全文 柳家 松乃介
 
 
 ぐるぐる掻き混ぜられた、好きなだけ召し上がれ。
 
 
 
 02
 
 此奴は運命の恋人だ。
 何て感じる程カーラには情熱もロマンも無い、
 陽気な性格と人の顔を覚えるのが得意なだけで他に取り柄の無い人間、最も不得意なのは引き算。
 ふと少女の顔を見た瞬間、その映画の題名と同じ言葉が浮かんだ、何でだろう。
 「・・はい?」
 咄嗟に手を取って呼び止めたのは良いが其処で止まる、何考えてたっけ?頭を掻く。
 「どうしたんです?」
 取り敢えず立ち止まって半裸の男相手にも嫌な顔はせず誠実にの少女の態度に当たりの悪さを感じる。
 こんなタイプと話した事は無かった、三番街には無い雰囲気、そして彼女の美しさ。
 (・・・あれ、何で黙ってるんだ?オレ・・・・ま良いか、此奴と話そうかな。)
 見惚れながらも僅かな疑問を抱えた。
 「ああ、えーっと・・あんた名前なんて言うんだ?オレはカーラ、映画好きか?それと後・・・そうだなあ・・。」
 言おうと思った直後から全部一気に相手の事も考えずに、彼らしい言葉の羅列。
 一瞬聞き取れない様な・・呼び止められて黙って、そして捲し立てる青年に。
 「・・順番に、フィー=クロノフ、映画は・・普通かな。」
 羽根の様に軽く穏やかな空気を起こして細い声を紡ぐ、ふーん・・彼は改めて見ていた。
 細い肩に日焼けと縁遠い手足、当然足が着いているが浮いている様に見える、
 彼女があまりに違うだけ・・何でそう見えるんだろう、横から後ろからぐるぐる回って見るが解らない。
 「じゃあ・・えっとフィー、これからどうだ?映画行かないか?それか何か飲みに行くとかどう?遊ぼうぜ?」
 飼い主に甘える犬みたいに見回って忙しなく質問をぶつける彼を見て。
 (この子頭悪そうね、何で上半身裸なの?)
 密かにフィーの頭中では一番にそれが来ていた。
 彼女も彼程露骨にしないが見ている、痩せては居るが筋肉の付いた身体、身長が高いのは良いが髪が長いのがネック。
 何故か上半身裸でズボンもくすんだ色をしてそれと唇にあるのは煙草、彼女が嫌いなものの一つだ。
 最後は口調からまるで自ら主張する様な無思慮さ加減・・。
 「確かに今日は暇だけど・・どうしようかな。」
 別段用も無いが素直に頷くのは気が引ける迷う振り、いざとなったら逃げるなり適当な言い訳でも使えば良いし。
 フィー=クロノフ、容姿とは裏腹に底意地の悪いタイプである。
 「えー、遊ぼうぜ、映画が嫌なら・・っんと、そうだなあ・・兎に角遊ぼう。」
 映画の他には何も無い様だ、捻っても捻っても彼の語彙では出なくて、フィーにはそれが心底可笑しく見えた。
 「・・貴方何歳?」
 もう途中から敬語も無くなった、喋る必要は無いと感じて。
 多分同い年だろうか、頭の出来も顔付きも幼さを残している。
 「あん?二十一、フィーは幾つ・・?ってちょっと待って、未だ言うなよ・・。」
 又ジロジロ、左右に下から上から後ろも・・見る見る、小難しそうな表情でうーんと唸る。
 その間動けないのと彼が可笑しいので震えながら笑いに耐えていた、ホント子供。
 二十一には見えない・・因みに彼女の年齢は十六である。
 「十九、いや二十だ!なななあ、そうだろう?」
 全然違う、見る目が無い。
 だが嬉しくもある、普段子供扱いされるばかりの自分が四つも上に見られて・・
 彼女が微笑んだら肯定の意志だと思って『だろー!?』喜ぶカーラを見て再び疑問。
 (・・別に年位誤魔化しても良いよね。)
 嘘の年齢を言うつもりも無かったのだが気分が良いのでそのまま通す事にする、気を良くすれば簡単に肯定。
 「・・じゃあ良いよ、何処に連れて行ってくれるの?」
 「え?お行くか?じゃあ・・映画だな、エリル=ルーカスの・・行こ行こ!」
 早速手を引っ張って意味無い駆け足で、忙しない彼に連れられる。
 「あ、ちょっと・・。」
 早くも返事へ後悔を覚えた、そしてその先も後悔する事になる。
 エリル=ルーカス主演の映画『淫欲の夜』、
 二十一世紀に人気を博したアイドル主演のポルノ映画である、結構ハードな奴。
 
 「ちょっと・・貴方!」
 「ぅん?ああ、ポップコーンな、はい。」
 さっき其処の売店でとった無駄に縞柄の箱。
 映画見ながらポップコーンが一番、と誰かに吹き込まれ、
 本人もその通りにこれをバリバリ砕くのを見ていた、ガラガラの映画館には二人だけ。
 隣り合わせで座ってそこそこの音量で声・・胡散臭い嬌声だ、
 エリル=ルーカスは顔とスタイルが良いだけで演技は下手だった。
 カーラの方はと言うと三度目なのでそう集中もしてなくてポップコーンを一言も喋らずにバリバリ、
 隣にすっとポップコーンの箱を差し出しても受け取る気配も無いのに気付き漸くどうした?目線を合わせた。
 (映画映画って言うから何なのかと思ったら・・しかも・・。)
 とてもじゃないが見てられない、内容も無い只女優が映るだけの無意味な映画。
 「こんな映画見ながら食べたくないですっ。」
 「んー・・そうか?映画見るならポップコーンだと思うけどな、面白い?」
 彼女の変化には全く気付く気配は無い、それにもう一度声を荒らげ。
 「普通女性はこんなもの見ません、面白くないのっ!」
 勢いで立ち上がってすたすたと出口へ、呆気に取られてスクリーンとフィーの背中を交互に見る。
 「・・つまんなかったのかな。」
 暫く考えて座席にポップコーンを置いて後を追った、
 スクリーンでは陳腐な演出と無駄な音楽に半裸の女、ストーリー的にはもう少しでベッドインの所の様だ。
 
 映画館を出てキョロキョロ、額に手を疲れたのと怒り顔とを交ぜた表情のフィーが見えておーい!
 「・・やっと追い掛けて来た。」
 誰にも届かない呟きで溜息そして睨みを利かせた。
 遠くからの威嚇に流石のカーラも一瞬怯むが近付いて何故か笑顔。
 「なあ、つまらなかったのか?うーんオレは結構面白いと思うんだけどな。」
 「女性と一緒にあんなものを見るって・・何考えてるのよ!?」
 あまりのぶっ飛び振り、最初からちょっと足りない子なのは一目瞭然だったが此処迄は許容範囲外。
 知ってて遣ってるならとっくに見捨ててる所だ。
 「女?キサラとミワとも行ったけど二人共つまらなそうだったなー、フィーもか?女は嫌いなのか?」
 「ええ、普通の人は大抵。」
 普通の、で力を入れ極力平静を保ちつつのフィー、ふーん・・じゃ次何処が良いか?と全然気に触らないカーラ。
 「うーん、何処かなあ・・あ、ポップコーン忘れた、良いかあんまり食べたくなかったし・・
  じゃあ其処でラムでも買って・・・・あちゃーライター無かったんだった、フィー持ってない?」
 考える途中座席に置いたままに気付いて走ろうとして止めて見回しながらポケットから既に箱がボロボロになった煙草を出して手がピタッ。
 ライターライター、ポケットを叩き今朝から無かったのを思い出し止め、フィーに手を出してライター貸して。
 (この子滅茶苦茶忙しない・・。)
 見ていてつくづく思う、彼のライターとせがむ手に返事もせずに。
 「私、煙草嫌いですっ!出来れば吸わないで下さい。」
 何時の間にか最初の敬語が戻っているフィー、
 こんなに子供みたいなのに煙草、ポルノは覚えている。
 もしかしたら彼女の中での想像とは彼は違うのだろうか、もう帰ろうかと思い始める。
 「えー、嫌いな奴って居るんだ、格好良いのに・・ま良いか。」
 素直にポケットに終い直してから銜えたままの一本を吐き捨てた。
 因みに煙草、三番街の様なスラムコロニーでは未だあるが地球や優良種の多い都市では全面禁止になっている。
 「じゃあ何処行こう、どっか面白いトコ知ってる?」
 「・・知らない、私つい最近此処に来たばかりだから。」
 不意にやっと振られて答える、先ず最初もそうだ。
 彼女は一週間前に来たばかり、都合で・・案内も兼ねて誘われたカーラに色々な場所を教えて貰おうと思った。
 普段ならこんな男と歩く事は無いが此処に来て他人と話したのは久しぶりだったのでつい期待していただけ。
 「つい最近?他のコロニーからか?何処だ?地球か?」
 「・・地球から。」
 と疲れを覚えつつ言うと直ぐにおおーー!と叫ぶ、一瞬驚いて何?
 「地球は良いよなあ、格好良いもんなー、カウボーイとか殺し屋とか居るんだろ?」
 馬鹿。
 映画で見たそのままが地球で起こっていると思い込んでいる様だ、フィーも段々と掴めて来たのがちょっと憂鬱だ。
 彼には悪いがカウボーイの話に付き合う気は彼女には無かった、諫める合図で両手を下に。
 見事に彼がそれで目を丸くして止まる。
 「あと普通デートに誘う時は相手に聞くでしょう?何処に行きたい?とか女性に。」
 「え、デートか?良いなデート、よし!デートに行こう、じゃあフィー何処に行きたい?」
 どうやら彼は一つの単語が気に入った様だ、今迄体験した事が無い事、デート。
 言葉に詰まった、失言した・・フィーは無言だが恥ずかしい気になる。
 (デートのつもりじゃなかったんだ・・私はてっきりナンパかと思ったのに。)
 彼女の方はデートと思っていた様だ。
 「あのね、さっきも言ったけど私はあまりこの辺を知らないの、解る?」
 聞き分けの無い子供扱いでゆっくり確認を取ろうとする、いちいち諫めながら。
 遣ってる内に自分も間抜けに思えて来たが此処迄来て止めるのは彼女にとってもっと間抜け、そのまま続けようとする。
 「うん、だってさっき言ってたじゃん、解る解る。」
 (くっ・・!)
 さらりと返されて歯噛みするが此処は耐える、確かに言ったし何処に行きたいか聞け、とも促したのは事実だ。
 「だったらね、彼処と此処と其処があるけど何処が良い?って聞くべきじゃないかな?と思うんだけど。」
 「ふんふん。」
 本当に解ってるのかと問い詰めてやろうか、彼女の腹では段々黒い渦が巻いて来るがカーラのあどけない顔で少し和らげられる。
 結局彼の言う面白い所を順に回って行く事になった、終始話が絶えないので彼も彼女もそこそこの時間を過ごしていた。
 
 最後は公園、彼が言った時先ずフィーが。
 「・・何で最初から此処にしなかったの・・?」
 (賭博場やコーヒーショップ、そんな所ばかりだったじゃない・・。)
 三番街を代表する様な怠惰と危険に満ちた場所ばかり、何の悪気も無く其処へと案内するカーラの様子は或る意味異様。
 やはり遊び慣れている彼の横顔を見ながら少しだけがっかりしていた。
 (結構良い子なんだけど・・。)
 フィーには僅かな期待、初めての病んだ街で出来た知人への理想、あと。
 「・・?」
 カーラの瞳、普段人見知りする程のフィーがわざわざ付いて来たのは思い掛けない煽てと孤独によるもの。
 先程から彼に言い聞かせ色々な『デートスポット』とやらを回る、さっきみたいな映画とかじゃないのね。
 念を押しても無駄、映画で無いだけのサブカルチャーの数々、此処はそれ以外無いのか。
 「なあなあお腹空かないか?向こうのホットドック食べようぜ、なっ。」
 さり気無い仕草でのウインクにドキリとする、この子にはこれがあった、人を何だか気楽にさせるもの。
 理想は高いつもりのフィーも傾きそうになるが此処は敢えて見てない事にした。
 それでもきっぱり断り背中を向けて帰れない所に彼女の現状が浮かんだ、この街で初めて出来た知人・・。
 「・・君だけ食べなさいっ。」
 五つも年上の男に何故か先輩の様な口調はフィーの最後の砦だった。
 「えー、美味しいのに、ま良いか、買って来る。」
 (・・奢ってくれるとかもう一度誘うとかしなさいよ・・。)
 本人の意思と言葉は裏腹一人で考えて一人で失敗していた、朝少しトーストを齧っただけのフィーのお腹は充分空いている。
 程無くして手にはケチャップのたっぷり掛かった大味そうなそれ、しかも二つ持って駆け足。
 (何だ気が利く・・。)
 「お腹空いたからなあ、二つ買ったんだ、へっへー!」
 二度目の落胆、頭中のセリフは一瞬で消えた。
 そして交互に二つかぶりついて口元にはだらしなくケチャップ、
 ベンチで少し距離を置きつつ気付かぬ内ジト目のフィー・・端から見れば変な光景だ。
 公園の前に行った『デートスポット』でも彼等二人は奇異なものだった、お淑やかそうなフィーと有名問題人のカーラ。
 彼も器量は良いし彼女は何と言っても三番街に似合わない可愛らしさがある、
 カーラは格好の通り滅茶苦茶でフィーはこう見えて結構計算高く狡い、似ていると言えば似ている二人。
 (せめて食べ欠けだけど食べる?とか・・私は別に・・構わないし・・。)
 あっと言う間に胃に入れてしまって此処でも彼女にとって面白くない結果になった。
 そしてぱっと煙草を出してケチャップも拭かずに銜えて・・又ポケットをパタパタ。
 「ライターは無いんでしょう?それと私の前では吸わないでって言ったでしょう・・。」
 もう忘れている彼に言い聞かせるとそうだった、箱に戻した。
 「そうだったそうだった、じゃあ今度フィーと会う時は煙草持って行かない様にしなきゃな。」
 「今度?」
 「おう、平日の昼は皆遊んでくれないからさ、仕事だって言って。」
 因みにフィーは独学生、将来の目標は事務員で理由は肉体労働で無く高収入だからと言うささやかそうで大それたものである。
 (まるで私が暇潰し相手じゃない・・しかも又会うとかもう友達になってるみたいだし。)
 「駄目!こ・・今度又遊んであげても良いけど・・休日ね、解った?」
 咄嗟に声を出して・・考えて、そして最後は返事を無理強いする様に強く。
 「えー何で?じゃ明日も駄目?」
 「明日はうーんと・・大丈夫・・かな、た、たまたま。」
 彼女自身無理があるなと思いつつもカーラは特に考えもしない、普通の会話になっている。
 「やったー!フィーは良い奴だなあ、他の奴等用事があるとか言って逃げるんだぜ?ひでえよなぁ。」
 只明日の遊び相手が決まっただけで一喜一憂する彼に肩を竦めて呆れながらも何度か頷いて。
 最後の最後には彼女の思い通りになった、そして歯を見せてのケチャップが口の端に着いたままの格好の付かない笑み。
 「ちょっと・・これで拭きなさい、口。」
 「んー?何処?血でも出てるか?」
 「もうっ・・。」
 ポケットからティッシュを出して手招きすると簡単に顔を寄せて来る、雑に唇をなぞって取って。
 まるで子供か姉弟かの様な構図、世話焼きでも無いフィーだが悪くない気も少しする。
 「何かさ、フィーはお母さんみたいだな、オレのお母さん。」
 口元のそれが取れて唇を手で触って・・笑顔と素朴な表情で、一瞬訳の分からない顔。
 最初はおばさん臭いと言われたのかと思った、さっきから期待したら外れるのがあってか。
 「何よ・・急に。」
 「あそうだ!そう言やフィーに会った時にさオレ映画を思い出したんだ、アレ、アレだ・・あれ?えっと・・何だったかなぁ。」
 カーラにとっては本当に何気無い思い付きだったらしい、やっぱり肩を空かせるフィーが居た、続きが聞きたかった。
 仕方無く話を追ってフィーを連想する映画・・昔彼女に似たポルノ女優の映画でも見たのだろうかと嫌な気が。
 「なあ、何だっけ?知ってるか恋愛映画でさあ・・運命の・・運命の・・。」
 ちょっとずつ出掛かってそれ以上は・・と言う時、彼女の口が動く。
 映画は普通に好きな程度、年に一回か其処等かで・・でも知ってる有名な・・。
 「恋人?」
 「あーっ!!それそれ、フィー凄いぜ!そうだそうだ。」
 (何でかしら・・?出演していた女優に似ていたとか?そっちなら良いかも。)
 この少女、やはり煽てには弱い、勝手な解釈で今度は彼女が笑う番。
 何でニヤニヤとしているか解らないがフィーの笑顔が可愛らしくて取り敢えず彼も喜ぶ、何故だか嬉しくて。
 「これって運命かなあ・・。」
 「・・・・・え?」
 気疲れはしないが普通に疲れたデート、フィーの三番街での生活も変わり始めた。
 
 
 前へ
 次へ