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China Crisisは中学生の頃から知り合いだったEdie LundonsとGary Dalysによって1980年代初頭に結成されたバンドである。結成当時は、リバプールのインディペンデントレーベル"Inevitable"に所属しており、このレーベルからシングル"African
and
White"をリリースし、このシングルがソコソコのヒットを記録する。それを契機にバンドはVirginと契約し、1982年5月にセカンドシングル"Scream
Down on Me"をリリースする。ところが、このシングルが不発であったために、Virginは7月に"African and
White"を再リリースし、これがまたソコソコヒットする。その後10月にサードシングル"No More Blue
Horizons"をリリースし、翌11月にはファーストアルバム"Difficult Shapes and
Passive Rythms, Some People Think It's Fun to Entertain"をリリースする。このアルバムは4人のプロデューサーを迎えて制作されたもので、レコードのA面とB面では別のプロジェクトチームによって制作されたものだという。そして、このアルバムからシングルカットされた"Christian"はイギリスのチャートで12位まで上昇する。アルバム自体は、最高位で21位まで上昇した。
1983年に入ってもChina Crisisの活動は引き続きアクティブだ。"Christian"のリリースの後には、"Tragedy and Mystery", "Working with
Fire and
Steel"の2枚のシングルをリリースする。前作からのアコースティックとエレクトロニックのソフトな位置での融合という根本的なアプローチに変化はないものの、エレクトロニクスへの指向がやや強いサウンドを作り出すことでこれらのシングルもトップ20にランクされた。さらに、"Tragedy
and Mystery"リリース後のツアーを契機として、Gary JohnsonとSteve Levinが加入し、China Crisisは4名編成のバンドとなっている。ちなみに、このツアーのオープニングアクトはHoward
Jonesが務めていたそうで、そのせいかどうかは分からないが、Howard Jonesの日本公演のライブ開始前にはChina Crisisのナンバーがかかっていた。そして、1983年10月にこれらのシングルが収録されたセカンドアルバム"Working
with Fire and Steel: Possible Pop Songs Volume2"がリリースされる。このアルバムはプロデューサーにMike
Howlettを迎えて制作されており、イギリスでは最高位19位にランクされた。また、このアルバムからシングルカットされた"Wishful
Thinking"は彼らの最大のヒット曲となり、トップ10に入るヒット曲となった。
1984年はアルバムから"Hanna Hanna"をシングルカットし、ツアーをした程度だったChina Crisisだったが、1985年には待望の新曲"Black
Man
Ray"をニューアルバムに先駆けてリリースする。この曲は前作のサウンドアプローチをフォローアップするようなサウンドが特徴で、メロディアスな曲調はまさしくChina
Crisisの真骨頂だった。シングルはイギリスで15位まで上昇した。さらに、このシングルを含むサードアルバム"Flaunt
the imperfection"がリリースされる。このアルバムからSteve Levinに代わって、Kevin
Wilkinsonがドラムスとして参加している。また、このアルバムではプロデューサーにSteely DanのWalter
Beckerを迎えたことが話題となった。作品としては前作のエレクトロニクスへの歩み寄りからアコースティック、ロックへの方向転換が行われており、より一般受けしそうな作品に仕上がった。その結果、彼らのアルバムの中では最もヒットし、リリース直後にアルバムチャートのトップ10にランクされた。このアルバムからはシングルとしての大ヒットはな
かったものの、"King in A Cathokic Style", "You Did Cut Me", "The Highest
High"をシングルカットした。
"Flaunt The Imperfection"リリース後のツアーから、Brian Mcneillがキーボードで正式に参加し、この5人のメンバーと新しいプロデューサーにClive
LangerとAlan Winstanleyを迎えてニューアルバムのレコーディングを開始する。1986年にアルバムに先駆けてリリースされたシングル"Arisona
Sky"ではサックスを前面にフィーチャーするなどこれまでのアプローチに囚われない新しい手法でのサウンドプロダクションを行っている。ところが、これが残念ながら受け入れられず、その後リリースされたアルバム"What
Price Paradise"、アルバムからシングルカットされた"It's Everything", "Best Kept
Secret"も以前の勢いが感じられず、セールス的にはこの新しいアプローチは失敗に終わった。
しばらく間を開けた1989年に再びWalter Beckerをプロデューサーに迎え(アルバムはMike
Throneもプロデューサーとして参加している)、シングル"Saint Saviour Square"とアルバム"Diary
of A Hollow Horse"をリリースするが、反応は全くなく、結局China Crisisはこのオリジナルアルバムを最後に(正しくはこの後にリリースされたベストアルバム"The
Collection"が最後)VirginレーベルからインディペンデントレーベルEDGAに移籍することになる。
そして"Diary of A Hollow Horse"から5年をおいて、大幅なメンバー交代を経て新作"Warped
By Success"をリリースする。また、近年その"Warped By
Success"とアコースティックライブの模様を収録したライブをパッケージ化した2枚組みのアルバムがリリースされている。
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