「そうだ、京都に行こう」なんてぇCMがあります。
京都というところはなんといっても千年の都ですから、ちょっと歩けばその辺に歴史が転がっているような素敵なところです。
同時に修学旅行生も転がっていますが、それは日本全国の学生が一度は行くでしょうから大目にみるとしましょう。
とにかく京都はそんなわけで歴史が好きな人にはたまらない場所です。
「歩く歴史」のような人は巷に結構いっぱいいますから、修学旅行の付き添いと言いながらも毎年生徒を忘れてお寺に見入ってしまう先生なんかもいるんじゃないでしょうか。「歩く歴史」と言っても古い人間を指してるんじゃありません。「現代のシーラカンス」みたいに。あ、シーラカンスは確認されてるんだっけ。とにかく旧人類がその辺をぞろぞろ歩いているという意味ではなく、幕末野郎(例・武田鉄矢)とか戦国野郎(例・中村大史)はどこにでもいるってことです。かくいう私も歴史野郎の範疇に片足を突っ込んでいますが。
京都で仁和寺に行ったときは春頃?だったんですが、桜がきれいでした。でまた神社仏閣などの日本の古い建物は桜がよく似合うんです。桜が華やかで建物が古ぼけているからでしょうか。こういうのを見ると日本人でよかったと思います。
いや本当に。
ところでお寺なんぞに行くと、両手を合わせて拝んでいる風景をよく目にしますが、あれは清浄な右手と不浄な左手を合わせることで、本来の人間の姿を表しているそうです。でまた清浄と不浄だけではなく、たとえば静と動、正と負のような対になるものは両方揃うことが本来の姿であるというようなわかるようなわからんようなことも表しているのだそうです。何事も一方向からってのは良くないんですな。
ブロードバンドですか。
京都といえば竜安寺も行きました。
せっかく行ったのに石庭はパスしてしまったのはひねくれものととられるかもしれませんが実はすごく混んでいただけです。
しかし竜安寺にあるのは石庭だけじゃありません。「吾唯足知」のつくばいがあります。
これは水戸黄門の名で知られる天下の副将軍・徳川光圀公が寄進したものと言われております。天下の副将軍というと聞こえはいいですが実際は副将軍という役職はなく、諸国を漫遊したというのも勿論嘘です。せいぜい水戸をうろつくぐらいじゃないでしょうか。なんと言ってもこの人は徳川家康の孫ですからね。そんなえらい人がいかにお忍びとはいえ日本全国の悪代官と立ち回りなんてできません。
「吾唯足知」というのは「ワレタダタルヲシル」と読み、意味は「満足することさえ知っていればよい」ってことでしょうか。と言っても「いつもおなかいっぱいになれ」ということではありません。「現状で満足することを覚えれば欲求など空しいことであるなあ」という事だったと思います。そんなこといったら人の欲求で動く現代経済が破綻すると思いますけどね。人のあり方ということで言えば正しいんでしょうけど。
こんなこと書いていたら京都に行きたくなりました。
私は過去に4回行った事がありますが、最初と2回目は幼少のみぎり、3回目は中学の修学旅行、そして4回目は親の仕事のヘルプ。実は一度ものんびりと見てまわったことはないんです。だから行った事があるのはメジャーどころだけ。鹿苑寺、慈照寺、仁和寺、竜安寺、平安神宮、二条城、伏見城ぐらいです。あと太秦にある東映?の撮影所ぐらいかな。他にどこに行きたいのかと聞かれても返答に困りますがとにかく行きたいなあと。元々卒業旅行も京都に行くつもりだったんですけどね。
よく「入り口」の意味で「とばくち」って言うんですけど聞いたことありませんか?
私の周りの人はみんな使うんですけど...。
これは京都七口の一つ「鳥羽口」が由来だそうです。幕末の鳥羽伏見の戦いもこの鳥羽口が主戦場ですね。ちなみに京都は何度も戦争の舞台になっていますが、京都を守って守り抜けた人は今のところいません。例外は先述の鳥羽伏見の戦いの薩長軍ですが、あれはどちらかというと京都から出撃したような感じなのでやはり例外です。京都は戦術的にヒジョーに守りづらい土地だそうです。なんでそんなところに首都を置いたのかよくわかりませんが、とにかく天然の要害といえば加茂川ぐらいで、どうにも守りづらいそうです。
もう一つちなみに言うと、元号が明治に変わった(翌?)年に明治天皇は江戸城(後に東京城に変更!)に入り、太政官府(内閣?)を設置しているんですが、正式な遷都令はだしていません。基本的に太政官府が東京にあるからこれを以って「遷都」と考えることもできますが、正式な発表では「天皇が東京にいる間は太政官も東京に置く」ということになっているので、日本の正式な首都は京都であるが、今は「天皇が東京にいるから」東京が首都になっているというのが正確なところであるようです。変な国だ。
なんでこんなわけのわからないことをしたかというと、単に京都の人たちに遠慮したかららしいです。これには明治天皇が東京に行く際、京都の人たちは猛抗議したという経緯があったんですね。フィオレンティーナから移籍する時のロベルト・バッジォみたいで、いい話ですね。
ということでとりあえず京都についていろいろ書いてみましたが先にも述べたように特に京都に詳しいわけでもなく、まあ京都出身の人も読まないだろうから、と思って適当に書いたので間違いが多々あるやもしれませんがそこはご愛嬌。
というわけでおしまい。
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