如月の詩
私は、被害妄想である。いつか必ず不幸が訪れると考える。良いことは長続きするわけがない。そう思っている。

天野滋もそう思っていたのかもしれない。サードアルバムの「ひとやすみ」に収録されている「冬がのぞいてる」でもその事を感じ取る事ができる。あの頃すでに、年をとる事を気にしていたのだ。

そして、「如月の詩」。いつか自分のつくった詩が色あせてしまう・・。それは現実になった。つまり、売れなくなった。私は密かにその事をうれしく思っていたかもしれない。なぜって、前述のように天野滋が自分と似たような感覚を持ち、そして実際にその通りになったからだ。

しかし、それは間違いだった。売れなくなったという事と、色あせたという事は全く違う事だったのだ。 彼等の詩は30年の時を越えて全く色あせてはいなかったのである。これは、結果的に良い意味で彼等が純朴なイメージを保ち続けたためだと思う。

天野滋はことさら自分を売り込もうとしない(気がする)。それはラジオで聴いた復活の動機は何かという問いに対する答えにも現れている。 素晴らしい才能を持った人間は、淡々としているものなのかもしれない。 

私は、自分の考えが間違っていた事をうれしく思う。 天野滋のそういうスタンスもまたカッコイイ事だと理解できるようになったからだ。

なんか無理矢理な理屈っぽくなってしまったが、少なくとも私はいつまでもそばにいると思うよ。

'03/11/18