〓勝利のブザー〓

ゆっくりと箸を下ろして、彼は僕の目を見た。
「なんか変だよ、それ。」
突きつけられたのは勧告。
今まで地面と思っていたものが、急にあやふやになっていく。

「だってあの人そんなに強くないじゃない。なんで君があの人のことを話すのかわからないよ。」
いつも優しい友達が、どうして突然そんなことを言い出したのかもわからずに、それでも自分は楽しかった3秒前の笑顔を保ち続けていた。それも、だんだんと顔の筋肉の力がぬけていって、僕はとてつもなく間の抜けたような顔をしていたと思う。
「外村さん、そこまでバスケが強いわけじゃないし。頭もそんなに良いわけじゃないし。」
そこまで言って、友達は僕のほうをようやく向いてくれた。そして一瞬だけ、ぎょっとした。しかし、それからすぐ不機嫌そうに大きく息を吐いて、だからあの人の話は止めてくれないかな、と早口に言った。

バスケがうまいとか、勉強ができるとか。優しいわけでもないし、短気だし、すぐ嘘を吐くし。
それでも何故だかあの人と一緒にいるし、自然とあの人のことが口をつく。ごくごく自然なことだと思っていた。別に外村さんの後輩だから、一緒に生活を送る分、話題に上るかもしれないけれど、別に自分が思っているほど、そこまで話し過ぎたことはない。
(どうだろう・・・。)
何にも結論が出ないまま、とりあえず彼の顔色をうかがって、残りの昼食を食べきった。学校の食堂にはたくさんの人がいて喧騒がやむことはなかったが、逆に友達は一言も話すことはなかった。

その日の放課後、部活の顧問の先生に呼ばれた。
「遠藤、お前と外村とは実力が違うから、これからの練習は大橋と組め。」
「どういうことですか?」
監督は頭をクシャッと掻くと、そのままの意味だよ、と苛立ちながら答えた。
「そんな、外村先輩の実力は部内でも・・・。」
それでも食い下がろうとした遠藤に、監督は変な物でも見るような視線をよこした。
「何をそこまでこだわる? 確かに外村は部内では実力があるほうだ。だが、お前とあいつでは、埋められない差があるだろう。それに外村は時々練習を休む。」
「待ってください、監督。それは外村先輩の妹さんを眼科に連れて行っているからで・・・。」
それが答えだよ、と面倒くさそうにつぶやかれた。
バスケか妹か。
道徳的に考えれば妹かもしれないが、そうでない場合もある。

追い出されるように部屋を出た。扉を閉め終えたとき、後ろに人の気配を感じた。
「先輩・・・。」
暗い廊下で、あの人の顔はよく見えなかった。
「遅いから迎えにきた。もう、練習が始まるぞ。」
穏やかな声でそんなこと言わないで。きっと今の会話はすべて筒抜けだ。
何か話さなくてはと思って声をかけようとしたら、早く部室に戻るぞ、と遮られた。

どうしてこんなことを言われなくてはいけない。
みんなおかしい。
昨日までは誰も何も言わなかった。
――いつだって嫌な事は示し合わせたかの様に続けて起こる!!

部室までの廊下を歩きながら無言で考えた。
頭の悪い自分でも、考えられる限り考え抜いた。
考えることしかできなかった。
バスケがうまいとか勉強ができるとか。
ここで僕以上に期待されている選手はいない。
逆に勉強ができるだけなら9割の学生がイエスだ。
外村先輩の実力はそんなに悪くない。スタミナがないのが玉に瑕(キズ)だけど。
練習を休むのは、目を怪我した妹さんを両親の変わりに眼科に連れて行くから。
(外村先輩のお母さんは病院に入院している。)
だから、土曜の練習を休む・・・。

「・・・おい、」
と突然呼びかけられた。
「どうした?」
誰も悪くなくて、よくわからなくて、不条理で、悔しくて、悔しくて、悲しくて。
鼻が妙にムズムズしてきて、涙が出ないようにと見開いた目から、抵抗もむなしく涙が流れていた。
「・・・聞いていたでしょ、先輩。」
何も答えなかった。それが答えだった。でもそれでは我慢ができなかった。
「悔しくないですか? 誰のせいでもないのに、いつも先輩だけが悪く言われて・・・。」

僕の言葉に、外村さんは擦れたような笑い声をもらした。
全部本当だからだよ。
お前ほど実力がないのも、部活を休んでいることも。
悔しくないって言ったら嘘になるけれど。

外村さんは笑ったが、僕はまた黙り込んでしまった。そんな僕に気を使ってか、こんなことを訊いてきた。
「あのさあ、こんなときになんだけど。ひとつ、訊いてもいい?」
「?」
「どうして俺に、そんなに気を使ってくれるの?」
「理由なんて必要ですか?」
そんなものがあるなら、僕が聞きたいですよ。
何でこんなに悲しいのか、自分でもよくわからないのに・・・。

そこで僕はひとしきり泣いた。
部活が始まるぎりぎりまで泣いた。
外村さんは何も言わなかったがずっとそばにいてくれた。
だから、こんなに泣けたのかもしれない。

それから僕は赤い目と鼻のまま体育館へ向かった。
しばらく部活を続けると、涙の跡さえ気にならないくらいの汗が流れた。
外村さんとは練習時のパートナーを変え、ペアになった大橋さえも振り切るように練習をつんだ。
もう僕には頂上さえも見えていない。
ありもしない、昔のどうでもいい毎日を掴もうと、夢中で走る。
そして、勝利のブザーが鳴るときだけ、まぶたの奥にいる外村さんの笑顔が見えるような気がするのだ。

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またSSです。
今回もなんとなくイメージがあるのですが、危険なので伏せときます。 いや、別に全然危険じゃないんだけれども、なんか恥ずかしいので。
え、そういうと何だか変なものを想像しちゃいますか?(笑)
なに考えているんですか〜このこの〜!(お前が隠すからだろう)

因みに、マッキーの曲で「勝利の笑顔」と言うのがあるのですが、それとはまったくかぶってません。聞いたことがないです。(ファンなのに)
手に入らないものは、入らないんです。
と誤魔化してさっさと終わってしまおう。(苦笑)
 

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