ニッキ 


裏サイトは某リーダーとその仲間たちのサイトなので、
なるべくプライベートな話題は書かないようにしていると、
こちらにはどうしても辛い話題を書くことになってしまっている。

先月の26日にセキセイインコの”きぃちょ”が逝ってしまいました。

記録になりますが、きぃちょが頑張った経緯を残しておきたいと思います。



――――――  ――――――  ――――――


秋に右羽根に赤く地肌が見えるのに気づいた。
が、きぃちょは元気。
でも明らかに異変が起こっていることは間違いないので、ネットで調べ、
車で20分くらいのところにあった川口の鳥専門の病院で診察して貰う。

すぐレントゲンを撮られた。診断結果は予測していた中でも最悪の腫瘍。しかも悪性。
切除しないと半年持たないと言われ、このまま即手術、1週間の入院を迫られる。
ショックで整理が付かないながらも、実家にいた時ずっとお世話になっていた浦和にある
鳥専門の先生と比べ、今回診察してもらった先生の診察の仕方や言い方に違和感を感じる。
触診もろくろくせず、すぐにレントゲン。そして、早急なものの言い方。
そして戸惑いながらも、治療費を聞くと、なかなかはっきり答えてくれない。
どうやら、手術費、入院費も合わせ、最低でも10万はするということだった。


取りあえず、一旦家に戻ってから再度来院すると伝え、病院を後にする。

気になったので、この病院をネットで調べてみると、2ちゃんにも、個人のブログにも
この病院のよくないコメントを目にする。
何より自分の感じた違和感に無くすために、セカンドオピニオンの必要性を強く感じ、
昔からお世話になっていた浦和の鳥専門の病院に行くことにする。

が、この浦和の先生は、その熱心な診察のため、平日のみの10:00〜16:30の間の
診察時間内に診てもらえる子は多くても10羽ほど。
そのため診察時間が始まる10時には5〜7組の方々はすでに並んでいる。
先頭は朝の7時〜8時から並んでいる。
仕事がある私が少しでも仕事に支障を出さないためには、一番に診て貰い、遅刻する
時間を少しでも減らして、会社に行くしかないので、朝7時に並ぶ。
それでも、急患があり、診察が終わったのは、11時。
病気の鳥にはかなりのストレスになる。
それでも、それでも、この先生には診てもらいたいと通う人が絶えない。

診察結果は、念入りな触診で、腫瘍は間違いないが、「陽性」だった。
もう全身から力が抜けるほど、嬉しかった。

ただ、陽性といっても、このまま大きくなることは予測され、そうなると鳥が気にして
くちばしで突いてしまい、出血してしまうと命取りになってしまう。
そうなったら、最悪は切断の必要もあるとのことだった。
羽根の切断ということは最悪あっても、腫瘍が悪性ではないということで、転移の
心配がなく、命に関わるわけではないことが何より嬉しかった。

だがまだ3歳の年齢で、陽性にしろ腫瘍ができた子を初めて診察したと先生はいった。
おそらく、親鳥が悪性の腫瘍になっていた時に生まれた子かもしれないと。
今後、反対側の羽根にも陽性の腫瘍が出来るかもしれないし、何年か後には悪性の腫瘍に
なるかもしれないともいった。

それでも、それが今じゃないことが嬉しかった。

とりあえず免疫力を高めるビタミン剤と腫瘍に効くとされる漢方の薬をきちんと飲ませ、
腫瘍の大きさを1ヶ月に1回定期的に検診していくことになった。
検診のみということで、半年先まで予約でいっぱいだった土曜日になんとか診てらえる
ようにして貰えた。
それでも10時前に行って、終わるのは12時近くなんだけど。(^^;

最初、漢方の粉薬を食べさすのに本当に苦労したが、餌にからめ、1日に5回与えてなんとか
食べてくれるようになった頃に最初の検診。
結果は腫瘍は1ミリ大きくなってしまっていた。
でも、まだ”きぃちょ”は腫瘍をまったく気にしていなかったし、漢方が効くのも時間がかかる
ので、また様子を見ることに。

けれど年が明けても、腫瘍が小さくはなってはくれず、少しづつ少しづつ大きくなってしまって
いた。

切断する場合、血管の関係から言って、人間でいうところの手首、その上は肘の部分で
切断しなくてはならない。それ以上、上の肩の部分はもう不可能だという。
先生のところに行った時には、まだ手首の部分で済んだが、今ではもう肘の部分に差し
掛かっていた。だがそのどちらでも、切除したら飛ぶことはできなくなってしまうのは同じ。
ならば、切除する場所は大きくなってしまっても、寸でのところで腫瘍が大きくなるのが
止まってくれれば、結果的に切らずに済む。だからだたひたすら薬を飲ませるのに励んだ。

3月になって寒暖の差が激しい日が続いたある日――
きぃちょの食欲が落ちてきた。
次の検診まであと10日・・・
元気に見えたので、温度差が激しいから食欲が落ちたのかなと思い、ヒーターの温度管理を気に
した。だが1週間すぎても食欲は戻らず、身体を膨らますことが多くなった。ヒーターでもっと温度を
上げ、30℃を切らないように、気をつける。検診まであと3日・・・。
仕事が多忙で、半休も厳しい。あと、3日、あと3日だからと言い訳をしてやっと検診の土曜日を
迎えた。

本来セキセイインコの平均的な体重は30〜32グラムぐらい。小柄なきぃちょは29グラムだった。
それがこの時は24グラムになってしまっていた。

痩せたとは感じていたが、まさかこんなにとは思っていなかった。
どうしてすぐに先生に診てもらいに行かなかった自分をただただ責めた。

先生はこれ以上1グラムでも落ちたら危ないといわれた。
原因はセキセイインコにはよくあるカビ菌がお腹に入ってしまったためだった。
空気中にある菌のため、抵抗力のある場合は体内に入っても大丈夫だが、抵抗力が落ちて
いる子がかかってしまう。
抗生剤のお薬と、強制給餌用パゥダーフードを1回4グラムを水でといだものを、1日5回。
小指先につけてなんとか口ばしの横から入れさせて食べさせて、体重を増やすこと。
朝5時半、起きてすぐにまず1回。会社に出る前の8時に2回。会社から帰宅後、19時半に3回目。
22時に4回目。そして2時に5回目。

そして2週間後の土曜日に29グラムまで回復。糞の状態もよくなっていた。
先生も、カビ菌はしつこいので、まだ完治はしていないが、取り合えず危ない状態は脱したと。
体力も少し戻ってきたからまた2週間後に診察して、抗生剤以外に炎症剤も入れるか検討しよう
ねと言ってくれた。

だが、その1週間後の日・月曜に状態が悪化。
今まで指先から与えていた餌を食べてくれない。
止まり木から床に降りてしまい、膨らませた背中に顔をうずめたまま、1日ずっといる。
薬をあげる時、嫌がってギイギイ鳴いて抵抗していたのに、ほとんど抵抗しない。
火曜日は先生は休診。
会社を出ると頭の中はきいちょのことでいっぱいになる。
電車の中で、家に戻った時に最悪の光景が目の前にあるんじゃないかと・・・
そう思ってしまった瞬間、自分を恥じた。
きいちょは治るためにあんなに頑張っているんだと、それなのに私が諦めるなんて
なんということだと、自分を怒った。

水曜に会社に嘘を付いて半休し、朝の7時に先生のとこへ並んだ。

結果、カビ菌は減っているものの、炎症がひどく、ねっとりした水分が吐けず溜まってしまって
気持ちが悪く、餌も食べられない状態だと先生は説明しながら、溜まった水分を吐き出させてくれた。
驚くほどの水をきいちょは吐き出した。

こんな小さな身体で、どんなに気持ちが悪かっただろう、辛かっただろうと涙がでそうなのを、先生の前
で堪えるのに必死だった。

3日後、土曜の時は、少し炎症が治まったように見えると先生は言ってくれた。
先生は診察の最後に優しく、力強く「頑張れ。」と小さな声でそれでも力強く励ましてくれた。

その一言が嬉しかった。まだ私が出来ることがある、きいちょのために頑張ることがあるんだと、
奮い立てた。



それから2日間、きいちょは本当に頑張った・・・・本当に。
4/26の月曜日の夕方、様子を見に寄ってくれた実家の母の手の中で、きぃちょは眠るように逝きました。

私は間に合わなかったけれど、ひとりきりじゃなくて、人の手のぬくもりに包まれてきぃちょが逝けたこと
だけが、私の心の支えになりました。




あれから1ヶ月経ちました。

やっときぃちょのカゴを手にできました。
まだ片付けることはできないけれど、時間がかかってもいいから、ちゃんと受け止めていきます。


今は思いませます。
きぃちょが羽根を膨らませ辛そうにしている時でも、薬や餌を上げ終わると、私の指先に顎を
擦り付けてくれて嬉しいそうにしてくれてたり、
私が家でかけていた大好きなめがねをかじったり、乗ったりして楽しそうな様子を何度も何度も
見せてくれました。
怒りんぼのくせにとんでもなく愛らしい子が、黄色い、きぃちょ。


今、私は残されたつがいのもう一羽のセキセイインコ”しゅな”に、きぃちょと先生に教わった健康の
あれこれを行なって、1日でも長く、楽しい時間を過ごそうと思います。

それに我が家には1年前拾われた1歳になる姉妹猫、モモとトラもいます。

それにそんな幸せな時間を支えてくれる家族もいます。

元気だして頑張ります!


( 2010/5/23 )



                                







2009年になりました。


新年に相応しくないお話ですが、年末に辛い別れがあったので、ここに書かせていただきます。



昨年、札幌でのライブツアーが無事終わったのを待っていたかのように、
まず、ふたつ違いの従兄弟が、仕事中に死後で、そしてその従兄弟の御通夜に送り迎えしてくれた叔父が、
ジョギング中に心筋梗塞で1週間後に亡くなりました。

それから十日後、20上の従姉の長女が自ら命を絶ったことを知らされました。

そして、飯島愛ちゃんも逝ってしまいました。

身内3人は母方、父方と違えど、東京在住で近隣で、母や叔母から近況を聞きていたり、こちらのことも気にかけて
くれていることを知っていました。

どうして?!と、声に出さずにはいられない別れでした。

けれど、世の中にはどう考えても納得することはできないことがあると、改めて痛感しまいした。
そして死は見えない落とし穴のようにそこにあるということも。




( 09' 1/3 )














08' 3/1

3月です。
日差しも強くなり、朝、駅に向かうのに、目の奥が突っ張るようにイタイくなり、
薄いサングラスが必需品になる季節です。

前回更新したあと、色々凹み続けたまる二ヶ月。

これでも自分なりにこの状況から脱出しようとアレコレやってみたのですが、
ダメで。 決死の覚悟で原因に体当たりしたんですが、やっぱりダメでした。

何も考えたくないので、年末できなかった片付けをしていたら、ふと思い立ち、
2階の自室を1階に変えてみました。

日当たりがあまりよくないので、納戸っぽくしていた部屋なのですが、
体調悪くなった時、2階というのはホントしんどいし、気持ちを変えられてとっても
良かったな。

あと、行こうと思ってた新国立美術館で開催されている横山大観展に金曜の夜に
行って来ました。
金曜の夜は20時までやっていて、仕事の帰りにだって寄ることもできるし、何より
空いています。この日は仕事を1時間早く終わらせ、1点、1点自分が満足いくまで
じっくりじっくりと堪能。(>v<)

ただ悔やまれるのは、夜桜が入れ替わってしまった後だったこと。(><)

でも、ホントーに良かった・・・。
圧倒的な技術の上に成り立つ感性は、自然や生物、人間に対する愛しさに溢れ、
こんな優しく温かい絵を見られる幸福に本当に感謝した時間。

私はまったく知識もなく絵も知らない人間ですが、絵が好きで、美術・背景の会社で
絵の見方を教わり、技術を目の前で見てこれたので、素人でさえ、あの1枚、1枚の絵が
どれほどの技術と感性がないと生まれてこないものか、何万分の一でも見て取ることが
できます。(知識があればもっともっと感動するんだろうーなぁ)

日本アニメの背景の顔料はポスターカラー。台紙は画用紙なのですが、
滴るほどの水をたっぷりと含ませ、日本画と同じ筆や刷毛を使い、描きあげます。
下塗りといわれる過程は、画用紙が水を含んでいるうちに施されます。
下書きは鉄筆で打った跡だけ。鉛筆などは使いません。
下塗りで画の50%はやってしまうのです。自然なら80%水が乾かないうちに。

そして乾いたのちに細かな仕上げにかかります。


日本画は水が命。 
そして繊細な筆と、絹や紙の特質。
と、勝手に思っている自分です。


ホントーに日本画は素晴らしいっ!

墨の世界にああも色鮮やかな世界を融合させたり、
日本の風土に生きるすべてのものを慈しんだ作品の数々。

購入した資料もまだ読んでいないので、こんなこと書いて、読み終えたら恥ずかしくて
削除してしまうかもしれませんが。(^^;

前回、この新国立美術館に来たのは、モネ展でした。

この時はこの時で余韻が引かずしばらくボゥーとしてましたが。(^^;

音楽にしても、そうですが、時代を超え、知識があるないに関係なく、数多くの人々に感動を
与え続ける作品を残してくれた彼らが、生ある時が幸せであってくれたらいいのにと思いました。





07' 12/2

先週中頃に、鹿児島に行っていた友人が帰ってきました。
そして今日の午後、彼女と会って色々な話を聞きました。

闘病日記には、最後の手術が終わったのち、復帰後の希望が書いてあるかと思うと、
次のページには切々と不安が書かれていたそうです。

ただその日記も、自らの命を絶つ1週間前から、パタリと途絶えていたそうです。
おそらく、なんらかの出来事によって彼はそこから死に向かってまっすぐ進んでしまった
ようだと彼女は悔しそうに言っててました。

真っ先に姉である彼女がくることを予想していた彼は、通帳には付箋をはり、勤め先の高校や、
警察・郵便局・銀行までも書かれている地図を壁に貼り、荷物もまとめてあったとそうです。

ただ、たくさんの本だけは部屋のあちこちに積まれたままで、彼女はその本を片付けならが、
どうせならこの本たちも片付けてから逝けと、弟に悪態をついていたと、言っていました。

けれど、教育関係のたくさんを本を片付けならが、彼がどんな思いを抱き、逝ったのか、考え
ることができたとを思うと、それも弟の狙いだったのかなと、苦笑してみせた彼女の顔が頭を
離れません。

鹿児島で行われた告別式には彼の教え子たちや、先生たちが本当にたくさん駆けつけて
くれたそうです。

涙を流してくれる人々を前に、彼女は心の中で「大バカヤロー」と何百篇も言ったそうです。


そして、自分は”お前の分まで自分は生きなきゃいけない”と・・・思ったそうです。

生きて、後悔し続けると――


泣くこともできず、彼女は静かに私に話してくれました。













07’ 11/27



先週、包丁で右手人差し指の爪と皮を添い切りして結構流血したところがやっと治って
きたと思ったら、今朝通勤途中に急いでいて走ったら、ゴン!ってスゴイ音がして、前に
いた人も振り返るほとの音で、なんだ?と思ったら右手の拳を思いっきり柱にぶつけま
した。(^^;
ちょっとヤバイかなと思ったんですが、取りあえず電車に乗ったら、タラ〜と血が甲を伝
う感触が・・・。
傷よりも、拳の打ち身の方がひどくて、まるで人を殴ったような拳になってました。(笑)

左ききなので、大丈夫かなと思っていたんですが、字だけ右手だったことを会社に着い
てから思い出し、ありゃ・・・

思った以上に不便な1日を過ごしております。(^^;




07' 11/25

ココに書いていいものかどうかわかりませんが・・・

先週、友人から訃報のメールが届きました。
それは友人の弟が仕事先の鹿児島で自ら命を絶ったというメールでした。

彼女とは小学校の時からの友人で、家族も知っています。
家庭の事情があり、彼女が弟に対して親のような愛情を持っていたことを、友人の私でも感じてました。

これから弟の住んでいた鹿児島に行くという彼女になんと返信していいか言葉が見つからず、ただ、
自分のことも誰のことも責めないで、早く帰ってきて、と書いて送信しました。


しばらくしてから、飛行機のキャンセル待ちをしているという彼女から返信がきました。

勝手に逝ってしまった弟に腹を立てることで悲しみを自制していた彼女が、私のメールで泣いたと書いてきました。
そして、自分はこれから百万回は後悔するとだろう、と。

病気を苦にしてだったそうです。

もともと持病もあった弟が、自立し教師となって赴任先の鹿児島で頑張っていることを話してくれたのは何年前だったろう・・・
3年前ぐらいからその持病が悪化して、入院、手術をするからとその度に鹿児島に行っていた彼女。

逝ってしまった彼は1週間前から準備していたと3通目のメールには書かれていました。


1週間・・・・

この1週間という時間が、彼女をどれだけ苦しめるだろうと思うと身が引き裂かれそうな気持ちです。


私も彼女も逝ってしまった彼も何かの宗教を信仰はしていませんが――

子供の頃、自らの命を絶つと神のもとにはいかれないと聞いたことがあって、子供心に、辛くて苦しんで死んだのに神様のもとにいかれないなんて、と悲しく思ったことを思い出しました。

自ら命を絶った人たちは、その生きた時代や、死を選んだ理由はさまざまだと思いますが、残された人々のこれからの続く後悔の念と苦しみを思うと、子供の頃とは違った思いも湧いてきました。


まだ後片付け等ですぐには帰ってこられない彼女ですが、けれど帰ったら、すぐ会いにいくと、メールの最後に書いてあったので、彼女の帰りを待っている私です。





( 07’ 11/25 )








07’ 11/11 

プロ野球のシーズンが終わって、秋の夜長の過ごし方を悩む中居さんではありますが、
何々、実際は星野ジャパンで、目キラキラされているくせに。(^^)

こちらもそんなアナタを見て、35歳になっても健在なオヤジキラーっぷりに胸をワクワクさせています。


で、中居さんにまったく関係ないインコのページをUP。
見てやってもイイと思う方は
コチラをポチっとな。(^^ヾ




07’ 6/3 

一年に一回のニッキ更新って”どんだけ〜?”←意味不明。(^^;)

この”どんだけ〜?”は先週のスマスマでJJ慎吾(笑)が言ってましたが、
先週の仰天収録でも、中居さんが言ってました。スマ内で流行ってるのか?(笑)

裏ではプラベは書かないことにしているので、1年ぶりの近況報告。

仕事は某アニメ制作会社にそのまま勤務しております。
色んな意味ではやり居心地がイイです。経理事務のお仕事をしているのですが、
電話応対もしているので、演出の方や原画、制作会社の方との繋ぎもします。

そうしてると、時々ものすごく現場をやりたくなりますが、冷静に考えると体力が
持ちません。だって徹夜なんて1日しか持たないもん。(^^;

上司でもある取締りの女性は、私より3、4つ上でとても賢くて尊敬できて、可愛い人
なので、楽しいデス。

基本的に男社会な業界ですが、たまたま前勤めていた美術stも今の制作会社も
直接の上司は女性で嬉しいです。

だって男はメンドクサイ。(笑)
美術stを辞めた後、3つの業種を経験しましたが、3つとも男性上司で、メンドクさかった。
だいたい基本的に仕事では偉ばるが、それ以外では甘えたがる。女なら誰でもいいのか、
遠まわしにだけど下心を見せ、あわよくば関係を持ちたいって空気を小出し小出しにして
くる・・・(- -;

今の仕事場は20代前半のピチピチな子がいるので、こちらに目を向ける輩はいない。
正直ありがたい。 これを寂しいと思う方もいるのでしょうが、それは女性として魅力が
ある方が思うものだと思う。

さて話は反れましたが、近いうちに中居さん主演「貝」を祝して、裏では書けない
真面目腐った戯言を書きます。(^^;ヾ

いったい誰が読むんだと思いながらも、だからこそ書けるというものダ。





06’ 6/11

すごいほっぽたらかしにしていました、1年以上。
裏を更新するので精一杯でした。

この一年、いろいろあったのですが、報告しやすいことでは
お仕事が変わりました。

何年かぶりにアニメーション・スタジオに復帰。

卒業制作で一緒だった友人で、プロになっても会社同士が近かったことと、
その友人の彼女も友だちだったこともあって、卒業後も時々会ってたことも
あり、私が現場をやめてからも、何かあると連絡をくれた友人が、突然、現在
の仕事場のひとつである某制作会社で、人を探してるから短期でもいいから
手伝ってくれないかと電話がありました。

これもひとつの
縁”だなぁと思うのは、5年続けた仕事を辞め、次の仕事を
探していたところだったので、短期でよかったらということで、面接に行くこと
にしたのでした。

で、同じ業界でも、前の会社は美術背景スタジオ、今は制作スタジオという
ことで違うのですが、やはり現場の雰囲気は同じデス。

どんなにデジタル化されても、人間で仕事をすることにはもちろん変わりなく、
24H動くキツイ現場。


家庭の事情で現場を離れていて、職種よりも、時間や環境を優先していたこの
数年間があったためかもしれませんが、復帰してみてやはりこの仕事が好き
なんだと痛感しました。

体力に自信がなかったので、短期間ならということにして貰ったのですが、上司
にも恵まれ、色々相談した結果、今後もこのまま仕事を続けることになりました。

偶然ですが、今の会社も代表はタツノコ出身の方です。

離れていた年月を経て、戻ってみると、
当時は目の前のことに追われて必死でわからなかったことも、今は他の仕事や
社会の仕組みが少しは理解できているおかげで、先のことを理解した上で仕事を
進めることができるようになっていました。

でも相変わらずモノを作る現場は大変です。

第一線で働くことは今ではできませんが、それでもこうしてそういう人たちの中で
仕事ができることは、幸せです。



05’3/21 

先週はウィルス性胃腸炎にかかりました。年に2回くらいかかるのですが、
このウィルスとは相性がトコトン悪いらしく、かかったら4日間、本気で寝込
む羽目になります。それこそ必死に階下のトイレに行くのがやっとなくらい。
医者にもひとりではいけないので、ピークを過ぎた頃なんとか這って行く。
主な病状は発熱・胃の痛み・吐き気・頭痛という奴です。インフルエンザで
はないけれど、木村さんの言葉(3/17:ストスマ)に身がつまされた1週間で
した。(‐ -;)
でもって一昨日は自分の生まれた日で、昨日は大事な人が亡くなった日
でした。10年たっても今だにその人が居なくなったことを受け入れられな
い自分。どこか人知れぬ書店の本棚にその人の新作が飾られているの
ではと愚かな夢を見ている自分。現実を受け止めたくなくて、遺作を今だ
に読むことができません。

3月は季節の変わり目―― 不安定な気持ちになる季節です。


05’1/10 
新年明けましておめでとうございます―― と、いってももう1/10。
今日は成人式です。

今年は新年早々驚くことに遭遇しました。
いつものように年越しソバを食べ、雪の中近くに地元神社に初詣に行き、車で
20分の実家に母親を送り届け、「じゃあね」と言って車を出した直後、家の斜
め前にある知人の家の前がヘンに明るいことに気づき、車を止める。でもって
明かりの方を見ると、炎(家の前の塀が燃え、2メートルくらいの火柱が二つ
見える。え?!と、一瞬固まるが、家人に知らせようとインターホンを鳴らずも
応答はなく、留守なのか?と思い、取りあえず携帯で119番。でもって実家に
走り、念のため母親に知人宅に電話をして貰い、こっちは一番大きなバケツに
水を汲み初期消火を試みようと戻ると、誰が知らせたか地元のおまわりさん
がいましたが、そんなことは気にせず(^^;)バケツの水をかける。これが思った
以上に効果があった。その時サイレンの音が聞こえてきた(幸運なことに自宅
から5分のところに消防署あり)ので、ホッとしてたら後ろからおまわりさんが私
の持ってたバケツを取ると、地面の雪をかき集め、火に向かってかけ、これで
ほぼ消火。(^^) 気づくと家人のおばさんは寝巻きのまま呆然と玄関前に立っ
ておりました。息子は旅行に出かけ、ひとりだったらしく寝ていてインターホン
に気づけなかったらしい。 消防車も着き、自分の車が邪魔になるので、家人
と親しい母親にあとは任せ、帰宅。 と思ったら、途中で携帯がなり、呼び戻さ
れ、事情調書作成のために消防の方と、警察にそれぞれ、おんなじことを2度
も3度も答えさせられました。まあ、しかたがないのですが、ああ、そうかと思
ったのは、火を見つけた時、誰か他に人がいなかったかとしつこく聞かれたこ
と。 放火や不審火が多発する中、私が放火したかもしれないという疑いと、
他に怪しい人影をみなかったかという理由のためだった。

家人に知らせたり、火を消すことで頭いっぱいで、周りなんて一度も見回さな
かったよ。

そんなこんなで帰宅したのは深夜3時。

関東では珍しく雪の大晦日になりましたが、ボヤ騒ぎといい、今年の運勢を
予感させるものでなければいいなぁと思ったとたん、ライブに行かれないとか
?と心配する自分の安穏とした日々に呆れると同時に、幸せをかみ締めまし
た。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。



5月24日(月)

自宅の隣に道路拡張のために市が管理する小さな空き地がある。
今の家に引越してきた時からその小さな原っぱがすっごく気に入ってた。
自生したフランス菊に大好きなニワゼキショウ、今では貴重な捩じ花。
生えると大変なことになるセイタカアワダチ草にドクダミ草やホウキ草
でさえ、窓から見えるその優しい風景が愛しかった。
今年の夏には待宵草は見られません。

不用意にゴミなど捨てられない程度に草むしりも頑張っていたのに。

近所に大好きだった雑木林も去年の秋に更地になってしまいました。

税金の問題や管理は感傷だけではできない。

ただ、間違いなくそこに生きてきたいくつもの生命が消えてゆくのが寂しい。

書きかけの”待宵草” 頑張ろうっと・・・。





5月20日

台風が近づいているのに肌寒い1日。

2日間ケーブルネットが繋がらず焦る。 が、モデムを初期化したら
無事繋がった。 ホッ・・・ ケーブルは拡張やメンテナンスが頻繁に
あるためこいうこともある。
そういえば一昨日Bさんあった時「HDDも偶に初期化しないとマズイ
らしいよ〜。」と脅かされた。(^^;只今我が家のHDDの残量は1.5時
間。今夜うたばんとったらもういっぱい。 これをカラになんて・・・
不可能。(断言)(^^;