全文章 柳家 松乃介
ACT I
誰かが蟋蟀達に送るバラード
七時五十分、手櫛で髪を整え眠そうに目を擦る自分の顔が妙にぼやけて良く見えない。
元々、良い顔をしている訳では無いが、そんな意味も含めて可笑しかった。
未だ夢の中に居るのだろうか、足が覚束無い。
まるで海の中を無理矢理に歩いているかの様に、まとわりつく感覚。
この街の午後は何時も何故か憂鬱で何処か違う空気を吸っている歩人達を、
例え難いが目を背けると言うか上目遣いに見ると言うか兎に角そんな態度で接していた。
下り坂を抜ける途中、真上を見上げると照る太陽、それが何故か印象的な一日。
時が流れる早さを時計の針の音で確かめて、
別にそんな事をしなくても時間は経ち、過ぎていくのにそうした。
久しぶりに見た映画は満員御礼と迄は行かないが人気の映画、内容も感想もまあまあで、
時間潰しにも格好で、終わった後気付いた事だがあれは良い映画だった、今更だがそうだ。
喫茶店で紅茶を頼む、珈琲はあまり好きじゃない。
狙い澄ました様に横の席は湯気立つ珈琲を息を吹き乍ら啜る老人。
この季節熱い紅茶や珈琲を頼む者等自分とその老人以外居る筈も無い、
自分と彼はこの狭い部屋の中で同じものを共有する何かを感じられた、些細な連帯感。
あの・・思い切って声を掛けた、老人の方はと言うと無粋な人物に対し快く返事をしてくれた。
剰り目が見えないと老人は最初にそう語る、先ずは自己紹介、広がる話題は当然乏しく。
何を話そうか、人生経験と寛大な心を持った老人に満足行く話を聞かせられるか不安だった。
それにこんな言い方はしたくは無いが自分が外人だと言う事に嫌悪感を抱くかも知れない。
目が悪いと言っていたので、それともどうでも良い事だよと軽やかに笑って流しているのかは表情から伺えない。
楽しい時間はあっと言う間、この国でも同じ事で、
又話がしたいんです、尻つぼみに告げた、何かこの老人には自分を素直にさせるものがある。
その老人は紙に自分の名前と連絡先を書いて渡してくれた。
自分が老人に認められた様で嬉しくて、ぐっと握りしめ無くさない様にスカートのポケットに入れた。
その夜、元々無頓着で大雑把な性格には気付いていて、包み隠さず個性と割り切っていた、でも今回は割り切れない。
此処に来た理由を思い出す、追い駆けて言葉の差も生活も捨てて来た。
良い処も在った、自分を知らないものばかりが混在する街、
彼等にとって当たり前の生活を繰り返している、凄く新鮮で何処か寂しい花の都。
最初の内は焦燥して歩き回り探した、でも今は探す事が怖い、
あれから時が経ったし此処で自分は変わった、もしかしたら彼も・・そう思うと足が退けた。
以外にらしいところもあるじゃない、自嘲を溜息混じりに吐き、
塗れたスカートのポケットを探り、老人のメモを取り出す、勿論もう読めない。
此処に来て長いが初めて親しく話した人物も自分でそれを裂いてしまった。
何処迄自分を傷付ければ良いのだろう、
腹ただしさに自分が何て間抜けな奴なんだろうと遠くから見ていた。
惨めに些細な事に悩む自分は本当に弱い人物だと。
そんなに素直じゃない・・私になったのは何時からだろう。
気怠い体を振り回す様に立ち上がる。
カーテンを開けて空を見上げる、何も変わらない朝、今迄と同じ朝だった。
仕事を休職して、もう残された金も少ない。
向かう場所はあの場所、僅かなお金を文字通り握って。
割とお洒落な店内、喫茶店にしてはメニューも多く客は・・まあ、それなりだ。
昨日はどうでも良い事だっただろう。
ベルが鳴り、足が見える。
・・違う、あの老人は足も悪いらしく杖を突いていた。
期待していた自分に気付いて顔が赤くなっていくのが頬杖を付いた時解った。
冷めていると良く言われ、眠そうな目で無表情、そんな印象を受けている。
段々と何か自分が誰かにすり替わった様で、自分でも違和感を感じた。
紅茶が空になりスプーンで掻き混ぜる振りに飽きた頃、もう良い時間だった。
お互い偶々歩き疲れて寄った喫茶店、其処での何気無い会話に過ぎなかったのだろうか。
ポケットを探り皺だらけの金を取り出す、今日はズボンのポケット、
今度は穴が開くんじゃないだろうか、そんな馬鹿馬鹿しい思考を巡らせ乍ら。
俯いて袖のボタンに気が触れる、
お釣りが帰って来るのを待つ、何をしているのかお釣りが帰って来ない。
文句を言ってやろう、顔を上げる。
その店員は驚いた表情と懐かしそうな、綯い交ぜの複雑な顔をしていた。
かく言う自分もそんな顔をしていただろう。
そんな絵に描いた様な思わぬ再会・・。
川沿いの階段に腰掛けて、俯いたまま時間が過ぎていった。
杖を突いた老人の話をした、彼は解らないと首を振るだけした。
昨日は居なかったらしく、見た事は無いと、それだけ告げた。
それから又黙ったまま過ぎる。
何か言いたいと言う訳でも無い、何を言って良いのか解らない。
言ってやる事は山程在った、飛行機の中で考え乍ら窓を眺めない様にしたのを覚えてる。
でも今は何も・・何故だろう。
ポケットを漁る、穴は開いていない・・先程の事を思い乍ら紙を取り出した。
もし、又あの老人に出会えれば・・白紙の紙とペンをポケットに入れていた。
其処に自分の名前と連絡先を書く、
名前なんて書く必要は無いが些細な嫌味に気付いて欲しくてついそうした。
そして彼の手に握らせる。
彼は何なのだろう・・と言った風に首を傾げた。
笑顔を精一杯に作って微笑んで、逃げる様に駆け出した、もう保ちそうに無かったから。
ほら、こうすれば大丈夫。
これなら私が無くす事も無い・・。
何時もそそっかしいから、でも彼なら・・そんな事は無いから。
又下らない事を相変わらず考えている私の手が引かれ、足が止まった。
「・・待てよ!」
「何で・・何でよ・・馬鹿・・。」
しゃくり上げる声で力無く言った。
久しぶりに使う国の言葉は思った程すんなりと口を付いて出た。
そして彼の背中に手を回し縋り付いた、涙をシャツに擦り付ける様に顔を埋めた。
こんなの私じゃない・・寂しいなんて感じてない。
でも涙が止まらなかった。
・・目元の見えない人達が皆が有り触れた生活を繰り返す。
そんな街に筆を取ると色鮮やかに変わる。
初めてこの街の空気を吸い込んだ気がした。
ポケットを探り確かめる、穴は開いていない。
でも私はそそっかしいから、私のポケットには何も入っていない。
どうしたの?と聞く彼に、ううん、何でも無いと含み笑いを漏らし乍ら答える。
下り坂を抜ける途中、真上を見上げると照る太陽、
触れ合う手と手の感触を確かめた、それが印象的な一日。
後書き
適当に書いた文章にストーリーを付け足していくやり方で作った作品です。
その所為なのか文章力の著しい欠如が問題なのか余計な文が多い気もします。
素直じゃない主人公と時折見せる『らしいところ』が表現したかった訳です。
でも何だか変な事ばかり考えている主人公になってしまいました。
因みに内容を一言でまとめると、
『夢を追い掛ける彼を外国まで追い掛けて行った主人公』の話です。
では、この辺で・・。
補足
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