Dicourses
-Not discourse with a small d but Discourses with a capital D-

フーコーさんが議論し始めた小さなディスコースが始まりです。
ジーさんがまとめるところによると、小さなディスコースは意味をなす言葉の連続体です。
例えば、会話やニュース、本などに書かれている文字も含むみます。
大きなディスコースはそれにさらに社会的な要因、与えられる状況を加えたものです。
ある人が、ある状況で「意味を為す言葉の連続体」を言ったとしても、ある状況によってはその言葉の連続体が意味をなさないことがあるのです。
それはなぜかというと、その人が言った「意味を為す言葉の連続体」だけではその状況で意味をなすのに不十分だからです。
そのある場所がその人に要求するものは「意味を為す言葉の連続体」だけではなく、その言い方や振る舞い方も含みます。
その全ての要素が、そのある状況が要求しているものにキッチリと合致した時に初めて、
その人が言った「意味を為す言葉の連続体」がそのある状況に受け入れられるのです。
そして、そのある状況というのが大きなディスコースなのです。

僕のお師匠さんは、このような例え話をくれました。
公園デビューのお話です。
ではそれを僕なりに話してみましょう。
例えば僕が、結婚して主夫をやっているとします。
子供が誕生して、ある程度大きくなったので、外に散歩することになりました。
昼下がり、公園に行きました。ティーシャツにジーパン、中にはエプロンをしている主婦の方々が、
公園で子供を遊ばせておきながら、会議を開いていました。
井戸端会議です。僕は子供を遊ばせておいて、井戸端会議に参加しようと思いました。
会議に参加することは必須でした、地域の情報を得るため、そして主婦の人たちと言い関係を築くために。
しかし、僕は既にここで主婦のディスコースが要求しているものをもっていませんでした。僕は男なのです。
僕は日本語が話せますし、彼女たちとコミュニケーションをとることができるでしょう。
しかし、主婦の井戸端会議というディスコースは要求しているはその言葉のみならず、女性であることも含むのでした。
さらに、言語的にも僕の語彙と、そのディスコースが要求している語彙というもの食い違っていました。

例えば、

主婦A「台風がまた来るらしいわよ」
主婦B「こう天気が悪いとやんなっちゃうわねぇ」
主婦A「そうよねぇ、洗濯するの困っちゃうのよねぇ」

このようにして、スムーズな会話が進んでいくとします。
そのような中で、僕が主婦Aに向かって

「いや、なんか、今度の台風は日本上陸前に温帯低気圧に変わって、雨は降らないそうですよ」

こう言ったとします。
僕のこの発言は、日本語の文法と語彙選択に関して言えば、正解です。
小さなディスコース的には正解です。
しかし、この井戸端会議ディスコースの中で、この発言は不正解なのです。
どうしてかと言うと、この井戸端ディスコースはそのような小難しい異化された語彙を要求していないからです。
さらに言うなれば、もし僕が主婦Aに向かって
「そうなんですよね、洗濯物がたまっちゃって嫌になっちゃいますよね」

と、この井戸端会議ディスコースが要求する語彙選択と振る舞いをしていたとしても
ここで、僕の服装がスーツだったとしたら、またここで、僕は間違いを犯しています。
この井戸端会議ディスコースの中では、とてつもなくラフな格好でなければならないということも要求されているからです。

ディスコースはインサイダーとアウトサイダーを顕著に分ける役割を果たします。
もし、僕がこの井戸端会議ディスコースでインサイダーとして受け入れられたかったら、
ラフな格好で、さらに主婦たちに受け入れられる日本語の語彙選択と話し方を持っていなければならないのです。
アウトサイダーであるとこの井戸端会議ディスコースに認識されれば、僕は貴重な地域情報や主婦たちといい関係を築くことができません。

しかし、ここで大事なことは、この「ラフな格好で、さらに主婦たちに受け入れられる日本語の語彙選択と話し方」と言うものは、
この僕が入ろうとしているディスコースのみにいえることなのです。
もしかすると、他の町のほかの公園では、主婦たちはフォーマルな格に身を包み、
日本経済新聞のことばかりを取り扱った井戸端会議をしているとします。
もしそこに僕が、
僕が住んでいる町の主婦たちのディスコースに参加するために必要な「ラフな格好で、さらに主婦たちに受け入れられる日本語の語彙選択と話し方」を持ち込んだとしても、
そのフォーマル日経新聞主婦たちの井戸端会議のディスコースでは完璧なアウトサイダーになってしまうのです。
そこでは逆にそのフォーマル日経新聞主婦たちに見合った格好をし、話題もそれ相応のものを提供し、語彙もそれ相応のものを使用しなければならないのです。
つまり、「温帯低気圧」話が受け入れられるディスコースとそうでないディスコースが存在しているのです。
ディスコースというのは同じ種類(今回の場合では主婦の井戸端会議を取り扱いましたが)と思われる状況でも、異なるのです。
色々な種類の井戸端会議があるのと同時に、色々な種類のディスコースが存在するのです。
色々な状況、ディスコースで、インサイダーと認められるためには、
その色々なディスコースが要求してくるもの全てを備え、コレクトなアクションをしなければならないのです。

僕は派遣のバイトをしていて、いろいろな結婚式場で仕事をしていますが、その結婚式場のディスコースも様々です。
「いらっしゃいませ」といって、お客様を迎えるところもあれば、「おめでとうございます」といってお客様を迎える場所もあります。
お客が席に着いたときに名札を引き出物の中に入れて、足下に置かなければならないところもあれば、単に名札をテーブルの国置けばいいところもあります。
料理を右から出さなければならないところもあれば、左から出さなければならないところがあります。
僕は派遣された場所のディスコースにインサイダーとして受け入れられるために、カメレオンのように自分を変えます。
様々なディスコースにインサイダーとして受け入れられるためには、自分をカメレオンのように変えなければならないと言うことです。
ディスコースは、つまり、同じようなものが存在しないのです。

では、どのようにすれば、そのディスコースが要求するものが解るのか?
そのディスコースに参加してみないと解りません。
実際のそのディスコースに入って四苦八苦しないと、ディスコースが要求するものを理解することはできないのです。
そして、そのディスコースが要求しているものをマスターできた、
そのディスコース内でインサイダーとして受け入れられる能力を掴んだということをリテラシーと言います。
それは別の項で。

ジーさんは、ディスコースを二種類に分けました。
一つ目はプライマリーディスコースです。
プライマリーディスコースというのは、人間が初めて自分を入れ込むディスコースです。
家族と言うものが大半の人にとって、プライマリーディスコースになります。
二つ目はセカンダリーディスコースです。
これはプライマリーディスコースではないディスコースです。
例えば、幼稚園や保育園、または公園です。
まぁ、家から出た全てのディスコースがセカンダリーディスコースなわけですけれど。

ディスコースが要求するものは言葉だけではなく、その状況が要求する言葉、言い方、振る舞い、価値観をも含むのです。
つまり文法的に間違っている言葉でも、状況次第では文法的正しい言葉よりも意味をなすということなのです。
例をあげると
You is a liar!!( You are a liar.)
これは文法的には間違っていますが、ラップの世界、黒人の世界では正解なのです。

SHUNICHI MIYAGI
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