かいたひと 柳家 松乃介
 
 
影法師との対峙
 
 
 此処に居る筈、そう夢の様に、緩くぼんやりと。
 少しだけで良いから照らして欲しい、あの夏の昼下がり。
 影が伸びきるまで遊び疲れていた記憶。
 ほのかに香る緑と朱の色。
 ・・ねえ、一緒に遊ぼうよ。
 さっきまで退屈そうに石ころを蹴っては追い掛けていた男の子がふと脚を進めた。
 ・・ほら早く!こっちにおいでよ。
 三秒程黙っていると焦れったくなったのか無理矢理に手を引っ張って。
 せっかちで少し強引な男の子、でも泣き虫でお母さんが大好きな男の子。
 初めての挨拶も無しにそのままお気に入りの砂場遊び。
 目が合うと泥だらけの指で鼻の頭を掻いて照れ隠しに歯を見せた。
 何時の日だったか今だった自分。
 この記憶が在りそこに存在した様に無駄にしないで欲しい、どんな想い出も。
 通り道だとしても在り続けた、課程の一つ。
 追い掛けていた日々、自分が追い抜かれない様に走り続けた。
 そこで一歩踏み出した。
 ・・うわ、凄げえ・・。
 背伸びしてスーツにサングラスと大人びて見せた。
 興味も無い成人映画、周りを気にし乍らスクリーンに目を遣る。
 友達の会話に合わせて粋がっていた自分、横の友達が当然そうに見るのが悔しかった。
 少しずつ解り始めていた自分が居た。
 大事な想い出も在る、でも巻き戻せない記憶。
 再び在る事の無い新しい道程の始まり、考えが一つだけ変わった。
 ・・この子はきっと良い子に育つ、俺に似ない子になるな。
 筆を取り、一画ずつ丁寧に腕を降ろす。
 慣れない事をして汗が滲む。
 初めての子供、そう言い聞かせると急に年を食った気がした、
 ネクタイを選ぶのに手間取っていると鏡に映る顔には皺が寄って居るのに気付き慌てて正した。
 旧知の友人には背丈の変わらない子供達と酒を交わす、そんな場面が在った。
 歪んでバランスの悪い文字、力強いだけのそれには新たな命の名前。
 書き終わり半紙をもう一度良く眺める、
 今横に居る可愛いだけの赤ん坊に命が吹き込まれた様な錯覚を憶える。
 この子の母親の写真がそれを祝福するかの笑顔だった。
 初めて歩幅を縮めて足並みを合わせる自分。
 比較的新しい出来事、そして暗転。
 思えば返す淡く儚い色で括られた記憶、もう思い返す事は無い。
 でも確かに在ったその場所とそこに居たものが思いを場所に刻めば良い。
 それはとても有り触れた終わりと言えばそれまでなのかも知れない。
 ・・お父さん、聞いてくれる?私ね・・。
 夢を語る娘の顔は何処か大人の女の顔だった。
 でも未だ弱く、手が離せない何も変わっては居ない様に思えてならない。
 柄にも無く娘の夢を祈りに託した、酷く変わったと自覚する。
 目が乾き、眠い気に駆られて目を閉じる。
 ほんの少し涙が流れた。
 そっと手を取る娘の手は温かい。
 それだけで嬉しかった。
 記憶が薄れていく瞬間、ふと過ぎる場面。
 それぞれの自分。
 あとは静かにその場から見守って居れば良い。
 それぞれの記憶は何処かで未だ生き続けるから・・。
 
 
 
 あとがき
 
 ちょっと時間が空きましたが良い作品になりました。
 今回は人の記憶と人生をテーマで行きましたです。
 でわ、この辺で・・。
 
 
 
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