今まで,たくさんの旅をしてきました。それらを紹介します。
二十歳の春,原付バイクで2週間,西日本一周の旅をしました。コースは,地元徳島からフェリーに乗って和歌山へ。そして,奈良,京都と北上し,中国地方の日本海側をひた走り,九州を縦断。鹿児島港より沖縄に渡り,沖縄を一周して,那覇港から
フェリーに乗り大阪へ。最後に和歌山から徳島に帰ってきました。



原付バイクは制限速度30Kmです! 山形県と秋田県境の美しい山にも登ったよ。 北海道室蘭の岬の先です
大学4回生の秋(9月29日〜10月29日)に,次は東日本一周を慣行。コースは,徳島からフェリーに乗って和歌山へ。奈良から琵琶湖の北岸を通って富山へ。北陸の日本海側を北上し,十和田湖,奥入瀬観光の後,青森の下北半島から北海道へ。
北海道では,反時計回りに移動し小樽港からフェリーに乗り,舞鶴へ。近畿地方を抜け,和歌山から徳島に帰ってきました。


ここは北海道の最東端です。 旅の途中で知り合った仲間たちと



ウエルカム・パーティーにて フェアウェル・パーティー 万里の長城をバックに
近畿青年洋上大学に参加して
1995年の夏,第16回近畿青年洋上大学に参加させてもらった。徳島県団としては,初参加である。明石大橋の開通により,徳島も近畿の仲間入りというわけである。初参加ということで応募者は少なかったようだが,徳島県団に集まったメンバ−はみんなパワフルな人が多かった。
この洋上大学に参加できたこと自体がとても幸運なできごとであったが,それにもまして,私は個人的にラッキ−なできごとがたくさんあった。というのも,多くのいろいろなチャンスに恵まれたことだ。
この洋大には,一流の講師の方も乗船しており,どのセミナ−を受講するか少し迷ったが,私は音楽好きということもあり,マリンバの世界的奏者であるの今井先生のセミナ−を受講した。打楽器中心であったが,いろいろな楽器を使いアンサンブルを楽しんだ。そして,何よりも嬉しかったのが,今井先生に認められ,それがきっかけで,日中親善会の席でジョイントコンサ−トをすることができたことだ。
洋大フォ−ラムでは,講師の人たちとともにパネルディスカッションにも参加させていただいた。テ−マは,「戦後50年をむかえて」という大変難しいものであったが,戦争については,みんなさまざまな考えをしっかりと持っており,短い時間に語り尽くせない人が多かった。
中国に上陸して,まず驚いたのは,私たちが国賓としての待遇で迎えられたことだ。彼らの生活道を警察官が先導をし,赤信号も止まることなく往来できた。日中親善会では光栄にも大臣級の人たちを前にして,徳島の伝統芸能である阿波踊を披露することができた。前日まで船上で練習を繰り返したが,みんなの息がうまく合わず悩んだこともあった。でも,苦労が多かった分,成功した喜びも大きかった。
中国ではまた,一泊ではあるが,ホ−ムステイをすることができた。日本でいえば,昭和30年代を思わせる家庭で,必ずしも裕福だとはいえないが,心からの歓迎に大変感動した。
映画「ラストエンペラ−」で有名な古宮も見学できた。京都・奈良の仏閣と似てはいるが,また一段とスケ−ルの違う規模に圧倒された。悠久の時を感じさせる中国の有名な建造物である万里の長城にも登ったが,子どものようにはしゃいでしまった。
最後の夜のフェアウエルパ−ティ−では,洋大歌のピアノ伴奏をさせてもらうことができた。班別女装大会などももあり大いに盛り上がった。最後の一夜ということで,みんな別れを惜しみながらも大いに楽しんだ。
この旅行を通して何が一番の収穫だったかといえば,県外の多くの人たちと知り合えたことだろう。夜毎に飲み会が持たれ,「ちょっと危ないゲ−ム」や恋愛の話などで盛り上がった。寝不足気味で次の日に疲れを残すこともあたが,仕事に追われ,少し忘れかけていた何か(何も顧みず,がむしゃらに目標に向かって突き進むことの大切さ,少々はめを外しても自信を持って自分のよさをアピ−ルすることの大切さなど)を取り戻せたように思う。
さらに,洋大から帰ってきて,あらためて日本の良さ悪さが実感できたように思う。写真や手紙を交換し新しい友との友情を確かめ合ったり,写真を眺めてはあの夢のように楽しかった研修旅行を思い出し,本当に参加して良かったとつくづく思っている今日このごろである。


中国のあるお宅に民泊させてもらいました 故宮を訪れて,みんなでハイ。ポーズ!
洋大の思い出ベストテン
1.徳島県団のみんなから「キング」というニックネ−ムをもらった。
2.深夜の飲み会では,心理テストや恋愛の話などで,朝方まで話が盛り上がった。
3.日中親善交歓会の席で中国要人の前で,阿波踊りを披露することができた。
4.マリンバの世界的奏者である今井忠子先生のクラブ活動に参加し,日中親善交歓会の席で中国要人の前で,ジョイントコ ンサ−トをすることができた。
5.フェアウエルパ−ティ−では,パネルディスカッションに参加することができた。「戦後50年を迎えて」という難しいテ−マだ ったが,国際交流のあり方などについて討議がなされた。
6.中国ではホ−ムステイをすることができ,中国のごく普通の人の生活の実情を知ることができた。温かい歓迎に感激した。
7.万里の長城の「男坂」に挑戦し,何とか頂上まで登ることができた。また,悠久の時を思わせる中国の大自然や古京の見 学ができた。
8.夜ごと宴会の席が設けられ,体力の続く限り飲み続け,「危ないゲ−ム」も楽しんだ。
9.最後のさよならパ−ティ−で,洋大歌のピアノ伴奏やミニコンサ−トをすることができた。
10.近畿府県のたくさんの知り合い友人ができた。写真や手紙のやり取りが続いていてますます仲が良くなっている。
近畿各府県の人達とのステキな出会い。中国でのホ−ムステイ。万里の長城や故宮の見学。阿波踊り。パネルディスカッション。ミニコンサ−トやディスコパ−ティ−。夜毎の飲み会,語り合い。すばらしい思い出がいっぱいつまった最高の旅。初めての海外旅行がこんなに「おいしい」ものになるなんて・・・。本当に夢のような旅行でした。もう1度行きたい!
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別に信心深いワケではありません。旅や冒険が好きなのです。ということで,札所88カ所をチェックポイントとして,一人ラリーを楽しみました。6日間と3時間(147時間)ですべてすべてのお寺を参ってきました。参った?



一番札所 霊山寺 二十番札所 鶴林寺(地元です) 八十八番札所大窪寺


台湾の軍隊はかなり厳しいらしい・・・ 蒋介石のでっかい銅像の前で
中華民国訪問をして
2001年3月24日から3月30日までの1週間,全日教連訪華団25名の一員として台湾訪問に参加させていただいた。
台湾(中華民国)は,歴史的な経緯から,現在多くの国から独立国として認められておらず,大変苦しい立場に立たされている。しかし,経済的には大きな発展を遂げていて,民間レベルの交流はますます広がっている。
さて,今回の方訪華ででは,このような複雑な国際的立場にある台湾であるが,教育の方針や課題について教育省(日本の文部科学省にあたる)からお聞きすると共に,当地の小中高校教師との座談会を持ち,現在抱えている諸問題について具体的な方策や成果などについて報告し合った。
また,先年起こった台中の大地震の復興の様子について見聞した。様々な困難を乗り越えながら,物質的・経済的な支援だけでなく,心のケア−にも配慮しながらの熱心な取り組みに大変感銘を覚えた。
夜には,全日教連の運営について討論し合うなど大変充実した日程送ることができた。今後も両国が交流を続けながらお互いの良さを取り入れ,子供たちに還元できればと思う。


本場,台湾の足裏マッサージは笑いが止まらない 故宮博物館の前で。一級の芸術・美術品はすごいっ!
ぐらい痛かった!
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