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The Theは1979年に活動を開始し、翌年1980年にに4ADレーベルからデビューした。さらに、その翌年の1981年には元Soft
CellのMarc Almondのソロプロジェクトに参加する一方で、自身のソロアルバムである"Burning Blue
Soul"を発表する。そして、1983年にThe Theの1stのアルバム"Soul Mining"を発表した。
3年のインターバルを開けてリリースされたセカンドアルバム"Infected"はその内容の素晴らしさとシングルのスマッシュヒットも手伝い、イギリス国内ではかなりのセールスを記録する。さらに、同じタイトルで全曲をクリップ化したビデオもリリースされ、プレスから高い評価を受ける。
その後、それまではMatt Johnsonのソロプロジェクトの色合いが濃かったThe
Theに強力なメンバーが加入してバンド形態に移行する。加入したメンバーは、元ABCのDavid Palmer、元Julian Cope
BandのJames Eller、元THE SMITHSのJohnny Marrである。このメンバーでThe
Theは1989年にサードアルバム"Mind Bomb"をリリースし、初のワールドツアー"The The versus
World"を開始した。1990年3月には来日し、ライブも行っている。日本公演の終了後、ライブでも演奏された"Jealous of
Youth"がシングルとしてリリースされた。
その後、バンドは活動休止期間に入るが、Johnny MarrはNew OrderのBarnard
SumnerとともにElectronicを結成し、コンスタントにバンド活動を行っていた。そして、"Mind Bomb"から約3年後、The
Theは新作"Dusk"をリリースする。メンバーは前作のメンバーに加えて、ワールドツアーでキーボードとしてサポートしたD.C.
Collardがクレジットされた。"Dusk"では"Mind
Bomb"とはメンバーの役割がかなり変わっているようで、サウンドからは少し変化している様子が伺える。少なくとも、Johnny
Marrの役割はかなり変化している。"Mind Bomb"では、Matt
Johnsonのパーソナルな世界をバンドのメンバー全員で作り上げるという印象が強かったが、"Dusk"では再びMatt
Johnsonは自分自身で全ての世界を構築しているというように感じられた。その後、Johnny MarrはThe Theを脱退する。
そして、1995年にはMatt Johnsonのソロアルバムの様相の強い"Hanky
Panky"がリリースされる。このアルバムは、1940年代後半から1950年代の前半にかけてのソングライターであるHank
Williamsの作品をカバーしたトリビュートアルバムである。MattによればHankは「普通のアーティストがライフタイムのスパンで作り上げる作品を6年間で作り上げた」「孤独の苦しみと深いそして甘い愛への切望を表現した今世紀でもまれにみる」ソングライターであるという。このアルバムでは、Johnny
MarrとDavid Palmerの名前はクレジットされていない。ただ、前作からキーボーディストとして加わったD.C.
Collardはそのまま残り、全曲のアレンジをMattとともに手がけている。
その"Hanky Panky"のインナースリーブには次作として"Gun Slut
1996"と書かれていたのだが、結局1996年に新しいフルアルバムがリリースされることはなく、その理由はThe
TheのオフィシャルページにMattからの正式なコメントとして発表された。それによると、「"Gun
Slut"は実際には仕上がったが、今はこのアルバムをリリースする時期ではないと考えるため、リリースは無期限に延期する。しかし、現在その次の作品の制作に取り掛かっており、4分の3程度は仕上がっている。1998年中には新作を発表して、それに続いてワールドツアーを開始する予定」ということである。
その後、レーベルとの契約問題があり、Mattはニューヨークに渡りレコーディングを行う。結局、1998年中にリリースされる予定のアルバムが実際にリリースされたのは"Hanky
Panky"からは5年、"Dusk"からは8年が立った2000年だった。この"Nakedself"はNine Inch
Nailsらの所属するNothingからリリースされた。音は非常にストイックで緊張感に溢れ、8年間の歳月を越えて"Dusk"との連続感を感じさせる。驚くべきは、そうした音が風化していないことで、ようやく彼のやっていたことの普遍性が明らかになった作品でもある。
ニューアルバムのリリースと共にThe
Theはワールドツアーを開始し、来日も決定した。ところが、日本の前にライブを行う予定だったオーストラリアツアーのチケットが思わしくなく、ジャパンツアーだけでは大幅な赤字になってしまうという理由で残念ながらジャパンツアーはキャンセルされた。そのときのMattのコメントでは、「来年中には必ず行く」とあったが、現在のところ来日は発表されていない。
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