『中学時代の思い出』 その1 [1年の時]
入学式、僕は1年4組だった。今の堂○さん等と同じクラスだった。正直言って、出身小学校が同じである人が他のクラスに比べてかなり少なく、不安だった。
数日して、仮入部が始まった。僕は当時、柔道・剣道はボコボコにされて帰ってくるだけと思い込んでいて、それだけは避けようと思っていた。そのころ、習い事、いわゆる、強制履修でピアノをやっていたので、ピアノは見たくもないという雰囲気があった。その理由あって、吹奏楽などは興味はあるもののもってのほかと思っていた。結局、走ることは結構、嫌いな方ではなく、ハードなサッカーや野球、テニスに比べていくらか楽だと、陸上部に仮入部した。仲間のメンバーが気に入り、そのまま本入部。
6月に行われる遠足と言う行事の実行委員会に自治委員として参加。書記を務めたが、ほとんど黒板書記のまま終わってしまった。行事そのものは成功した。初めての[実行委員]で、それなりに重い責任感を背負ったと思う。
梅雨が過ぎ、夏がやってきた。僕の一番好きな季節である、青空にかかる入道雲。最高だ。このころ、文化祭の指揮・伴奏オーディションがあり、ちょっと興味があったので、男子の指揮者とは異例な感覚もあるが、まぁ、落選するなという感覚で受けてみた……ら、指揮者として選ばれたのだ。その瞬間、喜びに満ちあふれる気持ちと、音楽を好きな事としてとらえるかどうかの気持ちの揺らぎで心が揺れていた。
夏恒例らしい、陸上部の「サーキットトレーニング」が始まった。登校していた時に比べて前例を見ないハードな練習だった。部室に置いてある水筒を思い浮かべながら、喉カラカラの体で練習していた。この夏の8月から、長距離に種目を変更。大宮公園まで走って、大宮公園で、そのへんにあったボールと太い木の枝で先輩達と野球をしたりした思い出はまさに最高の思い出だ。
文化祭がやってきた。僕ら1年生(当時)には関係のない行事と思っていたが、このときは、指揮の本番なのだ。ピアノの伴奏の人とほとんどあわせてなかったが、なんとか、成功した。その合唱発表の前に、選択器楽の発表(ミニライブ)があった。これを境に、音楽に対する意識が変わった。[独学]の2文字を目指し始めたのだ。
つぎは体育祭。クラスで団結した。学級対抗リレーに力を要れるとモロに負けると思った4組の皆は、みんなが2番目に力をいれると思われた800・600Mリレーに力をいれた。我ら、800Mリレーチームは優勝を飾った。僕は、予行で一人抜いて、本番では2位をキープした。今でも覚えてる。しかし、全体順位は6位…(泣)
新人戦から陸上部の種目を走り幅跳びから長距離に変更。なかなか長距離の練習は面白く、印象が良かった。
そこからというものの、特に大きな出来事はなかった。職場訪問へ行ったくらいだった。
三送会や卒業式を終え、無事、2年へ進級。