは?ということです。
私は当時、自らの音楽表現に必要とされる2つの柱を想定していました。
ひとつはロックなリズムと感性です。いまひとつは制約から解放されるべき音楽構造です。
それは常に無限の中からニーズに応じて集束される音群というイメージです。
HALの楽曲はそのような基本概念に基づいて作られたものとして差し支えありません。
それぞれの作曲に要した時間は数週間〜数ヶ月ではないでしょうか。
○曲を作る際「作家のアーサー・マッケンに指令を受けた」とありますが、
指令を受けたから覚えてないのかもしれませんね(笑)。
但し私が特にアーサー・マッケンの信奉者ということではありません。
しかし幻想文学の影響以前に、私の曲のイメージはピアノ演奏による
インプロビゼーション(即興演奏)という形を主として培われていました。そういう意味では既に
アイディアは豊富に有りました。当時はプログレという認識ではなく、
近代音楽、もしくは現代音楽に属するものと考えていました。
○「HAL」という名前の由来を教えてください
あれは津田氏が考えました。(彼の部屋で聞いた記憶が・・・)
映画『2001年宇宙の旅』のHALというコンピューターの名前と聞きました。
多分、宇宙的な、未来的なニュアンスをこめてつけたんでしょう。
私は映画を見ていませんが。
○(練習について)HALのメンバーには、楽譜を書いて渡したんですか?
そうです。ほぼ完全な形でパート別に譜面を起こしました。
楽曲の演奏に際しては2つの方法が考えられ、ひとつは楽曲や編曲の意図を忠実に引き出す方法。
もうひとつは演奏者の自由な解釈に委ねる方法。勿論両者の折衷案もありますが。
で、HALの場合は結果的に前者の方法を取りました。
つまり曲のイメージを忠実に再現することが強く求められました。
しかし演奏者の解釈を必要とするケースが全くなかったとも考えにくいのですが、
ロックバンドという形態にしては極端に少なかったということかも知れません。
○キースエマーソンが好きだと聞きましたが
ELPは私が以前からピアノ上で考えていた事をバンドとして表現していたので、
自分がやりたかったことをやられたような、先を越されたような気持ちでした。
同時にエマーソン氏は当時としては最も好きなミュージシャンでありました。
○1975年の頃の鎌田さんのアイドルは誰ですか?
一番は何といっても麻丘めぐみ(笑)。これは譲れない。
それから順不同ですがキース・エマーソン、チック・コリア、セルジオ・メンデス、
ダグ・イングル(アイアンバタフライ)。
ダグ・イングルは、もっとヴォーカリストとしても評価されて欲しいですね。
○今ジャズをやってらっしゃるそうですが、この頃からチック・コリアが好きで、
ジャズにも関心があったんですか?
いや、チック・コリアはジャズというよりチック・コリアというジャンルだと思っていま
す。
○そのころ鎌田さんは長髪だったそうですが、学校から怒られたりしたことはありま
したか?
いや、わたしの行っていた学校は服装もすべて自由だったので、
そんなことはありませんでした。(偏見のまなざしは感じましたが)
○(新月全史のブックレットの、HALの演奏風景の写真を見せて)鎌田さんはどの辺
(場所)で弾いてたんですか?
残念ながらこのライブの写真は私が抜けたあとの写真です。
○HALが解散してから、たまにHALの事を思い出すことはありましたか
私の演奏に於ける技術的な基礎は、子供の頃の練習曲よりもHALの楽曲の個人練習にある
といっても過言ではありません。練習嫌いの私があんなに集中的に楽器を練習したことは
未だかつて他になく、従ってその事は最近でもたびたび思い起こすことがあります。
(ウォーミングアップはハノンかタルカスかボーデンハウゼン!)
○12月のライブの事ですが、今普通にCDの「オープンビフォーノック」を聴いていても、
「あ、ここで鎌田さん登場だ!」と思うほど、鎌田さんが登場した場面はインパクトがありました。
私たちは鎌田さんの顔を知らなかったわけですが、鎌田さんが登場し、ショルダーキーボードを肩からかけたとき、
客席から声は出なかったものの、ざわざわっという雰囲気が感じられました。
あの曲のあの箇所で出るということは皆さんで相談したんですか?誰かが決めたんですか?
私の出番は皆で相談し、あの出方は私が提案したものです。曲の途中から演奏に加わる訳ですから、
初めに紹介されてそれまでボーッと突っ立っているのは変だろうと思ったのです。
にもかかわらず悲しみの星では一旦引っ込まなかった事を案の定後悔しました。
カルナディスの出番までの8分間あまり無意味に突っ立ってしまいました。
ゲネプロ(通しリハ)をやっていれば当然気が付いたであろうに・・・
あの時間のなんと長かったこと(笑)。
○ショルダーキーボードについて聞かせてください。前から使っていたんですか?
メーカー・機種は?また鍵盤のサイズは普通と違うんですか?
あれはかなり以前から使っていました。古いものです。
ショルダーキーボードは通常の鍵盤よりも小さく幅も狭いので、若干弾きづらいという
事もあるかと思います。少し慣れが必要かも知れません。
機種はYAMAHA KX5(シルバー)です
(参考までにこちらと同じものです)
http://www.yamaha.co.jp/product/syndtm/p/cont/kx5/index.html
○演奏の時、ご自身の手元をあまり見てませんでしたね?
あれはパフォーマンスです(笑)。
本当は手元を見たいに決まってるでしょう!(大笑)
○演奏してる側からはあまり見えなかったかと思いますが、バックのスクリーンの映
像はとても効果的でした。
魔人カルナディスで太陽の黒点がでてきたりして。
担当のshinya Takaoka さんとは打ち合わせがあったんですか?
彼には事前に「ALCHEMY」をお渡しして聴いて頂いたそうです。
またリハーサルにも一度来て頂きました。どのくらい聴き込んで本番に臨まれたのかは判りませんが、
本当に素晴らしい映像でしたね。関係者全員がそう感じています。
○これからのHAL&RINGのことを知りたいんですが
おお、今日一番の鋭い質問ですね(笑)。
関係各位にさまざまな思いがあり計画があって、実現に向けて検討がなされていることは事実です。
個人的にはファンの方々の期待や要望に十二分にお応え出来るための
コミュニケーションの充実と、即戦力となるより良い実行環境を整えていく事だと思っています。
○鎌田さんによる新曲は?
出来ない時には出来ないと言いますので、それ以外は出来る時です(笑)。
どうぞお楽しみに。
実は私共ファンの間に於いて、「鎌田氏は本当に魔人か何かかも知れない」
という暗黙の了解がありました。それで実際にお会いするまでは正直なところ、
少し「恐れ」とも言える気持ちがありましたが、まったくの取り越し苦労でした。
ご本人はとてもスマート(外見も中身も)な方で、所々にユーモアを交えながら
インタビュアーの私にお気遣いまで下さり、非力な部分もしっかりフォローして
下さいました。
鎌田さん、その節はありがとうございました。まずは健康にご留意下さり、
これからずっと先までHAL&RINGと共に在って、益々のご活躍下さいますことを
私共ファン一同願って止みません。
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