全文章 柳家 松乃介
ACT B
Starlight Princess
少女が一人、繊細な模様がかった絨毯の上に両足を伸ばして座り込んでいた。
慣れない口紅の味に舌が痺れて来て、
出来る事ならひらひらのドレスのスカートでそれを拭い取りたい。
勿論そう言う訳にも要かずに我慢している、
好きなガムを噛めない、唾を吐き捨てたい、泣く泣く喉を鳴らした。
少女は縁の方が目立っている煌びやかな鏡に映る姿を薄めに確認する。
何処かで聞いた御伽噺に出る何も知らないお姫様の格好と言うべき少女の衣装。
その自分の格好を見て笑い出すがふと状況に気付いて無理に止める。
でもやっぱり可笑しくて肩を揺らしてしまう、
その時視線に入ったマニキュアと綺麗に細かく形を整えた爪、更に少女を可笑しくさせた。
このホールには踊り疲れた者、各々の人生や持論を語りたい者が僅か居るだけ、
腰を掛け眼前に在る豪華な料理や酒に見向きもせず互いの話に花を咲かせていた。
はあ・・少女は溜息を付く、
食べて下さいと言わんばかりの滅多に食べられない料理を、
口が幾つ合っても足りない程詰め込んで高い酒の瓶に口を付けて・・そうしたかった。
少女は食べられない料理を恨めし気に見つめ、肩を落とした。
「どうかしましたか?折角の舞踏会・・何か在ったのですか?」
白いタキシードを着た青年が少女に近付いた、
そしてしゃがみ込んで少女と視線を合わせて怯えさせない様に微笑む。
胸には赤い薔薇、貴公子の出で立ちと言った感じで顔立ちも良く柔らかい声をした青年。
「・・髪留めを落としたの。」
少女が彼の耳元で声を微かにあげた。
ゆっくり顔を戻して照れた表情を俯き隠した。
「そうですか・・では、私も一緒にお手伝いさせて頂けますか?」
掌を返し少女が青年と目を合わせる迄待つ、
少女が顔を上げると恐る恐るその手を取って立ち上がった。
少女の歩幅に合わせてゆっくり歩く、此処に来て通った場所を探した。
「私の部屋に来ませんか?新しい髪留めを差し上げましょう。」
会場を一周して、再びテラスに戻った二人、青年が少女の方に向き、語りかける。
肩を震わせて言葉に敏感に反応する、だが返事を待つ彼の手を握り返す。
それが彼女なりの返事。
ばたんっ、先に彼女を部屋に入れ青年は鏡台の場所を教え促す。
「どうぞ、どれでも好きなものを・・。」
引き出しを開けて整頓された髪留めを軽く手で掻き混ぜる様にした。
鏡越しに少女を微笑ましそうに見る、少女が選び終わるとそれを取り、彼女の髪を結んだ。
「似合ってますよ・・。」
青年は髪にやる手に力を抜き、頬へ肩へと滑らせた。
目を泳がせていた、ピントが合い青年の瞳にと吸い付けられる。
時が止まる、青年が腰を落とす。
目を閉じた、二人の唇が重なる。
先ずは軽いキス、段々と深くなり息遣いが荒く湿ったものになっていく。
「はぁ・・。」
少女が唇を離し、軽く息を零すそして青年に照れた仕草で微笑んだ。
脚を進めて青年の胸に納まる形になる、顔を下から覗き込んで、キスをせがむかに口を開いた。
青年が再び顔を近付けると啄む様に軽くキスを残す。
「・・レオン、やっと逢えたな・・寂しかったぜ。」
言葉の途中咳払いをし、低く声を戻す、少女は口を曲げて歯を見せた。
青年の髪留めをうざったそうに払い少女の片方の手が青年に伸びた。
ぱしっ、音が聞こえる位少女の腕を掴む。
「髪を伸ばして化粧にドレス、貴方は・・。」
「リュウって呼んでくれよ、ダーリン。」
青年、レオンが言い留める、すると少女だったリュウはじゃれつく様に組み付いた。
それを無表情にレオンが受ける。
「気付いてたのか?」
「さあ・・どうでしょう。」
「答えろよ。」
「嫌です・・と答えても宜しいですか?」
調子を戻したのかお互い笑顔を見せ様子を見る、一言一言間を空けた会話、
最後のレオンの科白を頭を振り払い疲れた様にベットにだらしなく手足を広げて身を沈めた。
「お前には薔薇が良く似合うな、ええ?」
「貴方にはその薄紅のドレスは酷く似合いませんよ。」
お互いの嫌味を聞いてもいない二人、独特の慣れた会話。
彼等二人の後ろに幼い二人が見える。
背丈顔も違えば人種も違う二人。
それを横で見ていた少女が居た、一人だけ姿がぼやける。
「明日ケイトがここに来る、忘れられない夜になるぜ・・ドレスのリクエストは?」
「純白のドレスなんてどうですか?」
「・・最高の結婚式だ、仲人は俺に任せろよ。」
不器用なウインク、後ろ手を振りリュウは部屋を去っていった。
それを見て、レオンは笑みを漏らした。
鏡台の空いたままの引き出しを閉める時自分の顔が映る、唇を軽く指でなぞり爪を噛んだ。
少ししてからレオンも部屋を後にした。
「じいさん、俺にもコーヒーくれよ・・って何だ、寝てるのか。」
火が着いたままのポットから湯気が立ち込める部屋。
振り子時計が曇り時刻が解らない、リュウはコンロの火を消してポットを開ける。
飲み口の欠けたカップにコーヒーを注いだ。
煮続けたので量が少なかった。
「リュウはいつから女の子になったんだい?」
「・・今日からだよ、ったく起きてるなら火を消せよ。」
軋む椅子に思い切り体重を掛けてふて腐れた顔でコーヒーを老人の元に置く。
「ああ、そうだった・・うっかり寝てしまったらしい・・。」
「俺の塒を燃やさないでくれよ。」
「ここはリュウの塒か。」
老人が自分に言い聞かせる、
そうかそうかとこっくりこっくり頷いた、そしてそのまま目を閉じる。
数秒後寝息を立て始めた。
「レオンの野郎、元気してたぜ・・危うくやられそうになったけどな。」
語尾の部分で笑いを混ぜて呟いた。
横に遣ると老人が寝ている事に気付き独り言になったのをリュウは舌打ちで紛らわせた。
「ケイトの服がこんな処で役に立つなんてな、ケイト・・明日はお前の結婚式だ。」
今度は本当に独り言だった、髪留めをテーブルに置き目を伏せた。
・・回りの劇団が劇をしに来た日。
皆いつも以上にはしゃいで、ホールが魔法の様に夢の舞台へ変わる、
それをより近くで見たくて皆前の方に固まる、披露される不思議なその世界に見入っていた。
でもその日一人だけそうで居ない奴が居た、一番後ろの席で偶に目を向けては無表情に。
レオン・・朝から俺やケイトが話し掛けても溜息混じりで元気が無かった。
あの床屋のブラウンがじいさんと話していた会話。
次の日ケイトが俺に言った言葉。
レオンはケイトの見送りに振り向こうとはしなかった。
ケイトは天井裏で泣いていた。
疲れた顔が安らぎ、涙の跡を残し、眠っていた。
「・・この舞踏会はいつ迄続くんだ?」
「今日で最後です、差詰め貴方はシンデレラですか。」
昨日と同じ部屋、リクエスト通りの白いドレスで、向き合う二人。
「ケイトは来れないってさ・・振られたな、お前。」
「で、代わりが貴方ですか、それは面白い冗談ですね。」
ちっとも面白くも無さそうにレオンは言い捨てる。
リュウは対照的ににやついた顔でレオンを見上げていた。
辺りは一瞬にして白く変わり、酷く落ち着き、違和感のある空気が二人を包んだ。
「その白いドレス・・ちっとも似合っていないですね。」
「仕方無いだろ・・ま、代役にしては良い方だろ?」
「・・どうでしょう。」
レオンが含み笑いでそれを沈めた。
肯定はしていないが否定もしていなかった、そんな軽口を叩き合う二人の会話は止まった。
「おじいさんは・・元気ですか?」
「まあ・・な。」
慣れないドレス、二日目だが未だそうだ、肩が冷えたのを掌で暖める。
それを見てレオンが意図の取れない含み笑いを又漏らす。
なんだよ、別に・・何でもありませんよ・・悪趣味だな、そうですか、淡々と会話が続いた。
「・・そんな格好迄して、貴方は・・。」
相手に聞かせる様に大きく息を吐いて眉間を抑える。
「ケイト、綺麗になったぜ・・仕事場でも人気の的だった、
料理も上手で、お前みたいな偏屈屋には勿体無い・・本当に良い女だったよ。」
「・・もう、良いでしょう・・リュウ。」
淡々と他愛無い世間話の様な淀みない科白の羅列が途切れ、
レオンが抑揚の在る声でリュウを制した、強引に肩を掴んで自分の方へ向けた。
「嘘だよ・・お前はケイトに振られたんじゃない、俺が呼んでいないんだ・・。」
「居るじゃないですか、ここに。」
それでも視線を逸らそうとするリュウの頬を手で挟み、振り向かせた。
そして初めて楽しそうに微笑んだ、それ迄の棘のある表情じゃない。
リュウの表情も柔らかく変わっていく。
「貴方・・ケイトに、似て来ましたね。」
口元を隠して目元に掛かる髪を掻き上げてポツリと呟く。
彼のその癖と態度にリュウも眉を吊り上げた。
「当然だろう?そりゃあ・・。」
「それは?」
今日だけはケイトの代わりに・・今日はケイトの誕生日だから。
「いや・・何でだろうな。」
気を引く素振りをし乍らも手を振り気を散らせようとする。
彼らしい態度にレオンが苦笑する。
そう、先程迄とは何か違う昔と変わらない彼等の素顔が見えた。
「下で・・踊りませんか?」
「ああ、俺で良かったらな。」
「ええ・・結構ですよ、ケイト・・。」
「リュウ・・。」
白いドレスを着た美しい少女と、誠実で気品ある青年が抱き合い、愛を誓い合う。
一夜だけの晴れ舞台を少し上から見上げている感覚。
リュウに重なる薄い影。
リュウはそのままレオンに体重を掛け、体を委ねた。
荘厳で夢の様なワルツの調べ、二人瞳を逸らさず見つめ合う。
ケイトとレオンの結婚式、仲人は俺だな。
リュウの事だから滅茶苦茶にする気なんでしょう?
その科白、彼奴にプロポーズしてから言うんだな。
え・・う、うん・・。
幼い兄妹が話す、夜中に他の子に聞こえない様に声を潜め乍ら。
後書き
えーっと、又意味不明で説明不足の文章になってしまい混乱を招いたと思います。
一応『死んだ妹の為に自分の体を貸して結婚式を挙げる』話なんです。
ちょっと問題有り?でも結構自己評価は高めだったりして・・。
でわ、この辺で・・。