ひとは、どれだけ傷ついたら
どれだけ泣いたら強くなれるのでしょう… やさしくなれるのでしょう…。
神様教えてください…
モーニング娘。安倍なつみのスーパーモーニングライダー
ラジオドラマスペシャル
前編
「雪、なんだ…」
北の雲は低く垂れ込めて、海鳥は水平線に平行に飛ぶ
そして函館は真っ白だった…
長い冬はまだ始まったばかりなのに、誰もかれもが寒さから逃れるように首をすくめる
私はまたここに戻ってきた
私とあなたが育った街、あなたを好きになった街
見えてきた街並みに、涙が出そうになる
私はあなたからの手紙…、最後の手紙が入った胸のポケットを押さえる
私たちが、その小さな恋を実らせるために使った時間。あの日のことを覚えてる?
高校の卒業式の夕方、ブレザー姿のあなたと私
卒業証書の入った筒を、ポーン、ポーンて投げながら日和坂を歩いてた
きれいなオレンジ色の中に染まる私たち
なんだか力が抜けて、坂の下、港のほうを眺めてたね
私は、あのときのことを一生忘れないと思う
そこを過ぎれば、私は東京へ、あなたは札幌へと離れ離れになるはずだった
ぎこちなく、でも突然に恋の言葉を口にして、私は黙ってた
困ったようなあなたの顔を見ながら、私、「奇跡だ…」って思ってた
あなたは、私が言おうとしていたことを、ゆっくりと、そしてはっきりと言ってくれた
胸をギュッて掴まれたみたいに、私たちはその時間の前に立ち止まってた
ちょっとずつ…、ちょっとずつ…、私たちはその距離を縮めていった
あえない時間と距離が、はじめて恋をする私たちには、ちょうどよかった
ゆっくりと、私はあなたを、あなたは私を、感じていた
幸せだったよ…
(…電話の呼び出し音)
「そうだよ、う〜ん、すごいんだもん、驚いちゃった」
「バーゲン?行ったよ、なんかさ、たくさん買っちゃったんだよね」
「う〜ん、えっ!?」
「や〜、今ねぇ、雨が降ってきて、う〜ん」
「あっ、ねぇねぇ、そっちの窓からは何が見える?」
18歳の遠距離恋愛…
電話線に乗って届く、あなたの声
コンピュータにやってくる、あなたの手紙
「明日は牧場での実習です。牛のにおいにも慣れてきました。絞りたての牛乳、かなりおいしい。
ほんとは殺菌しなくちゃいけないんだけど、僕らはごくごく飲んでいます。
今度は牛からちょくせつ飲みたいと思っています。」…「って馬鹿」
そう去年のクリスマスのこと、覚えてる?
函館山からの夜景、寒くて寒くて、でも、すごくきれいだった
私、あのときのあなたの暖かさを、ずっと肌に覚えてる
私たちの初めてのクリスマス、ずっと続くと思ってた…ずっと…
「寒っ!もぉ、きれいだけど寒いなぁ」
「う〜ん、でもさぁ、ここに、ずっとあなたと来たかったんだよね」
「う〜ん、何度も見てるけどこの景色、あなたと、ね、いつか、一緒に見たかったんだ」
「ほら、星が本当に、私たちに降ってくるんだ、ねっ」
「えっ、何?」
クルンと、あなたの、大きなコートに包まれた
暖かい…
(…携帯の着信音)
それは、とても、急な出来事
じっと見た携帯電話…
通話ボタンを押す瞬間、とても嫌な気持ちだった…
出来れば…、出たくなかった…
でも、出なくちゃいけないことも、一瞬で分かった…
あなたのお母さん、ゆっくりと言う…
それは、あなたの入院を知らせる電話
病名は、急性癌…
若いあなたの体の中で、憎んでも憎みきれない癌細胞は、もう体中を走り回ってるという…
「ハッ…、ハッ…、ハッ…、ハッ……」
あの日も夕方だった
私たちが日和坂を歩いたときと、おんなじ色の夕日が、函館の街を染めていた…
病室には面会謝絶の札
私は、廊下の座っていたあなたのお母さんに会ったよ
ほつれた髪の毛が、白くなってた…
おばさんの顔には、精一杯戦っている者だけに許された、静かな笑顔…
彼女が私に小さくうなずく
私、唇を噛む…
小さく…、小さくドアを開ける
そこには、ビニールの幕の中で細い管を体中につけたあなたがいた…
夕日が差し込んで、世界はオレンジ色に染まっていた…
西暦2000年 12月7日 それは木曜日だった…
-後編へ-
出演:安倍なつみ