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Biography / Discography / Review

 New Orderはあるバンドの終焉と共に始まった。New Orderを語るときにはそのバンドを抜きにすることはできない。Ian Curtis, Bernard Sumner, Peter Hook, Stephen Morrisの4人によって1977年に結成されたバンド、結成当時はWARSAWと名乗り、その後ナチスの売春宿を由来としてJoy Divisionと名乗るようになった。1978年にファーストシングル"An Ideal for Living"をFactoryからリリースし、1979年には1stアルバム"Unknown Pleasure"をリリースした。アルバムのプロデュースにはMartin Hannettが参加しており、ヒットシングル"She's Out of Control"も収録されている。同年10月にはシングル"Transmission"をリリースし、その後名曲"Love Will Tear Us Apart"、2ndアルバム"Closer"をリリースする。1980年5月19日、Joy Divisionがアメリカツアーへ出発する直前、Ian Curtisは突然自殺した。何の前触れもなく、突然バンドはその核を失った。「信じられていたものに裏切られた気分だ。心の中で馬鹿野郎って叫んだよ」。メンバーのこの言葉が全てを表している。

 残されたメンバーはバンド名をNew Orderと変えて活動を開始する。9月にはJoy Divisionとして行う予定だった短いアメリカツアーを行い、その後Stephen MorrisのガールフレンドであるGillian Gilbertをキーボード/ギターに迎え本格的に活動を開始する。1981年2月にはJoy Divisionのナンバー"Ceremony"をシングルとしてリリース、8月にシングル"Everything Goes Green"、11月にはNew Orderとしての1stアルバム"Movement"を矢継ぎ早にリリースする。これらの作品のプロデュースは従来と同じMartin Hannettで制作された。

 New Orderは1982年5月にリリースした"Temptation"からエレクトロニクスに急速にアプローチしはじめる。そして、彼らのとって一つのターニングポイントといえるシングルが1983年3月にリリースされる。そのシングルは1980年5月19日のあの出来事を歌ったもので、タイトルを"Blue Monday"という。延々と続く、ドラムとベースのパターンにBernardのボーカルが絡む。「どんな感じなんだい?」永久に続きそうなその単調なリズムと言葉が繰り返される曲は大ヒットを飛ばし、本人たちの中ではともかく、少なくてもパブリックイメージとしては元Joy Divisionという幻影から開放されることに成功した。そして、その2ヶ月後に2ndアルバム"Power, Corruption & Lies"をリリースする。そして、その後リリースされた"Confusion", "Thieves Like Us"ではArther Bakerとのコラボレーションを実現させて、ヒップホップの要素を取り入れたり、それまでとは異なるアプローチを見せる。 このコラボレーションが彼らの活動に刺激を与え、その後の方向性に重要な意味を与えたであろうことは想像に難くない。

 そして、1985年5月にニューシングル"The Perfect Kiss"とニューアルバム"Low life"がリリースされる。"The Perfect Kiss"はArther Bakerとのコラボレーションの経験の影響が色濃く出たデジタルビートが強調されたダンスミュージックで、イギリスではそれほど大ヒットすることはなかったが、アメリカのダンスチャートでヒットした。また、10月には"Sub-Culture"がNew Orderとして初めてアルバムからシングルカットされた。また、このアルバムがリリースされる直前に来日公演を行っている。

 その後、1986年3月"Pretty in Pink"という映画のサントラ盤に"Shell Shock"を提供し、これが自身のシングルとしてもリリースされた。このサントラ盤にはNew Orderの他にも、Orchestral Manouvres in The DarkやPsychedelic Fursなども参加しており、特にOMDの"If You Leave"は大ヒットを記録した。1986年8月には来日公演の合間に日本でレコーディングされたというニューシングル"State of Nation"がリリースされる。さらに、10月にはニューアルバム"Brotherhood"がリリースされ、シングルはチャートではあまり思わしくなかったがアルバムはヒットする。11月には同アルバムから"Bizarre Love Triangle"がシングルカットされる。

 1987年には初のベストアルバム"Substance"の先行シングルとして"True Faith"がリリースされ、これがイギリス国内で久しぶりのシングルヒットを記録する。また、このシングルはMichael J Foxx主演の映画"摩天楼はバラ色に"のエンディングにも起用された。同月にリリースされたアルバム"Substance"はこれまでにリリースされたNew Orderの全シングルのリミックスバージョンとシングルのカップリング曲が収められた2枚組みでリリースされた。このアルバムはそれまでで最も売れたNew Orderの作品となった。同年12月にはニューシングル"Touched by The Hand of God"がリリースされる。

 1988年に入ると5月に"Blue Monday"が再リリースされ、イギリスのシングルチャートでオリジナルよりも上位にランキングされる。12月にはアルバムからの先行シングルとして"Fine Time"がリリースされる。この曲は、当時音楽シーンをにぎわしていたハウスをNew Order流に強引に解釈したもので、従来の路線とは一風変わっていて興味深いものだった。そして、1989年2月には初のアルバムチャートNo.1に輝くニューアルバム "Technique"がリリースされ、同アルバムからは"Round and round"と"Run(2)"がシングルカットされる。

 この頃になると、メンバーはそれぞれのソロプロジェクトに力を注ぎ始める。Bernardは元The SMithsのギターリストJohnny Marrと結成したElectronic, PeterはRevenge, GillianとStephenはThe Other Twoというプロジェクトで活動を行うようになる。Revengeは1990年に1stアルバム"One true passion"を、Electronicは1991年に"Electronic"をリリースする。そのソロプロジェクトの合間を縫って久しぶりにNew Orderとしてのニューシングルがリリースされる。1990年のワールドカップイタリア大会のイギリスのオフィシャルソングとしてリリースされたこの"World in Motion"はユーロビートにラップが重ねられるNew Orderらしくない遊び気分の一曲だが、サッカー好きのお国柄も手伝ってか大ヒットを記録した。

 New Orderがオリジナルアルバム"Republic"をリリースしたのは"Technique"から4年が経った1993年だった。プロデューサーにStephen Hagueを迎えたこの作品からは、"Regret", "World", "Ruined in a day"がシングルとしてリリースされた。1994年には、"Substance"以降に発表されたシングル曲を中心としたベスト盤"The Best of New Order"とシングルのカップリングやリミックスバージョンを収録した"The Rest of New Order"がリリースされたものの、それ以降New Orderからの音信は何一つない。

 その後もBernardとPeterはソロプロジェクトの活動をコンスタントに続けてる。Bernardは1996年にElectronicの2ndアルバム"Raise the pressure"をリリースし、PeterはRevenge解散後、新たにMonacoというソロプロジェクトを始動させる。どうやらNEW ORDERとしての活動再開は近々はなさそうである。それでも、MONACOのサウンドに見られるPeterの作り出すサウンドがNew Order活動再開への唯一の希望の光と言えるかもしれない。

そんな中、New Order活動再開が現実味をドンドン帯びてくる。突如New OrderとしてのV98へのヘッドライナーでの出演が決定し、6月にはそのウォーミングアップライブをマンチェスターで行うことも決まった。その後、チケットの売れ行きが悪くV98の開催がキャンセルされてしまうというアクシデントもあったが、8月のレディングフェスティバルに振り返られることも決定した。レディングフェスティバルはトリのGARBAGEの前に登場したのだが、完全にトリを食ってしまうような怪演を見せたという。先日、このときの様子を映像で見たのだが、昔よりも演奏がちょっとうまくなっているような気がした。相変わらず、Bernardは声が1オクターブ上がったり下がったりしてはいたのだが。

 レディング終了後には新しいアルバムのレコーディングを開始するというニュースも飛び込んできた。まずは、彼らのそれぞれのソロプロジェクト(Electronic, Monaco, The Other Two)のレコーディングを終了させた上で、できるだけ早い時期(1999年の夏頃と言われている)にレコーディングを開始して、2000年には"Republic"以来7年ぶりのオリジナルアルバムをリリースする予定だという。さらに、延びに延びているシングルCDのボックスセット"Recycle"も1999年中にはリリースされることが決定した。現在、彼らはそれぞれのソロプロジェクトのレコーディングの追い込み中で、まず先陣を切って1999年2月にThe Other Twoがニューシングル、その後ニューアルバムをリリースする。3月にはElectronicがニューシングルをリリースし、4月にニューアルバム"Twisted Tenderness"をArthur Bakerとの共同プロデュースでリリースする予定になっている。Monacoの方も近々新作に関する情報が流れるものと思われる。

結局、2000年にはコンピレーションアルバムもニューアルバムのリリースはなかったものの、"The Beach"のサウンドトラックに新曲"Brutal"が収録された。これはシングルとしてはリリースされなかったが全くの新曲で、彼らが動き始めていることを証明するものとなった。音の方は、Bernard SumnerのサイドプロジェクトElectronicの新作のようなギターを前面に出したロック色の強い曲で、新しい彼らの方向性を予感させるものである。

そして、2001年にはいると、2000年の中頃から開始されているという噂だった新作の情報が少しずつ明らかになってくる。レコーディング完了、ミックスダウン中、ミックス終了などの情報の中で驚くべきニュースが入ってきた。「New Orderフジロック出演決定」何と16年ぶりの来日である。さらに、アルバムからの先行シングル"Crystal"のリリーススケジュールやアルバムタイトル"Get Ready"、アルバムのリリーススケジュールなども決定する。

そして、彼らは本当に日本にやってきた。2日目のホワイトステージのトリ。入場制限のかかる中、意外に若いオーディエンスも集めながら、元The Smashing PumpkinsのBilly Corganをゲストギタリストに迎え、ギターが3人いるとは思えないようなスカスカの音でやってくれた。入場制限がかかる割には、前から客がドンドン帰っていくような中、不器用なメンバーがライブを進める。数週間後にリリースされるニューアルバムに収録される曲やJoy Division時代の曲を含め、アンコールには"Blue Monday"までやって、「16年後にまたね」といって彼らは帰っていった。8月にはニューアルバム"Get Ready"がリリースされる。前後して、Mobyとツアーに回ったり単独のツアーを行ったりと、「昔のように」精力的にNew Orderとして音楽活動を行っている。