かいたひと 柳家 松乃介
錆びたドア
先程寄った飲食店はなかなかだった。
その店は若い男女が経営している喫茶店、
寡黙な男と対照的に明るい女の店員が印象に残る。
其処で貰ったマッチで煙草に火を着けようとするが、潮風が吹き思う様にならない。
こんな何気無い事柄がこの町の想い出になった。
この町は観光客が多い、紅葉が美しくその所為だろう。
海産物が良く取れるらしく店に寄る。
先ず情緒的な内装に眼を引かれた。
こんな店に入るのは初めてだ。
旅は未だ未だ終わりそうに無い、そう思えた。
今日は偶然席が隣り合わせた中年の男と話し込んだ。
旅行好きらしく、何かと休日が重なると何処かへ行っているらしい。
この男のお陰で何時も日課だった窓から眺める景色もうろ覚えだ。
町はライトが照らされていた。
流行歌が流れ着飾った人が沢山居た。
前もこことは別の所で聞いた事がある歌に脚が留まる。
そんな懐かしさを思い出した。
少しだけだ。
列車から降りると前の町とは違い緑が溢れていた。
停留所には屋根も無く人も居ない。
こんな所も悪くない。
そう考える自分にこの旅も長くない事を予感させた。
歩き過ぎて靴が駄目になったので此処の靴屋で新しいものを買う。
無骨な音を立てていた靴から一変、小洒落た足下に違和感を覚える。
この靴に慣れる迄暫く時間が掛かった。
ここに着いた時は夜だった。
肌寒さを感じそれから逃れる様に近くの店に立ち寄り、軽く飲んだ。
別に其処で何があった訳では無いが、良い気分だった。
しっとりとしたピアノが流れていた。
雪が降る路地を歩いていると少女が座り込んでいた。
話し掛けてみると最初は怯えていた様だが段々と打ち解けて来た。
どうやら少女は親と口論になって家を飛び出したらしい。
自分にも似た様な想い出なら在る、何時だったかは忘れてしまったが。
結局少女は少しして家へと帰った。
それが一番良い選択だ。
この辺の人はお節介な人が多い。
偶々擦れ違った老女と話し込んでいたら家に泊めてくれると言うのだ。
気が済む迄と言われたが長居する訳には要かないので一泊だけにした。
夜中迄話し相手をさせられてあまり眠れなかった。
まあ、こんな日も想い出になる日が来るだろう。
長く感じられた冬が終わり春、何て事の無い町に着いた。
ふと立ち止まり、頭を過ぎる。
今迄立ち寄った町並み、風景、音、思い出。
旅は終わった。
もしかするとこの時を待っていた様にも思えた。
そう思わせる程ここの景色は美しかったのかも知れない。
錆びた扉を開けると、又新しい旅が始まる。
あとがき
今回のテーマは見ての通り『旅』です。
前の時の話に多少似た雰囲気だと思うです。
自分の中では良い出来です。
錆びたドアって何?って人は私に聞いて下さい、多分解ると思うですが、です。
素っ気無い○さん(○は動物の名前)みたいな主人公はきっと渋くて格好良いです。
こんな感じです。