全文 柳家 松乃介
ACT U
Strawberry Water Salad
ぐるぐる掻き混ぜられた、好きなだけ召し上がれ。
01
三番街の荒れは目に余るものがある、人々が舞台を広げると必然的に穴が出来こうなる。
首都コロニー、第一コロニー、そして地球、此処等は過去の歴史から人も多く文化も多彩。
だが人の数とは裏腹で、土地を作る術を知り数以上のものを造り上げて来た。
優良種達の監視も届かない此処・・第九コロニー三番街、警察もお役所も居ない、所謂スラム街。
通称SWS……ストロベリーウォータサラダの天候はいつも黒ずんだ雲と原色の青いタイルが剥がれた鉄筋だった。
常人達の朝は遅い、全員がやる気無い顔で嫌々でも仕方無く仕事へ向かう様は異様。
偶に大きな声が聞こえたかと思えば人の悲鳴ばかり、街も人も空も他のコロニーよりぶっ飛んでいた。
最もこの街でぶっ飛んでる奴は?聞けば皆が同じのを。
「あん?何だよ。」
カーラサリー=スウェッド、二十一歳無職、この男である。
昼間、小汚いシーツから這い出て鏡、意味も無く右の頬だけ引き攣らせてにやりと笑い。
カーラの暇潰しの一日が始まる、もう幾つ替えたか解らない財布だけ持って壊れたドアを足蹴る。
「よおキサラ、どうだ、これから映画どうだ映画?面白そうなの知ってんだよ!なあ。」
「どうせポルノ映画でしょ、パスパスあたし忙しいの。」
アパートを出て数歩、道端に落ちてた煙草を銜えてポケットを探るが火の気があるものは無し。
畜生、辺りを見回してライターを探していたら金髪の女、気さくな声に中指立てて挨拶を、
顔は馬鹿みたいな笑顔・・少し前に誰かが遣ってるのを見ての真似だ、結構気に入っててそれ以来ずっと。
嫌な奴に当たった、誰目にも映る細い目線で顔を背け歩き出す、心無しか早足で。
それに『お?』、着いて行って何事かとカーラ。
「・・もう、何よ!忙しいって言ってるでしょ?着いて来ないで。」
「ライター貸してくれよ、あ、それとな昨日ジョン見た、
黒人の・・アレ何て言ったっけなー、歩いてたんだ、ありゃ絶対遣ったな。」
「ほらっ・・じゃあね!」
まだまだ喋ろうとするカーラの眼前に火を見せて銜え煙草に着けてすたすたと。
おーいキサラー!おーい・・距離を離すキサラに呟いても彼女は無視。
「あらー・・ちぇ、あっち行くか。」
煙草はあっと言う間に切れて口で吐き出すと猫背で歩き出した彼の服装はジーンズだけだった。
中心街のゲームセンター、クロワッサンの地下、
月曜日の今日は誰も居ない、ボロボロのビリアード台、
レバーが錆び使いものにならないスロットマシーン、灰皿、とっくの昔に潰れた店の看板、古いポスター。
木製の床がぎしぎしと音を立ててカーラを迎えた人は一人。
「だから居ねえっての、皆仕事行ってるよ。」
出会い頭呆れ顔で溜息、脳味噌足りてるか?こめかみを押してサイン、彼等の間で流行ってる挨拶だ。
「ベン、映画行かないか?今飛びっきり良いのやってんだよ、エリル=ルーカスっつう女優の。」
「誰だよそれ、知らねえよ。」
今日二度目に言葉を遮られて流石の彼もおいおい、数年切ってない髪を掻き上げて頭を掻く。
ベンの方は悪気は無い、だらだらとまとまりの無い彼の話なんて最初から真面目に聞かないしどうでも良い。
何か飲むか?ラムだろ・・返事も聞かず瓶を渡した、何とかの一つ覚えのカーラの好物。
「何奴も此奴も仕事か、偶には遊べば良いのにな。」
瓶ごと飲み干す勢いでだらだらと喉に胸に零れながら煽って言う、
後ろの台に腰掛けて瓶の口に遊びで指を突っ込んで店内を見回して忙しない動作。
「お前何処に金あるんだよ、何年も遊びっぱなしじゃねーか。」
「オレか?全然よー。」
笑顔で自分を指差してけらけら、呑気に毎日無駄に過ごす彼の事情は誰も知らない。
彼自身もで貯金なんて少しも無いし汚いアパートに住み家賃は一度も払った事は無い位だ。
家主の優良種だと言う女に何故か気に入られ週に一度彼女の部屋に行くと何故か金を貰えたり、
道行く他人と暇潰しに喋っていたら財布を落としたのを拾ったり、腹減ったと友人に飛び付くと飯、家に泊めて貰え風呂にも入れる。
「まあ良いじゃん、だからベンもこんなクソみたいなトコ辞めて遊べば?」
「そのクソみたいな店に来てる馬鹿が居るから意外と儲かるんだよ、ほら25ピオル。」
掌をひらひら、んー・・眺めてちょっとして意味に気付く。財布を漁る50ピオルと小銭が数枚。
はいよ、と一枚の紙幣手渡してそのまま階段へ、渡したのは50ピオルだった。
薄暗かった地下から外への階段、無理矢理作った地下への階段は急で彼位の背なら度々頭をぶつける事も屡々。
今日も入る時出る時で二回ぶつけた、やっと狭い思いから抜け出し鉄の空を仰ぐ。
生まれも育ちもこのコロニー、外なんて知らないしこれ以外の空も見てない彼には正常だ。
だが時折此処に来る優良種視察団、別のコロニーからの移住者は病んだ空だと口々に述べる。
カーラにはその意味すら理解出来ないものだが・・。
「ま、良いか・・腹減ったなー。」
この一言で全部通していた。
そろそろ寒くなる時期、来週には気温を十度下げ始めるらしく彼にとっては困る話、
上半身裸では流石に外が歩けない・・服が無いと言うよりは煩わしい、ボタンを留める事すら嫌がる彼。
そもそも何故にわざわざ温度が下がったり上がったりする?
誰かに尋ねるとシーズン、聞き慣れない言葉で返って来た。
優良種達の考えは今一カーラには伝わらない、結論はちょっと気になっただけどうでも良いか。
「あ、あー!おっさん、ガリルのおっさんじゃねーか、久しぶりだなー!元気してたかー何処に居たんだよ。」
「・・カーラか、相変わらず五月蠅いなお前は。」
見た顔を捜して首を振る、顔に絡む赤い髪も構わずに異様な程大袈裟に。
すると見付けた、狭い街で人一人見付けるのは簡単そうで難しい、だがそんな事は構いはしない。
彼は有名人で一度会った人物は忘れない、加えて年中街を彷徨いて誰彼構わず話し掛け気付いたら友人にしているから。
黒いサングラスにスーツ、靴じゃなくてサンダルの男が通るのを手を取って引き留める。
ガリル、実際には結構な年だがかなり若作り、年齢は三十五になるらしい。
「へっへー、まあ良いじゃんよ、どっか飯喰いに行こうぜ、ハンバーグかスパゲッティな・・っと、ありゃ・・。」
白い歯を見せて涎を吸って・・空腹感を身体で表す、喉の渇きはさっきベンの所で買ったラムがある、左手の瓶。
飲もうとしてすっと手を挙げると異変に気付いた。
「ん?どうした・・って何だ。」
「・・あー、よっと・・抜けない、ちょっとおっさん、引っ張って、これ・・。」
人差し指を瓶の口に入れて遊んでいたままだったそれが指関節の所に引っ掛かり固定された。
気付いてぐっと左手を引っ張るが取れない、今度はもっと力を入れて・・。
「うわ・・このまま取れなかったらどうしよ・・痛!痛いって・・ゆっくり・・よっ・・あ!」
ワインの栓を抜いた様な小気味良い音がして指が離れた、
相当の力を込めていたガリルとカーラがふらついて栓の取れたラムが勢いに乗って流れ出て行く。
「あーあ、勿体無いねえー。」
膝を付いて流れる出たラムを惜しそうに眺めるカーラを見て苦笑するガリル、
初めてカーラに会ったのもこんな馬鹿馬鹿しい事だったのを思い出して・・。
「くくく・・お前馬鹿だろ・・じゃあな。」
数秒見下ろして眺めていたが去ろうとする彼の足が見えてがっとしがみつく。
「おい、ちょっと待ってくれよおっさん、飯は?」
「未だ腹減ってないんだよ、それに用事があるんだ・・子供の相手してられねえ。」
「解った、じゃあ映画どうだ?そんなに時間も取らないしエリル=ルーカスの奴、凄いんだぜ、オレなんかもう三度も見た・・。」
「おいおいおい、俺みたいなおっさんとポルノか?
ヨースあたりと行くんだな、それか恋愛映画とかアクションとかもうちっとマシなのにしろ。」
急な話題とエリル〜の下りにも直ぐに対応するガリルは街でも有名な道具屋だ、
元々此処に居着いたのも旧世代の古物目当てで今も優良種相手にレアな品を探しては売りつけているらしい。
この街にはゴロゴロ転がるのも一部の人間にとっては宝石並の価値がある、らしい。
カーラの知人の中で一番の物知りだが・・肝心の彼はガリルのそんな事一度聞いらだけで既に忘れていた。
「恋愛映画?・・あれ嫌い、意味解んないし女が出ても脱がないし撃ち合いもカーアクションも無い。」
心底解らないと言った顔、未だ座り込んでガリルのズボンを引っ張っている、
好い加減面倒だがそれと無しに可愛らしい、
何故か憎めない男の仕草に半分呆れつつ腕時計に目を、ガキの我が侭に付き合う自分も馬鹿だとサングラス外し目元を擦った。
そのまま彼と目を合わせる、子供に言い聞かせる様に静かでも厳しい目線を直感で感じて彼もぴたりと黙る。
「・・今日の夜にでもベンの所に顔を出す、話はその時な。」
「え・・うん、ああ・・。」
するっとズボンを掴む手が力無く落ちる、彼の足音と背中を見送る、くたっと下がった右手が零れたラムで濡れていた。
勿体無いので口に・・・・・・不味かった。
あれから街を一週する勢いで歩く、歩く、誰も見知った顔は無かった。
カーラは空腹も忘れてぼーっとしながらでも注意深く知人を捜すが居ない、平日皆仕事に励んでいて当然と言えば当然。
普段ならぶつぶつ独り言には聞こえないのを何だかんだと言うが何故か黙る、そして考える事。
(恋愛映画ってつまんないよなー、一度見たアレ・・何っつったっけー?つまんなくてさっぱりだったんだけどな・・。)
つまらなかったと言う感想だけで覚えていた、題名も俳優もストーリーも全部忘れて。
数秒後にはその堂々巡りの悩みも飛んで行き着けの飯屋に足が行っていた。
「爺さん!おっす、カーラ!」
店・・とは呼べない一件の見慣れない様式の家で彼は何時にも増しての大声で自分の名と挨拶。
家が広いのもあるが彼のその声にも理由があった、
ひょこひょこ遅い動作で玄関から人が、負けじと間延びして嗄れた大声が返って来る。
「んーー?おお・・お前さん・・カーラかー。」
「そうそうカーラカーラ!爺さんお腹空いた、飯無い?」
「ええ?飯か、あるであるで、食ってけ食ってけ。」
老人のその二度二度の言葉を真似てカーラも此処ではそう喋る、そんな陽気な彼を迎える老人。
いつかの道端、空腹で唸っていた彼に会い飯を食べさせてから暇になれば通う様になった、
愛嬌が良く甘え上手なカーラ、それなりに毎日暇な老人、上手く噛み合って互いに楽しい時が来る。
彼のアパートからは遠く誰にも相手にされない日の終着点、タダ飯に有り付け耳の遠い爺さんと話せる、それなりに居心地の良い所。
「カーラや、寒かろう、いっつも服も着ずにうろちょろうろちょろ・・。」
「あん?オレ別に寒くないぜー?でも来週から寒くなるらしいからちょっと困るな。」
オートミールを乱雑に掻き込みながら雑談、老人の方はもう食後の珈琲だ、丁度彼が来た時に食べ終わったらしい。
「元気が良いのう、儂も子供の頃は似た様なもんじゃった。」
「へえー・・。」
会話は進む様で実は進まないが二人共気にしないので構わない、食べ終えて老人に頼まれ肩を数分叩いて遣る時もずっとその調子。
「おお、言い忘れよった、先週に孫が越して来て・・
今買い物に出とるが今度遊んで遣ってくれんか、未だこの街に慣れてないみたいでのう。」
帰り際にわざわざ玄関迄送る老人が背を向ける彼にそう、カーラが首だけ向けて足を止められる。
「マゴ?」
「おお、そうかそうか。」
耳が遠い老人には聞き返した声が肯定に取れた様だ、違うと思いつつも断る理由にならなくて頷いて親指を立てた。
「マゴ・・って何だ?」
それよりもマゴの意味を知らない、考えながら老人の家を後にしたがもう忘れてた。
だが数歩歩くともう忘れていた、お腹もそこそこで今度は煙草でも買って家路に着こうと来た道を戻る。
(ライター・・無いなあ。)
銜えるだけで火は無し、通行人に借りようとキョロキョロ、一人呼び止めて火を借りる。
「ふう・・・・・・・・・・・・良い女居ないかなあ。」
煙草で思い出すのは最初の女、偉く煙草が好きで彼が覚えたのはその女からだった、そして良い女。
実際には一ヶ月程度の付き合いだったが彼にとっては鮮明でそしてすっと消えて行った、今はきっとコロニーの外。
無意味に空を仰ぐ、相変わらずの鉄のカーテン、煙の様な雲、この狭い空間は彼には暇過ぎた。
騒いで遊んで・・繰り返す内に此処では彼の名前は誰でも知っている位になった、
彼自身も大体見た事ある人間ばかり、人の顔を覚えるのは得意技と自称する程・・その反面相変わらずの風景と人並みに飽きても居る。
特に女、この街の女全員知り尽くした位見飽きてた、
特に気は無いが何故か困らない・・一人で映画はつまらない、せめて誰か・・。
「あ・・。」
空から目を降ろしふと、電柱に縋り煙草を吐いて・・空気が流れる際、横切った人影。
背は長身のカーラより大分小さく、黒髪、白い清潔そうなシャツとスカート・・そして彼が煙を吐いた際にふと。
目を向けた一瞬・・彼の視線を奪う瞳と顔・・。
「思い出した。」
あの映画の題名。
運命の恋人・・つまらなくて女が出ても脱ぎもしない、全然意味が解らない映画の名前と横切った少女。
「・・はい?」
カーラの暇に満ちた日々が少し変わろうとしていた。