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U2はもがいてる、苦しんでいる、近年の彼らの活動と作品からそんな風に思っていた。「U2はもう終わった」、そんな批評さえ見られた。あまりにも大きくなりすぎた自分たちを支えきれなくなり、持て余し動きにくくなっている、実際にそう思える部分が多かった。最近の僕は良いU2のファンとはいえなかった。"Zooropa"も今回のライブまでにはそれほど聴き込まなかったし、"POP"もマジメに聴いてはいなかった。元々U2はデビュー当時は硬派なメッセージ色を強く押し出したバンドとして位置づけられており、アイルランドの民族紛争を歌った"Sunday,
Bloody Sunday"や黒人解放指導者のMartin Luther King牧師について歌った"Pride (In The Name of
Love)"、Band AidやLive
Aid、反アパルトヘイト活動やグリーンピースへの支援など社会的/政治的な視点を持ったバンドとして活動してきた。そして、5枚目のアルバム"The
Joshua Tree"のストイックなサウンドで一気にその地位は不同のものとなった。初期の冷たく硬質な音がその前作の"The Unforgettable
Fire"で少し緩み、そして"The Joshua
Tree"で結実した。全世界で大ヒットを記録し、U2はワールドワイドなバンドとしての地位を確立した。そして、次の"Rattle and
Hum"ではアメリカのロックへの憧憬をあらわした作品を作り、大規模なワールドツアー"Love Comes To
Town"ツアーを敢行する。"Rattle and
Hum"ではツアーのドキュメンタリーフィルムの音楽部分という意味合いがあり、サウンドはストレートなロックを中心としたもので、Bob DylanやB.B.
Kingが参加したり、The Beatlesのカバーなども収録されていた。"Boy", "October",
"War"が第1期のU2サウンドとすれば、"The Unforgettable Fire", "The Joshua
Tree"そして(少し方向性は異なってはいるが)"Rattle and
Hum"は第2期のU2サウンドだ。そして、第3期のU2サウンドが、その後発表されることになる"Achtung Baby", "Zooropa"そして最新作"POP"である。第3期のU2はそれまでのロックから一転してエレクトロニクスとロックへの融合というテーマへ向かうことになる。"The
Joshua
Tree"を愛した人々はそのサウンドの変化に戸惑い、理解に苦しんだ。「なぜ、U2はこうも変わってしまったんだろう」「U2はどこへ行ってしまったんだろう」
先ほども書いたが僕は良いU2のファンではない。しかし、今回のPopmartツアーはその規模の大きさがかなり前から噂になっていることもあり、ミーハー的な思いが半分と現在のU2を知りたいという思いが半分で心待ちにしていた。以下に3月11日大阪ドームで行われたライブを振り返ってみる。
まず、雑誌やテレビで噂になっているセット、これがとんで
もなくデカイ。スクリーンは高さ50フィート(約25メートル)、幅150フィート(約75メートル)とハンパな大きさではない。そして、その前にはマクドナルドのMのマークを半分にしたようなオブジェと、これまたフライドポテトのパッケージのような形をしたスピーカー群、向かって右側には直径5メートルくらいのレモンのオブジェとスティックに差されたオリーブのオブジェがある。他の国で行われたライブと全く同じセットだ。日本でこれだけのセットのライブを見れるとは思っても見なかった。その他にも、テレビカメラがステージ上に数台とアリーナからロングで狙っているカメラが2台、PAブースにはミキシングのコンソール以外にも映像関係の装置が山ほどあった。まるで、どこかのテーマパークから借りてきたようなステージセットとテレビ局を連れてきたようなAV関連機材がこれから始まるライブへの期待感を高めていく。
ライブ前は様々な音楽が流れていた。ダンスミュージックが中心であったが、The Lightning Seedsの曲などもかかっていた。7時開演予定だったが、7時5分くらい前になっても席は随分あいている。
本当にいっぱいになるのだろうか、少し不安になった。客層は、かなり高めで会社帰りの社会人、そして男性が多かったのが印象的だった。20代半ばから40代くらいまでと幅広く、外国人の姿も非常に多いのが特徴的だった。ただ、若い人が少ないことが僕に「U2は終わったのか」という不安を駆り立てる要因にもなった。少なくとも高校生の姿を見ることはできなかった。開演予定時間の7時を過ぎるが、まだ始まる様子はない。次第に客も増えて席が埋まってきた。7時10分くらいだろうか、1997年のイギリスの音楽シーンを代表するThe
Verveの"Bitter Sweet
Symphony"が大音量で流れ始める。「辛く甘いシンフォニー、それが人生」と歌われるこの美しい曲はそれまで流れていたBGMとは桁違いの音量で流され、開演が近いことを予感させた。
19時15分頃、"Bitter
Sweet Symphony"が突然終わり、ベースのAdamとドラムスのLarryがサントラに参加した映画"Mission
Impossible"のテーマソングが流れはじめる。トム・クルーズの映画でもお馴染みのあの音楽だ。しかし、客席の照明は明るいままで、まだメンバーは出てこない。開演の期待に場内がざわめく中で、"Mission
Impossible"のテーマソングが終わり、続いて"Pop Muzik"のデジタルビートの音が流れ始めると客席の照明が消え、巨大なスクリーン一面が真っ赤に染まる。そして、その映像の上に巨大な"POP"の文字が現れる。デカイ!本当にデカイ!有無を言わさない力でねじ伏せるような迫力ある映像だ。"Pop Muzik"の演奏にあわせてスクリーン上の"POP"の"O"が回転しながら様々なものに形を変えていく。サッカーボールに変わり、地球に変わり、そして月に変わり、最後に"O"の中にメンバーがステージに入ってくる様子が映される。まるで、プロレスのリングへの入場のようにメンバーが観客の間をで歩いている映像は今自分達が体験しているリアルタイムの映像だ。このオープニングには鳥肌が立った。

Bonoがステージに登場してようやくライブが始まる。最初は新作"Pop"からデジタルビートの効いた曲"Mofo"が演奏される。昔のU2のサウンドからは予想できないような、デジタルサウンドが誇張された、どちらかというと意地を張ってデジタルサウンドにしてみたというような曲だ。最初CDで聴いたときにはどうしても受け入れることができなかったこの曲も、ライブで聴くと比較的自然と受け入れることができる。スクリーンにはメンバーの映像にリアルタイムでエフェクトがかけられたり、CGが合成されたりしている。4分割されたメンバーの映像に、アンディー・ウォーホールのようなフィルターがかけられたり、客席をサーチライトが縦横無尽に駆け巡りったりして、サウンドと共に会場の雰囲気が巨大なディスコのようになる。かと思えば、"Last
Night on
Earth"ではほのぼのとしたアニメーションが流れる(しかし、最後には男の子が女の子を銃で撃つ)。自分が体験しているリアルな世界とテレビを見ているようなバーチャルな世界が現在進行形のライブの中で一つにパッケージングされて目の前で展開されている。不思議な体験だ。数曲終わったところで、Bonoは「マイドー、オオサカ!」「モウカリマッカ?」「ボチボチデンナ」と大阪弁でMCを連発し、場内の笑いを誘う。サービス精神も旺盛だ。もちろん、14ヶ月ものワールドツアーを行ってきたバンドである。サービス精神や映像、セットだけではない。音楽の方でもタイトなリズムとギターが炸裂し、最初から会場全体を引っ張っていく。ただ、ややボーカルのバランスが弱かったような気がした。
新作からの曲と昔の曲を何曲か演奏した後に一気に盛り上がりを見せたのは、"New Years Day"そして"Pride (In The Name of
Love)"のときだ。"Pride"ではスクリーンにMartin Luther
King牧師の映像が流される。中期の彼らの代表曲であるこの曲はライブ向きの曲で、コーラスからエンディングにかけて会場全体が歌に包まれる。彼らの思いがたっぷりと詰まった非常に重要な一曲である。この曲のエンディングでBonoが歌うのをやめても客席でのコーラスは続く。Bonoは戸惑っているようにも見えたが、嬉しそうに笑っていたような気がした。そして、エンディングでのコーラスからそのまま"The
Joshua Tree"に収録されている"I Haven't Found What I'm Looking
for"へ続く。「色々なものを手に入れてきたけど、自分が探し続けているものをまだ見つけることができない」という誰しもが心の中に持ったことのある思いを力強く歌い上げる。彼らの真面目さと彼らの音楽の優しさが伝わってくるような曲だ。
感情が盛り上がってきたところで、アルバム"Rattle and Hum"からのバラード"All I Want Is
You"が演奏される。Bonoが情感たっぷりに歌い上げ、The
Edgeが静かに、激しく、力強く様々な表情の音をギターを使って作り出す。フルバージョンではなく短いバージョンではあったが、大好きな曲で聞き入ってしまった。Bonoはこういったバラードを歌うと抜群にうまい。不器用に思いを伝えるような曲を歌わせると本当にうまい。この曲が終わると、BonoとThe
Edgeがステージ前方に出てきて、アコースティックギターを使ってのアコースティックセッションに入る。まずは、"Staring at The
Sun"だ。アコースティックギターでのカッティングのフレーズとエレクトリックギターのリフレインの組み合わせが非常に特徴的で、アルバムの中では比較的目立たないこの曲もこのように演奏されると非常に曲の良さが目立つ。"Staring
at The
Sun〜"のところでは感情を押さえ切れずに沸き上がってくる。自然と声が出てしまう。熱くなりつつあるところを、クールダウンさせるような一曲だった。
再びBonoが登場して、"Bullet The Blue Sky"が始まる。"Love Comes to
Town"ツアーでこの曲を演奏したときには、Bonoはまるで戦闘機が爆撃のために地上を照らすようにサーチライトで客席を照らすパフォーマンスを見せた。「外はアメリカ軍の戦闘機だ」そんな歌詞のこの曲のときに、今回Bonoは星条旗の模様の傘を振り回しながら歌った。イラクへの武力行使に絡めた彼ら独特のパフォーマンスだった。今回の"Popmart"ツアーはサラエボでも行われ大反響だったと聞く。彼らの政治的関心はやはり失われていなかった。表現方法は変わっても、別に彼らはどこへも行ってはいなかった。ずっと、同じ方向を見つめて歩いていたのがこのパフォーマンスで確認できた。続く"Please"を経て、前半最後の曲"Where
The Streets Have No
Name"が始まる。イントロのギターのカッティングが震えるほどカッコイイ!リフレインのときにステージから客席を照らすライティング、スクリーンに映し出される客席を抜くカメラの映像も抜群にカッコイイ!まるで、映画を見てるようで、自分たちがライブを作っているキャストの一人であるということを実感できた瞬間だった。この曲が終わるとメンバーはいったんバックステージへ引き揚げていき、ステージ上の照明が落とされ何やら作業が始まった。そして、この後にビジュアル的な見せ場がやってくることになる。
しばらくして、前作"Zooropa"に収録されている"Lemon"が演奏される。演奏といってもメンバーはステージ上にいないので、テープかシーケンスサーによるものだろう。そのダンスミュージックを前面に出したサウンドで賛否が巻き起こった"Lemon"だが、今回のライブでのアレンジはCDの比ではなく、ドラムの音とベースの音が強調されたバージョンだ。何が始まるんだろう、何か特別なことが始まるに違いないという期待を膨らませるのに充分だ。CDで聴いたときには不安だったのに、ライブで聴くと期待を生み出す。なんて、自分勝手なんだろう。そう思った瞬間に出来事は起こった。

スクリーンにUFOがあらわれ、何かが吹き出したような破裂音と共に、ステージの脇にあった巨大なレモンのオブジェ(それまでは黄色いレモンだった)が回りながらステージ中央にゆっくりと動いてきた!"Lemon"のデジタルビートはまだ続いている。巨大レモンは皮が剥ぎ取られ、銀色に光りながらステージ中央に近づいて来て、ステージ中央で止まった。そして、しばらくしてもう一度何かが吹き出すような音がしたと思ったら、レモンが上下に割れて中からメンバーが現れた。メンバー全員が中で腕組みをしてどこか一点を見つめている。その先にあるものは何か、それは分からないが確かに何かを見つめていた。この瞬間はオープニングと同じく鳥肌が立つ思いだった。そして、メンバーが一人ずつレモンからタラップを使ってステージに降りてきた。Larry、Adam、The
Edgeがステージに降りてきたあたりで"Lemon"は終わり、聴きなじみのあるイントロが始まった。"Pop"のオープニングチューン"Discotheque"だ。"POP"を聴き始めた当初は何度聞いてもこの曲を好きになることができなかったが、ある時を超えた瞬間にカッコイイと思えるようになった。そして、ライブでも文句なくカッコイイと思えた。
ライブの前半では広いステージ全部を使って演奏していたメンバーが、この曲ではステージ中央に移動されたドラムセットの周りに集まって演奏を、歌を続けた。エレクトロニックドラムとThe
Edgeのギターの絡みが絶妙で、重いビートとギターの絡みに低音のBonoのボーカルが加わり、CDで聴くよりも何十倍もカッコイイ。この瞬間、"Pop"に対して感じていた違和感みたいなものが完全に吹っ切れたような気がした。どんな表現方法を使ってもドラムセットの周りにメンバー全員が集まって演奏を続ける姿に、"The
Joshua
Tree"当時と変わらないU2の姿勢を感じることができた。この時レモンオブジェは再び閉じて回っていた。そう、巨大レモンはミラーボールだったのだ。
続く"If You Wear That Velvet
Dress"の最後にBono客席の女性をステージにあげて、肩を抱き寄せながら歌を歌い、最後はしっかりと抱き合っていた。そして、その次の"With or
Without
You"ではその女性を座らせて、膝枕をされながら歌っていた。ちょっと演出が過ぎるかなとも思ったが、この美しすぎる曲にはちょうど良かったのかもしれない。最後のコーラスはそれまで声を出していない観客も声を出して一緒になって歌っていた。会場中が自然と歌に包まれていった。この曲が終わったときに、再びメンバーはステージから引き上げていった。"With
or Without You"の余韻を引きずりながらアンコールの拍手が始まっていった。
しばらくして、スクリーンにちょっと変わった形をした"Batman"のマークが現れて、映画"Batman"のテーマソングである"Hold Me,
Thrill Me, Kiss Me, Kill
Me"が始まる。このときスクリーンには故人の映像が次々に流される。マリリン・モンロー、エルビス・プレスリー、ジョン・レノンなどが確認できた。先ほどまでのしっとりとした雰囲気をふっとばすように演奏、ボーカルともにヒートアップしていく。そして、その勢いを持続させたまま"Achtung
Baby"からの"Mysterious Ways"が始まる。この曲もスピード感あふれる曲だ。リフレインの"It's All
Right〜"では三度大合唱が起こる。これは、まさにU2のライブ以外のなにものでもない。ステージセットに注目が集まろうが、ビジュアル効果が騒がれようが、やはりU2は音楽で勝負をするバンドであった。サポートメンバーを加えずに、4人のメンバーだけでこれだけ引き付けることができるのはやはりU2のライブバンドとしての実力だ。このアンコールの2曲でそれを痛感した。そして、最後の曲"One"が始まった。
スクリーンには混沌とした中から人が生まれ、それが一つのハートになっていく様子がアニメーションで繰り返された。色々な段階を経て、分裂したり結合したりしながら一つのハートへと形を変えていく。U2の考える愛の形がこの最後の曲と映像に集約されていた。歌が終わってもスクリーンには大きな赤いハートが表示されていた。"Good
Night"という言葉と大きなハートを残してメンバーは引き上げていった。
"The Joshua
Tree"の大成功などによって、U2は音楽を離れたところで語られて、自分達の知らないところでパブリックイメージが固められていった。彼らはそれに戸惑ってもいたし、リスナーはそれがU2だと思っていた。U2がそうした僕のイメージと大きく変わらない範囲での音楽を作っていたときには気にならなかったが、僕の持つ彼らのイメージの外にある音楽を作り始めたときに僕が彼らを認められなかっただけだ。彼らは自分達のやりたいことをやりながら進んでいただけだ。しかも、しっかりと自分達の考えを曲げることなく進んでいただけだ。僕は、彼らが過去に作った音楽の枠の中に新しい彼らをはめ込もうとして、結局はめ込むことができずに彼らの音楽を受け入れられなかった。ただそれだけだ。それがハッキリと認識できるようなライブだった。音楽の持つ力強さと彼らの持つ音楽へのストイックさ、信念の強さなどそれまでのU2と全く同じU2が僕の前に立っていた。それで充分だった。
「これは俺達のロックへの復讐だ」何かのインタビューでThe
Edgeはそう言い放った。音楽で世界を変えられるという幻想は幻想で終わり、U2はロックで為し得なかったことがダンスミュージックに形を変えて世に問いかけていった。「なぜThe
Joshua
Treeみたいなものを作らないのかってよく聞かれるんだけど、どうやったら作ることができるのか分からないんだ」「俺達は自分のやりたいことをこれからもやっていく。やりたくないことは絶対にやらない」。そう、単純なことだ。しかし、あれだけ絶賛を受けたバンドがこの気持ちを持つことは簡単なことではないはずだ。しかも、彼らは言葉だけではなく、音楽でそれを実践して我々に見せている。ライブが終わってから、表面でしか捉えることのできなかった自分が恥かしく思えた。
今回のライブはセットの派手さや世界最大のビデオスクリーン、アメリカツアーではOasisが一日だけだがオープニングアクトを務めたり、2週間の間Rage
Against The
Machineがオープニングを務めたり、サラエボでライブを行うなど様々な話題を呼んだ。しかし、それは傍目から見た時の話だった。もっと深く彼らのメッセージを読み取っておけば良かった。つくづくそう思ったライブだった。
1993年にリリースされたNew Orderのビデオの中でBonoは「俺達もまだまだ負けないぜ」とNew
Orderへメッセージを送っていた。これを見たときに、ワールドワイドな評価では数段上の評価を得ているのにおかしなことを言うなあと思っていたのだが、今になってようやく真意が分かったような気がする。自由に、自分達の好きな音楽をやっていけるNew
Orderが心底うらやましかったのではないだろうか。しかし、もうそんなことを気にする必要はない。"Pop", Popmartツアーで彼らは完全に過去の亡霊を振り払った。そして、我々リスナーもそろそろ完全に過去を振り返るのはやめたほうが良さそうだ。そうでないと、大事なものを見失ってしまうことになりかねない。 |