[ the spitz 2002 物語 ] その14 『僕らの夏のおわり』 管理人ありち 著

 波乗りジョニーを弾き終え、有志達は、これまで感じたことのない、相当強い感動を得た。それがなにかははっきりしない。しかし、その感動が僕らの心に激動と感涙を与えたのは言うまでも無い。たとえ、姿・形で感涙をこぼしていなくとも、その感動は、僕ら全員の、人生で一番感動した数秒だったにちがいない。たとえ僕以外のメンバーがそう思っていなくとも、僕はそう信じる。

 オーディション曲『チェリー』を終えたとたんに、ベース君が口にした難しい曲『Driver's High』を演奏する。これが成功すれば、悔いなく受験や進学にたちむかえる。しかし、それは僕らの夏のおわりを告げるものでもあることを、あの時、決して忘れてはいなかった。

 今までの2曲にくらべて、S君のカウントがいきなり速くなる。いよいよ最後だと、心が言う。[ド#・ソ#・ファ#]の3音でくりひろげられるイントロ。本当にこの速さと難易度の曲をよくできたなと、べース君の才能に圧倒される。中3でテンポ170台の曲をギターで弾くのは結構むずかしい。まして、今回はよりによってラルクの難しい曲である。ベース君というギターを握ったあの少年。才能に圧倒されるのはもちろん、挑戦する勇気と、あの大観衆を目の前にしたラルクのコピー演奏をすると決めた決断力にも魅力を感じる。
 ボーカルの2人もかなりきつそうである。しかし、始まりがあれば終わりはかならずくる。悲しいけれど。その終わりを少しでもよくしようと、僕らは「最後の詰め」にあたる練習から手を抜くことがなかった。たとえ腹が減っても、時間が遅くても、バスドラが重くても、ドラム運搬で怪我をしかけても、この夏のひとつの終止符を綺麗にかざろうと必死だった。文句など一字一句言わずに、担当の先生がついてくれているかぎり、練習に手を入れた。
 あいつが聴いているから、友達の激励の返事をしたいから、僕らの夏休みの結果を華麗にかざりたいから、そして、僕らの夏のおわりにふさわしい一生忘れぬ思い出にしたいから。願いはさまざまであるだろうけれど、どれもみな、成功につながる願いであることに変わりは無い。
 「最高のフィナーレを、yeah!!」を歌い、ギターソロに入る。盛り上げる意味もあり、ボーカル2人と肩を組んで「下りてみれば?」と促す。ボーカル2人が飛び下りた。案の定、聴いてくれていたみんなは、前の列を中心に大盛り上がりである。
 「もうかぞえるくらいで」と、ボーカルの声が響く。あと2分くらいで僕らの夏はおわる。キーボードを弾くかたわら、涙腺から涙が出るのをこらえた。一番目立つ位置しか電源がついていなく、そちらのキーボードを弾いていたにもかかわらず、涙など流していたら馬鹿にされる。こらえた理由はそれだけではない。演奏中に泣くなど、解散が決まったわけでもなく、この5人の友情は永久に続くものと信じている。それに、締めにふさわしくないからである。それでも涙が出そうになるのはなぜだろうか。
 「かけぬけてよ、時間切れまで」。遂に後30秒くらいで終わってしまう。と、涙腺に限界がきそうになった。その時!!!! 何が原因かはわからなかったが、アンプ内のブレーカーが「カタリ・・・・・・・・・・・・・・・・・。「!!」と思った。鳥肌が凄い勢いで全身に立っていく。「これはまずい。」ボーカルのDAIKI君が、「大丈夫かぃ?」という目でアンプを見つめて、少し後に、僕に目線をあわせていた一瞬があった。音を変えようかと思ったが時間がなく、仕方なくストリングスで応急処置。突然の出来事で、すべてCDを聴いた時の音感でできるだけ処置してみた。もちろん、スコア(楽譜)もまともにみていなく、かなり緊張した、足が震えた。指先も緊張で震え、他の鍵盤を誤って押しそうで、怖かった。しかし、何か本番中のトラブルに対する応急処置は、キーボード弾きの使命である。「俺がしなくて誰がする」というような一瞬だった。おかげで、ドラムソロという事態をまぬがれることができ、ホッとした。はっきり言って、この応急処置、ライブ後の話だと、「初めからありちが弾くものだと思いながら聴いてたら、応急処置だったの??」というメールや話が何日か続いた。S君の締めのクラッシュにあわせて僕も鍵盤から指を離した。『僕らの夏のおわり』である。

 鍵盤から指を離した数秒後、僕の耳に、「アンコール」の大合唱が聴こえた。

 

 最後に、個人的なことで申し訳ないが、僕は、勉強や、収入源となるであろう、夢の職業への就職を目指す為の努力をしていくつもりである。だが、そのかたわら、この経験を活かし、ピアノやキーボード、ドラムの方も、できるかぎり極め、高校の文化祭で予定されている(2002年9月の時点でそうとはわかってなかったけど)ライブでは、弾く人が感動するのと同時に、聴く人の感動や感涙を呼べるような演奏を目指していくことを、高校のグランドピアノとの出会いとともに、決意した。ちなみに、僕の高校は、休み時間、音楽専科の先生がいない日を除き、音楽室が解放され、ピアノ弾き放題という状態である。この時間を使って、練習をしたり、ピアノを弾いて楽しんでいる。そして、その時間を共有するのは、高校の友達である上手いボーカルと、もう1つある。それは、2002年9月6日、午前10時台に行われた、初の[ the spitz 2002 ]オンステージの時の、人生一の思い出である。


 2002年9月6日、午前10時台に行われた、初の[ the spitz 2002 ]オンステージの時に聴いてくださっていた皆さん。本当に、たくさんのご声援をありがとうございました。また、担当の先生方、僕らのために遅くまでご指導くださいましてありがとうございました。[ the spitz 2002 ]は、解散してません。セッションをしたりして、現在も、頻度は低くなったものの、活動中です。またのオンステージが無いとも言えません。もし、またオンステージすることになったら、どうぞ、お気軽に、聴きにおいでください。