「ベルセバがなくちゃ生きていけない」というような渇望感を感じていたわけでもなく、「もう来日なんてないかも知れないし、最新アルバム良かったから見てみようかな」という軽い気持ちで見に行っただけに、ライブの衝撃度は強烈だった。インタビューをほとんど受けないことやアルバムのアートワークから、どこか神秘的な印象を持っていたBelle
& Sebastian。
会場はZepp
Osaka、客の入りは意外なほど多い。ステージにはマイクが何本も立っている。譜面台も大量にある。一体何人出てくるんだろうという疑問はステージ開始直後に解決する。後から後から人がゾロゾロ出てくる出てくる。結局、生ストリングス4人を引き連れて、総勢12人で登場。ライブで使われた楽器は、ギター、ベース、ドラムス、バイオリン、ウッドベース、フルート、トランペット、ホルン、ピアノ、シンセサイザー、カウベル、ボーカル等々…一体何種類の楽器を使うんだろうと言うほどの多さ。まさにマイペース、コスト完璧無視の手作りライブの形態だ。というより、メンバーの風貌などを見ていると「発表会」とでもいうような雰囲気もする。
ところが、ライブの完成度は恐ろしく高い。まず驚いたのは音の良さだ。一つ一つの楽器の音が非常にクリアで、ライブ感を持っているのにきめが細かく、CDでは少々ざらついた手触りの曲も肌に吸い付くようななめらかさで再現するという離れ業の連続。生のストリングスとブラスが曲に美しいアクセントをつけていく。繊細な曲はより繊細に、力強い曲はさらに力強く、同じ楽器を使っているのに魔法のように曲が表情を変える。
StewartのピチピチTシャツ、ダサイ。でも、声質、歌のうまさ、表現力最高。変なダンス、格好悪い。でも、リズム、アンサンブル、ハーモニー最高。最初から最後まで音楽とだけ向き合ったライブ、それは失敗したときに逃げ場がないという意味で他のバンドと比べるとタフな状況だ。でも、彼らはそれをサラッとやってしまう。ニコニコ笑ってオーディエンスに話しかけながら、自分たちの持てる音を余すことなく全て表現する。そのとき、神秘性は消え去り、誠実な音楽が姿を現した。音楽への愛情が溢れ出し、会場中を覆い尽くしていた。
先日震えるほど素晴らしいライブを行ったRadiohead。例えば、彼らのような張りつめる緊張感、全くなし。でも、音楽の持つ楽しさはヒケを取らない。Thom
Yorkeの切迫感、全くなし。でも、曲の持つ世界観の再現力は完璧。最新のテクノロジーや流行的要素、全くなし。ほとんどアンプラグド、全てが手作りのオーソドックスな音。CD同様に彼らは音楽以外の外的要素を持ち込むことなく音楽とだけ対峙する。それでも、音楽だけでこんな素敵な場所に辿り着けた。
最初からゆっくりとジワジワ会場の温度を上げていって、最後の数曲で一気に沸点に持っていく演出もニクい。CDで聴いたときには、「なんじゃ、こりゃ」と思った"Legal
Man"は、ひょっとしたらライブでのこういうシーンを思い浮かべて作ったのかなと思うしかないくらい完璧な流れ。みんなでパーカッションを叩きながら歌い、ジャストタイミングで鳴らされる最後の一音。本当にこれ以上ないライブの締めくくりだった。もちろん、もっと彼らの曲は聴きたかったけど、この見事な流れのまま終わった方がいいよなあとも思えた。
音楽は音を楽しむことだという最も単純なことを再認識させてくれるライブだった。CDで聴くピュアな音楽は、彼らの音楽に対する姿勢そのものだったことも分かった。メンバーがステージに現れてからステージを去る瞬間まで、贅沢で素敵な音楽が鳴らされ続け、会場はピースフルな空気で満たされていた。その証拠にメンバーが去ってから15分以上アンコールの拍手が鳴りやまなかった。ステージセットがばらされ始めても帰ろうとする人はまばらだった。そして、オーディエンスは誰もが笑顔だった。
Belle &
Sebastianは僕らの暮らす日常、僕らの視線の高さで音楽を演奏し、その音楽は未体験な程の幸せな時間へと結実した。音楽の持つ真の楽しさ/力強さと同時に、「この先こんな楽しい時間を過ごせることはないかも知れないな」という寂しさを感じた。そうした意味で彼らの音楽は諸刃の刃だ。とうとう、ベルセバなしでは暮らしていけなくなってしまった。 |