Literacies
リテラシーと言うのはもともと識字率、読み書きできる能力だけの事をさしましたが、
ジーさんの論点では、読み書きだけではなくアクションも含みます。
リテラシーは能力です。
ディスコースにおけるリテラシーとは、
そのディスコースが要求している全ての条件を、満たしていると言うことです。
ディスコースがある状況下でのルールだとしたら、リテラシーはそのルールを全て知っているプロフェッショナルと言うことです。
ただリテラシーを持っているからといって、
そのディスコースそのものに参加できているもしくはインサイダーとして受け入れられていると言うことにはなりません。
なぜかというと、僕があるディスコースで要求されているリテラシーを持っていたとしても、
僕は間違った振る舞いもできますし、何も話さない、振舞わないと言う行動も取れるからです。
ディスコースが要求しているものを全てもっていて、なおかつそれが実践できていないと、
インサイダーとしては受け入れられず、ディスコースの中では孤立してしまい機能しません。
では、リテラシーとはどのように獲得できるのか?
リテラシーもディスコースと同様に、その状況に全て変わってきます。
公園のディスコースが多種多様なようにリテラシーも多種多様なのです。
こちらもディスコースと同じく、その状況に置かれて、触れてみないと解らないのです。
僕らは生きてきた中で、プライマリーディスコースを下にして、様々なセカンダリーディスコースを経験してきました。
そして様々なセカンダリーディスコースで得てきた、リテラシーを下に、もっと別のセカンダリーディスコースを経てきています。
僕のバイトを例に取ると、
Aという結婚式場のディスコースで獲得したAリテラシーをもとに別のBという結婚式場(Bディスコース)でインサイダーと受け入れられようとします。
AリテラシーがBディスコースで通用するかどうかは、そのBディスコースに参加してみなければわかりません。
通用するものもあれば通用しないものもある。
Bディスコースで受け入れられるためには、Aリテラシーを実践してみて、
その中でBディスコース内で受け入れられるものを発見していくことにあるのです。
また、人間はAリテラシーのみを持っているわけではなく、生きてきた中で、色々なマルティプルなリテラシーを持っています。
そのマルティプルなリテラシーから、色々な選択をし、Bディスコースで受け入れられるものを選択し、使っていくこともできます。
そうして、Bディスコースの中で、Bディスコースらしいものや、
Bディスコースがばっちりと受け入れられるものを発揮できたときに初めてそのBリテラシー獲得したと言うことになります。
ある新しいリテラシーを獲得するために、僕らはある新しいディスコースの中で、
今まで獲得してきたセカンダリーディスコースのリテラシーを試行錯誤することが必要なのです。
それが顕著に表れている例が、松井秀喜です。
彼はメジャーリーグ初年度、期待通りの結果が残せませんでした。
ディスコースとリテラシーの観点で見てみます。
彼は日本野球界で輝かしい結果を残しました。
彼は日本の野球界ディスコースで得たリテラシーを持ってメジャーリーグに臨みました。
しかし、彼が日本野球界で得た日本野球界リテラシーは、メジャーリーグディスコースの中ではアウトサイダーでした。
だが、彼はそのリテラシーを試行錯誤し、一年間でメジャーリーグディスコースが要求するリテラシーを獲得しました。
その結果、二年目の彼は初年度以上の結果を残しています。
初年度で彼は、メジャーリーグリテラシーを獲得しました。
そして見事にそのリテラシーを発揮しています。
リテラシーはディスコース(セカンダリーディスコース)内で要求されたルールに沿った行動や言動ができると言う能力なのです。
重ねて言いますが、リテラシーを持っているからといって、そのディスコースに参加してインサイダーとして受け入れられるとは言えません。
リテラシーは能力です。
ディスコースもリテラシーも目で見えません。
SHUNICHI MIYAGI
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